◎地域便り


黒毛和牛の肥育経営で追求すべきもの

鹿児島県/小川 久志


 揖宿郡山川町で黒毛和牛の肥育経営を営む小川久志さん(70歳)は全国肉用牛
経営者会議の会長。長年手塩に掛けてきた農事組合法人小川共同農場の代表理事
職は長男優さん(41歳)に譲ったものの、晴耕雨読を地でいくように牛の世話が
終われば自室で読書という毎日だ。昭和22年、18歳の時家業を継ぎ、就農したが、
その頃の小川家は畑作中心の経営。それも零細な規模でしかなかった。転機は30
歳間近に得た8カ月間の米国研修の経験。グリンピース等の野菜園芸を学ぼうと
飛んでいった。寄宿先はカリフォルニア州のサンディエゴだったが、目を見張っ
たのは人々が毎日のように牛肉をふんだんに食べていること。それを支えるのが
肉牛の大量生産だったのはいうまでもない。

 小川家でもそうだったが、日本では使役用に1頭ないし数頭の牛を飼う農家が
ほとんどで、庭先のたい肥山の大きさが経済力を象徴するような時代だ。多頭数
の肉牛経営など夢のまた夢のような話だったのだが、ある日、大量生産のメリッ
トを痛感させられる。

 撮った写真を通常のプリントではなくスライド用の仕上げで注文したのだが、
その料金がプリントの場合に比べて数倍もしたのである。DPEのほとんどがプリ
ント仕上げ。しかもスライド用ではストリップへの張り付け等が手作業となる。
これでは高いのも当然で、逆にほとんどが機械で処理されるプリント、つまり大
量生産ができれば安くなる。これ以降、小川さんの目は肉牛経営、それも多頭数
の大規模経営に向けられるようになった。

 現在、小川共同農場が飼育するのは黒
毛和牛1,000頭。すべてメスで、800頭はJAからの預託牛である。56年に経営を法
人化し、10ヘクタールの農場を6名のスタッフで切り回している。

 ごく単純化すれば素畜1頭当たりの購入価格は30万円未満。18〜19カ月後の出
荷時に枝肉400キログラム相当が60万円前後で落札されたとする。その差額から
飼料代等の諸経費を差し引き、「いくら利潤として残せるか?」

 小川さんが肉用牛の肥育経営者として追求してきたのはここにある。経営の善
し悪しを、枝肉にした時にA5等の「高級ランクを何頭出したかで判断するべき
ではない」というのである。高い格付けを求めようとすれば当然、血統にこだわ
るし、その素畜価格は50万円近いものとなるだろう。それでも間違いなくA5ラ
ンクが得られれば利潤も期待できようが、なかなかそうはいかないのが現実であ
り、わが国の肥育経営全般に今ひとつ元気がない原因もこの辺りにあるとみてい
る。

 アメリカで大量生産を実感し、その後、厳しい目で自らの経営を見つめてきた
半生だった。そんな小川さんが表情を和ませたのは農場で孫の貴之さん(20歳)
と行き違った時。「もう若い者たちに任せています」と目を細めた。
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【1,000頭全てが黒毛和牛めす牛】

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