◎今月の話題


獣医師の生涯研修について

日本大学 生物資源科学部 教授 竹内 啓








生涯研修事業の発足

 生涯学習への社会的関心が高まり、各職域においても積極的な取り組みがみら
れる。例えば医学界では日本医師会が早くからこれと取り組み、学会・講習会等
への参加や学術誌の購読などの学術活動をポイントで評価する制度を実施してい
る。

 他方わが国の獣医界に目を転ずると、獣医業の多面性を反映して、生涯学習に
対する取り組みは一様ではない。例えば、獣医師総数の約3分の1を占める家畜衛
生や獣医公衆衛生に関わる公務員に対する生涯学習は、直接職務に必要な範囲に
限れば、行政機関の責任において適時実施されているとも考えられる。しかし今
や全獣医師の約半数に近づきつつある臨床獣医師に関しては、「のうさい」やJ
RA(日本中央競馬会)に所属する者を除けば、公的な学習体制は皆無であり、
各人の自己努力に委ねられているのが実状であった。

 以上の情勢を勘案して日本獣医師会では、平成12年度から獣医師生涯研修事業
を試行することとなった。これは過去3年間にわたりJRA特別振興資金助成事業
として実施された獣医師研修指針策定事業の成果に基づくものであり、この事業
の中では継続教育と位置付けられていたプログラムである。

 具体的には日本獣医師会内に設けられた獣医師生涯研修運営委員会が認定した
学会、研修会、講演会への参加・発表に対して配布するポイント・シール、なら
びに学術誌の購読・投稿、CD−ROMやビデオデープの視聴等、在宅研修実績の
自己申告に基づいてポイント評価を行う。その結果、取りあえずは年間10ポイン
ト以上の取得・申告者に対し、取得証明書を交付し、3年間連続してこの証明書
を取得した者には研修プログラム修了証を発行する。これを事業所内に表示すれ
ば、日本獣医師会の研修プログラム修了者であることが分かる。

 さらにこれは今後の検討課題ではあるが、例えばこのプログラムを3回終了し
た獣医師に、集中研修や試験などを経て、「日本獣医師会認定小動物臨床獣医師
(仮称)」など、当該分野全般にわたる高度の経験と知識を身につけたゼネラリ
ストであることを証する呼称を授与すれば、生涯研修の最終目標として参加を促
す動機付けにもなりうるであろう。


非診療獣医師と生涯研修

 しかしながらこのような動機付けは、個人企業形態の小動物や産業動物の開業
獣医師にとっては十分な魅力になりうると期待されるが、「のうさい」あるいは
公衆衛生・家畜衛生関係行政機関等の勤務獣医師からは、どのような評価を受け
るのであろうか。これらの職域で今後この研修プログラムがどのように評価され
るかを見極めなくてはならないが、日本獣医師会構成員の約半数を占めるこれら
の分野の獣医師たちにも、自己研さんの実績が形として残せる機会を与えるのが
望ましい。このような考えから、今回は小動物、産業動物、公衆衛生の3分野で、
同時にポイント制が試行された。


欧米における生涯研修ポイント制

 目を海外に転ずると、獣医師の継続教育の重要性が急速に認識されつつある。
わけても診療獣医師に関しては、増加・拡大する社会的要望に答えるためには、
もはや6年間の大学教育だけでは無理で、大学教育と生涯学習をセットとして獣
医師の資質を担保するべきだとの結論が、EUの獣医学教育審議機関の答申にも
盛られている。ところが、このような生涯学習の重要性の認識の一方で、多くの
国の獣医界が面している問題の1つは、仕事の合間を割いて学会や講習会に参加
して自己研さんに励む獣医師が大勢いる一方、これらに全然参加しない獣医師も
何10パーセントかに達するという事実である。

 実はこの点を解決する方策として欧米各国がこぞって取り入れつつあるのが、
継続教育のポイント制なのである。米国では、一般に毎年しなくてはならない各
州の獣医師免許の更新条件として、一定のポイント数の取得を義務付けるところ
が急速に増えつつある。この制度は行政、獣医師、一般市民からなる州の獣医事
委員会(State Veterinary Board)の所管事項で、州政府の責任において州免
許の質と権威が社会に担保されていることになる。

 一方、わが国の獣医師免許は、言うまでもなく国家試験合格者に与えられる終
生免許であるので、米国のように継続教育を資格の維持条件とすることは難しい。
しかし見方を変えれば、国家資格であるということは、免許取得後も長い職業生
活を通じての資質を維持するために、国がより積極的に生涯教育に取り組む必要
もあるのではなかろうか。以上、日本獣医師会の学術教育研究担当理事として獣
医師生涯研修事業の立ち上げをお手伝いしながら、本年度からの試行をさらに充
実して本格的な研修に発展させることを念じ、所感の一端を述べた次第である。

たけうち あきら

 昭和30年東京大学農学部獣医学科卒業。36年同大学院博士課程修了(農学博士)、
農学部獣医学家畜外科学講座助手。その後助教授、教授を経て平成5年退職、名誉
教授。同年山口大学教授、8年岩手大学教授を経て10年から現職。

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