畜産局家畜生産課 加藤 和彦
わが国の畜産は、食生活の多様化等を背景とした需要の増大により順調な発展 を遂げてきた。しかしながら、畜産を含め、わが国の農業は今、対外的には次期 WTO交渉を中心とした農産物の貿易自由化の問題、国内に目を向けてみれば、食 料自給率の問題、後継者等の担い手の問題、中山間地の耕作放棄地の問題等多く の課題を抱えている。 畜産部門ではそれに加えて環境対策が焦眉の急の課題として突き付けられてい る。 これらの課題に対処し、わが国のこれからの農業の安定的な発展に必要な体制 を構築するため、食料・農業・農村基本法(新基本法)が平成11年7月に成立し、 また、12年4月には、新基本法の理念や施策の方向を具体化するため「食料・農 業・農村基本計画」が策定・公表されたところである。 畜産分野においても、消費者ニーズに対応した品質の優れた畜産物の生産と、 ゆとりある畜産経営の実現により、わが国畜産の安定的な発展を図るため、「基 本計画」に即し、わが国畜産が目指すべき方向性を示す指針として、22年度を目 標とする「酪農及び肉用牛経営の近代化を図るための基本方針」、「家畜及び鶏 の改良増殖目標」、「飼料増産推進計画」が12年4月に策定・公表されたところ である。 特に、畜産経営の生産性向上の基礎となる家畜の改良増殖については、近年、 ますますその重要性が高まっている。 しかしながら、家畜及び鶏の改良増殖は長い年月と多大な経費を伴うことから、 畜産物の需給動向等畜産をめぐる諸情勢を総合的に勘案し、長期的視点に立って 進める必要がある。
今回の目標については、「食料・農業・農村基本計画」に即し、「酪農及び肉 用牛経営の近代化を図るための基本方針」と協調しながら、わが国の家畜及び鶏 の改良増殖の長期的指針となるよう、以下が基本とされている。 @ 国際競争力の強化を念頭に置き生産コストの低減につながる、総合的な経済 形質の能力向上を第一義とすること A 消費者ニーズの多様化等の需要サイドの動向や食料自給率の向上に対応する こと B 多様な経営の展開、粗飼料利用性の向上にも対応すること C 飼養規模の拡大等経営構造の変化を踏まえて、群としての能力および斉一性 の向上に重点を置くこと D 受精卵移植等の新技術の積極的活用や効率的な能力検定体制の構築を図るこ と 今後は、本目標の達成に向けた各般の施策を、都道府県や民間と一体になって 効率的に推進し、畜産経営の生産性向上とわが国畜産の安定的発展を図っていく こととしている。
乳用牛 わが国の酪農の安定的発展を図るためには、生産性の高い酪農経営の育成によ り、消費者ニーズに対応した高品質の生乳を低コストで生産することが重要であ り、生産性の基礎となる乳用牛の能力の向上、すなわち改良の推進を図ることが 重要である。 このため、今回策定された目標においては、以下を基本方向とし、乳用牛の能 力の向上を図っていくこととしている。 @ 乳量および乳質、特に無脂乳固形分率、乳たんぱく質率の向上 A 生涯生産性の向上のため繁殖性の向上および乳器、肢蹄等の改良 B 能力検定の利活用による優良雌牛群の確保、遺伝的能力の高い種雄牛の作出 C 受精卵移植、DNA解析等の畜産新技術の活用 D 多様な経営の展開への対応のための放牧適性等の向上 E 能力に応じた乳用雌牛の選択的な利用 具体的数値目標としては、乳量を現在の7,300キログラムから8,800キログラム に、乳成分については、乳脂率を現在と同じ3.9%に、無脂乳固形分率および乳 たんぱく質率を現在より0.2%向上させそれぞれ8.9%および3.4%にすること、繁 殖性については、分娩間隔を現在より0.6カ月短縮し13カ月に、初産月齢を現在 より1カ月早めて26カ月にすること(いずれもホルスタイン種の場合)を目標に 改良を推進することとしている。 乳用牛の改良施策は、雌牛側の改良のための乳用牛群検定事業および雄牛側の 改良のための乳用種雄牛後代検定事業を柱として実施されている。 昭和49年に開始された牛群検定事業によって乳用雌牛の能力が把握できるよう になったことから、的確な選抜淘汰と飼養管理の改善を図ることにより、乳用牛 の能力は着実に向上している。牛群検定の普及率は、平成10年度末現在、酪農家 戸数で全国の36%(北海道61%、都府県26%)、経産牛頭数で全国の45%(北海 道65%、都府県30%)となっている。 また、雄牛側からの改良を進める乳用種雄牛後代検定事業については、昭和44 年度に開始され、以来、遺伝的能力に優れた種雄牛の作出とその広域利用が進め られてきたところであるが、59年度からは牛群検定農家の協力を得て全国統一の フィールド方式で実施されている。フィールド方式の実施以降平成9年度までに、 358頭の検定済み種雄牛が作出されている。 これらの改良施策の推進により、乳用牛の能力は着実に向上しており、特に乳 量については年当たり約140キログラムのペースで向上している。9年度の泌乳能 力については、乳量は7,026キログラム、乳脂率は3.86%、無脂乳固形分率8.66%、 乳たんぱく質率3.17%となっている。 わが国の乳用牛の能力を諸外国と比較してみると、乳量ではEU諸国を上回り、 米国に次ぐ水準にあるが、乳成分、特に乳たんぱく質率についてはEU諸国に比べ て低い水準にある。 近年、ナチュラルチーズの消費が伸びており、今後も、チーズ、生クリーム等 については消費が伸びると見込まれることから、今後は乳量の向上とともに、乳 成分、特に乳たんぱく質の改良に取り組む必要がある。 また、フリーストール・ミルキングパーラー方式等の普及により、これまでの 個体管理方式から群管理方式に飼養管理形態が移行しつつあるが、それに伴って、 乳器、肢蹄の故障等による耐用年数の短縮化傾向や繁殖管理が十分に行き届かな いことによる分娩間隔の延長等繁殖性の低下が課題となっている。 このため、今後、乳用牛改良に当たっては、乳用牛の生涯生産性の向上と群管 理方式での生産性向上のための斉一性の向上に重点を置き、泌乳能力、繁殖性と ともに強健性の向上を図ることが重要であると考えられる。 肉用牛 肉用牛の改良増殖については、肉用牛生産の拡大と生産コストの低減、消費者 ニーズにあった牛肉生産を図るため、以下を基本方向とし、肉用牛の能力の向上 を図っていくこととしている。 @ 部分肉歩留りの高い良質な牛肉の安定的生産 A 繁殖能力およびほ育能力の向上による生産効率の向上 B 粗飼料利用性および放牧適性の向上 C 的確な遺伝的能力の評価による改良の効率化 D 多様な遺伝的特性を有する育種資源の確保・利用 E 受精卵移植、DNA解析等新技術の開発・活用 F 検定済み種雄牛の広域利用と雌牛群整備による能力および斉一性の向上 G 乳用牛資源の有効活用 肉用牛の改良については、昭和30年代に役肉用牛から肉用牛への転換が図られ て以来、雄牛側からの改良の取り組みが中心で、優秀な種雄牛の作出を行ってき た。その後、血統情報と枝肉情報に基づき、遺伝的能力をより正確に評価する体 制が確立しつつあり、産子の枝肉情報を用いた遺伝的能力評価に基づく雌牛の選 抜、淘汰とともに、MOET技術(多排卵および受精卵移植技術の利用による優良 種牛の選抜・増殖技術)を活用した優良雌牛群の整備が行われている。 肉用牛改良の現状については、生産コストの低減に大きな影響を及ぼす増体能 力や飼料利用性については近年改良が鈍化傾向を示しているものの、肉質面、特 に脂肪交雑においては順調に改良が進んでいる。 具体的な数値目標としては、繁殖牛については、現在、初産月齢25カ月、分娩 間隔13.3カ月であるが、飼養管理技術の向上、早期種付けの実施、発情徴候の的 確な把握および繁殖成績不良牛の更新等を実施することにより、初産月齢24カ月、 分娩間隔12.5カ月を目指している。 肥育牛については、肉質の向上のため、肥育期間が伸びる傾向にあるが、肥育 期間の長期化は必ずしも肉質の向上に結びつかず、むしろ収益性の低下につなが っているケースも多い。このため、品種特性に応じた肉質を考慮して、黒毛和種 については出荷月齢を黒毛和種では30カ月から24〜25カ月に、乳用種で22カ月か ら16〜17カ月に肥育期間の短縮を図ることとしている。 今後の肉用牛生産については、後代検定の実施、能力評価の利用および種雄牛 の利用の広域化を推進するとともに、産子の産肉能力情報、繁殖能力情報等に基 づく繁殖雌牛群の整備を行い、改良の効率化を図ることが重要と考える。 豚 わが国養豚の安定的発展を図るためには、消費者ニーズに即した安全で高品質 な豚肉を低コストで生産することが重要である。 今回策定された改良目標においては、以下を基本方向とし、豚の能力の向上を 図ることとしている。 @ 食料自給率の向上および自然循環機能の維持増進 A 生産コストの低減と消費者ニーズに合った良質で斉一性の高い豚肉の生産 B 純粋種豚の遺伝的能力の改良の推進および適正な交雑利用並びに飼養管理の 改善 具体的な数値目標としては、純粋種については、繁殖能力及び産肉能力の大部 分について17年度目標と同じ、または改善することとしたものの、背脂肪層の厚 さについては、大ヨークシャーでは改良が進みすぎ、薄くなりすぎている実態か ら目標を現行より0.1センチメートル厚く設定している。 肥育もと豚生産用母豚については、1母豚当たり年間離乳頭数の目標を20.6頭か ら23.1頭へと向上させ、肥育豚についても、出荷体重を108キログラムから112キ ログラムへ、飼料要求率を3.0から2.9へ改良することとしている。 今後、これらの目標を達成するため、開放型育種においては、能力検定の実施 と評価に基づく遺伝的能力の高い種豚の選抜および利用を進めるとともに、多様 な特性を有する育種資源の確保に努めることとし、閉鎖型育種においては、高品 質な豚肉生産のために能力および斉一性の高い系統の造成を図るとともに、適正 な交雑利用の推進に努めることとしている。 また、効率的な改良に資するため、人工授精の普及やDNA解析等新技術の利用、 衛生管理の徹底、未利用資源の利用促進、家畜排せつ物の適正な処理と利用等を 推進することとしている。 鶏 鶏卵および鶏肉の需要は根強く、今後とも国内生産の増進を図っていく必要が ある。 このため、今回策定された目標では、以下を基本方向として、鶏の能力の向上 を図っていくこととしている。 @ 産卵率・産肉性等をより高め、生産コストを低減 A 消費・流通ニーズ(肉質や卵質など)に対応した改良の推進および飼養管理 の改善 具体的には、卵用鶏については、産卵率を現状の82%から83%以上へ、日産卵 量(産卵率と卵重を乗じた数値)を51グラムから52グラム以上へと改良を推進す るとともに、殻付き卵が大部分を占めているわが国の流通・消費形態に対応し、 卵殻質や卵内容(卵内異物等)の改善にも努めることとしている。 肉用鶏については、出荷時の日齢を49日と見込み、その時点における生体重を 現状の2,600グラムから2,700グラムへ、育成率については96%から98%以上へと 改良を推進するとともに、優れた肉質を有するシャモ等、わが国独自の在来鶏を 活用した高品質肉用鶏の普及に努めることとしている。 また、卵用鶏、肉用鶏とも、種鶏・孵卵段階から鶏卵・鶏肉生産に至る、一貫 した衛生管理の徹底を推進することとしている。 さらに、前述した鶏の改良増殖目標を効率的に達成するためには、DNA解析等 をはじめとする新技術の開発・利用が不可欠である。現在、家畜改良センターに おいて、卵用鶏では卵殻強度、肉用鶏では腹腔内脂肪量をターゲットとしたDNA 解析試験を実施しているところである。 鶏の能力については、従来より実施されてきた経済性能を中心とした育種改良 の結果、卵用鶏の産卵率が昭和60年の78%から平成9年には82%へ、また肉用鶏 の49日齢時体重も2.4キログラムから2.6キログラムへと、向上してきたところで ある。 しかしながら、わが国における鶏、すなわち国産鶏の改良増殖については、国 が基礎系統の造成、都道府県が組み合わせ検定等による優良実用鶏の作出、民間 が増殖段階と、密接な連携の下に役割を分担しつつ実施しているが、鶏の供給、 技術指導体制が脆弱であること等から、国産鶏の普及率はなお低水準にある。今 後は、より一層の改良の推進および増殖普及を図るため、改良関連新技術の積極 的な活用を推進するほか、現在の鶏改良増殖体制の見直し等についても検討して いく必要があると考えている。 その他の家畜 家畜改良増殖目標では、上記のほか馬、めん羊、山羊についても、それぞれ能 力や体型等について目標を定めている。
現在、本目標について、「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」、 「飼料増産推進計画」とともに、各計画を整合性をもって実現していくため、農 林水産省内に畜産局長を本部長とした「21世紀に向けた畜産振興推進本部」を設 置し、6月1日の関東地区を皮切りに、全国各地域で生産者や関係団体、都道府県、 市町村担当者との意見交換会を実施している。 都道府県は、家畜改良増殖法に基づき、家畜改良増殖目標に即して「家畜改良 増殖計画」を定めることができることとなっていることから、今後、都道府県酪 農及び肉用牛生産の近代化計画等と整合性を図りながら、家畜改良増殖計画を策 定し、計画的な改良増殖に取り組むよう期待している。 主要な目標値 (1)乳用牛(ホルスタイン種)(2)肉用牛
(3)豚
(4)鶏
(5)馬
(6)めん羊(サフォーク種)
(7)山羊(日本ザーネン種)
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