★ 農林水産省から


わが国における家畜ゲノム研究の現状について

畜産局家畜生産課  石橋 朋子




はじめに

 遺伝子構造の解明は生命の神秘の解明へとつながる研究領域である。かつて、
何百年かかっても解読できないといわれていたヒトゲノムの塩基配列については、
2005年の完全解読終了予定を大幅に前倒しして、平成12年6月、約85%以上が決
定されたとの発表があった。ゲノム研究の基盤となる配列をとにかく読み切るこ
とを目的に、30億ドルともいわれる莫大な資金と人的資源を投入し、成し遂げら
れた偉業であり、今後は医療分野等の研究への発展が大いに期待されるところで
ある。なお、関連報道の中には、米国や英国に比べて、本国際プロジェクトチー
ムへの日本の貢献が小さいとの批判も散見されたところであった。

 さて、翻って家畜の分野のゲノム研究はどうなっているのだろうか。ヒトのモ
デルとして研究が進められてきた実験動物のマウスはさておき、ウシ、ブタ等の
経済家畜のゲノム研究に注がれる資金は各国ともヒトに比べけた違いに小さく、
塩基配列もごく一部しか解明されていない。もっとも、進化の過程でもほ乳類の
間では遺伝子はかなり保存されていることが分かっており、ヒトの研究の進展が
家畜の遺伝子解析を推進することは間違いない。

 本稿では、わが国の家畜ゲノム研究の現状を概観し今後の課題に触れることと
する。


家畜ゲノム研究に携わる研究機関

 現在、家畜のゲノム研究は畜産試験場や家畜衛生試験場等の国立研究所、家畜
改良センター、公立研究所および大学の農学系・理学系の研究室に加え、(社)
畜産技術協会、(社)家畜改良事業団などの団体の付属研究機関において盛んに
行われており、研究室単位で数えればその数は数十に上る。これらの機関の研究
の概要については「家畜ゲノム解析と新たな家畜育種戦略」((社)畜産技術協
会)にまとめられている。畜産という視点からは、ウシについては(社)畜産技
術協会付属動物遺伝研究所と家畜改良センター、ブタについては畜産試験場と
(社)農林水産先端技術産業振興センターSTAFF研究所が大規模な研究を行って
おり、ニワトリについては広島大学、ウマについては(財)競走馬理化学研究所
が中心的な存在であろう。なお、畜産技術協会では動物ゲノム研究実用化推進協
議会を開催し、これら機関における畜種を越えた連携や情報交換を進めている。

 次に研究のポイントであるが、畜産に係る主な研究分野は@経済形質(ウシの
脂肪交雑やブタの椎骨数等)A遺伝性疾病(原因遺伝子の特定、DNA診断等)−
である。その他には、抗病性(乳房炎抵抗性)や、個体識別、品種鑑別があり、
これらについて順次説明していく。

 また、これらの研究に必要な解析技術等については、専門的になるので後にま
とめて簡単に触れることとする。


経済形質についての研究

 遺伝形質には量的形質と質的形質がある。量的形質とは体重など連続変異する
形質をいい、質的形質とは角の有無など不連続な変異をいう。量的形質には多数
の遺伝子が関与しており、それら遺伝子間の相互作用もあり、また、それぞれの
遺伝子の効果は環境効果に比較して小さいと考えられている。よって、ある1つ
の遺伝子の効果を明確に把握することは非常に難しく、家畜の量的形質を支配す
る遺伝子をつかんだ例は今までのところない。

 家畜のゲノム研究においてよく言われる経済形質とは、成長速度、枝肉重量、
脂肪交雑など畜産業において経済的に重要視される形質を指す。家畜のいわゆる
経済形質の多くは量的形質であると考えてよいだろう。


ウシの経済形質の研究の現状

 前述の「家畜ゲノム解析と新たな家畜育種戦略」を見ると、家畜ゲノム研究に
携わる多くの機関において、特に和牛の経済形質の解明を目指していることが分
かる。ここでは、公立試験場および家畜改良事業団と共同研究によって全国的、
継続的な研究を行っている動物遺伝研究所の研究の現状を紹介する。

 体重、枝肉重量、枝肉歩留まり、ロース芯面積、脂肪交雑について、関係する
遺伝子もしくは遺伝子座(染色体上の遺伝子が存在する位置)の解明を目指して、
6年から研究が行われている。現在までのところ、遺伝子自体の発見には至って
いないが、脂肪交雑について2カ所、枝肉重量について1カ所、関与する遺伝子座
をとらえることに成功している。これらの遺伝子座の脂肪交雑等との連鎖の精度
は高く(p<0.00001)、脂肪交雑ではBMS 1.0 以上、枝肉重量では30キログラ
ム程度の改良効果を示す。当該遺伝子座近傍のDNAマーカー(後述)を目印とし
て、優良な遺伝子型の有無を選抜に用いることは可能であり、兵庫県や鹿児島県
などの育種現場で使われ始めたところである。

 一方、乳牛については海外ではベルギーのリエージュ大学において、ホルスタ
インの乳量、乳脂率、乳たんぱく質率について、関連する遺伝子の存在する領域
を特定している。わが国では、家畜改良センターが成長ホルモン遺伝子型と泌乳
能力の関連を調査している。


ブタの経済形質の研究の現状

 ブタの経済形質については前述の通り、畜産試験場とSTAFF研究所が3年から共
同で研究を進めている。現在までのところ、こちらも遺伝子自体の発見には至っ
ていないが、椎骨数(椎骨数が多いと胴長で高級部位であるロースやヒレ肉の収
量が多いブタになる)、背脂肪厚、4〜13週の増体について、それぞれの形質の
発現と統計的に有意な相関が認められる染色体上の領域がそれぞれ1つずつ見い
だされており、当該部分を集中的に解析しているところである。今後はウシ同様、
育種への応用を目指し、近傍のマーカーを用いて試験的な選抜を行っていく。

 また、家畜改良センターでは、肉の粗脂肪含有量を高める遺伝子が存在する染
色体上の領域を絞り込んでいるほか、雌の一腹産子数に関与する遺伝子の検索に
取り組んでいる。


遺伝性疾病についての研究の現状

 さて、遺伝性疾病(いわゆる遺伝病)はその多くが単一遺伝子に支配される質
的形質と考えられている。ある遺伝子の塩基配列の一部分に生じた欠損や置換
(別の塩基に取って代わられる)によってそもそもの遺伝子の機能が損なわれる
ことによるもので、2本で1対の染色体のうち一方の遺伝子が異常でも他方が正常
であれば症状が出ない劣性遺伝の場合が多い。ウシの遺伝性疾病はこれまで世界
で300種類以上報告されており、ブタなど他の家畜に比べはるかに多い。黒毛和
種などの和牛においても、狭い集団内で育種が進められてきたことから近親交配
が進み、塩基配列に異常を持つ遺伝子を父方からも母方からも受け継ぎ、対(ホ
モ)で持つために疾病が発現する例が発見されている。種雄牛がある遺伝性疾病
の遺伝子を保因している場合でも、交配相手の雌牛が同じ遺伝子を保因していな
いことが確認できれば、産子が当該疾病にかかることはなく、安心して交配する
ことができるため、原因遺伝子の解明と診断法の開発は有用である。

 わが国で最初に原因遺伝子が解明されたウシの遺伝性疾病は、南九州で黒和種
に散発する第13因子欠損症である。これは血液凝固過程の最終段階で作用する第
13因子が欠損する出血性疾患で、ヒトにもある病気である。ウシの場合、第13因
子を支配する遺伝子の4つの塩基に置換があるため生じることが分かっており、
この変異遺伝子を対(ホモ)で持った場合に症状を表す。既に家畜改良事業団が
この変異遺伝子の保因(キャリア)診断を実用化している。このほか、現在まで
にやはり黒毛和種で、バンド3欠損症(赤血球膜のタンパク質の1つであるバンド
3をつかさどる遺伝子の塩基が1つだけ置換しているために生じる重篤な溶血性貧
血)とクローディン16欠損症(腎機能障害)についても保因牛のDNA診断が実用
化されており、また、チェディアック・ヒガシ症候群とモリブデン補酵素欠損症
についても原因遺伝子を特定、DNA診断法も開発されたところである。

 これら遺伝性疾病の研究においては、現場レベルで異変に気づくことが重要な
第一歩である。前述の黒毛和種の遺伝性疾病においても、第13因子、バンド3に
ついては共済の獣医師と大学の家畜病院との連携から、クローディン16欠損症以
下3種類については、県の試験場とその共同研究者である動物遺伝研究所との連
携から、原因遺伝子の発見とDNA診断法の確立に成功したものである。 

 なお、ブタの遺伝性疾病としてはムレ肉(PSE)と関連が高いストレス症候群
が知られているが(カナダで原因となる突然変異の検出法を発見)、わが国の研
究機関によって解明された疾病は現時点においては無い。


その他の分野の研究の現状

抗病性の研究

 抗病性とは、ある特定の疾患に対する抵抗性に関する遺伝形質をいう。肉質等
の経済形質同様に複数の遺伝子が関与する量的形質であろうといわれる。疾病の
症状には軽いものから重いものまであり、何を指標として「罹患」という形質を
測定するのか自明ではないこと、発症や症状は飼養環境にも大きく影響されるこ
とから、遺伝性疾病の場合に比べ関連遺伝子の発見ははるかに困難である。

 家畜改良センターでは北海道等との共同研究により、現在、ホルスタイン種に
ついて乳房炎抵抗性遺伝子を解明すべく研究を進めているところである。ここで
は、「乳房炎」という形質を乳汁中の体細胞数で測定している。また、小型ピロ
プラズマ抵抗性については、動物遺伝研究所と北海道との共同研究が行われてい
る。抵抗性のある黒毛和種と感受性のヘレフォード種のF1集団における表現型の
分離から「抵抗性」が優性遺伝することが分かっており、現在さらなる感染実験
を行いつつ解析が進められている。

 また、家畜衛生試験場では和牛について、疾病の感受性に関与する主要組織適
合抗原複合体遺伝子(MHC遺伝子)のうち、ウシ白血病ウィルスによる白血病の
発症との関連が疑われている部分の塩基配列を解析している。


個体識別

 育種においては正確な血統情報が不可欠である。受精卵移植が普及し、親子関
係がより見えにくくなってきたこと、また種雄牛の精液の公正な流通を確保する
必要があることから、確実かつ簡便な親子鑑定(個体識別)の方法が求められて
いた。動物遺伝研究所は個体によって塩基配列のパターンにばらつきが多い23個
のDNA小片(マイクロサテライトマーカー、後述)の塩基配列のパターンから親
子鑑定(個体識別)ができるシステムを開発した。これは現在クローン牛の同一
性の確認にも使われている。


品種鑑別

 近年、黒豚、黒毛和種など高品質食肉の人気が高いが、これに便乗して小売り
レベルで虚偽の表示がなされるという問題が出ている。これを防ぐため、公正な
表示を担保するべく、肉の段階でも判別できる正確な品種鑑別の手法が求められ
ていた。畜産試験場とSTAFF研究所の共同研究により、ブタについては既存の毛
色関連遺伝子を利用して黒豚(バークシャー種)を白色等その他の品種と識別す
るDNA診断技術が開発され、実用化されている。ウシについてもF1と黒毛和種を
判別する手法が研究されている。


研究に必要な解析技術や解析基盤など

 ゲノム研究に関する記事にはさまざまな専門用語が登場し、専門外の人にとっ
ては理解に難しいことも多い。ここでは研究を理解する上で必要な技術や道具
(基盤、ツール等と呼ばれるもの)について、わが国における整備の現状に触れ
つつ、簡単な説明を試みることとする。


連鎖解析

 減数分裂時には父由来の染色体と母由来の染色体の1対2本の染色体の間で組み
換えが生じる。組み換えの際、1本の染色体上で互いに近くに存在する複数の遺
伝子は「ひとまとまり」(組み換えで分断されず)に動くことが多く、これを連
鎖という。この現象を利用し、任意の2つの遺伝子間で生じる組み換え頻度の高
低から、これら遺伝子の染色体上の位置の遠近を知ることができる。ある形質に
ついての表現型の出現と染色体上の既知の塩基配列の印(マーカー)の存在との
相関関係が高ければ、その表現型に関する遺伝子は染色体上でそのマーカーの付
近に存在(組み換えの際に連鎖)していることが分かる。このようにして遺伝子
の染色体上の存在領域を特定していく手法を連鎖解析という。経済形質について
も遺伝性疾病にしても、まず連鎖解析で関与する遺伝子の存在する領域を特定す
ることが必要である。


リソースファミリー

 連鎖解析は減数分裂時の組み換えの生じる頻度から、ある形質を支配する遺伝
子とマーカーの染色体上の位置関係を推定する手法であることから、連鎖の有意
度を高めるには例数を増やし、親から子への形質とマーカーの伝わり方を詳細に
調べる必要がある。このため、目的とする形質の表現型にばらつきのある「家系」
(親と多数の子孫)が必要である。遺伝性疾病の場合は、発症家畜が多い家系を
調べていけば良いが、経済形質の場合には時間も費用もかかるが理想的には解析
に先立って関心のある形質が明らかに異なっている品種を交雑し、十分にばらつ
いた実験用の家系(リソースファミリー)を作出しておくことが望まれる。

 前述の動物遺伝研究所におけるウシの経済形質の解析では、リソースファミリ
ーを作ることはせずに、共同研究相手である育種実施県の後代検定家系及び家畜
改良事業団の有名種雄牛の父方半兄弟家系を用いている。現在、家畜改良センタ
ーが脂肪交雑と増体を支配する遺伝子を同定することを目的に黒毛和種とリムジ
ン種の交配からなる本格的なリソースファミリー(F2世代200頭規模)を造成中
であり、3年以内には検定成績がそろう見通しである。このような本格的なウシ
のリソースファミリーはケニアの国際畜産研究所でトリパノゾーマ抵抗性の解析
のために15年もかけて作出された家系以外に例は無く、経済形質の遺伝子座の詳
細な解析ができるものと期待されている。

 ブタについては、家畜改良センターが産子数や筋肉内粗脂肪含有量の解析を目
的に梅山豚とデュロック種間のリソースファミリー(F2約900頭)を造成したの
をはじめとし、6〜7年頃から主要な養豚県の試験場においてもさまざまなリソー
スファミリーが造成されてきている。ブタは多胎であり、全兄弟家系が短期間に
作成できる点で、ウシよりはるかに有利といえよう。


DNAマーカー

 染色体上のDNAの塩基配列のうち、多型性を示す(個体によって塩基配列が異
なる)「ひとかたまり」はDNAマーカーと呼ばれ、その塩基配列のタイプ(マー
カー型)を調べることによって、染色体のその部分が父由来なのか母由来なのか
が分かることになる(父と母が異なるマーカー型を持っていたという前提)。現
在、家畜ゲノム上での位置が分かっているマーカーのほとんどは意味を持たない
2塩基の繰り返し配列であるマイクロサテライトマーカーと呼ばれるものである。
なお、多型性を示す遺伝子もマーカーの一種である。ある形質に関与する遺伝子
の位置を連鎖解析を行って絞り込むためには、染色体上のマーカーがなるべく密
に分かっていることが非常に重要である。なお、互いの間隔が短いマーカーを高
精度マーカーと呼んでいる。

 現在、ウシ、ブタ共に世界中でそれぞれ3,000個以上のマイクロサテライトマー
カーが開発されている。わが国でもこれまで、ウシについては動物遺伝研究所が
ミネソタ大学と共同で約900個、ブタについては畜産試験場とSTAFF研究所で約50
0個のマイクロサテライトマーカーを開発したところである。最も大規模に開発
を行ってきたUSDA(米国農務省)作成の連鎖地図(染色体上の各マーカーの相
対的位置を決めたもの、後述)には、ウシで1,600個以上(このうち、100個は動
物遺伝研究所が作成)、ブタで1,000個以上が使用されている。なお、ヒトやマウ
スでは約1万個のマイクロサテライトマーカーを用いた連鎖地図ができていると
いう。


連鎖地図、物理地図、比較地図

 大きな家系の中で多くのマーカーを用いて連鎖解析を行い、連鎖の度合い(組
み換え頻度)から、染色体上のマーカーの相対的な距離を計算して作製する地図
を連鎖地図という。他方、物理地図とは多型性のあるマーカーではなく、DNA断
片の塩基配列自体を目印として染色体上の位置を決めるもので、作成の方法によ
って染色体物理地図、RHパネルの物理地図等いくつかの種類がある。地図に載せ
るDNA断片は多型性を示す必要はない。塩基配列全体を解読すれば究極の物理地
図が作成されることになる。また、比較地図とは、異なる生物種の染色体の間で
遺伝子の位置やその配列順序を比べることによって、互いの染色体の対応関係を
示したものである。これを詳細に準備しておけば、進んでいるヒトのゲノム情報
を家畜に応用することが容易となる。これらの地図群の作成は時間と経費がかか
る一方で地味な作業であるが、いずれも将来のゲノム解析には必須の研究基盤と
いうべきものである。


家畜ゲノム研究の行方−可能性と課題−

 過去10年ほどの間に進められてきた家畜ゲノム研究により、計画的な交配を行
い、いくつかの遺伝性疾病の発現を回避することが可能となっており、また、経
済的に重要な形質を保有する候補家畜を確実に(遺伝子自体もしくは遺伝子の近
傍に存在することが分かっているマーカーを使って)選抜することもごく近い将
来可能になると思われる。研究を進めつつ、これらの研究成果を畜産の現場でい
かに生かしていくのかが現時点の課題であろう。

 例えば遺伝性疾病については、これが1つであれば保因牛を種雄牛からはずす
という選択もあるが、疾病が複数になるとこの方法では種雄牛の範囲を狭めるこ
とになり、一層の近親交配を進めかねない。原因が解明された多数の遺伝的疾病
について、同時に確実かつ経済的に発現を回避する方法について検討することが
必要である。また、経済形質については、形質の発現との相関関係が有意なDNA
マーカーがとらえられた場合、これを従来の選抜基準にどのように入れ込んでい
くのかを考えていかなくてはならない。 

 最後に本稿で概観してきた技術のさらに先にある技術、遺伝子修復家畜の作成
について少し触れておきたい。遺伝性疾病の研究においては、ある遺伝子のたっ
た1つの塩基の欠損や置換が疾病の原因である例が見つかっている。ヒトであれ
ばその欠損等を修復した細胞を注入し、体内で必要なタンパク質を作らせる遺伝
子治療が考えられるが、家畜の場合にはその1個体を生かすこと自体には意味が
無く、優秀な経済形質を維持したまま疾病の原因を持たない後代を作成すること
こそが課題である。このため、経済形質において優秀な種畜でありながら遺伝性
疾病の原因となる塩基の欠損等を保有することが判明したもの(キャリア)につ
いては、細胞レベルで当該欠損等を修復し、体細胞クローン技術によってこれを
個体へと発生させれば、疾病遺伝子を持たず、かつ、経済形質は元の種畜と同一
である優秀な種畜を作成することが可能となる。数個の塩基欠損ないし置換であ
れば、ごく近い将来、実現可能であると考えられている。

 経済形質については現時点では関与する遺伝子の実体が明らかでないので机上
の理論ではあるが、例えばいくつかの重要な経済形質を支配する遺伝子群のうち、
1つが欠けているような場合、細胞レベルでこの遺伝子を挿入し、体細胞クロー
ン技術を用いて個体に発生させれば、従来手法では確率的に得にくかった遺伝子
の組み合わせを持つ家畜を確実に得ることもできるようになる。

 これらの技術では異種の遺伝子を挿入することは想定していない。体細胞クロ
ーン技術に関する議論は別として、自然界でも生じ得る遺伝子の組み換えを人為
的に促す技術と言える。しかし、医療技術とは異なり、家畜の生産において使わ
れる技術は食料を通じて多くの国民の日常に関わりを持つことから、消費者に受
け入れられるのか否かという問題がその前提として存在するのも事実である。家
畜ゲノム研究も、消費者の関心を十分考慮しつつ進めなければならない段階にさ
しかかってきたものと思われる。

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