経営局構造改善課 川越 信行
農業生産法人とは、農地法(昭和27年法律第227号)第3条第1項の許可を受け て、耕作または養畜の事業のために農地または採草放牧地(以下「農地等」とい う。)を購入したり、借りたりすることのできる法人である。このような農業生 産法人は、農業者や農業協同組合などの農業関係者が中心となって組織された農 業を行う法人で、その要件が農地法第2条第7項に定められている。 平成12年第150回臨時国会において、この農業生産法人の要件の見直しなどを 内容とする「農地法の一部を改正する法律」(平成12年法律第143号)が成立し、 13年3月1日に施行された。 本改正は、経営管理能力の向上や対外的信用力の向上等に資する農業経営の法 人化をより一層推進する観点から、農地の権利を取得できる法人である「農業生 産法人」について、経営形態の選択肢の拡大や資本・技術・ノウハウの充実、経 営の多角化などが図られるよう、法人形態要件、事業要件、構成員要件および役 員要件を緩和するものである。また、今回の要件緩和に対し、法人による農地の 投機的な取得、農業者以外の者による経営支配等の懸念があるとされているが、 これら懸念を払しょくする観点から、農業生産法人の要件適合性を担保するため の措置が講じられている。 以下、農業生産法人制度の改正概要について述べる。
法人形態要件 農業者や農業関係者が農地を利用した農業経営を法人として行おうとする場合、 これまでは合名会社、合資会社、有限会社または農事組合法人のいずれかの形態 しか認められていなかった。 しかしながら、株式会社は、・経営と所有の分離により機動的・効率的な事業 運営と資金調達を容易にする法人形態である、・新規就農希望者を受け入れやす いため、就業の場の提供、農村の活性化につながる、・有限会社と比較した場合、 株式会社は構成員の数に制限がなく、多くの人に参加を求めることができ、また、 取締役会の権限が大きく機動的な運営が可能である−等の利点があるとされてい る。 このような株式会社形態の利点を踏まえ、担い手の経営形態の選択肢を拡大さ せる観点から、農業生産法人の法人形態として、株式会社(定款に株式の譲渡に つき取締役会の承認を要する旨の定め(株式譲渡制限)があるものに限る。)が 追加された。(法第2条第7項) この場合の株式譲渡制限は、例えば、譲受人が従業員以外の者である場合に限 り承認を要する等の限定的な定めではなく、あくまでもすべての株式の譲渡につ いて取締役会の承認を要する旨の定めでなければならない。 これにより、既存の農業生産法人で有限会社形態をとっているものは、その組 織形態を株式会社形態に変更することができる。この場合、有限会社法(昭和13 年法律第74号)第67条の規定による有限会社から株式会社への組織変更について は、組織変更の前後を通じて会社の人格は同一であり、権利義務の主体としての 同一性が保たれるので、従来の有限会社が有していた権利義務は株式会社に引き 継がれ、農地等の引継についても農地法の許可を受けることは要しない。既に平 成13年3月1日付けで有限会社から株式会社に組織形態を変更した農業生産法人が ある。 また、農業者が畜産等の経営を株式会社形態で行っている場合、今後は、農業 生産法人の要件を満たせば、農地等の取得が可能となる。 なお、農業生産法人制度が創設された昭和37年当時は、株式会社は農業生産法 人としては認められなかった。株式会社は、その株式の自由譲渡性によって構成 員(株主)が自由に入れ替わり、構成員要件を欠いてしまうおそれがあったため である。その後、商法の改正により、株式の譲渡については、取締役会の承認を 要する旨を定款に定めることができ、さらに、不承認の場合にはその株式を自社 買いできることとなり、株主(構成員)の入れ替わりを取締役会でチェックでき る仕組みが整ったことから、この株式譲渡制限の定めのある株式会社が追加され ることとなった。 事業要件 農業生産法人の実施できる事業は、これまでは、農業および農畜産物の加工・ 販売や農作業受託といった農業に関連する事業に限定されていた。 しかしながら、作柄や農産物価格の変動、農作業の季節性といった農業の特性 を考えると、農業生産法人の実施できる事業の範囲を拡大することは、経営の多 角化を通じた経営の発展や安定を図ることができ、また、周年雇用により質の高 い雇用労働力を安定的に確保できるなど、農業生産法人の活性化を図る観点から そのメリットは大きい。 このため、農業生産法人の行う事業について、「法人の主たる事業が農業」と いう範囲、つまり、農業および関連事業が総売上高の過半を占めるという範囲で、 これら以外の事業も実施できることとなった。(法第2条第7項第1号) この場合の「法人の主たる事業が農業」であるか否かの判断は、その判断の日 を含む事業年度前の直近する3カ年(異常気象等により、農業の売上高が著しく 低下した年が含まれている場合は、当該年を除いた直近する3カ年)におけるそ の農業に係る売上高が、当該3カ年における法人の事業全体の売上高の過半を占 めているか否かによる。その他事業を行う場合は、農業生産法人としての事業要 件の充足状況を的確に把握するとともに、法人の経営管理の向上を図る等の観点 から、農業とその他事業の勘定科目を設け、区分経理することが望ましい。 構成員要件 農業生産法人の構成員となれる者は、これまでは、農地の権利を提供した個人 やその法人の事業に常時従事する者、農協などであった。 今回の改正では、農業生産法人に対し地方公共団体が出資できることとするこ とは地域農業の維持・発展という地方公共団体の政策課題への対応方策として有 効な手法であり、また農業生産法人にとっても経営基盤の強化等に有益であるこ とから、農協と同様、議決権を制限しない構成員として地方公共団体が追加され た。(法第2条第7項第2号) さらに、農業生産法人の構成員のうち農業関係者以外の者については、農業生 産法人が生産物の高付加価値化や事業の多角化に取り組む上では、食品流通業者、 農業生産資材の販売業者等との資本提携を通じ、生産技術、経営技術等を農業生 産法人の経営に活用できるようにすることが効果的であり、また生活協同組合等 農業生産法人の生産物を安定的に購入する者との提携は、その生産する農畜産物 の販路の確保等の面で利点がある。 このようなことから、次の者が農業生産法人の構成員となれるよう政令が改正 された。(政令第1条第1号、第2号) @農業生産法人の事業に係る物資の供給または役務の提供を継続して受ける旨の 契約を締結している者(個人および法人) A農業生産法人に対して物資の供給または役務の提供を継続して行う旨の契約を 締結している者(個人および法人) この場合の「継続して受ける旨の契約」、「継続して行う旨の契約」とは、3 年以上の期間を契約期間としているものでなければならない。 また、これらの農業関係者以外のものについては、これらの者が議決権の行使 により会社の支配権を有することとならないよう、従来同様、総議決権の4分の1、 1構成員当たり10分の1を超える議決権を有することは認められない。 この議決権の制限は、配当に関して優先的な取扱いをする株式(配当優先株) で定款で議決権を認めないと定めたものを制限するものではないが、このような 議決権のない株式の所有者であっても、構成員の要件を満たす必要があることは いうまでもない。 業務執行役員要件に係る改正の内容 農業生産法人の役員については、役員要件のうちの法人の農業(関連事業を含 む。以下同じ。)に常時従事(原則150日以上従事。以下同じ。)する構成員が 役員の数の過半を占めるという従来の要件については、今回の改正でも、引き続 き農業関係者以外の者による経営支配を排除可能とするため維持することとなっ た。(法第2条第7項第3号) また、従来は、過半を占める農業に常時従事する構成員たる役員は、すべての 者がその常時従事する日数の過半はほ場での作業などの農作業に従事するもので なければならなかった。 この要件については、経営規模の拡大、付加価値の向上等により農業経営を発 展させていくためには、農業に常時従事する構成員たる役員が市場開拓、資金調 達、農作業の作業工程の管理等の企画管理業務に適切に対応できるようにするこ とが必要であり、また一方、これらの役員のうちで農作業に従事する者が業務執 行を決定する上で影響力を行使し得るようにしておくことが適当であることから、 これらの役員のうちで過半の者が農作業に従事すればよいことなり、その農作業 に従事すべき日数についても原則60日以上に緩和された。(法第2条第7項第3号、 省令第1条の6) なお、法人の理事等について、他の法人からの出向者、他の法人の役職員の地 位を兼務する者、農業以外の事業を兼業する者等については、住所、農業従事経 験、給与支払形態または所得源等からみて、当該法人の農業に常時従事する者で あると認められない場合がある。 また、農業生産法人による農地等の効率的利用を図るためには、その法人の理 事等のうち代表権を有するものは、農業が営まれる地域に居住し、その行う農業 に常時従事する構成員であることが望ましい。
株式会社形態の導入を含む今回の農業生産法人制度の見直しに対してのさまざ まな懸念を払しょくするため、農業生産法人の要件は、前述のとおり農業関係者 以外の者による支配が排除可能なものとされた。これに加え、農業生産法人の農 地等の権利取得時における農業委員会等の審査の充実、農業生産法人の農業委員 会への事業状況等の定期報告(法第15条の2第1項)、農業委員会の農業生産法人 の要件を満たさなくなるおそれのある法人に対する勧告(法第15条の2第2項)、 農業委員会の法人の事務所等への立入調査(法第15条の4第1項)等の措置が講じ られた。なお、農業生産法人が要件を欠いた場合に、その是正に努めず、農地等 の権利を所有し続ける場合には、従来通り、最終的には国による買収措置が講じ られる。 定期報告について 事業状況等の定期報告については、すべての農業生産法人が、毎事業年度、法 人の事業年度終了後3月以内に、現に所有し、または所有権以外の使用および収 益を目的とする権利を有している農地等の所在地を管轄する農業委員会に報告し なければならない。これらの農地等が複数の農業委員会の管轄下に所在する場合 は、それらすべての農業委員会に報告しなければならない。 罰則の強化等について 農地法違反等に対する抑止力を高めるため、@違反転用の場合等の罰金の最高 額の引き上げ(100万円から300万円)、A偽りその他不正な手段により農地等の 権利移動等の許可を得た者に対する罰則の新設(3年以下の懲役または300万円以 下の罰金)、B農業委員会への定期報告をしなかった者に対する過料(30万円) の新設−等の罰則の強化がなされた。 地域における協議の場について 今回の農業生産法人制度の見直しは、農業経営の法人化を推進し、足腰の強い 担い手を育成することにより、地域農業の持続的発展に資することを目的とする ものである。 土地利用型農業においては、地域における水や農地等の合理的利用、担い手の 育成等を図ることが重要な課題となるが、農業生産法人も地域社会の一員として 事業を行っていくこととなるため、農業生産法人を含めた地域全体でこのような 地域農業をめぐるさまざまな問題について情報交換や意見交換等の話合いを行っ ていくことが有益である。 このような観点から、農業委員会が、各地域で行われる種々の会合、協議会等 の機会を活用しつつ、農業生産法人、農業者の代表、市町村、農業協同組合等を 構成員とする地域レベルでの協議の場を設け話合い活動を行う場合には、農業生 産法人も積極的に参加して、地域との意志疎通を図ることが望まれる。
農産物価格の低迷や輸入農産物の急増等、わが国農業をめぐる状況は厳しさを 増している。そのような状況の中でわが国農業の持続的な発展を図るためには、 効率的かつ安定的な農業経営を育成し、地域農業の活性化を図ることが必要であ る。 農業経営の法人化は、複式簿記記帳等による経営管理能力の向上、計数管理の 明確化による対外信用力の向上、社会保障制度の適用による雇用労働者の福利の 増進等の経営上のメリットがある。また制度資金についても、融資限度額が高い、 税制について役員報酬、退職金引当金など損金算入できる幅が広い等、制度上も メリットがある。 今回の農地法の改正は、農業経営の法人化や法人経営の活性化が図られるよう 各要件が緩和されているものである。農業生産法人の方や、これから法人経営に 取り組もうとされる農業者の方々が、事業の多角化、構成員の多様化等を図り、 その経営手腕を遺憾なく発揮されて、地域農業、引いては日本農業の活性化を実 現することを願う。
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