駒澤大学 経済学部石井 啓雄
平成12年度から日本でもようやく中山間地域に対する「直接支払い」政策が開 始された。これについての評価は今後の問題であるが、EUなど西ヨーロッパの直 接支払いは山岳地域と条件不利地域を主な対象地域としており、またヨーロッパ 農業の作目構成からして当然のことながら、直接支払いの額の算定基礎に牛やめ ん・山羊の頭数とか、飼料作物の栽培面積などが用いられている。そしてその受 給者のほとんどは畜産農家である。 私は、日本の中山間地域に対する直接支払いは、「山間・離島・条件不利地域 対策」という明確な言葉遣いをし、その直接支払い額の算定基準には草で飼う家 畜とそのための飼料作の問題も位置づけることがよいのではないかと思っている。 このように離島とそこでの畜産を重視したいのは、四面海に囲まれた日本は主要 四島の他に多くの離島を有し、その周辺の領海を含めていえば、これら離島を産 業のある有人島として維持することは、国土の確保と維持の上できわめて重要で あり、その人が住んで行う産業として草で家畜を飼うというかたちの農業は大変 に有効だと思えるからである。 ここで報告するのは、以上のような問題関心をもちながら平成12年10月31日〜 11月2日に、長崎県五島で行った調査の結果である。結果としていえば、今回う かがった福江島は、5市町からなる大きな島で決して小離島ではなかったので、 当初の問題関心との関連でいえばややズレがあったのではあるが、和牛生産が島 の経済の活性的維持にプラスの意味をもっていることは確認できたのであった。
地理的にいえば、北松浦郡に属する小値賀島と宇久島も五島列島に入るが、長 崎県では通常南松浦郡に属する島嶼だけを五島と呼び、それだけが五島支庁の管 轄である。その五島支庁管下の南松浦郡は、有人島18、無人島112からなるが、 通常福江島を中心とする下五島(6市町)と中通島を中心とする上五島(5町)に 分けて扱うことが多いという。そして上五島は山が多くて農地は少なく、農家は もちろんあるもののほとんどが自給的で、島全体が遠洋まきあみなどの漁業基地 であるという性格が強いといわれる(表1参照)。この上五島で、たとえば山で の放牧を主に草食家畜を飼えないのかという問題をいっていえないことはないの だろうが、現実に五島の農業・畜産といえば、ほとんど下五島だけが問題となる わけである。 表1 五島の農家(平成7年2月1日現在) 注:長崎県五島支庁「五島要覧2000」による。原資料は農業センサス 五島の経済と人口の動きなどについてみておくと、平成7年現在の産業別の就 業人口と平成9年度の総生産額は、第1次産業が7,513人(22.1%)、254.3億円、 第2次産業が6,638人(19.6%)、525.5億円、第3次産業が19,784人(58.3%)、 1,667.6億円であった。その特徴は第1次産業の比重が高いこと、第2次産業の比 重が低いことである。これは島嶼特有の構成といえるが、第1次産業のなかでは、 農業より漁業のウエイトの方がはるかに高い(就業人口で3:5、総生産額で2: 11)。世帯数は横ばいないし微増といった傾向であるものの、農業を中心に人口 の減少(昭和30年に約15万人だったものが平成7年には8万人あまりにまで減って いる)とその高齢化はかなり急調である。 次はその農業についてであるが、五島の農業はかつては畑作が主で、主な作目 は米、甘藷、和牛、蚕、タバコなど、特にでんぷん加工と生切干用(焼酎原料と して鹿児島県などへ出荷)の甘藷作が重要であった。その甘藷中心の生産は、昭 和45年の糖蜜自由化で養蚕中心に切り替えられたが、その養蚕も甘藷の後を追い、 現在では、粗生産額でいってタバコ、肉用牛、野菜(バレイショ、アスパラガス、 ソラマメ、キャベツなど)、米、甘藷、豚が主要な作目となっている。 農家総戸数は(平成2年からの定義の変更は無視して)昭和50年の10,503戸から 平成7年の3,261戸まで、30年の間に実に3分の1以下に減っている。農地は同じ期 間に8,539ヘクタールから6,141ヘクタールへと約30%減少している。これには桑 園の廃棄の影響が大きいようである。農家1戸当たりの耕地面積は平成7年に1.88 ヘクタールであるから、西日本の、あるいは島嶼の平均よりかなり大きいといえ るが、問題はその利用率と生産力である。 五島支庁農林水産部「五島の農業」(平成11年12月刊)が収録している最も新 しい統計で耕地の地目別構成と作物作付面積、農業粗生産額などをみると表2と おりであるが、ここでこのリポートの主題ともかかわって、三つの問題について もう少し突っ込んで問題をみておきたい。 表2 最近の耕地面積、作物別作付面積 および農業粗生産額 資料:五島支庁農林水産部「五島の農業(平成11年12月)」 ひとつは稲作と水田転作に関する問題、ふたつは農地の転用や売買・貸借に関 する問題、三つは肉用牛の飼養動向に関する問題である。 まず第一の稲作と水田転作に関する問題について。五島の稲作はコシヒカリと ヒノヒカリの2品種が中心で、2品種になるのは労力配分と夏の台風災害対策のた めのようであるが、最近ではヒノヒカリの作付面積が増加する傾向にあるという。 これは、コシヒカリは10アール当たり370キログラムしかとれないが、ヒノヒカ リは420キログラムの収量があるためと思われる。この五島の稲作は収量も低く、 収入の上でも大きなウエイトは占めないが、多くの農家がかかわり、福江島では 自給自足が可能であるという点で、農家の生活と経営の安定にとっては大きな意 味があるといえよう。水田転作では、約60%がソルゴー、イタリアンライグラス、 エンバクなどの飼料用作物であって、畜産にとってプラスに作用しているといえ る。しかし自己保全管理田なども少なくなく、これと桑園消滅などをあわせてい えば残念ながら土地の農業的利用は後退しているといわざるをえない。 第二の農地の転用と権利移動についてみると、農地法第5条許可にかかる転用 はあまり多くはなく、若干の宅地への転用があるだけのようである。しかしそれ でも地価は決して安くはなく、福江市内についてではあるが、宅地への造成前で 坪当たり5万円、造成後で同じく10〜15万円はするのではないかといわれたが、 その背景には公共事業の用地取得が減っておらず、その価格も下っていないこと が関係していると思われた。耕作目的の売買ではほ場整備ずみの30アール区画田 で10アール当たり110万円ていど、未整備田で50万円ていど、畑で40万円ていど のようである。農家の農地処分の背景には負債の整理問題があるように思えた。 そうした農地の売買では「担い手」といえる農家が買うケースより、建設業自営 とかサラリーマンでもあるといった兼業農家によって買われるケースの方が多い とのことであり、より農民的な農家は最近では買いよりもむしろ借りによる拡大 を希望する傾向の方が強いように思われた(具体的には後述)。 次に第三の肉用牛の飼養動向の問題であるが、これまでの経過は表3にみられ るとおりである。この表は実に多くのこと語ってくれるものの、・五島の農業に おいて肉牛は高いウエイトを占めてきたし、現在でも占めている。・けれども飼 養戸数と頭数の動きからいえば今ではかなりの困難に直面しているのではないか というようなことが最も重要であろう。ヒアリングによれば、五島の肉牛は、ホ ルスタインの去勢雄若牛を別としてすべて黒毛和種であり、農家の飼養は、2戸 ほどが数10頭の肥育をしている以外は基本的に繁殖であって、肥育は農協が直営 で行っているものである。それは、・島で生産した子牛の価格を高めに買支える こと、・肥育して産肉能力の把握をすることなどを目的としているのだというが、 こうして島内で肥育された牛の肉は多くが島内で消費され、県外に出ることはほ とんどないという。 表3 肉用牛飼養の推移 資料:五島支庁農林水産部「五島の農業」 ところで、この五島の繁殖和牛とその子牛の飼い方は、基本的に舎飼いであっ て、放牧のウエイトは非常に低い。「畜産振興総合対策事業」などによって、飼 養管理施設の整備が行われている一方で、放牧やそのための土地の改良などにつ いて、一部の農家がここ数年で100ヘクタール程度の草地化を図っているが、全 体的な取り組みには至っていないという。五島の全地積が約63,000ヘクタール、 杉、桧などを主とする山林が約44,000ヘクタール、農地が約6,000ヘクタールとし て、差13,000ヘクタールていどの土地のうちの相当部分は、自然条件的には草地 化しうるとみられ、実際20年位前までは富江と三井楽の2カ町では町が公社をつ くって牛の受託飼養をしたこともあった。しかし、ダニによるピロプラズマのた め手痛い打撃をうけて以来、放牧にはアレルギーがあるというのである。また、 放牧で活用可能な耕作放棄地などのほとんどは、必要不可欠な水の確保が困難で あるとともに、地権者が島外へ移り住んでいたり、入会その他複雑な権利関係が あって、同意をとることが困難であるという。たとえば、鬼岳という山について は、タバコ農家のたい肥生産のための採草が優先され、畜産的には使えないとい うような問題もあるとのことであった。 県行政は、なによりも肉用牛産地の維持拡大こそが最大の問題で、平成10年を 底としてその後増頭に向かい始めたのを伸ばしたいという立場にたっている。そ して・当面は農地の活用だけで自給飼料はまかなえる。・繁殖牛だけで生活する ためには積極的に頭数を増やして、成牛を最低50頭程度飼うことが必要である。 ・規模拡大のための牛の導入については、家畜導入事業資金供給事業の活用を考 えており、そこで、・若い人の畜舎の新増築を支援することが現在の中心的な課 題だというわけである。これには農協も積極的にかかわっている。 以上をふまえて、市町の行政に農協でのヒアリングを加えて、その要点を記し、 次に農家でのヒアリング結果にふれ、最後に全体をまとめることとしたい。
今回の調査では、いずれも短時間ながら福江市と三井楽町で農業委員会事務局 を含む行政と農協から若干のヒアリングと資料収集をすることができた。断片的 な記述にとどまらざるをえないが主なことを記していきたい。 福江市役所での調査結果 ここでは、認定農家の動向、中山間地域直接支払いへの取り組み状況、農地賃 貸借とその畜産的利用との関係などについて若干をうかがうことができた。その 要点は以下の通りである。 1.福江市の認定農業者の数は、これまでのところは農事組合法人を含めて51人 であるが、第1位が葉タバコ農家の33戸で、2位が畜産の15戸である。 2.中山間地域の直接支払いを受けるべく取り組みを始めたのは、条件を満す6集 落のうちの5集落で、そのうち4つが水田の多い久賀島の集落であった。集落協 定がまとまった集落はまだないというが、五島では和牛生産との関係は薄いよ うである。 3.農地の移動は、売買は減って、次第に貸借が多くなってきている。しかし法 律的に正規の賃貸借より当事者の話し合いだけで貸し借りが行われているもの の方が多いという。小作料はこの権利関係のあり方の問題とは関係なく、小作 料のあるものと(賃貸借)とないもの(使用賃借)に分かれ、あるものの小作 料は土地残余方式で算定された標準小作料に準拠して10アール当たり田で12,0 00円、畑で(作物を問わず、)5,000円程度であるという。地力問題が賃貸借 に影響することはあまりないようである。また畜産農家は一定の自作地を確保 するものが多いが、中・大規模になれば、かなりの面積を賃貸借している農家 もあるようである。 三井楽町役場でのヒアリング 三井楽町では農地事情と畜産の関連を念頭においたヒアリングを多少すること ができた。以下でわかった限りを摘記していく。 1.三井楽町でも人口と農家の数は非常に大きく減少してきた。昭和50年を基準 として現在の農家数は約半分である。認定農家の数は現在18戸である。甘藷は 激減し、桑畑はなくなった(麦畑になったものが多いが荒れて畑でなくなって しまったものも少なくない)。現在の土地利用は大麦、野菜(ソラマメ、レタ ス、カボチャなど)、米(コシヒカリが主で、収量は10アール360キログラム 程度)、飼料作物などだが、収入的には第1位がタバコ、第2位が畜産、第3位 が米である。茶もあるが、これは始まったばかりである。水田の転作割当ては、 平成12年に65.1ヘクタールだったが、自己保全管理が30%だったほかは飼料作、 麦、大豆などの「バラ転」で対応した。集団転作はなかった。 平成7年に策定した「基本構想」が掲げる経営類型の数は、8タイプであるが、 肉用牛を含んでいるものが4類型ある。現在稲作を手広く拡大している農家は いない。手広く作業受託をしている者もいない。しかし米の自給にはやはり農 家としてのこだわりがあるという。タバコでは2世代4人に雇用を入れて6ヘク タールを作っている農家が最も大きいが、タバコなら2人で2ヘクタールつくれ ば専業で生活できる。だから町全体で21戸のタバコ専業農家があって、そのタ バコ作付面積は全部で57ヘクタールである。 一方、畜産(和牛飼養)農家は全部で75戸あるが、うち12〜13戸は兼業農家 であり、15戸は最近畜舎を大きくした農家である。畜産農家はほとんどが畜産 プラス・アルファであるが、そのアルファは野菜か米で、タバコを作っている 農家は1戸しかない。 2.耕作放棄された農地は、200ヘクタールはあるが、畜産のお陰で草地化されて、 耕作放棄地の増加が防がれている傾向もある。 畜産再編総合事業の一環としての山地畜産確立促進事業によって平成7年度 から11年度までの5年間に、耕作放棄地などの43.2ヘクタールを永年牧草地に したのがそれだ。この事業は火入れ、刈り払い、耕起、施肥、播種などを対象 にした補助事業で、畜産農家19戸が6組合を結成して、この事業で草地を拡大 した。自作地のほか借地もあったと思う。 3.三井楽町の田は167ヘクタールであるが、このうち1地区の約20ヘクタールだ けが30アール区画に整備されている。残りの140ヘクタールのうち60ヘクター ルは湿田である。 農地の貸借は増えているが、農地流動化推進員が熱心に取り組んでいるのは、 タバコ作のための利用権設定であり、その小作料は標準小作料(10アール当た り田10,000円、畑2,000円と3,000円)を基準としている。利用権の設定率は飼 料作の分を含めて30%を超えている。
三井楽町には、和牛農家75戸のうち14戸が会員となっている牛心会という名の 自主的な組織がある。この会は平成3年4月に、当初は17戸の繁殖農家が集まって、 @仲間づくり、A勉強などを目的として結成したものであるが、年6,000円の会 費を徴収して活発な活動をしている。その実際の活動のなかでは、老人や婦人だ けの農家の牛飼いを助けて、地域全体の牛を減らさないようにするということが かなりのウエイトを占めていて、地域の和牛生産に大きく貢献しているといえる。 この会員数名に集まっていただいて、会員の経営と牛心会の具体的活動などに ついてうかがうことができた。以下はそのヒアリングの結果である。 牛心会員の経営と飼料作についての意見 14名の会員は繁殖雌牛5〜6頭飼養者が2人、10〜20頭飼いが6人、20頭以上飼い が6人(うち1人が30頭、2人が50頭以上飼養)であるが、総じていえば牛が好き で、今後とも飼い続けたいと思っている人たちである。そして14人中12人が実際 に頭数を増やしている。14人のうち4人は専業農家で、その経営は繁殖牛プラス 田および野菜である。ただし、うち1人(Yさん)だけは田がない。繁殖牛の頭数 は25頭、30頭、74頭(Bさん)、83頭(Yさん)である。このうち、YさんとBさん については個別にお宅を訪ねてヒヤリングをさせていただいたので、その個別経 営にかかわる部分については後述することとして、ここでは共通の認識と問題意 識だけを記していきたい。 まず飼料を作りながら頭数を増やすとして畜舎、機械の面でひとつの段階であ るのは20頭で、この規模を越えようとするとかなりの設備投資が必要であるとい う。次に繁殖和牛の飼養で専業農家的な経営を維持できるがどうかの境目は50頭 であるという。そしてこの規模になると設備投資としては、どんなに補助金を活 用しても1,500万円の自己資金が必要になるという。 次に飼料作についていうと、五島では10アール当たり1作5〜6トンの収穫があ るので、1頭当たり20アールがメドになるという。そして五島にはまだまだ土地 はあるので粗飼料の購入を考える必要はないという。ここでまだ土地はあるとい うことの意味は、いくらでも貸手がいるということであるが、ただ、・遠い、・ 小さい、・形が悪い、・地力が低い、・道路が悪い土地が多い、ということで、 貸手と借手の間の話しがあわないことも少なくないという。 飼料作用に借りる上では、もと畑でチガヤが生えたような野草地が最もよいと いう。なぜなら、・ローターリーを入れないでよい、・雨の日でもハーベスター が入る、・草に対する牛の嗜好性が高い、・早く乾草になる、・追肥だけで2回 刈りができ播種もいらない−からである。収穫は1回目が4トン、2回目が3トンで、 この方が牧草よりもむしろトクであるという。だから野草は日本的牧草というべ きであるというのである。 こういう土地の貸借は農地であっても農業委員会には届けていない傾向が強い という。小作料はないところとあるところがあり、ある場合は標準小作料の2,0 00円が相場であるが、「払わんばとりあげられる怖れがある」から、むしろ払う ようにしているという意見もあった。 この野草地化した畑への放牧もありうるが、水と牧柵の問題を解決しなければ ならないという。 牛心会の地域の和牛生産維持のための活動 牛心会では会発足の当初、当時牛を飼っていた農家150戸にアンケートをとっ たところ「手伝いをしてもらいたい」という希望が一番強かったので、地域の牛 を減らさない−牛が減ると今は年6回の市場の開催回数が減り、九州ばかりでな く三重、静岡からも来ている大口の客がこなくなってしまう恐れがある−ために、 有償で、引き出し、除角、分娩介助、などを手伝うことをしている。その対価は たとえば、子牛の引出し3,000円、除角2,000円、(以上いずれも1頭当たり)給餌 (1日2回)5頭まで5,000円、10頭まで6,000円といった額であるが、14人の全員が 輪番で出役している。その収入は平成11年度に53万円余であったが、出役者の食 事代など約32万円を引いた残りを会に入れて、年1回の先進地視察の費用などに あてているという。
今回の調査では、いずれも短い時間であったが、前出のYさんとBさんを含めて 4戸の和牛農家を訪ねてヒアリングをした。ここではその結果の要点を記してお きたい。 福江市のHさん(55歳) 家族と労働力は、奥さんと30歳の息子さんの3人。繁殖牛101頭飼養、農地は畑 のみ13.5ヘクタール(うち小作地11.0ヘクタール)、農地には全面積飼料作物を 作付け。農業販売収入はすべて牛販売代金。 ・牛舎を平成3年と8年に建てて、自宅から車で通っている(所要3分)が、お産 がある時など牛舎に泊まることもある。将来は成牛100頭前後、育成牛を含め て総頭数120頭にしたい。 ・息子は農業高校をでて卒業後島外で4年働いたあと平成4年に帰農した。 ・自作地(2.5ヘクタール)には、以前は麦と甘藷を作っていたが、昭和62か63 年からは全部飼料作にした。 作っている飼料作物はソルゴー、トウモロコシ、イタリアンライグラス、イ タリアンライグラスと大麦の混播である。 ・借地を始めたのは昭和62年頃からだが、今では「預かってくれんか」というの がほとんどである。小作料があるのとないのは半々ぐらい。あるのは10アール 当たり4,000円と2,000円である。自分は農業委員会の小作料協議会に出ている が、そこで標準小作料の額を下げる前から借りていたものが4,000円である。 正式に利用権になっているものと、そうでないものの両方がある。たまたまそ うなっているだけで農業委員会が届けろといえば、駄目だという人は今ではい まい。戻してくれという人もいない。 ・飼料畑は大きくいって4地区に分散している。 ・放牧には、山はないし、頭数も多いから関心はない。 福江市のSさん(36歳) 労働力は本人と両親、繁殖牛43頭、水田はなく畑6.86ヘクタール(うち小作地 4.14ヘクタール)、飼料作面積4.86ヘクタール。この1年間に子牛19頭を販売した が、農業粗収入では畑1.73ヘクタールのタバコによるものの方が多い。 ・自分は学校をでてすぐに就農した。今まではタバコ中心だったが、両親が年齢 をとり、年金をもらうようになり、自分が中心になるようになったので、今後 はだんだんに牛中心に変えていきたい。畜産は盆も正月もないし、収入もタバ コの方が多いが、牛が好きだから。 ・畜舎は昭和60年〜61年頃に全部自己資金で建てた。それまでは6頭位だった。 ・現在の小作地、4.1ヘクタールの地主は11人か12人である。タバコの時代から 借りてはいたが、牛を増やしたので借地も増やした。返してくれといわれれば 途中でも返すけれども、父が農業委員だったので全部10年の正式の利用権設定 にしてもらった。小作料はすべて10アール5,000円だが、12月30日までに持参 払いしている。ほとんど親せきだが、まけてくれる人もいる。今では借地は、 向こうからやってくるようになった。 ・作っている飼料作物は夏がソルゴー60%、トウモロコシ10%、ギニヤグラス30 %。冬は、イタリアンライグラスと大麦の混播が100%である。エンバクでな く大麦にしているのは、その方が種子が安いからである。 ・適当な土地がないし、売りがあっても高くて買えないので牛舎を増やせない。 だから牛も増やせない。そこで牛と何を組み合わせたらいいか今考え中である。 ・放牧は通年放牧を考えている。自分名義の畑が2筆、1ヘクタールと60アールあ るので牛舎に入らないものをここで飼いたいと思っている。 三井楽町のYさん(41歳) 奥さんは外のパートをしながら農業に従事。子供は6人いるが、次男が農業高 校に在学中。そういう意味で後継者はいる。経営農地は畑のみ15ヘクタールだが、 このうちの自作地2.0ヘクタールの一部では財布が別の両親が野菜を作っている。 繁殖牛は83頭。過去1年に子牛46頭を販売。 ・昔から私の地域には田はなく、陸稲を作るか、麦3俵と米1俵を交換するかして いた。陸田もあったかもしれない。昭和25年頃までは、常食はイモと麦で、米 は特別の日だけ食べることができた。それでも私は田は嫌いで稲を作る気はな い。 ・ずっと昔切干イモと牛2、3頭だったようだが、牛はかなり前から10頭ぐらいに なっていた。昭和49年に、まだ親の代だったが20頭牛舎を建てた。親の年金受 給時に農地の権利の大部分を私に移して貰ったので、それから頭数を増やしな がら、飼料作物を増やしてきた。 借地もこの頃から増やして現在14〜15人から13ヘクタール借りている。現在 では向こうから作ってくれというものもある。小作料は払っているものの方が 多い。 ・現在作っている飼料作物は夏がローズグラス、バヒヤグラス、ソルゴー。冬が イタリアンライグラスと大麦の混播およびエンバクである。 ・そのほか元畑の野草地をを5〜6人の人からあわせて10ヘクタール借りている。 野草地でもまとまっていると畑よりむしろ役にたつ。 三井楽町のBさん(53歳) 労働力は妻と2人。子供は女子ばかりで誰も継がないといっているので後継者 のメドはたっていない。繁殖牛は74頭で去年子牛45頭を販売したが、それ以外に 米(1.5ヘクタール)、野菜(レタス15アール、ソラマメ15アールなど)がある。 経営耕地は田2.7ヘクタール、畑12.0ヘクタール 、計14.7ヘクタール。うち自作地 が田0.33ヘクタール、畑4.0ヘクタール、計4.33ヘクタール。小作地が田2.37ヘク タール、畑8.0ヘクタール、計10.37ヘクタール。 ・田のほとんどは6戸からの借地で小作料は40キロ俵で米3俵だが、収量が低い (10アール当たり420キログラム)上、米価も低い(60キログラム当たり15,0 00円)のでやめたい。野菜は妻の意見で現状維持でいくが残る農地はすべて飼 料作でいく。 ・畑の貸主は8〜9人おり、ほとんどの人が「いくらでもよか」といってくれてい るが、自分の判断で標準小作料を参考に、2,000円か3,000円を払っている。
短い日程の中で多くのことを意図しすぎたためにかえって散漫になってしまっ たと言うことと、当初の問題意識とはかなりちがった結果になったということが、 今回の五島調査を終わっての感想である。しかし、それはそれでも、私にとって は大変勉強になったし、島の和牛飼育とその一環としての土地利用を事例として、 今後の条件不利地域対策について感想的ながらも若干の問題を述べることができ るようにも思われた。以下に、そうしたことを述べて、この報告をむすぶことと したい。 五島支庁農務課が平成12年10月付けでまとめた最も新しい資料「五島支庁管内 畜産の概要」によれば、平成12年4月1日現在で、五島には550戸の和牛飼養農家 があって7,405頭(うち繁殖雌3,867頭)の肉牛が飼われている。また平成11年に は田畑あわせて1,335ヘクタールの飼料作物の作付があり、さらに、500ヘクター ルの野草地が飼料採取に供用されている。これは第一に、前掲表3との比較でい って頭数の減は底をついて増勢に転じたということであり、第二に、1戸当たり では13.5頭の飼養規模だということであり、また第三に、乳牛(368頭)を加味 していって1頭当たり23.6アールの粗飼料生産があった、ということである。 この和牛の飼養と生産の背景には五島家畜市場での子牛価格が堅調だった(平 成12年度の平均で1頭当たり約36万円、これは平成10年度と、11年度の価格は下 回るが7年〜9年度の価格よりは高い)ということもあろうが、ガット・ウルグア イラウンド以後、国と県が各種施策を提供し、それが一定の効果を発揮したとい うこともあろう。そしてなによりも農家の努力の結果も見逃すべきではないだろ う。 しかし、こうした価格水準が今後とも維持されるという保証はないし、飼料を 作り牛を飼うという労働を担う農業者の高齢化と減少も不可避だとすれば将来を 楽観的に予想することはやはりすべきではないであろう。 そういう前提でことを考えると特効薬的なものは何もないと思わざるをえない が、しかし他方で、五島という島を愛し、そこでの農業と牛飼いを愛する人が少 なからずおり、その人々が島ならではの余裕をもって牛を飼っておられるという 事実も確認できたのであった。こうした方々を激励して、たとえば、正式の利用 権設定を中心に、農地の賃貸借と団地的利用を奨励して飼料作を拡大するとか、 耕境外にはみ出しつつある畑の野草の採草や放牧形態での有効利用を考えるとか、 牛心会のような協同のあり方を励ますとか、農家と行政が一体となって考えれば、 工夫できる余地は他の地域より多くあり、五島の和牛の未来を拓くことはできる と思えたのである。また人口扶養力という点ではそれほど大きなものではないと しても、肉牛の飼養が条件不利な島嶼の地域とそこへの人の定住の維持には、大 きな意味を持つことは、確かめられたと筆者には思われた。最後に直接支払いが、 牛の飼養とそのための飼料生産にも十分に注意を払い、以上のような方向を激励 するものとして、改善・強化されることは大変に有効だろうということを強調し て本稿を結びたい。 補記:この調査には農畜産業振興事業団から調査役岡田摩哉氏の同行をいただい た。また現地では、長崎県のご協力をいただき、五島支庁農務課の課長川久保喜 市氏ほか課員のみなさん、農業改良普及センターの畜産担当のみなさんにお世話 になった。特に矢野隆之氏にはスケジュールのセットのほか全日程ご案内・ご同 行をいただいた。そのほか、福江市、三井楽町およびごとう農協の畜産と農地担 当の各位、農家のみなさんのご協力をいただいた。記して御礼申し上げる次第で ある。