(株)農林中金総合研究所
取締役基礎研究部長 蔦谷 栄一
平成12年秋決定された緊急総合米対策により生産調整は100万ヘクタールを超 えることとなったが、わが国田地面積260万ヘクタールの37%強という数字はも はや「調整」というようなレベルの数字ではない。「転作」ではなく「本作」と して取り組むべきだ、との指摘はまことにもっともな話で、麦、大豆、飼料作物 等低自給率作物の生産奨励が行われ、転作を通じての自給率向上が意図されてい る。 しかしながら現場からは、麦、大豆については収穫時の雨による品質低下、ま た安定的販売先の確保が困難であること等から、結局は収穫せずに土に鋤き込ん でしまう転作奨励金目当ての「荒らしづくり」も多いという話も聞こえてくる。 ところで、生産調整による飼料作物面積は昭和55年の15万6,000ヘクタールか ら平成7年には9万1,000ヘクタールにまで減少し、その後若干増加はしたものの 12万ヘクタール弱で推移している。そして、生産調整面積との比率では、昭和 55年に30%であったものが、ほぼ一貫して低下傾向をたどり平成11年には22%と なっている。これは田畑輪換が可能になったとはいえ、トウモロコシは本来乾燥 地帯の作物であるため湿害を受けやすく、また、イタリアンライグラス等の牧草 は寒地型の作物であり、夏枯れ等に弱いなど日本の気候風土にはなじみにくいこ とから、転作によって飼料作物への転換が可能なところでは既に転換・定着して おり、現状に上乗せしての飼料作物の大幅な生産増加は難しいことを雄弁に物語 っているように思われる。
新農業基本法で明確にされたように、食料の安全保障と食料自給率の向上、さ らには循環型・持続型の農業に取り組むことによって農業の持つ多面的機能を発 揮させていくことが21世紀の日本農業の大前提となる。ところが、ここで決定的 に欠落しているのが適地適作の考え方である。農業はそもそも自然条件に反して は成り立ち得ないものであって、これを無視していかに旗を振っても結果が伴わ ないのは当然である。「瑞穂の国」にあっての適地適作は水田稲作であることに ついて異論はなかろう。そして自給率向上のベースには自給力の維持・向上があ り、水田を水田として保全し、水田を1つの備蓄形態として位置付けていくこと が肝要である。 ここで食料自給率について見てみると、平成9年度までの32年間でカロリーベ ースでの食料自給率は32%も低下しており、その原因は極めて明快で、1人当た り米消費量の大幅な減少と、飼料穀物、油脂類、小麦粉の輸入増加である。これ は所得向上等に伴っての食生活の洋風化が極めて大きく影響していることから、 自給率向上のためには食生活の見直しが不可欠であるが、戦後50年をかけて形成 されてきた食生活を一朝一夕に変えていくことは不可能である。そこでこれまで 自給率を下げてきた飼料穀物、小麦粉等を直接わが国で生産しようとしてきたわ けであるが、これを適地適作で稲により、水田を水田として活用することによっ て代替していこうというのが筆者の年来の主張である。これまでの「米は人間が 粒で食べるもの」という固定観念から脱皮して、稲(米)は人間が食べるだけで はなく家畜にも供給していくとともに、工業用原料としての活用、さらには人間 が食べる米についても粒にとどまらず粉でも食べていこうというものである。
技術開発によって変わってはくるが、当面、小麦粉を米粉で、粗飼料・飼料穀 物を飼料用稲で、油脂類を米ぬか油で、極力代替していくものである。米粉につ いては新潟県食品研究センターによる微細粉技術によって小麦粉に遜色のない米 パンの製造が可能となり、新潟県内に米パン専門店なり専用コーナーを置いた店 がいくつも出店している。新潟県外での販売店も増加しており、さらには新潟県 黒川村では学校給食への導入も実現するなど、普及ベースに入ってきている。ま た、飼料用稲についてもホールクロップサイレージへの取り組みが全国各地に見 られ、特に宮崎県、熊本県を中心とする南九州での広がりが顕著で、13年度宮崎 県では900ヘクタールの増加を目標に掲げている。一般的には飼料用稲のコスト は輸入乾草と比較してやや高いとみられているが、多収品種・省力技術の開発等 でコスト低下が進み、輸入価格を下回る事例も出現しており、農家にとっての収 益性も相対的に高く、飼料用稲は経営的にも持続可能性の高い作物として位置付 けることができる。このように飼料用稲についても試験・研究から実践・普及の ステージに移行しつつあると見ることができる。 WTO体制下で転作奨励金が支給可能な間に、米粉なり飼料用稲等を一人前に育 て、地域実情に応じて人間が粒で食べる水田、粉で食べる水田、家畜飼料用の水 田等と用途別稲作生産によって、適地適作、水田としての保全を推進していくこ とが望まれる。 こうした稲(米)の多角的利用は、飼料穀物等の輸入増加から自給率を引き下 げているアジアモンスーン地帯共通の課題でもあり、米の多角的利用を日本で成 功させていくことはアジアの米を救い、食料主権を確立していく大きな使命をも 帯びているのである。
つたや えいいち 昭和46年東北大学経済学部卒業。 同年農林中央金庫入庫。農業部部長代理、総務部総務課長、熊本支店長を経て、 平成2年農業部副部長。8年7月(株)農林中金総合研究所基礎研究部長、 9年6月同取締役。