研究代表者 新潟大学 農学部 講師 藤村 忍
消費者の鶏肉、鶏卵へのニーズは、低価格を求める一方で、より高品質なもの を志向しており、「おいしさ」「うまさ」という食味に対する要求が高まってい る。しかしおいしさは、鶏肉、鶏卵ともに多くの成分により複雑に構成され、 「この成分がおいしさの素」と単純化するのは容易ではない。また「実際の食味」 と「化学的・物理的分析結果」の関連性の統合も同様である。これらの点につい て、おいしさを目標として開発を行っている機関(注)と連携し、消費者により おいしい鶏肉ならびに鶏卵を届け、鶏肉、鶏卵の需要を向上させるための調査研 究を行った。鶏肉においては、策定した評価法によってブロイラーと地鶏等の差 を明確に分けることが可能であることなどを報告した。詳しくは前報(99年3月 号および12月号)を参照されたい。 本報告では、鶏肉について、官能評価と理化学分析との関連について検討し、 次いで応用例として、おいしい地鶏および銘柄鶏の作出への利用、飼料と味との 関係等の検討についてまとめる。 また鶏卵については、今後の卵の消費拡大に寄与することを目的とし、7県約 1,111名の消費者による鶏卵の利用形態調査を実施した。
官能評価と理化学的分析データの斉一性の検討 1 官能評価 官能評価試験によるブロイラーと地鶏等の解析結果の集積から、肉質の差の有 無については、2点識別法によって両者に明確な差を認めることが可能であった。 この評価法での評価項目は総合評価とした。 次いで差の要因を対比較法によって検討した。ここでは要因を、香り、歯ごた え(かたさ)、味、総合に分けて解析を行った。総合評価は、多くの組み合わせ において2点識別同様の差を認めた。歯ごたえは、ブロイラーと地鶏等間での明 確な差が認められた。味については、地鶏等とブロイラー間で差が認められた結 果が多いものの、歯ごたえの差の検出頻度よりは低いものであった。香りで、差 が認められたケースはまれであった。 これらから、地鶏等とブロイラー肉の官能的な差の要因は、第一に歯ごたえで あり、次いで味と考察された。香りの差は、歯ごたえ、味に比較すると小さいと 考察された。これは、鶏肉の脂肪含量が少ないことを反映したものであろう。ま た、試験実施場所間の差は、特に認められなかった。ただし被験者の選抜と初期 の訓練は十分に行う必要があった。 2 呈味成分の評価 グルタミン酸(Glu)は鶏肉の主要な呈味成分である。このGluの検討の結果か ら、地鶏等のGlu量はブロイラーと同程度かあるいは低い傾向が見られ、共同研 究各県のデータにおいて、同様の傾向が見られた。むね肉のGlu含量においては、 必ずしも地鶏等の優位性は認められない可能性が示唆された。三枝ら(1987)は、 シャモとブロイラーむね肉の比較においては、前者のGluが多いと報告しており、 今後の検討も必要である。 核酸関連物質の検討では、イノシン酸(IMP)が最も多く検出された。このIMP は鶏肉の主な呈味成分である(Katoら、1989、Fujimuraら、1995)が、鶏種間比 較において、地鶏等はブロイラーよりも高い傾向が示された。これは著者らの報 告(1994)と同様の傾向であった。ただし変動が大きい成分であるため、比較に は注意が必要である。本調査研究は官能評価と成分分析に同一処理の試料を用い て進めてきたが、官能評価での地鶏等とブロイラー肉の味の差にIMP量が影響す る可能性が示された。 3 かたさの評価 剪断力価は手法の確立に難点のある項目である。それは機器ごとの数値がそろ え難い点と誤差のためである。後者に関して、浅胸筋は繊維が一方向に向いてい ないことが誤差の一因となっている。地鶏等とブロイラーの比較では地鶏等がか たいとする結果が得られ、ヒトの官能評価結果と同様の傾向を得ることが可能で あった。しかしかたさの数値的な差は、ヒトが官能的にイメージする数値よりは 小さい。 かたさは、歯ごたえ、歯切れ、もろさなどの多くの官能評価項目に分類され (種谷、1997)、それらを1手法で評価することは困難であることから、目的に 合わせて複数の手法を組み合わせる必要がある。本調査研究では異なる2種のプ ランジャーによる評価とした(図1−1)。 ◇図1−1:肉のかたさ測定◇ 4 まとめ 「味」の数値化を目的として、鶏肉の呈味有効成分であるGluおよびIMPをはじ めとする遊離アミノ酸および核酸関連物質の測定を行った結果、地鶏等のGluは ブロイラーと同程度ないしやや低い傾向、IMPは地鶏等が高い傾向を得た。これ ら2成分はうま味の相乗効果があることが知られているが、鶏肉の特徴として、 IMPが非常に多く、Gluとの合計値にIMPが占める割合は90%以上である。うま味 相乗効果は、IMP+Gluの一方の比率が20%以下では低下することが知られており、 鶏肉は相乗効果の効力が最大時よりも低下した範囲での評価となると推定され、 このバランスも考慮に入れる必要がある。またIMPは熟成とともに大きく変動す るという特色がある(図1−2)。 ◇図1−2:熟成時における呈味成分変動◇ ところで、この呈味成分量の差以上に、消費者は「ブロイラーに比較して地鶏 肉がおいしい」というイメージや感想を持つ傾向にある。この差は何であろうか。 1つには、ヒトの味覚器の感度が高いこと、 またヒトの評価は総合評価が主体で あり、各成分を統合した差として現れること、品種間の呈味物質の差は僅少で、 測定値が誤差にかき消されるケースが見られることなどが挙げられる。 現在の課題として、総合的な「おいしさ」指標として、肉の呈味物質の保持力 としての保水性、調理による影響の評価としての加熱損失率などの要因を加味す る必要があると考察している。さらに、より使いやすい指標とするためには、複 数の評価項目を1つの簡便な尺度にまとめ上げることが必要であり、それについ ては検討を続けている。 品質向上に向けた手法の応用例 1 おいしい鶏肉作出のための育種選抜への利用 よりおいしい地鶏および銘柄鶏の作出のための応用として、選抜への利用を検 討した。在来種3鶏種の交配およびブロイラー各5羽での検討を試み、Gluおよび IMPの結果を表1−1に示した。IMP量は9、8、6区が多く、これらと10区との間に 有意差が認められた。Gluは、9、5、6、10区の順で多く、1、4、7区は 少なかった。このデータを基に鶏種を要因とする解析を試みると、IMP量は父母 鶏種ともに有意ではなかった。Glu量では、母系種間差が有意となり、Cが82.1μ g/gと他鶏種に比較し、約20%低かった。父系種間差は有意でないが、母系種 間差と同様にCが低い傾向にあった。 この試みは必ずしも明確な結果を得るには至っていないが、データ数を増やす とともに、精度を上げ、いくつかの肉質評価要因を加えることにより、今後の利 用の可能性が高まると推察した。なお供試数が少ないことから、現時点において の交配、遺伝子およびヘテロシス効果の解析結果は割愛する。 表 1 - 1 異なる交配によるグルタミン酸 およびイノシン酸 注:平均、P<0.05 ABCは在来種、Dはブロイラー 異なる文字間で有意差あり。 2 おいしさへの飼料の影響の評価 現在、わが国の鶏肉生産に多くのシェアを持つ「銘柄鶏」は、肉専用種の飼養 方法を工夫することにより差別化を図るものと定義され、飼料も成分や給与量の 制限がなされている例が見られる。本調査研究における呈味指標の応用の1つと して、鶏肉の飼料と呈味成分量の関係の検討を行った。 この検討の理解にはまず過去の知見を認識する必要がある。飼料量や組成を変 動させた場合、体重増加量が異なっても筋肉構成アミノ酸に差は認められないこ とが知られている(Rothら、1990)。このため筋肉のアミノ酸組成や遊離アミノ 酸に、飼料は影響しないと考えられてきた。Farmerら(1997)は、風味への日齢、 鶏種、飼料、飼育密度の影響を検討し、鶏種(遺伝子)、日齢の影響が大きく、 飼料と密度の影響は非常に小さいと報告した。しかし、それらの学術的な知見に 対し、香りについては、飼料の脂肪酸やハーブ抽出液などの添加の影響を受ける ことが知られ、飼料による改善の余地がある。また著者らが、むね肉を試料とし て、味を決定する遊離アミノ酸および核酸関連物質に的を絞り、飼料との関係を 検討したところ、結果として飼料の給与制限によりGluは有意に低下し、IMPは有 意に増加した(図1−3)。その変動量はGluが約30%、IMPが約10%と大きく、官 能評価で肉の味の差が認められた。この変動の要因を検討したところ、飼料の摂 取量、つまり熱量が影響する可能性が示唆された(藤村ら、2000)。 銘柄鶏の生産で行われる飼料制限や給与栄養素量の変更などの処理のいくつか は呈味物質量を低下させる可能性がある。また、地鶏等では、多くの場合厳密な 栄養要求量が定まっていないため、適切な栄養管理がなされていない場合は、呈 味物質量が影響される可能性が考えられる。飼料給与の重要性が再認識される結 果となった。 3 もも肉の評価 わが国の鶏肉消費は、欧米とは異なりもも肉が主体である。もも肉は、多くの 筋肉が複雑に折り重なって構成されている点でむね肉と異なる。また筋間には脂 肪が蓄積しやすいという特徴がある。一方、これまでの鶏肉に関する研究報告の 多くはむね肉でなされてきた。それは主に試料量の問題による。例えば剪断力価 を測定するには量や厚さの問題からもも 肉よりも浅胸筋が適当である。本調査研 究においてもむね肉を主体として進め、 その応用をもも肉に当てはめるという手 順で進めてきた。 ブロイラーと地鶏等のもも肉は、肉量が大きく異なるため、比較の際には特定 の部分に限定するか、全量の混合物を用いるかの2つの考え方がある。処理時に 成分が変動しやすいことから本調査研究は前者を用い、大腿二頭筋(赤色筋)と 長腓骨筋(白色筋)を試料として検討した。ちなみにブロイラーの場合、大腿二 頭筋は、全もも肉の約15%を占める。遊離アミノ酸において、むね肉はGluおよ びアラニンが多く、もも肉はGlu、プロリン、トレオニンなどが多く含まれる。 これらの「味」への寄与を推測するため、各アミノ酸の味覚閾値と比較すると、 Glu以外は閾値を上回らないものであった。しかしそれらが核酸などと相乗ない し相加効果を生じている可能性は十分に考えられる。もも肉評価においてはこれ らのアミノ酸量の検討が必要であると考えられた。脂肪については、それ自体は 無味であるため、基本味への寄与は小さいと考えられるが、香りや食感、全本的 なおいしさへの寄与はある。 ◇図1−3:むね肉のグルタミン酸濃度に及ぼす飼料成分の影響(P<0.05)◇
鶏卵においては、前報において成分分析を行ったが、さらに「消費者の求める おいしさ」を絞り込むために鶏卵の利用形態調査を実施した。 調査方法 調査期間:平成11年10月〜11月 調査方法:アンケートの対象者は、青森、新潟、神奈川、兵庫、岡山、愛媛、鹿 児島の7県の畜産フェア来場者と群馬県の短期大学の文化祭来場者等、合計8県の 消費者で1,111名(男227、女884)である。その内訳は、10代84名、20代123名、 30代183名、40代262名、50代246名、60代213名である。年代別構成割合は、10代 は7.6%、20代は11.1%であったが、30〜60代はそれぞれ20%前後であった。男女 比は男性が全体の20%であり、女性が80%と圧倒的に多かった調査はアンケート 調査用紙を配布し、無記名で記入、回答率は94%であった。 調査結果 各項目についての結果を表2に示した。 問1は卵の家庭での使用状況である。毎日食べる人が30〜60代では約45〜50%、 10代では30%、20代では24%と若年は利用頻度が少なかった。1日おきを加える と40代では、80%となるが、20代では50%であった。若い年齢層が少ないという ことは、欠食もあるのではないかと思われる。 問2はよく食べる卵の調理方法である。目玉焼き20.5%、厚焼き卵18.7%、ゆで 卵15.5%、炒り卵9.7%、生卵9.7%、かき玉汁8.8%、薄焼き卵6.8%で年代差はな く、茶碗蒸しで年代差が少し感じられた。 問3はよく利用する卵の形態では、ほとんどが全卵を使用していたが、10代、 50代、60代で3〜5%ほどであるが卵黄のみの利用がみられた。 問4は好きな卵料理名である。卵焼きが圧倒的に多く60代では約50%を占め、 全体では40%であった。オムレツは全体では14.7%であるが、若い人ほどオムレ ツを好み、20代では23%であった。茶碗蒸しは全体で14.1%であり、10代で3.3% であるのに対し40代では19.9%であった。年代が高い人ほど茶碗蒸しを好む傾向 があった。卵とじは全体で5.3%であり、ゆで卵は5.3%、生卵も2.6%であった。 問5はおいしい卵料理を食べるときの重要な点の1位を抽出した。これは年代 に関係なく「鮮度」であった。10代だけは味を重視した。 問6はおいしい卵料理のポイントである。やはりここでも鮮度が30.6%を占め た。そのほか、味16.9%、飼育方法16.9%、飼料17.9%、商品管理方法12.7%が 挙げられた。 問7は「卵の味に差がありますか」というものである。40〜60代では約80%の 人が差があると回答した。10代47%、20代59%、30代67%と年代差が見られた設 問であった。若い人は昔の卵の味を知らず、比較対照がないために、味に差があ るかどうかが分からないのではないかと考えられた。 問8は「卵は誰が購入しますか」である。30〜60代では約80%の主婦が購入し ていることが分かった。「時々家族が買う」という回答は、男性の回答と思われ る。また20代では既婚、未婚、学生でまちまちの回答と考えられる。10代ではや はり「家族が買う」が73%を占め、アンケートの結果が年代や家庭環境に合って いるものと思われる。 問9は購入の基準である。全体では鮮度36.4%、価格22.3%、殻の色9.8%、販 売店10.2%、生産者7.7%、銘柄6.5%、味3.7%を占めたが、販売店、生産者は、 年代が高くなるに従い高い回答率になった。また価格は、10代、20代では32% ほどを占めたが、60代では14%と半分以下の結果であった。 問10は「卵のサイズを知っていますか」であるが、50代、60代では100%が知 っていたが、10代では知らない人が5%であった。 問11は「卵の日付表示を知っていますか」では、10代では65%であった。 年代が高くなるほど知っている人が多くなり、60代では93%であった。 これらのアンケート調査の結果をまとめると、家庭での摂取状況は、年代別に 差はあるものの、40%の人は毎日食べていることが明らかとなった。調理方法で は、目玉焼き21%、厚焼き卵19%、ゆで卵16%、炒り卵10%、生卵10%、かき玉 汁9%、茶碗蒸し5%の順であった。またおいしい卵料理を食べるときの重要な点 のポイントは、鮮度が64%、味20%、調理法を13%の人が挙げた。まず鮮度が第 一であって、味は次位であるが、鮮度と味の差は大きく、「卵の味」自体への認 識は予想外に低いと考えられた。しかしながら「卵の味においしさの差があるか」 という設問に対しては、73%の人が差があると解答し、これは年代が高くなるに 従い増加した。本調査研究において、卵の評価についての検討を進めてきたが、 消費者の求めるおいしい卵は主として鮮度や調理法に起因すると推察される。消 費者がイメージする「おいしい卵」の味をさらに正確に把握する検討を続けるこ とにより、改良点が明確になり、今後の鶏卵の味の改善を具体的に進めることが 可能であろう。 表2 卵に関するアンケート調査結果
鶏肉、鶏卵の成分や物性に関するデータは食品学等にも提示されている。しか しそれらの多くは鶏肉・鶏卵の平均的なデータであり、品種、飼養管理、飼料、 加工・保存条件などの条件と対応させたものはほとんど見られない。生産者が必 要とする情報は、それらの条件との関連 性であり、数多くある鶏肉、鶏卵の中から「消費者が五感で感じ、おいしいと選 び出してくれる生産物とは何か」がポイントである。 これまでにいくつかの知見を示してきたが、最後に鶏肉、鶏卵の作出に当たり おいしさを測るための簡単なポイントを挙げる。 1.官能評価方法および食肉、卵の特性についての知見を有すること 2.おいしさや成分についての知見を有すること 3.訓練された官能評価被験者を持ち、客観的な評価ができること 4.鶏肉、鶏卵生産と理化学分析ができる環境にあること 詳細を挙げると不十分であるが、まずは上記が基礎となろう。 鶏肉においては、と殺後の呈味成分の変化が大きく、消費期限も短い。また保 存温度に応じて成分の変動速度が変わる。そのため、試料の管理が重要であり、 可能な限り生産や加工処理場に近いところで貯蔵条件を統一して、分析や官能評 価を行うことが望ましい。家禽関係の試験場であれば可能であろうが、そうでな い場合は近隣の施設や協力機関と十分に相談して進めるべきである。また評価は、 かたさと味が中心となるが、香りを含めていずれに差があるかを明確に見極めて いく必要がある。 一方、鶏卵のおいしさに関して、本調査研究で示されたポイントは鮮度、味、 香り、調理方法であった。また前報の官能評価と成分からは、香りと食感(物性) であった。これまでも魚臭の問題が多く報告されてきたように、香りはおいしさ を左右する点である。良い香りがすることと、雑臭がないことは、卵の評価を向 上させるポイントであり、特に後者は重要であった。また鶏種間差や飼料の影響 について、本調査研究でもいくつかの知見が挙げられた。また卵の風味の差はさ ほど大きくはないため、微妙な差を判定するためには優秀な官能評価被験者が必 要であろう。一方、卵の呈味成分については、アミノ酸や核酸関連物質からはと らえられず、今後の研究の発展に注目したい。 おいしさと一致する総合的な理化学指標については、まだ検討が必要である。 将来的に鶏肉・鶏卵用の味センサーなどの開発が待たれるところであるが、これ らも最終的にはヒトの官能評価の結果と合致させる必要がある。現状では高精度 の官能評価ができることが、おいしい鶏肉、鶏卵開発への近道であると言える。 本調査研究事業は、鶏肉、鶏卵の品質に関して1つの事例を示すとともに、いく つかの知見を提示してきたが、これらの検討結果が何らかの形で鶏肉、鶏卵の品 質向上に結びつけば幸いである。 (注):青森県畜産試験場、新潟県農業総合研究所畜産研究センター、岡山県総 合畜産センター、愛媛県養鶏試験場、鹿児島県養鶏試験場、明和学園短期大 学 参 考:畜産の情報(国内偏)99年3月号、19−25頁 畜産の情報(国内偏)99年12月号、21−27頁