★ 事業団から


21世紀の畜産経営環境対策を考える

−畜産経営環境向上国際シンポジウムから−

企画情報部情報第一課


 平成12年11月16・17日の両日、岩手県盛岡市において「21世紀の畜産経営環境
対策を考える」と題して、畜産経営環境向上国際シンポジウムが開催された(主
催:社団法人国際農業者交流協会、岩手県国際農友会、岩手県農業会議)。

 わが国畜産業は、現在、国際競争力を高めることのみならず、家畜排せつ物の
管理やその有効利用の促進などが強く求められる等環境問題が経営における大き
な課題となっており、今後一層環境に配慮した効率的な畜産経営の展開が強く求
められている。

 このような現状から、このシンポジウムは、環境規制強化が進む欧米諸国の中
で創意工夫等により過大な設備投資を抑えて家畜排せつ物処理等を適切に進めた
畜産経営者を招聘し、今後のわが国畜産経営環境の保全に対する取り組みを畜産
業界の専門家および畜産経営者とともに研究討議し、相互の理解と友好親善に寄
与する目的で開催された。

 当日は、約260人の畜産関係者が参集した中、ドイツ バーデン・ヴュルテンベ
ルク州農業省 畜産草地教育試験場課長 ハンスヨルク・ヌスバウム氏による「ド
イツにおける畜産環境対策−ふん尿処理とその有効利用の視点から−」、同国同
州の畜産経営者 マンフレード・ブック氏による「ブック農場における畜産環境対
策について」の基調講演などが行われた。

注:社団法人国際農業者交流協会

 昭和63年、社団法人国際農友会(昭和27年設立)と社団法人農業研修生派米協
会(昭和41年発足)が統合して設立された農林水産省と外務省との共管団体。主
な業務として@農業青年の海外派遣、A開発途上国等海外諸国の農業研修生等の
受け入れ等を行っている。


ドイツにおける畜産環境対策

−ふん尿処理とその有効利用の視点から−

バーデン・ヴュルテンベルク州農業省
畜産草地教育試験場課長
ハンスヨルク・ヌスバウム氏
nubaum.gif (36014 バイト) 【ヌスバウム氏】

環境負荷に関する2つの問題点

 畜産分野における環境負荷に関して、ドイツでは特に2つの問題点が指摘でき
る。1つは地下水の硝酸塩濃度の高まりとそれに起因する飲料水汚染の危機、も
う1つは家畜排せつ物からのアンモニアの放出(蒸散ないし土中浸出)である。
硝酸塩が地下水に混入するのは、主に窒素肥料を不適切な時期に、また、量的に
も過剰に施すことが原因となる。アンモニアの放出は、作物への影響が大きく農
業経営者にとって経済的損失となるばかりでなく、直接的な食物被害や生態系の
富栄養化、建物の腐食、土壌酸性化、温室効果ガスの生成にもつながる。ドイツ
におけるアンモニア放出の約70〜80%が農業に起因しているという試算もある。
また、そのうち約3分の2が牛の飼育から発生しているともいわれている。こうし
た問題は、特に1970年代、家畜飼養頭数の増加、酪農の地域集中化等により深刻
化した。

 従って、アンモニア放出を削減するための対策を、畜産分野で優先的に実施し
なければならない。この対策は、@畜舎、Aふん尿の貯留、B農業用肥料(耕作
等実際に農業経営に使うたい肥などの肥料)の散布 に分類できる。

 アンモニアの発生は、家畜の種類によって差がある。牛は、ふん尿の散布時の
損失が最も大きくなっている。養豚では、畜舎内の損失が最大である。家禽では、
鶏舎内と散布時での損失は半々ぐらいといえる。


畜舎

 畜舎内のアンモニア放出は、需要に見合ったたん白質飼料を与えることと、そ
の結果として窒素分の排せつが減少することで減らすことが可能である。これは、
特に、養豚と養鶏の場合に当てはまる。2〜3回の飼料供給量を肥育途中のそれぞ
れの体重期に正確に適応させる、いわゆる段階的飼料供給が有効といえる。

 畜舎内そのものは清潔であること、すなわち、乾燥と迅速な排せつ物除去がア
ンモニア生成を減少するのに役立つといえる。


ふん尿の貯留

 たい肥は、圧縮し湿った状態で保管されるべきである。こうすれば好気性の成
分転換はほとんど発生せず、アンモニアの蒸散もわずかで済む。腐敗液や雨水が
無防備に浸透する状態でのたい肥保管は、現在ドイツでは禁止されている。たい
肥が、ビニールなどのカバーやおがくずで覆われてほとんど成分変化が生じない
状態で嫌気性腐食分解を完全に受けることによってもアンモニア放出は回避でき
る。また、スラリーの貯留では、空気に触れる表面積を小さく保つことが肝要と
なる。浮蓋付きのスラリータンクまたは固定蓋付きのスラリータンクは、有効と
いえる。


農業用肥料の散布


 アンモニア放出の大部分は、たい肥やスラリーの散布時および散布後に、特に
気温が高く鋤き込みをしない場合に発生している。発生が少ないのは、地表面に
近い位置で低温時に散布する場合か、あるいは、小雨が降っている場合に散布す
る場合である。スラリーを高い位置から散布すると、空気と接する時間が長いた
め、アンモニアおよび臭気の放出が増加する。たい肥散布では、縦横方向にうま
く分散させて、養分が均等に配分されるよう注意しなければならない。スラリー
やたい肥が土壌中に鋤き込まれると、アンモニアは直ちに土壌粒子と結合し蒸散
は防止される。アンモニア流出の観点からみても、硝酸塩の地下水への移転とい
う観点からみても、たい肥あるいはスラリー散布を、その量も空間的・時期的分
布も作物の需要に見合ったものにすることが重要である。例えば、冬季の雪で被
われた地表への散布や地面が水浸しになっているときの散布は不適切として禁止
されている。


環境負担を回避するための法的規制

 1986年にEUで飲料水保護のための規制が、また、91年には硝酸塩に関する指針
が成立した。後者は96年に、肥料政令によりドイツの法律に転換されている。こ
のほか、バーデン・ヴュルテンベルク州では独自に、88年に水質保護地域におけ
る施肥に関する規制が施行された。水質保護地域とは、飲料水の水源流入地域で
ある。92年から経営体を支援する新たなMEKAプログラム(市場負担軽減および
耕作景観保持調整金制度)が導入された。これは、自発的な契約に基づくもので、
市場および環境負荷の軽減措置を行った場合に州が経済的支援をするものである。

 こうした状況下で、ドイツの畜産経営者はどのような履行義務と制限を守らな
ければならないのか。特に、アンモニア放出と硝酸塩移転に関する重要項目に関
して説明したい。

 肥料政令によれば、肥料は時期的にも量的にも、養分がきちんと作物に取り込
まれ、従って養分損失が生じないようなかたちで散布することが決められている。
スラリーでは貯留時の損失は総窒素量の最大10%、散布時の損失は最大20%まで
が許容範囲とされている。11月中旬から1月中旬までは、ふん尿の散布禁止期間
である。秋には、耕地を覆う作物があり土壌に吸収力がある場合にのみ、スラリ
ー、腐敗液、鶏ふんを散布してもよいことになっている。地面を覆うための間作
作物の栽培が奨励されており、耕作されていない農地では、スラリー等は、散布
後鋤き込まなければならない。地表面に近い位置からの散布によりアンモニア蒸
散を避けることが求められている。

 時期に関する履行義務のほか、家畜から生み出される窒素の総量も、草地で1
ha当たり年間210kg、畑作地で170kgに制限されている。規則に沿った施肥を行う
ためには、土壌とふん尿の調査および経営体ごとの養分比較が必要だが、これは
特に、助成金を申請する際には必要である。


MEKAプログラム

 バーデン・ヴュルテンベルク州が自発的に行っているMEKAプログラムは、何よ
りも環境負荷を意識した経営体を支援するものである。環境を意識した経営体に
は、定期的な土壌・肥料分析および地表面に近い位置からのふん尿散布が求めら
れている。1ha当たりの大家畜単位が2GV単位以上(1GV=家畜体重500kg)の場
合は、バランスのとれた農業用肥料決算書の提示が義務づけられている。この決
算書には、耕地および草地への養分の流入と流出のバランスが取れていなければ
ならない。1ha当たりの大家畜単位が2.5GVを超えた場合、このプログラムへの参
加資格を失うことになる。(表 参照)

                表
MEKAプログラム(市場負担軽減および耕作景観保持調整金制度)

1目的 @生産過剰抑制
    A環境・生態系維持
    B景観維持

2参加の対象 @粗放化を行っている農家またはこれから行おうとする農家
       A参加は自由、対象とする面積も自由
       B5年間MEKAの定める条件の順守と監督を受ける義務を負う

3報償の対象項目とポイントの計算方法

・報償の対象項目 @集約性の向上放棄
         A環境を傷めず、過剰生産を抑制する生産技術
         B景観維持に貢献する営農

・ポイントの計算方法

 MEKAの報償計算はポイント制で、それぞれの項目について一定のポイントを
定めている。ポイントの設定は、MEKAに参加することによって、@増加する労
働力、A収量の減少、B景観維持貢献度の度合いによって定められ、項目ごとの
ポイントを合計して1点当たり20マルクで計算する。

*ポイント計算の例

耕作景観維持の場合
keikan.gif (21329 バイト)

4申請手続き

・共通申請用紙を利用して所轄する農業事務所に申請する。

・申請することができるのは、バーデン・ヴュルテンベルク州内の農地を利用し、
 EU加盟国のいずれかに本社を持つ農業および林業企業体

5報償の限度額

・1ha当たりの最高額	550マルク
・年間申請1件当たりの支払限度額  40,000マルク


農業経営者への支援

 法的義務の履行を支援するために、バーデン・ヴュルテンベルク州は講習会や
情報提供の催しを実施しているが、これらは特に、家畜飼養密度が高い経営体を
対象にしたものである。スラリータンク、たい肥貯留庫の造営およびスラリーの
地表面近くでの散布装置設置のための資金助成は、農業経営者が養分を必要な時
期に的確に、また、損失の少ない状態で散布できるような効果がある。

 現在、地下埋込式のスラリータンク設置の40%が補助金で賄われ、水質保護地
域では最高60%が賄われている。さらに、硝酸塩情報サービスがある。これは、
春先に毎週土壌への窒素追加供給について、農業経営者に気象条件等の情報を提
供するものである。農業経営者は、この情報に基づいて、窒素肥料を適切に施す
ことができる。


今日の状況

 法的義務履行やバーデン・ヴュルテンベルク州のMEKAプログラムは、どのよう
な効果を見せているのか。

 家畜の飼養密度は全体としてはやや低下した。ただし、これは環境保護履行義
務の効果というよりも、むしろ84年の生乳生産調整導入の影響が大きいといえる。
生乳生産調整と、牛1頭当たりの年間平均生産量が現在6,000kgとなるまで効率が
向上した結果として、バーデン・ヴュルテンベルク州の搾乳牛の数は、80年の70
万頭から現在の45万頭にまで減少した。これに対し豚の飼養頭数は220万頭から
240万頭に増えている。単位面積当たりの家畜頭数は、GV単位(大型家畜単位)
で表示されるが、90年に1ha当たり1.04GVで最高値に達し、現在では1ha当たり
1.0GVをわずかに下回っている。ただし、地域により、または、個々の経営体に
よりかなりの差がある。

 80年以来、2万3,000を超える経営体に対し、ふん尿貯留設備の設置用に約117
億円の補助金が支払われてきた。現在、家畜を保有する経営体の3分の2が、5カ
月以上の貯留容量を備えている。ただし、豚舎建設助成措置の場合は、スラリー
が適切に作物育成のために散布されるよう9カ月の貯留容量を前提としている。
94年から99年までをみるだけでも、スラリー貯留容量は12%拡大した。

 地表面に近い位置からのスラリー散布に対しては、80年から合計約1億1,000万
円の助成金が与えられており、そのうち約7,000万円は最近2年間に助成されたも
のである。


まとめ

 スラリー、たい肥の不適切な貯留および散布は、硝酸塩流出とアンモニア放出
により、環境に悪影響を及ぼす。このため散布の時期と量に関する法的規制が存
在するのである。環境に適合する施肥を行うには、その構成要素として、地表面
に近い位置での散布、直後の鋤き込み、定期的な土壌・ふん尿調査、作付区画ご
との養分収支決算書等がある。

 農業経営者は、講習会、実践的な研究、ふん尿貯蔵設備の造営および地表面に
近い位置での散布装置導入の資金援助という支援を得られる。

 生産性は向上しているが、ミネラル肥料の使用が減少していること、また家畜
飼養密度が減少し、土壌中の硝酸塩含有量が低いということは、皆の努力によっ
て家畜から生じる環境負荷を削減することができるという事実を証明している。


ブック農場における畜産環境対策について

マンフレ−ド・ブック氏
ドイツ バーデン・ヴュルテンベルク州畜産経営者
book.gif (39027 バイト)
【ブック氏】
ブック氏の経営概要
 経営面積:171ha、搾乳牛88頭、育成牛106頭、肥育牛24頭、豚82頭等
 土地利用:冬小麦43ha、とうもろこし19ha、草地45ha等
 農地の拡大により、単位面積当たりの家畜密度の減少に努力
 十分なふん尿貯留施設を保有
 機械の共同利用によるふん尿散布機を使用
 農業機械技術士および農業士の資格を持つ


作物栽培による対策

 作物栽培にとって重要なのは、適した時期に適量のスラリーを与えることであ
る。私の農場では、硝酸塩が土壌深層に転移するのを防ぐため、冬穀類の播種を
しない耕地のすべてに秋カラシ菜を間作作物として植えている。これにより、栄
養素は冬の間、いわば保存されることになり、土壌深層の硝酸塩値は減少する。
さらにこの作物は、冬の数カ月間の土壌侵食を阻止してくれている。


養分決算と家畜飼養密度

 ドイツ全国に適用される肥料法では、バランスのとれた養分決算が要求されま
す。この決算は他のさまざまな助成制度、例えば畜産施設建設などの補助金を受
ける場合でも、求められる。

 85年の私の農場の家畜飼養密度は、1ha当たり1.8GVであった(1GVは、家畜体
重500kgに相当)。このため、当時すでに、養分決算のバランスをとるのが難し
くなっていた。家畜飼養密度を下げるには、保有する家畜の頭数を減らすか、経
営面積を拡大するかのどちらかしかなかったが、私の村では多くの離農者がいた
ため、農地を譲り受け、面積を拡大することができ、経営面積を短い間に35ha増
やすことができた。このため92年には家畜飼養密度は1ha当たり1.4GVになり、現
在は1.2GVで、養分決算のバランスはうまくとれるようになった。


ふん尿の散布技術

 経営面積の拡大と並行して、スラリーおよびたい肥の散布技術に工夫を加えた。

 90年に共同で、スラリー散布機を、また2000年に牽引ホース式散布機を購入し
た。この結果、地表面に近い位置からの散布により、窒素損失が最小限に抑えら
れることや、均等な散布という作物栽培上の利点のほか、臭気による迷惑度が小
さくなった。この機械購入に当たっては、バーデン・ヴュルテンベルク州から1回
限りの補助金として購入金額の22.5%が補助された。さらに、MEKAプログラムに
参加することによって1GV当たり年間2,000円の補助を受けている。


環境意識に基づく経営

 バーデン・ヴュルテンベルク州のMEKAプログラムでは、環境保護を考慮した農
業経営に資金援助を行っている。このため私は、毎年、散布されたたい肥がどれ
だけ農地に入っているか、また農地からの流出を対比した養分決算書を作ってい
る。すべての経営措置を記録することに対し、州政府から年間1万円を受け取っ
ている。農地では3年から5年ごとに土壌サンプルを採り、これをもとに、たい肥
およびミネラル肥料の施肥を決めている。定期的にスラリー分析も行っている。
この措置に対し、州から年間5,000円を受け取っている。


まとめ

 農業経営者の私にとって、機能的な養分循環は、外部からの肥料購入を節約で
きることから、環境面および経済面からみても重要である。作物栽培上の観点か
らみると、作物の必要に合わせたスラリーないしたい肥の散布が重要である。こ
のため、私は、冬季に散布をしなくて済むようにスラリー貯蔵容量を拡大した。

 私の農場で排出される肥料を適切に散布できるよう、スラリーと土壌の養分含
有量を定期的に検査している。

 私の農場では、養分がアンモニアのかたちで失われるのを防ぐため、牽引ホー
ス装置を使った地表面に近い位置からの散布と迅速な鋤き込みによって対応して
いる。この機械には資金援助が与えられているし、機械の共同利用によって稼働
率も良い。

 法的規制の大部分は、環境保全に配慮した農業経営者の私の納得するものにな
っている。その一方で、天候などにより柔軟な行動が求められるとき、硬直的な
法規制がその阻害要因になることもあるが、私の農場の家畜飼養密度は、飼養頭
数が増えたにもかかわらず、離農者から土地を賃借することにより、1ha当たり
1.8GVから現在の1.2GVに減らすことができ、いまのところうまく機能していると
言える。

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