◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究から

畜産副生物の有効利用と高付加価値化による需要開発

研究代表者 九州大学大学院農学研究院 教授 甲斐  諭




はじめに

 わが国の畜産副生物は、@O157による食中毒の発生以降、牛、豚のレバーの生
流通が困難になり、A人件費をはじめとしたコストの上昇により、従来、ひき材
として、利用されてきた頭肉が未利用のまま、レンダリングの原料になり、B豚
足も販売価格の下落により、レンダリングの原料になる等、 需要が減退してい
る。

 しかし、@HACCPの導入など衛生管理の徹底を図り、A取引方法を改善し、B
流通を「地場流通」から「広域流通」に転換し、C外食産業や家庭における料理
法を改善すれば、需要の拡大が可能である。そのための課題解明が本稿の目的で
ある。


九州の中小規模副生物卸売業(A社)の実態と今後の課題

仕入れ先と取扱品目・取扱量

 主な牛の副生物の仕入先は、九州協同食肉、佐賀県畜産公社、伊藤ハム(鹿児
島県有明町)、全開ミート(熊本県人吉市)等である。また、豚の副生物はこれ
ら以外に日田食肉センターからも仕入れている。

 福岡市中央卸売市場は仕入価格が高く、また同市場には同業者が多数いるため、
良い品物が入手できないので、A社は福岡中央卸売市場からの仕入れを中止して
いる。

 毎月の取扱品目と取扱量は、牛が1,000〜1,200頭であり、豚は必要な分(売れ
筋のもの)だけを仕入れている(約1,000頭)。

 単価の安い物を求める客には輸入物(アメリカ産)を仕入れることもあるが、
それは全体の約10%程度である。輸入物は商社等を通して仕入れられている。主
な輸入物は牛がサガリ、横隔膜、豚が直腸等である。

 仕入量が多い月は11〜12月(正月前)であり、売れない時は冷凍して1〜2月に
解凍して販売している。売れる時期は特になく、時期に関係なくほぼコンスタン
トに販売されている。しかし、松茸などが出る時期(9〜10月)は販売量が若干
減少する傾向にあり、逆に7〜8月、11〜12月は若干販売量が増加する。副生物
の消費形態は、夏は焼き物で、冬は鍋物が中心である。


会社の規模と出荷先・出荷金額

 従業員総数は21名で、うち社員は12名であり、他の9名はパートである。配送
ルートが7ルートあるために、配送に7名が従事している。事務は2〜3名で、他の
従業員は加工現場で働いている。

 出荷先は、スーパーが70%、専門店が25%、焼肉店が5%である。焼肉店への
直接販売を増やしたいが、専門店が焼肉店に卸しているので、流通の短縮化は難
しい実態にある。スーパーと焼肉店共に販売量が伸び悩んでいる。出荷範囲は、
半径約100キロ(福岡県大牟田市、同前原市、大分県日田市等)である。

 仕入金額は毎月3,700〜3,800万円であり、出荷金額は5,000〜5,500万円である。
会社の粗マージン率は28.6%であるが、そのうち10%は従業員への給料に、また
他の10%は借入金返済に充当されている。また、約1,000万円を税金として納め
ている。


取引方法

 牛の副生物の仕入れは1頭単位で購入される場合と部位別購入の2方法がある。
第1の1頭単位の購入の場合、購入価額は、副生物単価に牛の1頭当たり枝肉重
量を乗じて計算される。ちなみに、副生物の単価は、東京で決まってから1週間
後に九州に波及している。例えば、東京で牛の副生物1キログラム当たり27円の
場合、1週間後の全開連では33円であるが、佐賀畜産公社は35円である。牛1頭
当たり枝肉重量を450キログラムと仮定すると全開連からの副生物だけの仕入れ
価額は14,850円(450×33)となる。また、と畜場経費もA社の負担となっており、
と場により異なるが、牛1頭当たり10,000〜12,000円を負担している。さらに、
仕入のための人件費、燃料費、輸送費等を加算して、仕入原価が決定されている。

 この仕入原価に工場経費と利益を加算して販売原価が計算されている。A社で
は、仕入原価を安くするために、販売と仕入れを同ルートで行うなどの工夫を行
っている。

 第2の部位別購入の場合、特に、九州協同食肉の場合は、1頭分の単品単価
(部位別)で計算されるので便利である。

 しかし、第1の1頭単位の仕入れの場合は不要部位まで購入しなければならず、
不経済であり、レンダリング業者に1kg当たり1円で引きとってもらっている。

 豚の仕入れは1頭単位で現在350〜400円である(廃棄分も含む)。


衛生対策と料理法

 A社にとっても業界にとっても衛生対策は非常に重要であり、A社は平成8年
に社会問題となったO157騒動から3年ほど赤字が続いていた。

 A社では、水の管理に重点をおき、5%の次亜塩素酸水を業者から購入してい
る。副生物は腐敗が速く、と畜場では36℃程度のと体から約20分後に摘出される
ため、吊り下げられている間に、副生物が変色をはじめ、ピンク色から黒ずんだ
色になってしまう。

 夏場は、と畜場で氷を上にかぶせて運んでいるが、A社の意見では、副生物は
生ものであり、生で食べるのではなく、最終段階の台所で必ず加熱するなどの工
夫が必要であるとの指摘である。

 A社では、料理法として次の提案を行っている。牛の場合、牛レバーは刺身、
焼く、煮る。タンは根元は刺身、後半は塩タン、スモーク、タンシチュー(先の
ほうは硬いので長く煮てもくずれない)。センマイは刺身、煮る、もつ鍋。テー
ルはスープ、ボイルして焼く。腸は焼く、煮る。アキレスはどて煮、おでん、ビ
ールのつまみ(ボイルしたものを串にしてラッキョの酢に漬けた珍味。これは新
しいものではないが、食べ歩いて、福岡の人の舌に合うように改良している)。


高付加価値化の工夫

 A社では分別作業と可食用素材への加工が中心である。現在の分別作業は次の
2点である。@タン、横隔膜は焼肉用で高く売れるので、部位別に分けてビニー
ルにつめる。Aセンマイ、レバー、心臓などは、生食は適切でないので、加熱す
るように表示したビニールにつめる。

 また、現在の加工は次の3点である。@豚の頭肉で焼肉用ソーセージ(フラン
クフルト)を作る。A豚の子宮をボイルして酢のものにする。B豚足をボイルす
る(味付きとボイルのみの2種類)。B酵素に漬けて柔らかくする。現在、実施
している高付加価値化は次の5点である。@豚レバーを串に刺す。A腸を切って
ビニールにつめる。Bたれで味をつけたホルモンを作る(味付けホルモンはあま
り売れないので30%ほど、70%はただ切っただけのホルモン)。Cスーパーから
の依頼に応じて小分けすることもある。D10〜2月の時期ものとして、もつ鍋セ
ット(キャベツ、にら、玉ねぎ、もつ、もつ鍋のたれ)を作っている。ただし、
野菜は朝市で買ってくる。キャベツは前日に切ると切り口が変色し、売れなくな
るので、出荷の日の朝に切る。もつ鍋のたれは、福岡市での消費が多いメーカー
のたれを使用している。消費者の舌がどのような味に慣れているのかを考え、日
ごろの味に合わせている。

 A社は以上のような工夫をしているが、A社の加工度は比較的低く、高付加価
値化の企業努力が今後期待される。


問題点と今後の課題

 A社では問題点と今後の課題を次のように整理している。

@先行きの見通しが立たないため、余分な仕入れができない。

A衛生面で、細菌数の基準値を下げなければならない。また、その実現は、企業
 の戦略にもなるので、機械を入れて細菌を監視するなどの検査態勢、研究施設
 が欲しい。

B若手が少ない(力仕事をしない若者が増えたので、アルバイトも集まらない)
 ので、機械化を推進したい。しかし、資金の調達が困難である。

Cブームに乗らず、堅実な経営を目指したい。博多のもつ鍋ブームは昭和38年頃
 から始まって、60年がピークであった。マスメディアの影響や野菜が多かった
 のでブームになった。当時は、冷凍している在庫がなくなるほど売れていた。
 ブーム以前は冬場だけにもつ鍋商品を売っていた。この業界は一時的なブーム
 にはならないほうが良い。ブームになると出せば売れるので、値段が上がりす
 ぎ、粗悪品が出回り、味が低下する。老舗は安定した客を持っている。 


九州の大規模副生物加工業者(B社)の実態

会社の規模と仕入れ先

 B社の年商は32億である。従業員数250名(パート含む)で、うち正社員95名で
ある。仕入先は、国産物が佐世保市食肉センター、佐賀県畜産公社であり、輸入
物はアメリカとオーストラリアから商社を通して仕入れている。国産物と輸入物
の割合は3対7で、輸入物の比率が高い。国産は大量の濃厚飼料を給与して肥育
しているので、腸なども脂が多く、品質が悪い。これに対し、輸入物は草を飼料
としているため、質が良い。飼料は自然に近いものが一番良い。人工的に脂をつ
けようとすると内臓に負担がかかる。


取扱品目と取扱数量および出荷先・出荷方法

 取扱品目は牛肉、豚肉、鶏肉、副生物である。副生物の全販売額に占める割合
は約40%である。そのうち、牛の副生物が7割、豚の副生物が3割である。出荷
は、九州・中国地方の小売店、特に量販店相手に主に行われており、卸業者を相
手には行われていない。スーパーに卸す時点でトレイパックにして、最終製品の
形で出荷されている。

 金額等のシールも貼った状態で出荷されるので、スーパーでは、何も商品に手
を加えず、店頭に並べるだけである。スーパーで処理をすると、衛生的に良くな
いのでスーパーでは、トレイの中身には一切触れていない。

 輸入品については、契約に従ってまとめて購入し、冷凍庫から少しずつ出して
出荷される。内臓商品は、生で食べないように焼肉用と表示の上で販売している。


取引方法と衛生対策

 単品単価で必要なものだけを買うのが主流である。不必要なものを買っても焼
却処分しなくてはならないので、単品購入の方が良いのであるが、一部、牛の副
生物をセットで買っている。

 仕入単価は国産については、取引先のどちらかが言い出すまでは協議せず、単
価の変更はない。一方、輸入物は契約によって異なるが、1カ月や半年といった
期間ごとに協議が行われ、決定している。製造マニュアル(HACCPに基づく)を
作って温度・時間・責任者のチェックを行いながら作業が行われている。副生物
に関しては、HACCPの認定工場はないが、B社では衛生対策には力を注いでいる。
食肉通信やミートジャーナル等の各種紙面にもモデルとして取り上げられるほど
である。

 O157の影響はなくなってきたが、少しでもニュースに取り上げられる事が起こ
ると、全国各地で影響が出るため、打撃は業界全体に広がる。業界全体で衛生対
策を行わないと意味がない。業界の衛生対策の底上げが不可欠である。一社でも
努力を怠り、細菌汚染が社会問題になれば、業界全体が深刻な打撃を受けること
になるので、業界全体の衛生対策の向上が必要であり、そのためには業界のまと
まりが必要である。


HACCP製造工程マニュアルに基づく製造

 B社では製造する全品目について製造工程マニュアルを作成している。例えば、
牛たたき(ブロック・パック用)の場合は13工程の管理マニュアルに沿って製造
されている。原料の取り扱いから製品出荷までの作業をマニュアル化し、重要管
理点と改善措置を併記し、誰もが理解できるように簡潔に作成されている。

 例えば、牛部分肉であるが、搬入時のチルドのシルバーサイド、チャックテン
ダーの真空もれドリップの多少、変色・異臭の確認が重要管理点になるのは当然
として、スジ引きの工程を責任者の作業に限定しているのは、原料のメス傷を確
認するためである。メス傷がある原料は焼き工程で火が通りにくく、そこが微生
物に汚染されやすい。不特定多数の作業は、それだけ2次汚染される確率も高く
なるため、それを防止するために責任者のみの処理を重要管理点としている。こ
のほかにも、各工程ごとにさまざまなHACCP管理マニュアルによる重要管理点を
設け、2次汚染等の防止に努めている。


料理法と売れ筋

 商品は、さまざまな形に加工され、コンシューマー・トレーに詰めて売られて
いる。現在行われている加工法は、牛については@塩・コショウで味付け、Aタ
レにつける、Bボイルして味付け、C内臓セット(焼肉セット)、Dミックスホ
ルモンである。また、豚足は、@味付けしたものと、Aボイルのみのもの、Bレ
トルト食品、C総菜(衣をつけて)である。内臓商品(特に牛の内臓)は消費が
伸びている。売れ筋は、@レバー、Aシマチョウであり、売れないものは@心臓
とAセンマイである。


問題点と今後の課題

 B社では今後の課題として次の諸点を指摘している。

@衛生対策の向上のための施設のレベルアップを図る。

A例えば、指定工場、認定工場のマークを作って貼るなどして業界全体のレベル
 アップを図るべきである。このようなマークを貼ることは、現在、業界内部の
 差別化の拡大につながるとして、取り上げられていない。むしろ、現実は、資
 金的に施設整備が困難な下位レベルの工場に基準を合わせているように思える。
 これでは、業界全体の向上が進まず、レベルアップできない。衛生面での対策
 が不充分なままではイメージも良くならない。

B日本のと畜場の衛生水準は世界水準から遅れている。衛生的なと畜場の整備が
 進展しないと副生物企業だけでは不可能である。原料の仕入段階からの衛生基
 準の向上が必要である。佐世保市の食肉センターでは2年後を目途に施設の整
 備が行われているので、今後は衛生的な原料の仕入れが期待される。


むすび

 畜産副生物は多様な料理の食材として幅広く利用されている。このことは、逆
に副生物がこれからわれわれの食生活に取り入れられ、新たな食文化を創造でき
る余地を残していることをも意味するものと考える。

 これから副生物を普及させるためには、まず、近年のO157問題の例からもわか
るように、食品の安全性に対し敏感な消費者へ副生物の安全性をアピールするこ
とが必要であろう。そのためにも、と畜の段階や加工業者の製品製造段階、輸送
の段階での徹底した安全対策、施設の充実が急がれるべきである。そういう意味
では、今回調査した九州のB社のようなHACCPを取り入れた施設を基準に設ける
ような、業界全体のレベルアップに向けた動きが必要となるだろう。安全性の確
保を踏まえた上で、栄養価の高い副生物の価値をアピールし、家庭料理からパー
ティー料理まで幅広く活用できる副生物料理を、われわれの生活に浸透させるこ
とが期待される。

 畜産副生物のイメージを、われわれになじみやすい食材とすることで、副生物
の利用を促進させ、ともすれば廃棄されてしまうものを再びわれわれの食卓に届
けることこそが、資源の有効利用につながる。また、畜産副生物の利用が促進さ
れるならば、畜産農家にとって副生物の販売額が増加し、その増加分だけ食肉生
産費により規定される食肉価格は安くなると考えられる。このことは、日本にお
ける食肉生産の国際競争力を高める助けになるとも考えられる。

 副生物を資源としていかに有効利用するか、あるいは付加価値を高めていくか
ということは、副生物業界だけの問題にとどまらず、広くわが国畜産業と国民生
活のためにも大変重要なテーマとなるものだと考える。今後の畜産副生物の普及
に期待したい。

追記:本稿は、共同研究のうちの筆者担当部分の要約である。

注:主な副生物の呼び方。※は本文記載のもの。

*タン…………………舌
 ハツ………………*心臓
 ハラミ……………*横隔膜
*レバー………………肝臓
 ミノ…………………牛の第1胃
*センマイ……………牛の第3胃
 ガツ…………………豚の胃
 ヒモ…………………小腸
*シマチョウ………牛の大腸
 ダイチョウ………豚の大腸
 マメ………………腎臓
 コブクロ………*豚の子宮
*テール……………牛の尾
 トンソク………*豚足
*アキレス…………牛の足の腱

元のページに戻る