農村振興局 農村政策課 企画班
十枝内 美範
農村振興局では、食料・農業・農村基本計画に盛り込まれている、農村振興の 基本方向の具体化を推進するため、農村振興局長の私的研究会として、学識経験 者等により構成される「農山村振興研究会」を平成13年7月に設置した。 同研究会では、「都市と農山漁村の共生・対流」に向けた基礎条件の整備や、 「自然と共生する社会」に向けた質の高い自然環境の保全・創造といった視点を 中心に、中長期的な農山村の振興に関する検討を行ってきた。各委員がこの大き な方向性の中で、それぞれの専門分野に係るテーマを分担して論文を執筆し、こ れを踏まえた研究会全体での議論や、武部農林水産大臣などとの意見交換を経て 「研究会とりまとめ」を集約し、14年1月に同研究会報告として提言がまとめら れた。今回は、この「研究会とりまとめ」を紹介する。
農山村の現状として、人口減少・高齢化の進行、耕作放棄地等の増加などの一 方で、田舎暮らしブーム、価値観の変化、健康志向、環境意識の高まり等の新た な兆しも見られるが、大きな流れとなるには至っていない。 また、農山村には一般的に言われる豊かな自然環境、美しい景観、多様な伝統 文化の他にも、自然と共生する農のある生活、循環型社会のモデル、新たなライ フスタイルの実現の場などの魅力もある。 食料・農業・農村基本計画を踏まえた農山村振興の基本的方向として以下のと おり提起した。 @ ゆとりある生活空間、豊かな自然、農林業をはじめとする地域資源を活用し た産業、個性ある多様な伝統文化といった農山村ならではの空間特性を活かし、 そこでの生活、就業、活動を通じて自立的に自己実現を図ろうとする人々に、 農山村で暮らす・過ごすという選択肢を幅広く提供すること。 A これらにより、都市と農山村の間において「人・もの・情報」が循環する社 会、「都市と農山村の共生・対流」を実現する。 B また、おいしい水・きれいな空気・美しい自然等の良質な自然環境に囲まれ た豊かな生活空間を確保する。 このような基本的方向の下、農山村の振興を実現していくための課題として、 以下の6点に整理された。 @ 農山村においては、何か新しいものを作り出すよりも、現在あるまたはかつ てあったさまざまな要素が地域の魅力であることを今日的に捉え直し、おいし い水・きれいな空気・美しい景観等の要素を適切に維持・保全し、また場合に よっては取り戻すことを地域づくりの基本に置くこと A こうした魅力を積極的に活用するとともに、これを効果的に情報発信するた めの能力・体制の構築を図ること B 都市住民や地域住民が農山村の魅力を享受するために必要な生活環境・都市 的サービス機能(共通社会基盤)の整備を図ること C 農山村の魅力と個々人の志向や自己実現の方向の多様な組み合わせに応じた 自由度の高い参入を進めること D 地域の魅力である農林地を含む自然環境や景観等の維持・保全・再生と生活 環境等の整備、あるいは自由度の高い多様な参入は矛盾する可能性をはらむも のであり、これらの調整・調和を図るシステムを構築し、農山村の魅力の保全 と活用を図る土地利用を確立すること E 個性ある情報発信、効率的な生活環境 都市的サービス機能の整備、秩序ある土地利用、自由度の高い多様な参入の基 本 的な条件として、従来の集落を越えて複数の集落の交流と融合の中で、企画 立案、合意形成、実施等を安定的かつ継続的に行いうる新たなコミュニティを生 み出していくこと これらの課題に対応し、今後の農山村振興に関する施策の方向性として、 @農山村の魅力の再認識と発信、A新たなコミュニティの形成と共通社会基盤の 整備、B農山村の魅力の保全と活用を図る土地利用の確立、C多様な参入に向け た条件整備、という4つの大きな柱で農山村振興の方策を提言したものである。
現在あるまたはかつてあった農山村の特徴を、外部からの視点を取り入れた客 観的な評価により農山村の魅力として再認識し、都市住民などにこれを効果的に 情報発信することが必要であるが、農山村側からの一方的な情報提供だけでなく マーケティング手法を導入した双方向の情報交流が求められる。 これら都市と農山村の効果的な情報交流を実現するためには、情報通信ネット ワークの整備が重要であるが、情報通信ネットワークの効用を最大限に発揮する ためには、複数の市町村の連携によるシステムの共同整備・共同運用の推進を図 ることや情報通信技術に係る専門的知識を有する人材やホームページ作成、画像 ・映像制作能力を有する人材の育成・確保、ノウハウの蓄積等、ハード面の整備 だけではなくソフト面の充実を合わせて図る必要がある。
人口の減少、高齢化の進行の中、集落機能を維持・回復するため、旧市町村や 小学校区程度の規模・広がりを持つコミュニティ(現在の十数集落が1つのコミ ュニティとなるイメージ)への集落機能の再編が適当である。 このようなコミュニティの広域的な役割分担と連携の下で、その機能に応じて、 また、その機能を担う主体に応じて、コミュニティ間、市町村間、広域市町村圏 間などの多種多様な圏域が重層的に形成されることがイメージされる。また、新 たなコミュニティを形成する圏域においては、圏域内の中心集落等に行政サービ スや地域の情報を一箇所で受けることが可能な拠点施設等の整備によるワンスト ップ・サービスの実現など、効率的かつ質の高い共通社会基盤の整備が必要であ る。 さらに、このような新たなコミュニティの形成を進めるには、現在の集落体制 の課題等を認識するための取り組みや、新たなコミュニティ形成に向けた体制の 整ったところへの重点的投資など、行政側の取り組みも重要である。
透明なプロセスを通じた保全と開発の調和のとれた秩序ある土地利用を実現す ることが必要であり、住民参加による土地利用計画を構築する枠組みとして(市 町村)土地利用調整条例を積極的に評価する。 食料の安定供給、農業の持続的発展、多面的機能の発揮という目標といかにし て調和を図るかという課題の検討と併わせ、現在の個別法による規制から土地利 用調整条例およびその中で位置付けられる契約的手法に基づく農林地の保全のた めの土地利用調整への移行を検討する必要がある。 この契約的手法としては、例えば、市町村と土地所有者、あるいは市町村と地 域住民の間で合意を経た上で農林地の保全に関する協定・契約を締結するなど、 土地所有者が積極的に保全に取り組めるような安定的・継続的な枠組みの導入を 検討する必要がある。 また、今後人口の減少が進む中で、少数の人による農林地の安定的・継続的な 利用・管理を行うには、新たなコミュニティの中での土地利用調整や農林複合事 業体の形成などが有効である。
農山村の魅力を個々人がさまざまな形で享受できる自由度の高い参入を実現す るため、個々人の価値観・ライフスタイルに応じ、例えば本格的な農業への就業、 クラインガルテン、退職後の居住、トラスト的参加等、多様な参入形態を積極的 に評価すべきである。 このような多様な参入を受け入れる農山村においては、心理的・精神的な問題 の改善が求められ、コミュニティの再編過程が新たな人間関係を作ることへの抵 抗感の軽減に有効である。 また、情報発信、共通社会基盤の整備、住宅取得の円滑化、農林業・農林地へ の多様な係わり方を可能とする制度的枠組みなど、多様な参入を円滑に進めるた めの条件整備が必要である。 以上が、研究会とりまとめの概要であるが、このとりまとめ全文および各委員 の論文は、農林水産省ホームページ「審議会・委員会情報」に掲載しているので、 参照されたい。 (http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/ nouson_sinkou/sinkou/011225/ichiran.htm) なお、農山村振興研究会委員は以下のとおりである。(五十音順・敬称略) 座長 生源寺 眞一(東京大学大学院農学生命科学科教授) 委員 大橋 照枝(麗澤大学国際経済学部教授) 金井 英明(其水堂金井印刷株式会社取締役社長) 清原 慶子(東京工科大学メディア学部教授) 小西 砂千夫(関西学院大学産業研究所教授) 小林 重敬(横浜国立大学大学院工学研究院教授) 星野 敏(岡山大学農学部助教授) 真塩 光枝(JAはぐくみ女性組織協議会会長) 宮口 0廸(早稲田大学教育学部教授) 森野 美徳(ジャーナリスト(第3回研究会まで)) 横山 彰(中央大学総合政策学部教授)
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