◎今月の話題


BSE禍を乗り越えて牛飼いの将来に夢を

農事組合法人 小川共同農場 会長 小川 久志








はじめに

 まず、私たちの経営を紹介したい。

 農事組合法人小川共同農場という法人組織で、私ども老夫婦、長男夫婦、長女
夫婦と男子の孫2人が加わった8人の構成となっている。三代で、近代的な形の
組織で牛飼いをし、私個人としては54年目、法人としては20期を過ぎたところで
ある。資本金は8,880万円、売り上げは通常であれば、約3億円くらいである。

 50数年の農業経営の体験では、何回か経営危機に見舞われたが、今回ほどの危
機は未だかつて経験したことがない。

 私共の農場の販売実績(肥育牛)を見ると、昨年10月から1月までの4ヵ月の
平均が1頭当たり291千円で、飼料費・金利を含む諸経費が22万円位であり、こ
れに素畜費の28万円を加えて50万円の原価となっている。差し引き20万9千円の
赤字で、政府の援助でかろうじて息をしているという現状である。 


生産優先から消費者優先の社会へ

 先日、鹿児島大学付属病院長の納先生の講演を聞く機会を得た。先生は、海綿
状脳症の世界的に名の通った医師で、18万頭もBSEが発生した英国の例を挙
げて、人に感染する確率は極めて少ないということを理論に基づいて話をされた。
 日本ではメディアが過剰に反応し、誤解したまま騒ぎすぎた感じがする。生鮮
 食品の流通に疑問を持っていた多くの消費者が、食の安全性に不安を抱き、購
買行動を萎縮させてしまったようである。

 日本の社会はごく最近まで生産優先の社会であった。しかし、今は、生活優先
の社会に転換しつつあり、生産優先の社会は過去形になりつつある。調査が不十
分なまま、報道が先走った所沢のダイオキシン訴訟の判決結果が最近あった。2
審も生産側の敗訴になった。また、BSEの発生に伴った消費者の不買行動がこの
ように長期に亘って続いているのも正に報道が科学に先行していることを物語っ
ている。

 農家が作っているすぐ隣で生産の様子を見て間違い無いとの消費者の安心に訴
えようという「地産地消」の運動が起こっている。食の安全性に不安を抱く 消
費者と直結する方向の発想である。 

 生産者が作る姿を情報の媒体を通じて目にすることが可能になり、人の移動も
簡易になった現在、生産と消費を直結するシステムの構築が必要である。BSE問
題をきっかけに、社会全体が、消費者優先の社会への転換をさらに確たるものに
していくのではないかと考える。


早まる食肉の流通改善

 BSE問題が起こって初めて解ってきたことであるが、枝肉以後の流通がまるで
迷路のようになっているのではないかということである。

 昭和40年代の初め頃までは、生産段階も「馬喰」が介在して子牛市場以後、あ
るいは市場前にも、売買が行われ、何段階もの人の手を経て、成牛市場に出て来
ていた。成牛市場以降枝肉になるまでも何段階も移動段階があり、まるで迷路で
あった。それが、産地と場が次第に整備されて、農林水産省が専門に管轄し、約
半世紀も前からその流通は簡素化されてきた。肉牛生産は受胎・分娩・子牛市場
・肥育・出荷・枝肉まで約40ヵ月かかるが、現在は2段階である。

 しかし枝肉以降の流通、精肉としての販売は農林水産省、厚生労働省、経済産
業省、公正取引委員会という管轄の違いがあり、この縦割行政の盲点を突いて、
現在続々と悪徳商法が明るみに出始めている。 

 JAS法が改正されて2年近くたっているが、効力を発揮していないのは、法そ
のものにも大いなる抜け穴があり、原産地表示は極めて大ざっぱであいまいであ
る。この機会に法の改正が必要であると考えている。

 また今、国中の牛に、背番号を付けて情報を管理する事業が始まっている。
これを利用して、牛の飼育履歴を明らかにし、消費者に伝える事業を全農が手が
け、鹿児島県経済連でも、すでに取り組みが始まっている。

 表示を偽るような、消費者の思いに反するような業者は厳罰にすべきであり、
それを取り締まる第3者機関が消費者の疑心あんきを払しょくするためにも必要
である。 


肉牛の将来展望

 牛を飼う人たちは今塗炭の苦しみの中にあり、破滅の危機と隣り合わせである。
 第1に、牛は年1頭しか子を産まず、牛肉になるまでに長い年月がかかり、大
量生産の不可能な品目であること。第2に、特に和牛肉は世界の中で生産は日本
に限られ、美味で貴重な食品であり、ますます希少価値になりつつあること。第
3に牛は、穀物が無くても、草、わら等のカラモノだけで生きられる動物であり、
 狭い国土に1億2千万人も暮らす日本の社会にとっては、絶対的に必要な家畜
であること等。これらのことを考えると、今の試練を乗り越えれば、夢が一杯脹
らんでくる。

 そこで災いを転じて福となさねばならないという強い決意から、1つはBSEは
大きな誤解を生んでいることを科学的根拠に基づいて消費者の皆さんに説明し、
訴える必要がある。2つ目は飼育履歴を明らかにして、透明な形で牛肉を消費者
に届ける努力をする。3つ目はかってたくさんあった無農薬有機栽培の野菜や果
物が、JAS法が改正されて罰則が厳しくなったら、途端にほとんど姿を消してし
まった経緯を考えると、この際、農民も自らを省みて心すべきである。

 人の世の出来事で、完璧はありえないが、政府の不注意で危険な飼料の輸入を
看過したことなど、反省すべき点は多々ある。しかし、政府の責任を追及するこ
とだけでは前進は無い。 

 政府の緊急措置は目を見張るほど素早く、また、手厚い措置をしていただいた
と思っている。 

 肥育経営が行き詰まれば、子牛の大暴落が起こる。制度的には、子牛基金があ
って補てんがされる。しかし、子牛市場の空気を沈滞させ、生産意欲をなくし、
牛飼いをやめる農家が続出することが考えられる。 

 消費者の立場にたったJAS法の改正と、各省庁間の垣根を取り払った行政組織
を構築し、その下で監視体制の強化を図り、生産段階と同じく単純透明な流通経
路の指導を望んでいる。 

 今、牛飼いは、未曾有の困難に遭遇している。この試練を乗り越えて嵐の静ま
るのを待つと共に自らも道を開く努力をし、官・民・関係団体など国家の持つ力
を総動員して、破滅の危機から脱出しようではありませんか。  

おがわ ひさし 

 平成元年鹿児島県肉用牛経営者会議会長、  
   2年鹿児島県国際農友会会長、   
   4年全国肉用牛経営者会議会長、   
   9年国際農学者交流協会理事、   
   13年緑白綬有功賞(農事功績表彰)   
   農村水産大臣賞3回受賞

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