◎調査・報告


家畜ふん尿問題とバイオガスプラント

北海道大学大学院 農学研究科教授 松田 從三




はじめに

 近年、家畜ふん尿処理のためのバイオガスプラントが注目を浴びている。バイ
オガスプラントはエネルギーを回収し環境への負荷が少ない利点の多い施設であ
る。しかしバイオガスプラントは家畜ふん尿処理施設の1つであり、すべての農
家にとって最善の処理法であるとはいえず、ふん尿処理の根本的解決方法にはな
らないことも認識しておきべきである。

 平成12年、13年と日本中を揺るがした食中毒、口蹄疫、BES問題は日本の食料
基地を自認する北海道が震源地になっている。これは自作草地がありながら安い
輸入粗飼料を給じするような経済優先主義の農業になってしまっていることが大
きな原因の1つであると言えよう。しかしこれを契機にして農家、行政、食品メ
ーカーそして消費者も食料の安全性に非常に注目するようになり、ようやくと言
うべきか循環型農業の必要性が強く叫ばれるようになった。

 酪農学園大学の創始者である黒澤酉蔵氏は、循環型農法を早くから唱え循環農
法図を描いているが、今日ほどこのような考え方を見直さなければならない時は
ない。近い将来食料不足の時代が来るであろうことが予測されているが、その食
料不足よりも環境汚染の方が先に来て、安全に食べる食料がなくなってしまうか
もしれない。経済最優先主義の農業を再検討し、土地と作物と家畜とのバランス
が基本となるような安全で安定した循環型農業を、バイオガスシステムを論議す
るに当たって再考すべき時期が来ているのであろう。
◇図1:黒澤酉蔵の循環農法図◇

 

 

メタン発酵が環境に及ぼす効果

 メタン発酵技術は環境に対して幅広く貢献できるものである。以前のバイオガ
スプラントは再生可能エネルギーを取得することだけが目的であったが、現在は
それだけでなく環境面での効果が評価されている。バイオガスプラント最大の利
点は、家畜ふん尿という未利用資源からバイオガスという再生可能なエネルギー
を作り出し、化石燃料の使用量を減らすということである。エネルギー取得とと
もにこのシステムは、従来の固体たい肥化法、スラリー曝気法や活性汚泥法など
による水処理法に比べてトータルでメタンや亜酸化窒素の地球温暖化ガスやアン
モニアなどの酸性化ガス、悪臭の揮散・放出を減少させることが可能である。こ
れは地球環境にとって優しい家畜ふん尿処理方式といえる。

 さらに農家の立場から考えればバイオガスプラントの利点は、家畜ふん尿を肥
効性が高く、悪臭や病原性微生物が少ない安全で取り扱いやすい良質な肥料(発
酵が終わった消化液)に変えるということである。この結果、ふん尿は取り扱い
が容易になり、悪臭が少なくなって散布による苦情はほとんどなくなってしまう。
成分的にはふん尿中の有機態窒素はアンモニア性窒素に変わって肥効性を増し、
作物に対しても化学肥料のような使い方も可能になり、その結果化学肥料の施用
量の削減や農薬の使用量も減少できるようになってくる。総合的にみてもこの消
化液を使うことによって作物収量の増加が認められている。メタン発酵システム
によって農家にも消費者にも有機肥料が広く認知されるということがこのシステ
ムにとって一番重要なことであろう。

 ただ一方では消化液中のアンモニア性窒素が増加することは、肥効性を増すこ
とになるが、逆にアンモニア揮散を増加させることにもなる。農地に施用すると
きにはインジェクション方式(土壌注入方式)や散布後すぐに覆土する等の管理
が必要になる。

 このようにメタン発酵は地球環境の面からも農業の面からも環境改善には大き
な貢献をする処理方法ということができる。


バイオガスプラント普及のための条件

 バイオガスプラントは以上述べたように、他の家畜ふん尿処理法に比べても利
点は多い。しかし現在のわが国の状態では初期コスト、ランニングコストあるい
は消化液の利用などこのプラントを広く普及させるのには難しい。ここでわが国
でこのプラントを普及させるための条件を考えてみたい。


EU諸国でバイオガスプラントが普及した理由

 近年のバイオガスプラントの普及は特にEU諸国で著しい。EU諸国でバイオガス
プラントが盛んになった理由を考えれば、それがそのままわが国における普及の
条件になると思われる。ヨーロッパ諸国では@地球温暖化防止などの見地から、
エネルギー政策が再生可能資源の利用促進を打ち出している A家畜ふん尿など
有機性廃棄物の処理に関して環境規制が厳しい B再生可能エネルギーによる電
力の買い取り優遇施策がとられている C環境税の導入などにより再生可能エネ
ルギーを相対的に安価にしている Dバイオガスプラント建設に対し、補助金あ
るいは融資が受けられる−などの社会的背景がある。環境規制という「むち」と
再生可能エネルギーの高価買い取りという「あめ」の両政策で再生可能エネルギ
ーが盛んに利用されるようになったのであり、これも環境とエネルギーの政策が
将来を見据えたものであるからといえよう。


家畜ふん尿問題、特にふん尿発生量と散布可能農地面積とのバランス

 バイオガスプラントで処理する材料はEU諸国のいずれの国も家畜ふん尿が主で
あるが、そのふん尿管理に対する規制は非常に厳しい。表1に示すように@農地
面積当たりの家畜飼養頭数の制限 A面積当たりのふん尿施用量の制限 Bスラ
リータンクの貯蔵必要容量 Cスラリー散布時期の制限 D散布方法の制限 E
施肥計画の申告義務化−などがあり、特に施用量の制限は厳しい。

 わが国では、11年11月に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関す
る法律」が施行されたが、この法律はふん尿の貯蔵方法を規定しているだけであ
って、最も重要な家畜頭数やふん尿施用量には言及していない。従ってふん尿を
散布する農地がなくてもふん尿の貯蔵施設さえ作れば家畜は何頭飼ってもいいこ
とになる。利用する農地がなく溜められたふん尿はどうなるのであろうか。これ
では全く根本的な解決法とは言えない。日本もそろそろ総量規制の考え方を取り
入れなければ環境汚染のために農業が成り立たなくなる恐れがある。

 13年11月に帯広で開催されたGGAA国際会議(International Conference on 
Greenhouse Gases and Animal Agriculture)で、ドイツのDr.Langhansは、ドイ
ツでバイオガスプラントが成立する条件として次の5項目を上げていた。@家畜
飼育頭数の制限、A国、地方自治体のバイオガスプラント建設の基準、B地域条
件(臭気、地下水、農産廃棄物などの利用や汚染防止の規制)、C経済上の貢献、
D経済的メリット、であり、これらが満足されなければバイオガスプラントは成
立しないとした。重要なことは、発酵が終わった消化液を散布する農地がなけれ
ば、プラントは成り立たないことであると強調した。

表1 EU5ヵ国の畜産に由来する環境汚染防止対策の比較

 酪農における家畜ふん尿処理と地域利用(酪農総合研究所刊、2001)
 から作成


バイオガスプラントを支援するエネルギー政策

 バイオガスプラントを建設し、運転を維持するための補助政策は各国で行われ
ているが、重要なのは初期投資への補助だけではなく、運転を継続できるように
するための支援策である。特にドイツは新エネルギー法によって太陽光、バイオ
マス、風力、水力、坑内ガス、地熱などによる発電に対して高額で買い取る政策
を実施している。表2に示すように14年から発電を開始したソーラーエネルギー
発電は94.1ペニヒ/kWhと非常に高額で買い取るのはわが国と同じであるが、バイ
オガスプラントを含めたバイオマスからの発電に対して、14年から発電を開始し
た場合は19.8ペニヒ/kWhとなっている。これは化石燃料からの発電は7〜8ペニヒ
/kWhで買い取ることから考えると非常な優遇措置である。しかもこの価格で20年
間買い続けることを示しており、この高額な電気を買い取る電力会社に国の補助
はなく、この高額な電気代を消費者が負担している。国民が高額な再生可能エネ
ルギーを認めているわけである。

表2 ドイツの新エネルギー法による売電単価

 平成12年度新農政推進等調査研究事業報告書
 欧米畜産営農環境政策調査研究事業(中央畜産会、農政調査会刊、2001)
 より引用


バイオガスプラントの価格

 北海道でも新たに12年春から家畜ふん尿を原料とした本格的なプラントが江別
市町村農場、酪農学園大学で、13年からは北海道開発局の湧別町プラント、別海
町プラント、さらに個別酪農家用の5〜6プラントが稼働している。本州でも京都
府八木町プラント、鳥取県山水園プラントあるいは昭和60年に建設された大阪府
養豚場のプラントなどが稼働中であり、南九州ではUASB(上向流嫌気性汚泥床法)
などによる豚舎汚水のプラントも建設されている。

 このようにわが国でもバイオガスプラントが建設され始めてきているが、これ
ら建設されたプラントはあまりにも高価である。個別農家用プラントが1億円を
超えるようでは一般農家への普及は難しい。確かにわが国は人件費が高く、建築
基準など各種規制、地震対策、地盤対策など高額になる要因は多いがそれにして
も高いと感じざるを得ない。ドイツやデンマークの個別用プラントは2,000万円
程度であると聞く。

 ドイツミュンヘン工科大学で取りまとめたドイツの92プラントの発酵槽1立方
メートル当たりの投資額を見ると、200立方メートルまでの発酵槽では横型で約
1,200ドイツマルク、たて型で700マルク、201〜400立方メートルでは横型で約6
50マルク、たて型で450マルク、1,000立方メートル以上ではたて型500マルク
となっている。1マルクを55円とすると200立方メートル横型発酵槽では1,320万
円、1,000立方メートルたて型発酵槽では2,750万円に過ぎない。この金額がプラ
ントのどこまで含んでいるのかはっきりしないが、わが国に比べていかに安いか
が分かる。


バイオガスプラントの経済的・エネルギー的評価

 バイオガスプラントを評価する方法はいくつも考えられるであろうが、ここで
は酪農学園大学の菱沼氏ら(バイオガスシステムによる家畜ふん尿の有効利用:
酪農学園大学エクステンションセンター刊、2002)による評価の例を示して見る。

表3-1 酪農学園大学バイオガスプラントの経済的評価

表3-2 個別農家用バイオガスプラントの経済的評価

表3-3 個別農家用バイオガスプラントにおける
       償還年数20年の場合の補助率と売電単価

表4-1 バイオガスプラントの通常運転の想定

表4-2 ガスエンジン発電機の効率の設定値

表4-3 投入化石エネルギーの回収年数の試算


 表3-1から表3-3は経済的評価を示している。表3-1、2では酪農学園大学プラン
トと酪農学園大学プラントから研究用の施設・機器を除いた個別用プラントを補
助金なしで建築した場合、売電収入のみで償還した場合の償却年数をそれぞれの
売電単価で求めたものである。これらは消化液の農地利用を前提としているが、
個別用プラントでも25円/kWhの売電単価でも償却には31年かかることを示して
いる。しかし表3-3には建設費を75%補助すれば9.1円の単価で20年で償却できる
ことを示している。先に述べたようにこの数字は消化液の利用を前提としており、
消化液の利用がなければ売電単価が大きくなるのは言うまでもない。さらにここ
で重要なことは、補助率を上げることでなく、消化液の利用と売電単価を上げて
農家の継続的な運転を支援することである。

 表4-1から表4-3はエネルギー的評価を示している。表4-1、2はプラントの運転
条件等仮定した条件である。表4-3は、プラントを建設するのに要したエネルギ
ーをプラントから取得した利用可能なエネルギーで割った場合、何年で回収でき
るかを示したものである。これによれば比較的簡単な施設で、消化液を利用すれ
ば意外と短期間で建設エネルギーを回収できることが分かる。

 この経済的・エネルギー的評価でも、消化液の利用がプラント運営のカギを握
っていることは明らかで、消化液を浄化処理せざるを得ない地域ではプラント運
転は非常に難しいと言わざるを得ない。


プラントは個別方式かセンター方式か

 「家畜排せつ物管理法」が制定されて、畜産農家はふん尿処理利用施設を建設
せざるを得なくなってきた。家畜ふん尿の処理は年々個別農家だけで対応するの
は大変な状態になってきており、処理利用を含めて地域の問題として取り上げる
必要があることは間違いない。この状況で個別で施設を持とうとする農家と一方
ではセンター方式(共同方式、集中方式)の施設を考える地方自治体やJAもある。

 バイオガスプラントをセンター方式にした場合の利点は大きい。しかしセンタ
ー方式にした場合最も懸念されることは、参加農家のふん尿に対する姿勢である。
畜産農家がふん尿を資源でなく単なる廃棄物としか考えなくなることである。ふ
ん尿処理は施設任せになり、自分で利用しようとする気持ちがなくなり、ふん尿
を家庭ごみと同じように扱えるため、ふん尿問題は片付いたものと考えてしまう
ことである。

 また個別農家だけでは農地に戻せなかった消化液が、地域で受け持つことによ
って本当に農地還元できるかどうかも綿密に検証する必要がある。確かに農地面
積から考えれば農地散布が可能かもしれないが、現実に畑作農地にどの作物にい
つどれくらい施用できるかは未知な部分が多い。作業体制、農地状況、気象環境
などから飼料作物以外にどれくらい施用できるか詳細に検討しなければならない。

 さらにセンター運営費をどのように賄うのか。売電ができない現在では取得し
たエネルギーや消化液の売却で運転費用を生み出すことは不可能である。農家側
の負担、JAや地方自治体がどれだけ施設運営に対して助成できるのかなど経済的
基盤を十分検討しなければならない。

 上記のような問題が解決できるのならセンター方式は優れた方式である。ただ
ふん尿処理や散布時間の不足はセンター方式でしか解消できないのか、施設建設
に当たっては十分検討する必要があろう。


おわりに

 バイオガスプラントは普遍的にはふん尿処理の最善の方法とはいえず、単なる
1つの処理方法である。確かに他の方法に比べて多くの利点を持っている。しか
しその利点が生かせるような条件が設定されなければその良さも発揮されない。
農業は循環型でなければならないし、そうしなければ今後農業は成り立たないで
あろう。バイオガスプラントは消化液を農地に散布するという循環型が成立して
いれば、エネルギー的にも経済的にも比較的短期間で元が取れてしまう。わが国
の畜産も将来を見据えて経済優先主義だけの農業を再検討し、土地と作物と家畜
とのバランスが基本となるような安全で安定した循環型農業を、バイオガスシス
テムを論議するに当たって再考すべき時期が来ていると思う。
【酪農学園大学
バイオガスプラント】

    

 

【水沼牧場のサイロ利用型
バイオガスプラント】

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