◎専門調査レポート


酪農の夢と戸惑い

日本大学 商学部  教授 梅沢 昌太郎






女性の酪農経営と牛乳のイノベーション・・・レディス・ファームの挑戦

農業外からの参入

 有限会社レディス・ファームは、北海道中札内村にある。有数の酪農地帯に
あるこの会社は、役員は社長と奥さんの2人、従業員5名、飼育する乳牛は100
頭のいわばどこにでも見られる酪農家である。

 この普通の酪農家が注目される理由は、女性がその担い手であるということ
である。社長の長谷川竹彦氏だけが男性で、後はみんな女性、まさにレディス
・ファームと言う名のとおりの事業組織なのである。

 さらに徹底していることは、彼女たちが自立できれば目標を達成したと、社
長自らが考えていることである。それは、「今から6年後であり、(自分が)
55歳になったら退く」と、明確な目標を立てているのである。

 6年後には女性だけで酪農事業を行う、日本では非常にユニークな事業組織
が生まれることになる。

 社長はかなり転職した経歴の持ち主である。

 10年のサラリーマンの経験と病気の体験が、今大きく役立っているとのこと。

 健康を害してドクター・ストップがかかり、一度は断念した酪農ではあった
が「納得した人生を送りたい」と考えるようになり、再挑戦を決断をした。

 3年半酪農ヘルパーを経験した後平成3年にこの地に酪農で入植し、12年に会
社を設立した。

 牧場も、畑作農家の離農跡を購入し、酪農施設から牧草地までゼロからの出
発であった。

 酪農に生き甲斐を見いだして、新しく参入する人もおり、以前にこのレポー
トで紹介した夫妻も都会の出身であった。酪農の場を獲得し、夢を実現させる
のに農業外の人々は大変な苦労をしている。その一方で、酪農を始めとする日
本の農業は、後継者不足で悩んでいる。これは大いなる矛盾ではないだろうか。


女性を担い手とする

 この牧場のもう1つの特色は、女性を酪農の担い手として、位置付けている
ことである。

 その哲学は、酪農に参入する最初からの信念である。

 社長は、農業には女性が向いている、特に酪農がそうであるという信念を持
っている。

 女性の方が生き物を扱うのに適していると考えている。動物の観察、取り扱
い、そして授産や乳しぼりなど、女性の方が優れていることは明白である。あ
らゆる意味で牛の立場がわかるのは女性なのだから。

 しかし、農業をやりたい女性が多いにもかかわらず、お嫁に行くことでしか
その希望を満たせない現状は、大問題であると深く憂いている。

 女性が自身で農地を買えるようになることが大事であると、氏は力説する。

 その障害として、農業の内側の問題がまず挙げられる。現状では、農業委員
会がそれを認めないだろうとのこと。

 女性自身の問題としては、マネジメントの経験度の少なさが挙げられるが、
その能力のある女性も多いと考えている。

 レディス・ファームそのものが女性向きになっており、力仕事でも、女性に
とってハンディにはならないし、工夫次第で可能な仕事である。

 この牧場は、最初から良い牛乳を生産したいと考えてきた。そのためには、
衛生的である必要があり、牛の健康に気を配りストレスを与えないことも良い
牛乳を作る条件であると考えている。

 そのことを地道に追求し続けられるのは、女性が最適であると言うのである。

 「女性は消費者の目線で、ものを考えることが出来る。もう生産者だけの論
理では通用しない。あくまでも消費者が選ぶことができるようにしたい。」と、
社長は期待を込めている。

 この発想は子供の頃からのものだそうである。日本的な意味でのフェミニス
トということになるわけだが、そのことを実際に事業経営の場で実行している
ことは、偉大なことだ。

 作業のスケジュールは、朝も夕も4時30分に出勤して、4時間の作業をする。

 女性達は町中のアパートとか公営住宅に住んでいる。

 仕事の過酷さを考えると、あまり高賃金とはいえないが、それでも続いてい
るのは、女性が酪農を行うという使命を強く感じているからだと言える。
【牛に優しさが伝わるレディースファーム】
「良い牛乳」を作る

 社長は、大量生産のシステムも必要だが、「牛乳を生のまま飲める」という
選択肢があっても良いと考えた。今の酪農には生のまま飲む選択肢はないとい
う結論に達したとのこと。

 もともと、殺菌の必要がないすばらしい牛乳を生産していたことから、今年
の春に「想いやり牛乳」が発売された。
 
「想いやり牛乳」は、乳等省令でいう「特別牛乳」というカテゴリーに入る。

 普通の牛乳と特別牛乳の主な違いは、表1のとおりである。特に重要なこと
は、製造方法である。

表1 乳等省令による牛乳の成分


 この農場では、「無殺菌のまま大腸菌群をゼロ」にする製品の製造に成功し
たのである。

 特別牛乳は、日本で6銘柄あるそうだが、殺菌処理をしない本当の生の牛乳
はこの事業所だけである(レディス・ファーム資料)。

 想いやり牛乳は1本180ミリリットル入りの瓶詰めで、150円で周辺の顧客に
宅配されている。

 乳等省令は大腸菌群は陰性であることを定めている。そのことを実現するた
めには加熱殺菌することが、絶対に必要であると考えられている。しかし、こ
の事業所は、無殺菌でそれを実現した。

 その結果、「サラサラとして、後味の良い牛乳」を製造することが可能とな
った。

 実は、「想いやり牛乳」を試飲させられ、感想を聞かれたが、牛乳特有の
「臭い」がなく、何というべきか迷っていた。すると「サラッとしているでし
ょう」と社長が言い、その目が笑っていたのが印象的であった。

 このサラッとした後味が大事なわけで、牛乳が清涼飲料と競争できる要件で
あると考えられる。

 清涼飲料水等との競合により牛乳の消費量が長年にわたり下降線を辿ってい
ることは周知のことであるが、飲んだ後でもサラッとしていれば、十分に清涼
飲料水と対抗できると思われる。


無殺菌にできる環境作り

 殺菌しないで大腸菌群をゼロにする牛乳は、既に述べたようにこの企業だけ
である。

 このため、飼育、搾乳そして瓶づめの段階までの衛生管理には非常に気を使
っている。

 牛床を清潔にするために4時間をかけ、ふんを徹底的に掃除し、搾乳室も1日
3時間をかけて徹底的に掃除している。

 瓶詰め工程の管理も厳重で、工場は人間の手術室と同レベルの「無菌室」で
ある。

 実際の充填は1時間ほどであるが、5時間から6時間をかけて洗浄を行ってい
る。機械類も、すべての部品を毎日解体して徹底的に洗っている。返却された
瓶は、手洗いで徹底的にきれいにし、更に滅菌している。

 この工程は2人の人が担当している。1年間のローテーションで、作業をして
いる。

 しかし、衛生管理だけでは不十分で、牛の健康を考えることが大事であると
氏は力説する。

 まず、健康という意味は、病気をしないということだけではなく、基本的に
は牛にストレスを与えないということが、氏の「健康な牛」の意味なのである。

 ストレスのある牛はふんを頻繁にするそうである。搾乳中にふんをされると、
大腸菌をゼロにするのは不可能である。そうならないために、搾乳室へは牛を
追い立てることをしないで、自然に入るようにしている。

 実際にみていると、牛は搾乳室の前に集まり、順番を待っている。自然に順
番ができるそうであるが、かなり気ままな牛もいて、群れから離れているもの
もいる。その牛が搾乳の群れに入るまで、根気よく待ってその牛が入ると、入
り口のバーを閉じている。

 女性の優しさが大切だと、強く感じた。

 ストレスを与えないためには、牛の立場に立って考えることが必要なのだそ
うである。この牧場では、牛が第一で、人間の都合は最後になっている。

 そのような健康な牛を育てるには、子牛の時からが大事だということである。

 栄養面と環境面での両方からの配慮が必要になり、土づくりと草づくりも、
また重要な要素である。

 栄養面での配慮では、自分で飼料を設計している。

 牧草地は28ヘクタールあり、この面積で生草を賄うことは可能とのこと。し
かし、乾草はすべて購入している。より良いものを探し、現地の業者と直接取
引をしている。

 この直接取引は、流通経費の節約という面もあるが、栄養価、栽培管理の面
でのコントロールができるメリットがある。

 放牧はしていないとのこと。

 牧草摂取量がつかめないなど、栄養管理が難しく、飼育上の問題点があって、
放牧には踏み切れないとのこと。
【明るい基調のレディース
ファームの全景】
牛の飼い方の工夫

 牛に優しい飼育であることは既に述べたが、問題は冬である。マイナス20
度を超える日が、多い年は20日以上あるとのこと。冬はふん尿は氷になってし
まうため、事故の発生を防ぐために、氷になったふん尿を一個一個割って、通
路を綺麗にする作業を行っている。

 冬の作業は大変であり、その仕事を女性がやることから、冬の搾乳頭数を減
らすことが考えられている。また群管理による季節分娩を行っており、時期を
集中させている。

 注目されることは、敷き料に砂を使っていることである。雑菌が繁殖せず、
さらにクッション・マットよりも、牛が傷つくのが少なくなり、牛の体にフィ
ットするので牛にとっても心地良いとのこと。

 ただ、砂のコストが掛かることが難点である。大きくても小さくても都合が
悪く、山砂で土が入っていてもダメで、今は洗ってから持ってきてもらってい
る。

 また、掃除の手間が掛かることも、砂を使う難点になっている。ふん尿はた
い肥となるが、レディースファームでは砂が混じらないように汚れだけをてい
ねいに取り除いている。

 固定費の割合を下げるために、牧草の刈り取りなどは外部に頼んでいる。コ
ントラクター組合を活用している。コントラクター組合の存在が、中札内村を
選んだ理由の1つでもある。


今後の経営方針

 牛の個体を把握するのは100頭が限度であると考えている。

 酪農での拡大は考えていない。今後は販売面での拡大に、重点を置いて経営
したいという。

 今、牛乳は瓶に詰めて宅配しているがその量は全生産量の、10%にも満たな
い。搾乳量の90%はホクレンを通しての系統販売となっている。無殺菌牛乳が
普通の牛乳になってしまっている。

 「想いやり牛乳」は、日量1,000本が採算ラインで、今は中札内村の60軒の
他、帯広市内等で宅配している。

 帯広に本社のある、ホワイトチョコレートで有名な六花亭の各店舗や道の駅
でも販売しており、その場で飲んで貰う販売方法である。紙容器を使うと匂い
が移り、牛乳本来の味が無くなってしまうため、瓶容器にしている。また、瓶
の方が想いが伝わり、リサイクルにも適しているとのこと。

 現在の販売本数は、600〜700本で、より一層の販売努力が必要となっている。 

 無殺菌牛乳に次ぐ主力製品と考えている事業は、ソフトクリームの製造と販
売である。

 牛乳100%のソフトの販売である。普通のソフトクリームは、牛乳は3%が限
度だそうである。水分が氷になってしまうからである。

 2年がかりで牛乳100%の「うちだけのソフト」を開発することができた。実
際に食べてみたが、やはりサラッとした風味が特色の、牛乳らしいソフトとい
う食感であった。

 特許は製法を明らかにすることになるので、取らずノウハウは明らかにしな
いとのこと。

 いずれにしても、あり来たりのものは出さない、絶対に真似できないものを
開発したと、意気込んで話をしてくれた。

 販売が順調にいけば、今年の売上高約4,000万円を越すことになる。その他
の販路の開拓さらに牛乳販売の拡大を考えると、1億円の売上達成は、現実味
を帯びてきている。

 現在は赤字の経営だが、来年度は確実に黒字になると自信をみせている。

 そのような縦系列(1つの製品の付加価値を上げる仕組み)の拡大のために
は、さらに資金の調達が必要だが、これまで牧場施設の取得に1.5億円投資し、
うち、7,000万円が借財として残っている。また、工場の建設に1億円(土地代
を含まず)と草地の取得にも3,000万円の費用が掛かっている。

 さまざまなコスト削減の努力をしているものの現状では償却することは難し
く、事業の拡大が必要となっている。

 ソフトクリームの事業化が、その鍵を握っている。その事業の将来性を買っ
て、地元の帯広信用金庫と農林漁業金融公庫が、無担保で資金を融資してくれ
た。

 製品開発については、1つのイメージで売るわけではなく、ネタが切れるこ
とはないと自信をのぞかせている。

 マーケティングの努力については、「一気に売らない」方針を決めている。
お客さんがセールスマンになってくれるのである。本州からこの牧場のソフト
クリームを食べに来る人も相当な数になるといい、流通に乗せるよりも直接売
る方が良いとのことであった。

 PRに関しては、「マスコミは黙っていてもやってくる」と、パブリシティに
重点を置いている。自主的な宣伝としては、スタート時にチラシを入れること
ぐらいとのことである。

 この企業のような規模では、大規模な広告をすることは不可能であるが、マ
スコミやミニコミが報道してくれることが、名声を獲得する手段となる。しか
し、報道する価値がなければ、メディアは取り上げてくれないため、ユニーク
で社会的に価値のある製品やマーケティング戦略を世に問い続ける必要がある。

 製品開発とマーケティングに個人の個性を反映させ、事業経営を女性の力に
任せるこの企業は、新しい北海道酪農の1つの方向を示していると言える。


企業の将来戦略を模索する・・サンエイ牧場の模索・・・

農事組合法人の設立

 農事組合法人サンエイ牧場は、平成5年北海道大樹町の生産者3名によって
設立された。そのうちの1人、鈴木英博氏は大樹町農協の専務を勤め、現在は
非常勤の理事となっている。配偶者もそれぞれ組合の構成員となっており、代
表理事は鈴木正喜氏である。

 従業者は18人である。この中には構成員の6名も含まれている。パートが2名
で女性は5名であるが、理事の奥さんが3名含まれている。

 勤務体系は6日に1回休みがあり、3日に半休のシステムである。生き物を扱
っているので、きっちりした休日は取れないのが実情である。

 組織の分担は総務・経理、乳牛管理そしてほ場機械の管理の3部門に分かれ
ている。

 各部門には責任者が設けられているものの明確な分担はなく、みんなでの共
同作業が通例となっている。

 毎朝9時から15分のミーティングがあり、その日の仕事の「張り付け」が行
われる。

 それに先だって、月次の予定表が組まれているが、お天気次第で変わってし
まう。また、収穫時や春先は、「スクランブル」の体制で仕事をこなしている。

 労務管理は、理事である辻本正雄氏が行っている。また、辻本氏は、ほ場機
械の責任者でもある。

 新卒が2名、異業種から2名、離農者2名そして60才過ぎてのパートの人な
どが主な従業員である。
【農事組合法人サンエイ牧場の前景】
成功した協同化

 この牧場では搾乳牛600頭、乾乳牛150頭、育成牛450頭の計1,200
頭の乳牛が飼育されている。

 搾乳量は、1日17〜18トンで、全量がホクレンに販売されている。

 鈴木組合長は、個人では家族を含めて、60〜70頭程度が搾乳牛飼育の限
界であると言う。
 「スケールメリットを追求するには、搾乳牛600頭規模は最少条件」である
として、3生産者の協同による農事組合法人を設立したのである。増頭でコス
トを下げることが、最大の目的としている。

 パーラーなどは協同化により通常の2倍の効率になると、鈴木組合長は力説
する。

 搾乳は朝4時、11時、午後6時の1日3回である。

 3回搾乳により、乳量が20から30%増え、一方で給与飼料の増加は5%程度と
いう。

 また、乳房が張らないため疾病が少なく、牛のストレスも無くなり、牛の健
康にも良い影響を与えている。

 シフトは1搾乳1チームで、3チーム構成され、パートを中心に行う。

 この労働形態に合うように、ミルキング・パーラーには初期投資時からこだ
わり、7,800万円かけて40頭を一度に搾れる20頭のパラレルタイプを導入し、
対応する搾乳舎を7,700万円かけて建設した。留牛舎は8,000万円で160頭、牛
舎2棟に抑え、毎年、体力に応じて増設していく計画を立てた。育成牛舎は3
戸の牛舎を移設改造し、200頭牛舎として活用した。

 初期投資は農林漁業金融公庫資金1億6,200万円と、国や道から1億3,700万円
の補助金で行った。

 平成13年度の決算では、前年度比8.8%増の約5億円の売上を記録している。
売上原価は飼料費の増大等により、前年度の10%増の4億3,300万円となってい
る。

 売上総利益は6,700万円となり、売上総利益率は、13.4%である。前年度は
14.2%だった。

 重要なことは、経常利益が34%増の4,700万円となっていることである。

 税引き前の当期純利益は4,300万円と前期比約45%増の大幅増益となってい
る。

 製造原価は前年度より増大しているが、減価償却費は前年度と同額であり、
売上高の増大に比してその率を下げていることに注目する必要がある。

 また、労務費のウエイトが下がっており、このこともスケール・メリットの
結果であると考えられる。

 一般管理販売費は前年度より、若干の増加を記録している。役員報酬が前年
度と全く同じであり、その結果売上高に占めるウエイトが低くなっており、組
合経営を優先させている役員の心意気が伝わってくる。

 貸借対照表では、売掛金が減少していることが注目される。販売先が全量ホ
クレンなので、売掛のサイトが良くなったのかもしれない。

 資産では乳牛の増大が注目される。1億8百万円から約1億4,500万円となり、
資産に占めるウエイトも22.5%から25.9%と大幅に増えている。

 この組合は、マルチ・タスクという100%出資の別会社を持っている。

 コントラクト契約で作業の受委託を行う会社である。3人が常勤として勤務
しており、本来はサンエイの作業部門だが、近所からも作業を頼まれたりする
ので、会計上の明白さを保つために独立会社としている。

 現在は赤字決算だが、本体に影響するような欠損ではないと考えられるが、
連結して見る必要があるかもしれない。


将来戦略を模索する

 鈴木組合長は増頭の最終目標は1,000頭としている。まだ、この牧場の拡大
は続くとみて良いだろう。

 この牧場の生乳生産コストは、1キログラム64円であり、販売が78円〜79円
のため、キロ当たり15円以上の利益となっている。

 今後の乳価の行方にもよるが、まだ競争力はある。

 組合長は売上収入を、餌代3・労働費3・その他3・償還費1の割合で配分
したいと考えている。しかし、最近は餌代が上昇し、この配分は難しくなって
いるという。

 以上のとおり3戸の酪農家の協同による事業化は、現状では非常に成功して
いると言うことができる。規模拡大も、ほぼ計画通りに進んでいると見ること
ができる。

 しかし、鈴木組合長はその先のことを考えている。
 本州の酪農との競争条件である。組合長は、日本一の酪農畜産企業である、
ジェーイーティ・ファームなども、実際に訪れて研究している。

 ジェーイーティ・ファームは、既にこのレポートでも取り上げたが、乳価の
違いを理由に、北海道から栃木県に事業の本拠を移した。その結果は、1.5億
円以上の収益の差となって表れている。

 鈴木氏は、本州と北海道との比較を、次のようにまとめている。

 ・乳価が違う
 ・購入飼料の価格が安い。輸入の港に近い地の利がある
 ・雪の心配がない。建築コストが違ってくる。
 ・副生物の活用の幅が広い

などである。

 施設で競争しても、北関東の酪農に負けてしまうと真剣に心配している。

 また、国際競争の中で、どのように生き残っていくかということも大きな課
題である。

 北海道のイメージだけで生き残れるのか、不安を感じていることも事実であ
る。

 草地利用型の酪農を考えているが依然として、農地が高く経営合理化の障害
になっている。

 このため、パーラー利用での増頭が重要な戦略のカギになる。

 しかし、販売はホクレン任せであり、これも課題である。

 また、地域づくりにどの程度の貢献をしているかということも、これからの
課題である。

 大樹町の人々が地元の牛乳を飲んでいるか、と自問自答をしている。「地元
の人に地場の牛乳を飲ませて上げたい」というのが、鈴木氏の切なる願いであ
り、「子供を大事にしたい」という、組合長の生活哲学からみてその願いは切
実だと思う。

 ミニプラントを作ることも一つの発想だが、良い牛乳を高く買ってくれる人
は少数であると考えている。生産量が多く自分で販売するには、リスクが大き
過ぎるのである。

 事業の多角化という側面で、乳製品に加工する戦略もあるが、加工原料乳の
販売単価は低くなるのが、現在の乳価制度である。

 F1牛の育成事業も多角化の1つとして考えられるが、肉の世界は酪農とは別
の知識が必要であり、そこに人材を投入したくはないと言うのが、経営者とし
ての鈴木氏の考えである。当面は規模拡大によるコストダウンを徹底すること
が重要な戦略となり、経営の基礎が固まった時点で別会社にして新しい事業を
試みることが必要である。 

 景色の良さを活用しての研修を兼ねたツーリズムや、地元にある雪印乳業と
のタイアップによる見学会などの企画を事業化することも考えられる。

 いずれにしても、近隣を含めた地域を考える発想が必要である。
【ゆき届いたサンエイ牧場の搾乳舎】


酪農の夢と戸惑い

 レディス・ファームは規模の拡大を否定して、独自の製品開発とマネジメン
トを確立して生き抜こうとしている。

 女性経営による酪農事業という試みも、日本では初めてのことであり、まし
て、その女性たちが血縁関係のない人々で、酪農が好きという純粋の動機から
の集合体なのである。

 また、無殺菌牛乳を販売し、さらに牛乳100%のソフトクリームを事業化し
ている。

 これらの製品戦略も、また、ユニークなもので、日本で初めての挑戦である
と言える。

 しかし、その事業経営は非常にリスキーなものであり、新しい事業が軌道に
乗ることが第一と考えられる。

 経営者はそのリスクをあまり問題にしていない。自分の夢の実現にひたすら
まい進しているのである。異端であることに胸を張って生きようとしているの
である。

 その一方で、サンエイは農事組合法人を結成して、規模拡大で事業を成功さ
せている。事業経営としても、血縁関係にとらわれない方向を進もうとしてい
る。

 日本の酪農事業の、模範的なケースであると言えるのではないか。協同化に
よる、メリットを最大限に享受している。

 事業経営は順調に推移していて、向こう数年間は安定していると考えられる。

 しかし、今後の戦略を考えると、楽観できない情景が広がっているのも事実
である。

 大規模化したために、その変化に小回りの利いた対応ができないことが、経
営者の憂慮するところとなっている。

 もっとも、その悩みは事業の先を見越した先憂であるともいえるが、新たな
方向を模索せざるを得ない。

 重要なことは、酪農事業では規模が大きくなるほど、マーケティング戦略
(事業戦略を作るためのマーケティング戦略)の幅が狭くなることである。

 大規模なるが故に、マーケティングは系統組織に任せなければならなくなっ
ており、自分でマーケティングしようにも、生産規模が大きくて自主的な活動
をすることが出来ないのである。

 結局生産性を上げ、コストを下げることでしか、事業経営を合理化できない
のが現状である。

 ある酪農経営者は、F1事業を行うことによって多角化を行っているが、それ
と同時に食肉経営やフードサービス事業への展開を図っている。

 大規模酪農事業者が、レディスファームのようなベンチャー的な経営を、ど
のように行えるかの模索が必要である。

 その一方で、レディスファームのように、財政的なリスクに直面しているベ
ンチャー的な事業経営を、地域として総合的に支援する仕組みも必要になる。

 レディスファームのある中札内村と大樹町はごく近い距離にあり、両極にあ
る酪農事業が、地域開発の側面で協力できることを探ることも1つの解決かも
しれない。

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