1.はじめに
「我が国に於ける乳用山羊の飼育は近年頗る普及発達して来たのであるが、今日の盛況を観るに至った所以を考えてみると他の家畜の場合とは異なった理由が存するのである。例えば乳用山羊の飼育の盛んなること全国の双璧と言われる長野、群馬の両県の実情に付て観るに山羊は他の家畜が農業用家畜として飼育せられるのとは異なって、従来主として養蚕地方又は山村に於ける栄養、保健の為という見地から、農家の自覚に基づいて自発的に飼育して来たものである。即ち山羊乳は農山村に於ける育児用として、また一般人の栄養補給用として欠くべからざる必需品となっておるのであって、この事実は正に農山村の生活やその保健衛生等を論ずるものにとって厚生上見落とすことのできない事柄であると思う(本文は旧仮名遣い)」1
。若干冗長な引用であったがこの文章は戦時中である昭和16年に刊行された村上栄著『実験飼育山羊詳説』の冒頭の文言である。今をさかのぼること60有余年前の日本におけるヤギ飼養は「盛況」であり、「農家の自覚に基づいて自発的に」飼育された家畜であった。さらに栄養補給用物資として「欠くべからざる必需品」であることからもその地位は今からすればまさに「隔世の感」がある。
敗戦後の傷跡から立ち直りつつある昭和25年の全国のヤギ飼養頭数は約41万頭、その後昭和32年には325千頭とピークを示し、以降ヤギの飼育頭数は減少の一途をたどりつつある。直近の飼育頭数は、沖縄、鹿児島、長野、群馬を中心としてわずか2万7千頭にすぎず、まさにヤギの姿は日本から消し去られようとしている。
しかしながら、平成の世の中に入って小さな変化が生じつつある。それはヤギ飼養の見直しと若干の頭数回復である2。萬田氏3はこの変化を4つに分類して説明を加えている。1点目はヤギミルクへの関心である。ヤギミルクはその組成が母乳に近いため、牛乳アレルギーを持つ乳幼児に対して安心して与えることができるとされている。2点目はその愛らしい姿から学校等の教材動物としての採用が進みつつある点である。また、ペットとしても飼いやすく家屋周囲の雑草を食べてくれる点からも人気が出てきている。3点目はヤギの粗飼料利用性が高いことを利用して、遊休農地等の草刈りに利用する点である。さらに4点目として健康食としてのヤギ肉需要の高まりを指摘している
。
このような従来にない新たなヤギへの関心を背景として、畜産生産現場においてもこれに呼応するような新たな「動き」が生じつつある。そこで小稿では、草地型専業酪農地帯にありながら新規事業としてヤギ飼養部門の導入を試みている北海道中標津町・別海町における「根室山羊組合」の取り組みを通じてその実態と諸課題について検討を加えてみたい。
2.「根室山羊組合」の概要
平成15年2月13日付けの釧路新聞第1面に「酪農家らで山羊組合設立」の見出しの下、次の記事が記されていた。
『根室管内の酪農家らがヤギを活用した産業を興せないか−と「根室山羊組合」(阿部武丸代表)を立ち上げた。同組合は3月からのミルク生産を目指しヤギ31頭を購入、中標津町内で飼育している。同組合では「未利用分野で可能性を探りたい」と話しており、「当面1万頭にまで増やしたい」と意欲を見せている。』
根室山羊組合の代表を務める阿部氏はもともと農家ではない。長年にわたり中標津町内において安価な雄ホル子牛を購入し、この血液・血清をインターフェロンやワクチンとして精製する事業に従事していた。平成7年ごろから仕事で酪農生産現場を回るうちに、草地酪農地帯でありながら購入濃厚飼料に依存し、ふん尿処理で苦悩する酪農家の姿を目の当たりにして、乳牛の多頭数飼養型経営の限界とホルスタイン種に特化した生乳生産システム、さらに目標なき経営規模の拡大に疑問を抱くようになる。さらに同町内に在住し、草地を基本とした酪農経営を実践している「マイペース酪農」で著名な三友盛幸氏の既存の酪農経営からの脱却・転換が必要であることを痛感するようになった。しかし、従来から培った経営形態をいきなり「マイペース型」に急変させることには多大なリスクを伴う。また、酪農家自らが所有する草地の機能を十分に生かせる「何か」が必要であることが次第に判ってきた。
その後、ふとしたことから前鹿児島大学教授である萬田氏が説く「ヤギ飼養の復権」を耳にしたことが、阿部氏のその後の人生の大きな転機となる。ヤギを媒介として草地を有効利用し、ここから産出される乳・肉を有効利用・販売することにより、従来の大量消費型の酪農経営からの脱却を図ることが可能だと確信するに至った。
さらに中標津町が置かれている状況も阿部氏の着想に拍車をかけることとなる。阿部氏が指摘するに、中標津町は市街地(商業地区)と農村地域(酪農家)の関係が希薄な地域である。この場合、両者が交流可能な関係を構築するには、飼養が容易でかつ、愛らしい風貌をした家畜である「ヤギ」を媒介とした異文化交流・グリーンツーリズムが最も適当であり、有効であると感ずるようになった。
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愛らしい風貌をした家畜「ヤギ」
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この考えを旧来の友人で町内において建築資材店を営む高橋誉志氏(現:事務局長)に話をしたところ熱い共感が得られた。そこで平成14年3月、高橋氏の友人で自家製牛乳を販売している酪農家である乾氏、別海町の大規模農業法人河嶋産業(酪農)の取締役河嶋秀雄氏の4名が出会い、同年8月に道内十勝清水町で開催された「全国山羊サミット」に参加した。サミットの場で4人はヤギ飼養への情熱を確認し、翌15年春に根室山羊組合を設立し、同時に乾氏の牧場で初めてのヤギミルク製造を行うことを決定した。
15年春の組合設立後は具体的にヤギ飼育による地域振興計画を策定し、その実現に向かって少しずつではあるが着実にその歩みを強めつつある。本組合が掲げる事業計画は以下のとおりである。
「ヤギ飼育による根釧地域振興計画」
事業背景:
1)根釧地区は、気象不順、農業不適条件の中で、先人の努力により、有畜農業化の一環として、牛による酪農業が定着した。
2)しかし、一面、ホルスタイン種1種に偏りすぎた大規模飼育、専業化に伴った種々の弊害が起こり始めている。農業経営学的には、慢性的な家族労働強化と単純機械化労働による農業技術の低下(機械化技術の先行)、等々である。生態環境学的には大規模草地化による樹木の伐採、それに伴う気象条件の悪化、ふん尿処理の遅れに伴う河川の汚染と水産資源への悪影響、等々である。
3)こうした根釧地区の実状を改善するためには、労働力見合いの飼育規模へ是正をはかり、労働力の分散・軽減化を図り、大規模草地化の路線から、森林と共存する中規模、小規模化路線に切り替える必要がある。
4)しかし、そうした路線変更・是正は、すなわち飼育頭数の削減を意味し、農家経営を直接的に圧迫し、おいそれと実現できるものではない。飼育頭数の削減を軽負荷にて補う経営的資源が必要となる。
5)新しい経営資源として、一挙に一般菜園農業への変更、あるいは他の畜産業、たとえば養豚、養鶏への変更もあり得るが、それは、構築された地域インフラの活用の点から無駄を伴い、新たな巨大投資、新たな労働力確保を要し、路線変更・是正の意味をなさない。
6)その点、ウシ酪農とヤギ酪農の併合が可能であれぱ、余剰家内労働力を、ヤギ飼育に振り向けることができ、かつ地城インフラを有効活用する形で路線変更・是正が可能かも知れない。
7)またヤギの特性から、環境負荷の軽滅を図ることができ、中規模、小規模化路線への切り替えも可能になる可能性がある。
8)一方、わが国おいて、ヤギの飼育は、戦後の食料不足時代に大きな役割を遂げながら、ウシ酪農の普及に伴って、絶滅家畜と言っていいほどの状況に追い込まれた。現在、もっぱら情操・愛がん動物としての飼育が中心で、産業経済家畜としての活用という視点はほとんど省みられていない。
9)これは、わが国特有の現象で、国際的畜産戦略としてみた場合、きわめて立ち遅れた状況にもなっている。
10)以上のような背景にかんがみ、根室山羊組合においては、ヤギ飼育による根釧地域振興の可能性を探るべく、下記のごとき事業を計画し、推進する。すなわち、根釧地区において
(1)ヤギを飼育し、ウシ酪農家にヤギ飼育を勧奨する。
(2)ヤギ乳を搾乳し、乳製品を製造・販売する。
(3)ヤギ肉の製品を開発・製造・販売する。
(4)ヤギ乳乳製品、ヤギ肉製品の地域ブランド(特産品)化を図る。
(5)そうしたヤギ関連事業の推進により、根釧地区酪農の農業経営、生態学的改善の可能性を探る。
(「根室山羊組合事業計画書」より一部抜粋、下線部筆者)
下線部にも見られるように本地域におけるヤギ飼養推進の背景には(1)余剰労働力の完全燃焼および(2)経営内インフラ(特に草地基盤)の有効利用が主題として掲げられている。本組合の意図するところは組合自らが生産を行うのではなく、組合はあくまでもヤギ飼育技術の課題検討、ヤギ肉・ヤギ乳による製品開発および当該製品の販売をすることにある。いわば生産者と消費者の「結着点」としての組合の位置づけと考えることができる。農家のみの発想ではなく、阿部氏、高橋氏といった「農外」のブレインを積極的に取り込むことによって従来にない新しい発想でヤギ飼養、新商品開発とこれに伴うマーケティングが期待できる組織構成となっている。
3.酪農専業からヤギ専業への夢を抱いて −中標津町・乾牧場−
経営主の乾氏は北海道入植4代目(初代は徳島県より入植)であり、中標津町内では分家として昭和18年に現在の経営地に入植した。昭和43年に高校を卒業した直後に父の経営を手伝うために就農し、その後は専業酪農家として着実な経営規模の拡大過程をたどってきた。この証左として就農時に23haであった農地は現在43haにまで拡大し、同時に搾乳牛頭数も38頭を数えるに至っている。
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乾氏と繁殖用の雄ヤギ
(日本ザーネン種)
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乾牧場牛乳とヤギミルク
(右側ボトル容器)
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平成2年1月には念願の自家生乳を利用した牛乳製造を開始しており、地元ではノンホモ・低温殺菌で美味しい「いぬい牛乳」として広く知られている。製品は1リットル(260円)と250ml(100円)の2種類であり、販売に関しては中標津町内への宅配、店舗販売(町内、根室・釧路市内)および通信販売を実施している。特筆すべきこととして伊勢丹シンガポール店で在留邦人向けに1本800円で販売し、飛ぶように売れていることがあげられる。それだけおいしく万人に受ける牛乳であるとも言えよう。経営内の総生乳生産量に占める自家販売の割合は15%程度であることから、残る大半はインサイダー酪農家としてホクレン経由で販売している。なお、営農と牛乳製造に関しては乾氏本人と奥さんおよび製造と運搬を担うパートさんの3名ですべて行っており、後継者は他出していることから、経営を継承する気はないとのことであった。後継者がいないことが同時に乾氏の経営をヤギへシフトさせる大きな要因である。
乾氏と「ヤギ」との出会いは平成14年2月にさかのぼる。現山羊組合事務局長である高橋氏と乾氏は旧知の間柄であった。かねてから高橋氏は乾氏を「(自家生乳加工という)人のやらないことを実行する人」、「既に牛乳製造プラントを持っており、可能性のある人」と高く評価していることもあって、乳用ヤギ飼養の話をもちかけた。翌3月には阿部氏、高橋氏、乾氏の3人で道内ヤギ飼養の先進地である十勝清水農協へ視察に出向き、組合長から説明を受ける。この視察を通じて乾氏はヤギ飼養を評して、(1)後継者不在の酪農家が乳牛飼養を継続するのは労働の観点から難しい。この点ヤギ飼養は労力の軽減が図られ、扱いやすく最適である、(2)ヤギは牛と違って汚れることが少なく、見た目に美しい、(3)ふんの量、臭いが少なく日々のふん尿処理の必要が無い点を挙げており、ヤギ飼養への第一歩を踏み出すこととなる。
十勝清水への視察を契機として平成15年春には自宅牛舎裏の未利用地に廃材等を利用して40坪(132m2)のヤギ舎を建設する(施工費約40万円)とともに、搾乳用ヤギ舎として施設庫を整備した。同時にスウェーデン・デラバル社よりヤギ用搾乳施設(12頭立てパーラー)を導入した。搾乳に供するヤギは十勝清水町より32頭(うち繁殖用雄ヤギ1頭)を1頭5万円で導入した。本導入価格(5万円/頭)の根拠として、同地から沖縄への食用生体価格が関与している。すなわち生体重80Kgの去勢ヤギは1Kg当たり550円で庭先取引されている(1頭44,000円)ことから、雌の場合はこれに付加価値を付けて5万円としたとのことであった。
調査時点では導入31頭のうち26頭が実際の搾乳(1日1回)に供されていた。搾乳は乳牛同様に前搾り、ディッピングが行われており、その手順に大きな差異は認められなかった。季節繁殖動物であるヤギの搾乳期間は限られており、通常4月から12月一杯行うものとされている。乾牧場では初産ということもあり、個体ごとの搾乳量は計測していないが、平均して1日1Kg、最大泌乳時で2Kg/日程度とのことであった。このことを踏まえると1頭当たりの年間搾乳量は300〜350Kgが見込まれ、これは農水省が平成12年に定めたヤギの家畜改良目標の「現状値」である249日泌乳期間・533Kg搾乳をはるかに下回る状況にある4。
乾牧場ではヤギ飼養に際して一切の放牧・青草給与は行っていない。給与牧草はチモシーを主体とした混播牧草のサイレージであり、それもよく乾燥して芳醇な香りをはなっている「最上質」の部分を給与している。さらに搾乳時には乳牛用配合飼料を1頭当たり800gを給与するとともに塩化カルシウム、ビタミン等の各種サプリメントを与えている。この「独特な」給与形態の背景には、ひとえに消費者に対して「くせの無い」ヤギ乳を供給するためである。乾草に近い品質のサイレージを通年で供給することにより、飼料から乳に影響される風味を除去して飲みやすいヤギ乳生産を目指している。実際、筆者らが試飲したところ全くと言って良いほどクセがなく、むしろ「濃厚な牛乳」といった味であった。従来の「草臭い」、「青っぽい」イメージは完全に払しょくされた。
平成15年5月からは本格的にヤギ乳の製造販売を実施している。従前より牛乳加工販売を行っている関係上、処理プラント関係の許認可は必要とせず、地元保健所によるヤギ乳の衛生検査のみで加工・流通が可能となった。現在、乾牧場の「しれとこやぎミルク」は無脂乳固形分8.0%以上、乳脂肪分3.6%以上の成分で65℃30分間の低温殺菌によって供給されており、100ml入り200円、200ml入り300円にて市販されている。
以上のような経過をもって生産・販売されている乾牧場のヤギ乳であるが、現下で克服すべき種々の問題点を抱いている。
(1)搾乳用のヤギの改良が進んでいないため、乳量が少ない
乳用ヤギ飼養の先進地であるニュージーランドの年間搾乳量は約600Kgであり5、これは農水省が平成22年度目標値として設定している560Kgを上回る状況である。換言すれば日本における乳用ヤギ改良は国際的には二歩も三歩もその後塵を拝していると言わざるを得ない。
(2)製品の販路がない
「クセがなく、おいしい」ヤギ乳を製造しても販路が確立されていなければ何の役にもならない。乾牧場が目下直面しているのがこの問題であり、これを打開することによって上記問題点すべての解決の端緒となり得るであろう。例えば、現状では雄ヤギの販路は確立していないがこれを確固とすることにより副産物収入を見込むことができる。同時に販路を広げることにより規模の経済を発揮することも可能だと思われる。
わが国を代表する酪農主産地である道東・中標津においてヤギ飼養の先駆者的存在である乾牧場のヤギ乳生産には目下のところ山積する課題が多い。しかし、先駆者ゆえに味わう「試練」であるとも言えよう。近い将来、これら「試練」を個人の力で解決するのではなく、「根室山羊組合」を中核とした集団的対応によって打開することによって活路を見い出すことができるであろう。
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搾乳用プラットフォーム(乾牧場)
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4.夢と希望とロマンを追って −別海町・河嶋産業−
別海町に位置し、わが国の1戸1法人的農業法人の典型とも言える有限会社河嶋産業の経営主河嶋秀雄氏(45歳)は新酪農村入植2代目の新進気鋭の酪農経営者である。126.3ha(うち借入地26.3ha)の広大な草地を基盤として経産牛140頭、育成牛100頭の計240頭を飼養する酪農経営の姿は、まさに専業的草地酪農の代表的事例とも言える。経営規模拡大の過程を遂げるにしたがって雇用関係が生じ、この円滑化のために平成8年に法人化を行った。また、現在17歳の長男を筆頭として5人の子どものうち4人が男子であることから、将来は法人経営を単に酪農に特化するのではなく、「兄弟商会」として多角的に経営して貰いたいとの想いを込めての法人化であった。
ヤギとの出会いは平成14年夏に十勝清水町で開催された「全国山羊サミット」への出席と根室山羊組合事務局長である高橋氏との十年来のつき合いにさかのぼる。かねてより河嶋氏は、あまりにも巨大化し、かつ産業として「頭打ち」的様相を呈し始めている酪農業に限界を感じ始めていた。そこで新たな収益部門を模索していたところ、「ヤギ」と出会った。ヤギの姿を目の当たりにして、自身が幼い頃、庭先で1〜2頭飼っていた記憶がよみがえるとともに、その愛らしさ、ペット感覚でも飼える容易さ、女性や子どもにも扱える簡便さがビジネスチャンスになることに気づく。現在、平成16年春産みの初産外国種ヤギを100頭、海外より導入することを進めており、同時並行的に自宅近くの未利用地にヤギ舎を新設する段取りにある。
河嶋氏はヤギ導入後の経営シナリオを次のように描いている。
(1)乾牧場までヤギ乳を搬入し、根室山羊組合を通じて販売する方法(自宅周辺に処理施設を新設するのは、資金面、販売・収益面から望ましくない)。
(2)別海町営の牛乳処理工場を利用しての加工・販売
河嶋氏の場合、飲用ヤギ乳の消費拡大は見込めないと考えているため、生産したヤギ乳をヤギ乳チーズ(シェーブルチーズ)や「山羊乳トーフ」(初乳トーフ)、さらには肉を利用した各種製品を製造し、付加価値を高めて販売することを意図している。その際、あくまでも生産者である河嶋氏、乾氏と販売を担当する根室山羊組合代表の阿部氏・高橋氏とは機能的に棲み分けして、生産者のみがリスク負担することがないように配慮する意向を持っている。
「投資額を回収するには、上手くいって5年はかかるでしょう。その間の赤字は十分覚悟しています。ただそれ以上に北海道のヤギをアピールできるものを作り上げたい。それが私の夢であり、希望であり、ロマンなのだから」。河嶋氏は熱く語ってくれた。
5.おわりに −ヤギ飼養産業の現状と問題点−
以上、北海道根室管内におけるヤギ飼養の新たな動きを根室山羊組合とその組合員の活動概況をもとに紹介してきた。ここでは、これらを踏まえてヤギ飼養産業の現状と問題点を総括してみたい。
まず指摘すべき事項として、ヤギ飼養への取り組み自体が現行の酪農経営が抱える諸矛盾、限界を契機として展開していることである。昭和36年に制定された旧農業基本法における「選択的拡大」の名目の下で畜産業、とりわけ酪農経営はその尖兵としてあくなき規模拡大、終わりなきサバイバルレースを強いられてきている。さらにその弊害としてふん尿処理問題に代表される環境問題、草地酪農地帯でありながら輸入粗飼料に依拠する偏奇した経営形態が俎上に上がりつつある。まさに根室山羊組合の取り組みはこれらに対するアンチテーゼ的行動であると言えよう。さらに乾牧場の事例に見られるように後継者がなく、経営主夫妻の老齢化が進展するなかで、労力軽減、機械施設の有効利用を図るための新たな有畜産業としてのヤギ飼養にシフトしようとする意向を持っていることである。筆者が平成14年6月にニュージーランド・ハミルトン市のニュージーランド・乳用ヤギ協同組合においてヒヤリングを実施した折に耳にしたこととして、ニュージーランドにおいて専業的な乳用ヤギ飼養を実施している農家の大半が酪農業からの転身組であった。つまり、ニュージーランド酪農においても近年の経営規模拡大の度合いは急速であり、ここから離脱する農家に対しての「受け皿」としてヤギ飼養が台頭しつつあるとのことであった。酪農経営の階層分化に伴うヤギ産業の台頭に関しては、より詳細な調査が必要とされるが、今回の乾牧場のヒヤリングにおいてもまったく同じことを乾氏が述べていたことが印象的であったとともに、ヤギ飼養に係る無限の可能性を示唆しているようにも思える。
一方、克服すべき諸課題は山積している。適切な商品開発と販路の確保に関する問題を筆頭として、経営技術・コストに係る問題、素畜導入と近親交配回避のための措置等が代表的なものであろう。いずれにしても古くて新しい家畜である「ヤギ」への今日的な調査研究がほとんどなされていないのが現状であることから、ヤギ飼養に関する技術面での開発や指導、普及はもとより需要調査、マーケティング等の社会科学的アプローチを試みることが喫緊の課題であると思われる。前述の萬田氏の指摘するヤギ周辺に生じている「変化」こそが日本畜産業に大変革をもたらす契機になりえるかも知れないのだから。
1 村上栄 「山羊詳説」( 1 - 2 頁、養賢堂、昭和16年)
2 残念なことに1997年の農水省「畜産統計」を最後として、政府によるヤギの飼養戸数・頭数の調査は行われていない。ただし都道府県段階及び関係団体による補足調査が実施されている。公的統計の再開を切望するところである。
3 萬田生治「新しい家畜・復古家畜」、(60-61頁、獣医畜産新報 Vol. 1 、平成12年)
4 ただし、ここで公表されている数値は登録済み日本ザーネン種であり、かつ、(独)家畜改良センター長野牧場で飼養されている家畜であること。また、乾牧場のヤギは初産であることも考慮しなくては行けない。
5 Nicolas Lopez-Villalobos and Dorian Garrick, Estimation of genetic parameter
for lactation yields of milk, fat and protein of New Zealand dairy goats,
IVABS report, Massey University New Zealand, 2001.
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