◎今月の話題



FTAと日本の畜産

東洋大学経済学部長
服部 信司



 3月12日、日本とメキシコは、懸案のFTA(自由貿易協定)について、大筋合意に達した。さらに、韓国とのFTA交渉が昨年12月にスタ−トし、日本への農産物輸出大国=タイとのFTA交渉も2月に立ち上がった。マレ−シア(1月)、フィリピン(2月)とのFTA交渉も立ち上がっている。

 これら東南アジア諸国とのFTAは、いずれも、年内〜1年前後での締結を目指している。メキシコに次ぎ、東南アジア諸国とのFTA交渉が、日本農業にとって、今年の重要課題になろうとしているのである。


主要なFTAは、例外・除外品目を伴っている

 FTAは、WTO協定上、「実質的にすべての」品目の関税を一定期間後には無税(ゼロ)にしていくという協定である。この「実質的にすべての」がどの程度か、については、WTOにおいて議論が続いている。EUなどは貿易額の90%とする理解に立っており、そのもとでFTAが形成されている。ただし、WTO協定上、あるセクタ−(たとえば、農業)を丸ごと除外することはできない。

 そこで、関税ゼロにすることが困難な品目を一定数含む農業−農産物をどう取り扱うかが、実は、NAFTA(北米自由貿易協定:1994)やEU−メキシコ自由貿易協定(2000)、韓−チリ自由貿易協定(2003)、米−豪自由貿易協定(2004)などの最も重要な問題であった。

 EU−メキシコ自由貿易協定において、EUは、穀物、食肉、乳製品、野菜、果実などの主要農産物を含む595品目(25%、輸入シエア10%)については2003年以降協議するとした。「2003年以降の協議」の意味するところは、"WTO交渉の結果を踏まえての協議"ということであり、そこからは、関税撤廃の対象外に置かれる品目も出てくると考えられる。

 昨年妥結した韓国−チリ間の自由貿易協定においても、韓国側は、(1)コメ、リンゴ、ナシを中心とする21品目(1,432品目中1.5%)を関税撤廃から除外し、(2)豚肉、小麦、ニンニク、酪農製品を中心とする391品目(同27%)を、今次WTO交渉の妥結後に議論するとし、関税撤廃品目から事実上除外している。

 また、NAFTAのアメリカ−カナダ間において、アメリカは、乳製品、落花生、ピ−ナツバタ−、砂糖、綿を中心とする69品目(1,199品目中5.8%)を関税撤廃品目から除外し、カナダ−メキシコ間では、乳製品、鶏肉、卵、砂糖を中心とする78〜87品目(1,041〜1,004品目中7.5%〜8.7%)が対象外とされているのである。そして、最近の米−豪FTAにおいても、アメリカは砂糖を完全に除外し、乳製品についても関税はそのままとして、関税割当枠を生産額の0.17%に拡大するに留めている。

 このように、主要なFTAにおいて、農業における困難に対応する方法として、関税撤廃または削減が困難な作物を撤廃または削減約束から除外する、あるいは、一定の関税割当を設定するなどの柔軟措置を導入するという現実的な対応が行われているのである。日本のFTAにも、この経験が生かされる必要があり、実際、メキシコとのFTAにおいては、それが生かされての大筋合意になったのである。


日−メキシコFTA:豚肉について国境措置の根幹を維持

 豚肉は、メキシコからの対日農産物輸出額の52%を占めるメキシコの最重要関心品目であり、日−メキシコFTA交渉の焦点をなした。

 この豚肉についての合意は、(1)国産豚肉の8割を占める低価格部位を国境で保護している差額関税制度(関税込み価格がキロ409.9円以下では国内に入らない)を維持する。

 (2)キロ393円を超す上級品にかけられる現行の関税4.3%を半分にした2.2%の関税割当枠をメキシコに設定する(初年度3.8万トン→5年後8万トン)、としたのである。

 ちなみに、5年後の8万トンは、我が国の豚肉輸入総量75万トンの11%に当たる。メキシコからの輸入増は、輸出国間の競争の結果になると考えられる。

 また、日本農業と地域にとっての基幹−重要作物である米・麦、リンゴ、パインアップル、乳製品などは、関税撤廃または削減約束からの除外または、再協議の対象とされている。

 差額関税制度は、豚肉の国境措置の根幹をなしている。それを維持したことは、今回の日−メキシコFTAにおいて「日−メキシコFTAが、その中に農業を含みつつも、日本の食料安全保障と日本農業の多面的機能の維持という課題を損なうものであってはならない」という日本の基本的立場を貫いたことを意味している。

 日−タイFTA交渉の立ち上げに際しては、「両国の農業のセンシテイビテイに十分配慮し、・・・農業協力と農産物貿易自由化との間の適切なバランスをとること」が合意された。

 日本型FTAともいうべき日−メキシコFTAを基礎に、日−タイ、日−東南アジア諸国との間のFTAを、日本−アジア型FTAにすることが問われているといえよう。


畜産の生産−経営体制の強化を

 日−タイFTA交渉において、コメ、砂糖、デンプンとともに鶏肉が、タイにとっての関心品目であると同時に、我が国にとってのセンシテイブ(重要)品目として存在している。日−韓FTAにおいては、乳製品が同様の位置にある。

 我が国は、これまで重要品目については、自由化の例外品目とする交渉姿勢で臨んでいる。しかし、政府間交渉に入った以上、最終的には交渉の妥結が求められる。妥結については、両国の歩み寄りが必要になるわけであって、重要品目といえども、ある程度の関税の引き下げや関税割当枠の設定が求められることもあり得ると考えておかなければならない。関税の引き下げは、高関税に上限を課す内容を含んでいるWTOでの米・EU妥協案を見れば、進行中のWTO農業交渉の結果においてもあり得る。

 我が国のブロイラ−、酪農産業は、この間、規模拡大と経営の強化に成果を上げてきた。それを基礎に、畜産の生産−経営体制の一層の強化が求められているのである。


はっとり しんじ

プロフィール

昭和37年東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。岐阜経済大学助教授、教授を経て、平成5年、東洋大学経済学部教授、平成16年、東洋大学経済学部長。関税・外国為替審議会委員、食料・農業・農村審議会臨時委員、食料・農林漁業・環境フォーラム幹事長。
「グローバル化を生きる日本農業」(NHK出版、2001年)、
「WTO農業交渉」(農林統計協会、2000年)
「アメリカ農業」(輸入食料協議会、1998年)
「21世紀・日本農政の課題」(共著、農林統計協会、1998年)、
「WTO次期農業交渉への戦略」(共著、農林統計協会、1998年)等著書多数

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