◎調査・報告 


流通/流通事情

有機畜産物に対する消費者評価に関する計量分析

北海道大学大学院 農学研究科 助教授 山本 康貴



1 はじめに

 2003年3月に農林物資規格調査会の有機畜産部会において「有機畜産物の日本農林規格の制定について」および「有機畜産物加工品の日本農林規格の制定について」と題し、わが国における有機畜産物の有機JAS規格案が本格的に検討され始めた。有機畜産物の1つである有機牛乳については、海外の有機認証を取得した国内乳業メーカーによって極めて限られた範囲において限られた量が流通されている状況にある。食の安全・安心に対する消費者の関心の高まりなどから、有機牛乳についても潜在的な高い需要が期待される一方、有機牛乳の生産には、酪農家にとっては有機飼料の確保や医薬品使用制限に伴う乳牛の疾病率上昇のリスク管理、乳業メーカーにとっては一般の牛乳との生産ラインの分離など、それぞれ相当の費用負担が伴うと見込まれる。

 本研究は、同調査会において検討中(2004年1月現在)にある畜産物の有機JAS規格案を満たして生産された有機牛乳に対する消費者評価を主たる認証基準項目ごとに評価し、消費者の回答者属性(年齢・有機食品の購入頻度・週当たり牛乳購入額など)が有機牛乳に対する評価にどのような影響を与えるのかを実証的に解明することを課題として、昨年度実施された。


2 分析方法とデータ

(1)分析手法

 本研究で分析対象とする有機牛乳は、今のところ日本国内ではアメリカの有機認証を受けて生産・加工・販売している乳業メーカーが1社存在するのみで、その販売も首都圏の一部のスーパーまたは宅配に限られている。従って、有機牛乳販売価格などの現実の市場データを入手して分析することは困難である。このため、本研究では、(1)アンケート調査を用いてデータを入手でき、(2)有機牛乳を構成する複数の属性(家畜への有機飼料給与基準や医薬品使用制限基準、家畜の低ストレス飼養基準)を個別に評価できる手法として、選択型コンジョイント分析注1を用いることにした。

(2)評価対象属性の設定

 本研究における評価対象財を、検討中にある有機JAS規格案に準拠した有機牛乳の種類別「牛乳」とした。従って、低脂肪乳などの加工乳、カルシウム添加牛乳などの乳飲料は対象としない。

 畜産物の有機JAS規格案(本研究実施時2004年1月末時点のもので、その後若干の文言変更あり)では、有機畜産をコーデックス・ガイドラインに依拠する形で、「農業の自然循環機能の維持増進及び動物の健康と福祉の増進を図るため、有機的に栽培された飼料を給与すること、動物用医薬品(抗生物質を含む)の使用を避けること、排せつ物を適正に管理し利用すること及び動物の行動学的欲求に配慮することを基本とした飼養体系に従って生産されること」と定義していた。

 そこで、本研究では有機牛乳における主要な認証基準項目として、「有機飼料を給与すること」から有機飼料基準を、「動物医薬品の使用を避けること」から医薬品使用制限基準を、「動物の生理学的及び行動学的要求を尊重すること」から低ストレス飼養基準を取り上げ評価対象属性とした。ただし、家畜排せつ物の管理基準については、畜産物の有機JAS規格案において、「家畜及び家きんの排せつ物は、水質汚濁を招かない方法により管理及び処理すること」とされており、既存の「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」を順守していれば満たすことができる基準であるため、評価対象属性から除外した。価格属性は、評価額を推計するために必須であり、1リットル紙容器での価格として設定した。具体的には、札幌における種類別「牛乳」の実勢価格から150円を基準に250円までの6段階に価格水準を設定した。

 上記の4属性を組み合わせた種類別「牛乳」2パターンに、価格以外の属性を含まない種類別「牛乳」と「どれも買わない」を加えた4つの選択肢を1つの質問とし、属性内容の組み合わせが異なる8回分の質問を設計した。つまり、実際のアンケート調査では、1人の回答者に、これら8回分の質問への回答を求めた。

(3)アンケート調査の概要

 分析データは、郵送によるアンケート調査を2003年12月下旬から2004年1月上旬にかけて実施して収集した。調査対象地域を札幌市北区の住民とし、選挙管理委員会の選挙人名簿から無作為抽出した2,000名にアンケート調査票を郵送した。宛先不明を除いた実発送数1,967名に対して回収数は809通となった。そのうち、回答不備を除いて分析に用いたサンプル数は552となり、有効回収率は28.1%となった。


3 分析結果

(1)アンケートの単純集計結果

 アンケートの調査票は、牛乳の消費実態と有機食品に対する認識を尋ねる質問、有機牛乳に対する認識を尋ねる質問、選択型コンジョイント分析、回答者属性の順に構成されている。牛乳の消費実態と有機食品に対する認識を尋ねる質問および有機牛乳に対する認識を尋ねる質問は、(1)牛乳消費実態に関する質問群、(2)有機食品に関する質問群、(3)有機牛乳に関する質問群に分類される。ここでは紙面の都合上、(3)有機牛乳に関する質問群の単純集計結果のみを以下に示す。

図1 有機飼料基準に対する関心

図2 医薬品使用制限基準に対する関心

図3 低ストレス飼養基準に対する関心



 有機飼料基準、医薬品使用制限基準、低ストレス飼養基準のうち、「とても関心がある」との回答率が最も高い基準は医薬品使用制限基準、次いで低ストレス飼養基準、有機飼料基準であった(図1〜3)。

 有機飼料基準を満たした牛乳に対する回答者のイメージとして最も多かったのは、「一般の牛乳よりも、安全性が高そう」であり、次いで「一般の牛乳よりも値段が高そう」であった(図4)。

図4 有機飼料基準が満たされた牛乳に対するイメージ



 医薬品使用制限基準を満たした牛乳に対する回答者のイメージとして最も多かったのは、「一般の牛乳よりも、安全性が高そう」であり、次いで「一般の牛乳よりも、飲む人の健康に良さそう」であった(図5)。

図5 医薬品使用制限基準が満たされた牛乳に対するイメージ



 低ストレス飼養基準を満たした牛乳に対する回答者のイメージとして最も多かったのは、「一般の牛乳よりも、健康で快適な環境で育てられた乳牛から生産されていそう」であり、次いで「一般の牛乳よりもおいしそう」であった(図6)。

図6 低ストレス飼養基準が満たされた牛乳に対するイメージ



 有機飼料基準、医薬品使用制限基準、低ストレス飼養環境基準を満たし、第三者機関の認証を受けた有機牛乳に対する回答者のイメージとして最も多かったのは、「一般の牛乳よりも、安全性が高そう」であり、次いで「一般の牛乳よりも、飲む人の健康に良さそう」であった(図7)。

図7 有機牛乳認証基準が満たされた牛乳に対するイメージ

(2)有機基準属性が付加された牛乳の購入確率

 まず選択型コンジョイント分析の計測結果を用いて、有機牛乳を構成する3つの基準(有機飼料属性、医薬品使用制限属性、低ストレス飼養属性)が付加された牛乳の購入確率および有機牛乳の購入確率を求める。次に回答者属性が各属性付加牛乳の購入確率に与える影響について分析する。なお、ここでいう購入確率とは、店頭で種類別「牛乳」と各属性付加牛乳の2種類が販売されているときに、各属性付加牛乳が購入される確率を意味する。例えば、購入確率0.0%では種類別「牛乳」のみが購入され、購入確率50.0%では種類別「牛乳」と属性付加牛乳がどちらも同じ程度に購入され、購入確率100.0%では属性付加牛乳のみが購入されると解釈される。

ア 有機牛乳の属性別購入確率

 図8は、有機牛乳を構成する各属性が付加された牛乳の選択確率を設定価格ごとにプロットしたものである。ベース牛乳(有機牛乳の3属性全部なしで1リットル紙容器150円の牛乳)に対し、各属性が付加された牛乳がベース牛乳と同じ150円で販売されたとき、有機飼料属性付加牛乳の購入確率は81.4%、医薬品使用制限属性付加牛乳の購入確率は88.7%、低ストレス飼養属性付加牛乳の購入確率は62.7%と推計された。有機飼料属性、医薬品使用制限属性、低ストレス飼養属性のすべてが付加された有機牛乳が150円で販売されたときの購入確率は98.2%と推計された。各属性が付加された牛乳および有機牛乳の販売価格が上昇するに従い、購入確率は低下している。ただし、各属性付加牛乳における購入確率の大小関係(グラフの上下関係)は医薬品使用制限属性付加牛乳が最も高く、次いで有機飼料属性付加牛乳、低ストレス飼養の順であることに変化はない。

図8 有機牛乳および構成属性付加牛乳ごとの購入確率

注:「有機飼料」属性なし、「医薬品使用制限」属性なし、「低ストレス飼養」属性なし、「150円」の牛乳をベースとして、各属性を付加した牛乳が所与の販売価格のもとで購入される確率を算出した結果。

イ 回答者属性が有機牛乳の属性別購入確率に与える影響

 次に、回答者属性変数として選択型コンジョイントモデルの交差項に採用した変数のうち、(1)「年齢」(2)「週当たり牛乳購入額」(3)「有機食品ユーザー」について、有機牛乳の属性別購入確率に与える影響を明らかにしたい。なお有機食品ユーザーは、本アンケート調査における有機食品の購入頻度に関する質問で「有機食品をよく買っている」と回答した者と定義した。

 図9は、年齢が有機牛乳の属性別購入確率に与える影響の分析結果であり、20代、40代、60代の購入確率をグラフに示した。有機飼料属性付加牛乳および医薬品使用制限属性付加牛乳は、年齢が高くなるに従い購入確率も高くなる。また、有機飼料属性付加牛乳および医薬品使用制限属性付加牛乳の販売価格が上昇するに従い、年齢を問わず購入確率は低下する。ただし、各年齢における購入確率の大小関係は60代が最も高く、次いで40代、20代の順であることに変化はない。低ストレス飼養属性付加牛乳については、低い販売価格(約165円未満)において60代の購入確率が最も高く、次いで40代、20代の順であるが、販売価格が上昇するに従い、各年齢における購入確率は逆転し、20代が最も高く、次いで40代、60代となる。以上の各属性を付加した有機牛乳については、年齢が高くなるに従い購入確率も高くなる。また、販売価格が上昇するに従い、年齢を問わず購入確率は低下する。また、各年齢における購入確率の差は販売価格の上昇に従って拡大する。ただし、各年齢における購入確率の大小関係は60代が最も高く、次いで40代、20代の順であることに変化はない。

図9 年齢による有機牛乳および構成属性付加牛乳ごとの購入確率への影響

注:「有機飼料」属性なし、「医薬品使用制限」属性なし、「低ストレス飼養」属性なし、「150円」の牛乳をベースとして、各属性を付加した牛乳が所与の販売価格のもとで購入される確率を算出した結果。

 図10は、有機食品ユーザー(「有機食品をよく買っている」との回答者)であるか否かが有機牛乳の属性別購入確率に与える影響の分析結果である。具体的には、サンプル平均値を用いた平均的消費者、有機食品ユーザーにおける購入確率を推計して比較を試みた。有機飼料属性付加牛乳および医薬品使用制限属性付加牛乳は、有機食品ユーザーの購入確率が平均的消費者に比べて高い。また、有機飼料属性付加牛乳および医薬品使用制限属性付加牛乳の販売価格が上昇するに従い、有機食品ユーザーか否かにかかわらず購入確率は低下する。ただし、有機飼料属性付加牛乳については、販売価格の上昇に伴い、有機食品ユーザーと平均的消費者の購入確率が、ほぼ等しくなる。低ストレス飼養属性付加牛乳については、低い販売価格(約160円未満)において有機食品ユーザーの購入確率が平均的消費者よりも高いが、販売価格が上昇するに従い、両者の購入確率は逆転し、平均的消費者の購入確率が有機食品ユーザーを上回る。以上の各属性を付加した有機牛乳については、有機食品ユーザーの購入確率が平均的消費者よりも高い。また、販売価格が上昇するに従い、有機食品ユーザーか否かにかかわらず購入確率は低下する。また、両者における購入確率の差は販売価格の上昇に従って拡大する。

図10 有機食品購入頻度による有機牛乳および構成属性付加牛乳ごとの購入確率への影響

注:「有機飼料」属性なし、「医薬品使用制限」属性なし、「低ストレス飼養」属性なし、「150円」の牛乳をベースとして、各属性を付加した牛乳が所与の販売価格のもとで購入される確率を算出した結果。

 図11は、週当たり牛乳購入額が有機牛乳の属性別購入確率に与える影響の分析結果である。具体的には、週当たり牛乳購入額472円(サンプル平均値)、週当たり牛乳購入額1,050円(1日1本購入に相当)における購入確率を推計した。有機飼料属性付加牛乳、医薬品使用制限属性付加牛乳および低ストレス飼養属性付加牛乳は、週当たり牛乳購入額472円の消費者の購入確率が週当たり牛乳購入額1,050円の消費者に比べて高い。また、有機飼料属性付加牛乳、医薬品使用制限属性付加牛乳および低ストレス飼養属性付加牛乳の販売価格が上昇するに従い、週当たり牛乳購入額の大小にかかわらず購入確率は低下する。以上の各属性を付加した有機牛乳については、週当たり牛乳購入額472円の消費者の購入確率が週当たり牛乳購入額1,050円の消費者よりも高い。また、販売価格が上昇するに従い、週当たり牛乳購入額の大小にかかわらず購入確率は低下する。また、両者における購入確率の差は販売価格の上昇に従って拡大する。

図11 週当たり牛乳購入額による有機牛乳および構成属性付加牛乳ごとの購入確率への影響

注:「有機飼料」属性なし、「医薬品使用制限」属性なし、「低ストレス飼養」属性なし、「150円」の牛乳をベースとして、各属性を付加した牛乳が所与の販売価格のもとで購入される確率を算出した結果。

4 おわりに

 以上の分析結果から得られる含意について述べて結びとしたい。

 今後、どのような属性を有する消費者に有機牛乳の消費が期待できるのかというマーケティング的な視点からは、(1)年齢が高い消費者、(2)有機食品をよく購入している消費者、(3)週当たり牛乳購入額は平均程度の消費者が、有機牛乳の購買層として有望であることが示唆された。これらの特徴を持つ消費者の有機牛乳の購入確率は相対的に高く、本研究で設定した1リットル当たり最高価格の250円でも購入確率は約80%である。とはいえ、これら特徴を持つ消費者といえども、販売価格が上昇するのに伴い、有機牛乳の購入確率は低下することが示された。現在、日本国内で唯一、アメリカの有機認証を取得し首都圏の一部で販売されている有機牛乳は、1リットル当たり380円である。この価格は、首都圏における種類別「牛乳」価格のほぼ2倍に相当する。首都圏よりも種類別「牛乳」の価格水準が低い札幌では、首都圏よりも、もう少し安く有機牛乳が供給される可能性も見込まれるとはいえ、現状では、札幌においても、有機牛乳の生産コストを、種類別「牛乳」価格の2倍程度に抑えることは極めて困難である。

 本アンケート調査では、9割を上回るアンケート回答者が有機農畜産物生産者に対する補助金などによる財政支援に賛意(「実施したほうがよい」と「どちらかといえば実施したほうがよい」の合計)を示している点も明らかにされた(図12)。既に有機畜産物がかなりの量で流通している欧州諸国の経験をみると、例えば、オーストリアでは、有機農畜産物生産者に対する補助金などによる財政支援が、有機農畜産への転換促進や有機農畜産物価格の低下などの効果をもたらしたとの報告がみられる注2。また、EUの共通農業政策(CAP)において、2003年6月のCAP改革における農村開発の政策の拡充により、国や欧州委員会が定める品質保証制度に参加する農家に対する補助規定が設けられ、同規定にはEU基準の有機農業を実施している生産農家も含まれている。

図12 国内の有機農畜産物生産者に対する補助金などによる財政支援に対する認識



 このように、わが国においても、有機畜産物が消費者に受け入れられる価格で市場に供給されるためには、有機畜産へ転換する生産者に対するなんらかの財政支援の可能性を検討することは有益と考える。このような政策は、納税者たる消費者による支持がみられる点も本研究において確認された。とはいえ、昨今のわが国における厳しき財政状況やWTO上の政策分類の問題など、慎重に考慮すべき点が多々ある点も見落としてはならない。

[注1]コンジョイント分析とは、アンケート調査などを用いてデータを入手し、評価対象財を構成する属性ごとの消費者選好を評価する分析手法の総称である。選択型コンジョイント分析は、このコンジョイント分析の一つであり、消費者の効用最大化モデルと統計モデルを結びつける理論(ランダム効用理論)を理論的基礎とするなどの望ましい性質を持っている。詳しくは、澤田学編著『食品安全性の経済評価 −表明選好法による接近−』農林統計協会(近刊)の用語解説などを参照されたい。

[注2]Stefanie Graf and Helga Willer Eds, Organic Agriculture in Europe, Stiftung Okologie and Landbau, 2000, pp.10-11などを参照

[付記]本稿は近藤功庸氏(旭川大学助教授)、笹木潤氏(東京農業大学講師)との共同研究成果をとりまとめたものである。本研究は2004年1月末までの情報で昨年度実施された点に十分に留意されたい。

 本研究を実施するに当たり、畜産物における有機JAS規格案の現状については農林水産省、有機牛乳の現状についてはタカナシ乳業株式会社から、ご教示いただいた。岩本博幸氏(本研究実施時は北海道大学大学院研究生、現在は政策研究院大学助手)には、アンケート調査の設計やデータの解析など、本研究遂行において全面的なご協力を頂いた。札幌市でのアンケート調査,アンケート回収データの整理・コンピュータ入力などでは、主として苅田鮎希氏(元北海道大学大学院生)に、また稲永直人氏(北海道大学大学院生)と小池直氏(北海度大学大学院生)にもご協力いただいた。また、本調査研究報告書をまとめるにあたり、佐藤和夫氏(酪農学園大学講師)から有益なコメントをいただいた。これらの方々に記して謝意を表する。


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