生産/利用技術ケルプ混合発酵飼料による
宮崎大学農学部 応用生物科学科 |
はじめに 最近、BSEなどの問題により国産牛の需要が増加し、それに伴って黒毛和種経産牛の需要も増大している。宮崎市内にケルプ混合発酵飼料を使って効率的に黒毛和種の経産牛の肥育を行っている株式会社オカザキ食品がある。同社は、自社の飼料工場で生産したケルプ混合発酵飼料を用いて豚や鶏の肥育と鶏卵の生産も行っている。そこで今回は、経産牛および豚の肥育について調査した。さらに、経産牛(クイーンビーフ)は和牛本来の旨味はあるものの、その肉質が硬いことからその肉の軟化処理が求められていた。平成16年度、宮崎大学が地域と連携した卒業研究テーマの募集を行ったところ、株式会社オカザキ食品代表取締役、岡崎富明氏から「おいしい肉づくり」のテーマでの応募があった。そこで、当研究室(応用生物科学科食品機能化学講座畜産食品化学研究室)でそのテーマによる共同研究を実施することになり、ケルプ混合発酵飼料により肥育したクイーンビーフの軟化処理を試みた。その結果、高齢者用のソフト牛肉としても利用可能な成果が得られたので、調査報告とともに肥育牛肉の軟化処理についても報告したい。宮崎での安心・安全で高齢化社会にも対応した食肉供給に対する一つの取り組みが、何かの参考になれば幸いである。
株式会社オカザキ食品は昭和35年、岡崎生肉店として宮崎市内で産声を上げ、昭和54年に有限会社おかざき食品として設立された。その後、平成4年に株式会社オカザキ食品となり、食肉の製造および加工とその卸・販売、鶏肉・鶏卵および食品全般の卸・販売、ハム・ソーセージの加工および畜肉製品の加工販売などを本社工場で行っている。平成9年には今回、調査した飼料製造工場を宮崎県西諸県郡野尻町に設立し、ケルプ混合発酵飼料の製造販売を行っている。さらに、平成14年から直営牧場(瓜生野牧場)でケルプ混合発酵飼料を用いたクイーンビーフの肥育生産を開始し、事業の展開を図っている。さらに、ケルプ混合発酵飼料を用いた「完熟ポーク」、「完熟味鶏」や「完熟赤タマゴ」の委託生産も行っている。 2.ケルプ混合発酵飼料の製造
今回のクイーンビーフおよび豚の生産に用いられているケルプ混合発酵飼料は、オカザキ食品野尻工場で生産されている。ケルプ混合発酵飼料は60種類の野菜、野草、薬草、果物から抽出した植物エキスやミネラル豊富なスーパー昆布エキスなどのケルプエキスと圧ペントウモロコシ、フスマ、大豆かす、米ぬか、ビート、オカラなどの飼料原料を混合し乳酸発酵させた飼料である。飼料の混合装置により各種飼料成分を十分に混合かくはんし、ベルトコンベアで運ばれた製品を発酵処理品保管場所で1週間乳酸菌発酵させて袋詰め後「K&T」という名称で、家畜用配合飼料の原材料として販売(トランスバック、紙袋詰め)されている。ケルプ混合発酵飼料を使用することで、体内環境の整備、抗炎症作用、抗菌作用などの上昇により家畜の体全体の機能を正常化し、体質を健全化し体力を強化する。また、腸内細菌を整えることで、抵抗力のある細胞の新生や賦活を促し、内臓の働きがよくなり、畜舎の臭いも抑えられと畜の内臓廃棄率の減少などが認められているという。
オカザキ食品瓜生野牧場では、黒毛和種の経産牛を用い合計約7カ月間肥育を行った。肥育を開始する経産牛は5〜6産の10〜12歳の黒毛和種であった。導入後の給与飼料として、肥育開始〜1カ月までは若令牛育成配合飼料を給与し、肥育2〜4カ月は肉用牛肥育配合飼料を給与した。その後、 5〜7カ月の間「ケルプ混合発酵飼料」により肥育した。肥育牛導入時から出荷時の肥育前後の体重変化を表1に示した。また平均増体曲線を図1に示した。導入時から約200kg弱の増体を経て出荷されている。ちなみに導入時と出荷前の写真を示す。出荷時には明らかに和牛本来の肉質の良さがうかがえるような体型まで肥育されている。瓜生野牧場では現在、常時300頭のクイーンビーフの肥育を目指している。
4.ケルプ発酵飼料給与豚(ひむかケルプポーク)の生産
オカザキ食品ではケルプ混合発酵飼料を用いた豚肉(ひむかケルプポーク)の委託生産を行っており、その生産農家を調査した。宮崎県西諸県郡須木村の農場がある平山能久養豚場は養豚場と板金・塗装業を営む兼業農家(西諸県郡野尻町)である。そこでは、オカザキ食品野尻工場で製造されるケルプ混合発酵飼料を配合した飼料を用いて一般的な三元交配豚(LW x D)を肥育し、契約生産・契約販売を行っている。年間の出荷頭数500頭、母豚を外部から導入し、人工授精により子豚を分娩させている。平均産子数は1産に12頭、平均肥育日数は170〜180日で出荷をしている。ちなみに、オカザキ食品で製造されるハムは全て平山養豚場限定の豚肉から製造されている。 ふん尿はたい肥舎において土壌細菌を使って熟成、完熟たい肥として近郊の耕種農家(さつまいも、ごぼう、メロン、マンゴー、ピーマンなど)に全て販売している。
5.完熟ビーフ、完熟ポークの販売やそれらの肉質の評価
ケルプ混合発酵飼料を用いて生産したクイーンビーフやひむかポークは、「完熟ビーフ」や「完熟ポーク」として宮崎市や近郊の町のいくつかのスーパーで販売されている。今回はその一つの「Hattory Foodaly」を調査した。完熟ビーフのロース肉のスライスは適度な霜降りで、大変に好評とのことであった。牛肉販売コーナーには、オカザキ食品の牛肉生産担当者の写真入りのポスターが配置されており、生産者の顔が見え、安心・安全を求める消費者の要求を満たしていることも、好評の要因の一つであるようだ。「完熟ポーク」も同様に評判は良かった。 また、「完熟ポーク」についても、宮崎駅近郊のトンカツ店でそれを用いて料理したトンカツを賞味することができる。
6.肥育牛肉軟化処理への取り組み ケルプ混合発酵飼料を用いて肥育したクイーンビーフの軟化処理への取り組みについて紹介したい。
ワイン酵母みそは、ワイン酵母を用いた独特の発酵法による全く新しいタイプのみそで、ほのかなワイン特有の甘酸っぱい風味が肉の生臭さをマスキングして上品さを引き立てる。低食塩で甘みそタイプで、漬け込み時間が長くなっても固くなったり辛くなったりせず、新しい切り口の商品開発ができる可能性があることから使用した。リンゴアップは、リンゴの発酵液と遺伝子組み換えを行っていない大豆繊維を使用した天然肉質改良剤である。肉の繊維の結びつきを弱めて間隙を開かせることで、その間隙からリンゴアップ溶液が入ることにより歩留まりが向上し、食感が軟らかくなる。また、大豆繊維の効果で、より高い保水性が得られる。さらに時間が経過すると肉の線維の間隙が閉じるために、加熱調理後も肉の水分を保持できることが認められている。生しょうゆはまた加熱殺菌を行っていないので、こうじ由来の各種酵素の活性が残存しており、それらによる筋肉タンパク質の軟化が期待できる。
なお、品質評価の指標の一つとしてドリップロスの測定を行った。すなわち、ロース肉の試料を厚さ約1センチメートルで約10〜15グラムになるように切断し、75℃、15分間ボイルあるいはオーブンで170℃、表裏各5分間グリル処理した。その後、重量変化からドリップロスを求めた。 また、食肉の柔らかさを知るためのレオロジー特性解析のため、クリープメーター(山電製、RE2-33005S)を用いてボイルあるいはグリルされたロース肉の物性を測定した。ロース肉は幅1センチメートル、長さ3センチメートル、厚さ約1センチメートルの角柱状に切断し、せん断状プランジャーを用いて測定した。なお、測定は同一試料について5〜7回行った。 ミートテンダーローラー処理に伴いロース肉の破断強度が低下する傾向が認められた。リンゴアップ処理、ワイン酵母みそ処理、生しょうゆ処理により破断強度はボイル、グリル、いずれにおいても無処理の肉に対して約4〜7N(N(ニュートン):破断強度)の低下が確認された(図2、3)。またその傾向はミートテンダーローラー処理肉の方が顕著に破断強度の低下が見られた。これはミートテンダーローラー処理肉の方が未処理肉より、各種軟化処理材が肉表面の顕微鏡観察からも明らかなように筋目が入っていることから浸透しやすくなったものと考えられた。ミートテンダーローラー処理後、リンゴアップ処理をすることにより、軟らかでその後の肉の調理に適した牛肉が調製できた(図4)。 一方、ドリップロスは生しょうゆ処理では無処理の肉と差異が認められなかったが、リンゴアップ処理およびワイン酵母みそ処理肉において改善された(表2、3)。リンゴアップ処理によるドリップロスの低減は、大豆繊維の効果で、より高い保水性が得られ、さらに時間が経過すると肉の線維の間隙が閉じるために、加熱調理後も肉の水分を保持できることによるものと想定された。 急速な高齢化社会の到来を受けて高齢者の身体機能、特にそしゃく・えんげ機能の減退に無理なく適合できる食品素材の提供が強く求められている。表4に示すように、現在では高齢者用ソフト食は2段階設定されている。これはえんげ状態がより障害された場合においては、繊維の多い野菜類が口中に残留しやすいことが確認されたことによる。すなわち、葉物をえんげできるかどうかによって、ソフト(1)とソフト(2)に分類し、前者では火を通して繊維を軟らかくした野菜を使用し、後者ではこれらをムース状にする必要がある。また、肉や魚は両者同じでよいがソフト肉が求められている。
今回、宮崎市にある介護老人保健施設ひむか苑の職員との共同研究により、ミートテンダーローラー処理後、リンゴアップ処理をした牛肉を用いて、肉じゃがを調理して、同施設の高齢者に試食していただいた。その結果、ソフト(2)の方でも美味しく食べられるとの評価を受けた。 なお、今回の共同研究による研究成果は、東京大学農学部で平成17年3月27日に開催された第104回日本畜産学会大会で発表した。 ○クイーンビーフの軟化処理について 6.おわりに 今回は、ケルプ混合発酵飼料によるクイーンビーフおよび豚の肥育と肥育牛肉軟化処理への取り組みについて調査ならびに研究成果を報告した。肥育飼料としてケルプ混合発酵飼料を用いると美味しい牛肉や豚肉の生産ができ、さらにクイーンビーフの肉質は、物理的処理や化学的処理などによりさらに改善され、柔らかく美味しい牛肉を提供できる可能性が示唆された。このほかにも、オカザキ食品ではケルプ混合発酵飼料を用いた「完熟味鶏」や「完熟赤タマゴ」の生産も行っており、それらについても興味が持たれるところである。 |
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