◎今月の話題


リスクコミュニケーションのあるべき姿
−BSEとアメリカ産牛肉輸入問題をめぐって−

京都大学大学院 農学研究科
教授 新山 陽子

 船出した日本の新しい食品安全対策、また、リスクコミュニケーションをめぐって、BSEに起因するアメリカ産牛肉輸入問題への対応が現在の焦点になっているのは衆目の一致するところであろう。歩み出したばかりの新しい枠組みの中でこの大きな問題を論じるのは荷が重いが、可能な限り、問題を整理してみたい。

リスクコミュニケーションのあり方

 リスクコミュニケーションとは、リスクアセッサー、リスクマネージャー、消費者、食品・飼料企業、学識団体、その他のあらゆる利害関係者の間で、危害やリスク、リスクに関連する情報や意見の双方向的な交換を行うものとされる。食品安全対策措置の選択を、科学的な見地に立つ食品由来のリスクの査定に基づいて行おうとするリスクアナリシスと呼ばれる新しい枠組みが導入されたが、このプロセスをスムーズに進めるためにもっとも基礎的で重要な要素であると位置付けられている。

 リスクコミュニケーションは、かつては、公から民へ一方向で、説得が目指されたが、その後の経験から、認識の一致を目標にするのは現実的でないことがわかり、一致しなくてもよく、相互理解が大切であり、そのためには双方向的なコミュニケーションが重要であると考えられるようになった。また、選択された情報ではなく、可能な限りすべての情報を共有することが望ましいと考えられるようになっている。

リスクに関する情報の提供のされ方

 相互理解を進めるには、紋切り型の情報提供ではなく、情報の正確さ(分かっていることと、分かっていなこと=不確実性のありか)、情報の深み(なぜそう判断できるのか、疾病や危害発生のメカニズムに立ち入ってその抑制措置の根拠が理解できるような情報提供)が求められるのではないだろうか。

 食品安全委員会発行の『食品安全』などをみると、リスクについては詳細な情報が提供されるようになった。科学的に解明されていること、いないこと、対策の体系や意味などが、提供され、情報の正確さは増している。しかし、情報の深みには改善の余地があるように思う。BSE/vCJDはまだ科学的不確実性が大きく、スロビックら(1980年)の明らかにした、人間がリスクを大きく感じる「恐ろしさ」と「未知性」因子を典型的に備えていると考えられるので、国民の得心が簡単に進むとは思えない。そこに正こくを得た情報の提供が必要である。日本での若齢牛のBSE検出、英国短期滞在者のvCJDの発症にとどまらず、vCJDの新しいプリオンタンパク型の検出、発症しないキャリアの確認、血液感染の確認、弧発型CJDとの関係など、関心のある消費者グループは海外の新たな情報を容易に入手することができ、断片的な情報を懸命にそしゃくしようと努力されている。関心の高い人々の理解が深まることは、全体にも良い影響を与えるので、最新の情報についてのまとまった解説、それを踏まえて、分からないことは分からないとしながらも、それらを統合して体系的に理解できるような筋道だった情報の提供が必要である。

コミュニケーションの進め方

 BSE問題については、専門家/行政と消費者との間で、大きなコミュニケーションギャップがあるように感じる。専門家/行政は必要な情報は提供されていると認識し、コミュニケーションへの関心は、政策措置の議論とは切り離して、リスクの正確な認知を獲得(検査月齢の変更のリスクへの影響を含め)することにあるように感じられる。しかし、国民は、深い情報が欠けていると感じており、コミュニケーションにおける関心の焦点は、政策措置の方にあり、国内措置よりも政府のアメリカへの対応であるように思う。大きなすれ違いがあるのは、説得手法から抜け出していないためとは言えないだろうか。かみ合った意思疎通をするには、政府は国民に、マネジメント措置を決定するまでの全体的な段取りと方針を示した上で、リスクのアセスメントを行い、その結果について、また措置の選択について意見交換を行うことが必要なのではないだろうか。また、当然のことであるとはいえ、国民の健康保護を優先するという姿勢をメッセージとして伝えることも重要である。

マネジメント措置に関する情報提供のあり方とメディアの報道

 アメリカ産牛肉の輸入問題をめぐっては、マスメディアは貿易再開に向けた日米協議にも入っていない段階から時期を特定して輸入再開という見出しを掲げて報道を続けてきた。それがコミュニケーションギャップを広げる一因となったのではないだろうか。また、全頭検査の適否や検査月齢のみが報道の中心にあり、あたかもそれが問題の焦点であるかのような報道が目に付いた。しかし、実務担当者会合では、日本側は、アメリカのBSE検査手法、特定危険部位の除去、飼料規制の改善、サーベイランスの引き上げ、リスクレベルについての疑問を科学的な見地から主張してきた。これらこそ大きな安全確保上の問題であるが、ほとんど報道がなされていない。メディアはリスクコミュニケーションの重要な担い手であり、メディアとしての科学的な判断に立っての報道が求められるのではないだろうか。また、政府も、会合報告などをホームページへ掲載するだけでなく、マネジメント措置に関する方針や議論の状況を積極的に伝えることがリスクコミュニケーションの重要な一環であろう。


にいやま ようこ

プロフィール

1980年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了、1983年 京都大学農学部助手、講師、助教授を経て、2002年 京都大学大学院農学研究科教授。
専門分野 フードシステム論
主な著作に、『畜産の企業形態と経営管理』(日本経済評論社、1997年)『牛肉のフードシステム−欧米と日本の比較分析−』(日本経済評論社、2001年)『食品安全システムの実践理論』(編著、昭和堂、2004年)がある。


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