◎今月の話題


国産乳製品の需要拡大への視点

国際酪農連盟日本国内委員会
専門部会代表 小出 薫

 国産乳製品の需要拡大に対する行政の視座は、本誌2005年6月号の「今月の話題」からも読みとれる。生乳生産目標は2015年で928万トン、縮小均衡は回避したい。飲用需要拡大が必要だが投資が効果を担保出来ない。脱脂粉乳、バターは輸入品に対して価格上不利になる。輸入品との置き換え需要が読めるチーズに投資をする。

 少し考察を加えてみる。現在、生乳生産量は2年連続して減少している。国内の需要実力値は800万トン+輸入乳成分400万トン相当と思われる。輸入分の6割以上を占めるチーズの一部を国産に転換していくことが国産乳需要を増やす第一手ととらえる。既に1工場の新設計画が発表され、後続の計画も有ると聞く。国内のし好に合わせた直接消費用、原料用双方の供給が期待される。しかし生産と市場開拓(チーズとホエイ)に投資が必要なことから、量的には、数年後に生乳40万トンの増配でチーズ4万トンを増産するのが実際上の最大値ではないか。飲用乳の消費低下が今の減率で推移すれば、チーズ向け増分位は相殺されてしまう。第1手に続く追加の政策や国際国内市場の変化も必要なことは明らかである。

 この状況に民間が、特に乳業としてできることは何であろうか。国際酪農連盟(IDF)の緊急の課題の一つに先進諸国共通の飲用乳需要の低下と対策がある。これも参考にして、国産乳製品需要拡大を支援する民間の視点を述べてみたい。

 前もって要約を述べると、「国産の強み」を追求し、一般乳製品の売り上げを伸ばす一方、国産乳原料の競争力を高める次のような多方面作戦が必要と考える。

 (1)チルド流通飲用乳市場(発酵乳も含めた)を新しい付加価値で活性化、(2)ナチュラルチーズ+ホエイの生産販売国としての地位確立、(3)国産原料乳製品の価値を上げて優先利用を促す状況の創出、(4)乳・乳製品の栄養健康価値のプロモーション。

チルド流通品事業が大切

 牛乳に、乳飲料、発酵乳などを含めたチルド流通商品市場を活性化し、そこに多量の生乳を使用していくことがやはり第一の方策であろう。

 これらの商品は、原料と製造設備と顧客が互いに近くに在ることが強みとなる。品質案件の協議や、双方の事業計画の伝達などを緊密に実行できれば、結果として顧客に対する新鮮さと安全の保証につながるはずである。この強みを頼んで、品質、衛生管理、コスト、製造過程のトレーサビリティなどを設備、システム両面で大幅向上させることは乳業の努力で出来るはずで、実際かなりのレベルに達している。ところが、高齢化の進行する飽食日本では、肝心の牛乳類の食品としての地位が低下し、2001年までは物量と価格の同時低下が進んだ。事業改善には設備と仕組み+新しい付加価値の提供が必要であった。

 消費者が、この領域の商品に期待する価値は、突出した生理機能の付与ではなく、おいしさと安全性の突出である。「明確に違いの分かるおいしさ」が価格を上げ、物量を稼ぐ付加価値となることは、2002年に本格発売された「明治おいしい牛乳」が証明している。この商品の実現のためには、実は精巧なマーケッティングも重要な役割を果たした。しかし、絶対的な前提条件は、煩雑な品質特別要件を満たす生乳の安定供給であり、生産者側との緊密な協力関係が必須であったことを指摘したい。これは「国産」の利である。その後、他社も参入しプレミアム牛乳という市場に成長してきた。この経験を牛乳の周辺商品などに拡大することで、さらに数十万トン相当の「信頼できる原料乳」に対する需要が生まれるかもしれない。

 別の切り口の付加価値もある。酪農場での特別な飼養管理により、メラトニンやオメガ3脂肪酸を高濃度に含有するミルクが出来る。乳飲料などに外から機能性物質を添加する不自然さの無いことが、消費者に支持される可能性が有るとしている(IDF)。物量を稼げるか否かは不明であるが、国産の利を生かす候補とはなり得る。

原料乳製品の競争力

 原料乳製品は、結局は補給金頼みという状況も有り得るが、それはそれとして、長期保存のための原料という発想にこだわらず、原料=フードサービス用製品と考えて、付加価値向上策を講じられないか。

 国産の利としての安・近・短;安全性と品質を、ここが重要なところであるが、それらの証明と継続的で丁寧な広報活動を伴って提供すること、生産者から顧客までの近さを利用した細かな対応とサービス、そしておいしさを訴求するために、製品を短期回転させる仕組みと液状原料の流通体制確立を志向すべきである。国産原料を官能的品質で差別化するための管理体制を構築し、製品形態を工夫すれば、新鮮さが売り物のチルド流通商品に優先的に使われる。直接消費用商品の開発も可能性が有る。 

 ドイツとデンマークでは、酪農場と乳製品工場が協同で作成し実行する品質保証システムを機能させている(IDF)。そこには、工場の要求に基づく生産方法に関する細かな規定も含まれる。わが国においてもこの様な取り組みが必要と思われる。

栄養・健康価値のプロモーション

 最後に、乳・乳製品全体が本質的に人間の栄養と健康に貢献することを、消費者により深いレベルで納得してもらわなければ、消費拡大は出来ないことを指摘したい。

 乳には様々な機能性成分が含まれているが、成分を強調するのではなく、乳・乳製品全体としての健康機能を、こうした成分と科学的に関連づけて証明することが可能であるし、重要である。IDFも、骨粗しょう症の予防を筆頭に、2型糖尿病抑制、肥満改善、結腸、乳がんなどのリスク低減、循環器疾患の予防などについては、科学的根拠を示すことが出来るとしている。消費者や、これに影響力のある医師、栄養士、行政に対し、これらの情報はもちろん、より本質的に、乳が非常にバランスの取れた栄養源であることを伝えなければならない。これを関係者が協力して組織的に実施することが重要である。


こいで かおる

プロフィール

1975年東京大学農学系大学院(農芸化学)修了、同年明治乳業株式会社入社。同社海外事業部長、栄養科学研究所長等を経て現在は同社取締役品質保証部長。2004年より国際酪農連盟日本国内委員会にて専門部会代表を勤める。


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