◎調査・報告


〜平成18年度畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業〜

在宅高齢者の乳製品摂取状況に関する研究

金城学院大学
生活環境学部 助教授 丸山 智美


研究の背景と目的

 わが国の平均寿命は、1950年には男性59.6歳、女性63.0歳であったが、厚生労働省「平成16年簡易生命表」によると、男性は78.64歳、女性は85.59歳と大きく伸長し、現在わが国では急速な高齢化社会の到来を迎えた。身体状態が良好な地域在宅高齢者が要介護状態にならないよう予防することは、高齢化社会を迎えたわが国では意義が高い。地域在宅高齢者のサクセスフル・エイジングすなわち「健康で長寿である」ためには、具体的因子の解析、リスク把握と介入方法の検討が必要である。

 これまでに地域在宅高齢者が独立した生活や張りのある生活を維持していくためには、ある種の余暇活動、家族や友人との交流などの活動における高次の生活機能の維持が重要であることが明らかになっており、そしゃくを含む身体栄養状態の規定要因や生活習慣、食事状況などについても報告がなされている。高齢期において健康を保持し続ける食事とは「なにを」「どれだけ」「どのように」食べたら良いのかという具体的な視点を含めて高齢者の食生活を支援することは重要である。特に高齢者にとってカルシウム摂取源である乳製品摂取は「健康で長寿である」ための因子として必要不可欠である。

 乳製品の摂取については、厚生労働省が国民健康・栄養調査で年齢階級別食品群別摂取量の調査を行っており、高齢者の乳製品摂取は、1日約150グラム程度であるが70歳以上では約130グラムに減少することがわかっている。しかしこれは無作為抽出による調査であり、クオリティオブライフ※(QOL)の高い在宅高齢者に限定した調査や栄養教育は、現状ではほとんどない。デイケアセンターをはじめとする高齢者用の施設では恒常的に乳製品供給が行われており、施設での摂取量を除外した高齢者における乳製品摂取量の実態は少量であることが推測される。

※クオリティオブライフ(QOL)…より良い生活の質を維持し、生き生きと健康に過ごせること。高齢者にとってのQOLとは、活動的余命が長いことである。すなわち、身の回りのことや食事摂取が介助なしにできる「身体的自立」や、独力で交通機関を利用して外出できることや日用品の買い物や金銭管理ができる「手段的自立」を含む、社会人として自立した生活を営むことができることを指す。

 本研究の高齢女性は、このような独力で生活する基礎活動能力を有していることを確認しており、QOLが高いといえる。   

 そこで本研究は、以下に記す3点を目的とした。

  1. 高齢者の乳製品摂取実態調査:愛知県O市在宅高齢者(公民館自主グループ:以下公民館)と東京都K区在宅高齢者(地域老人クラブ:以下老人クラブ)の調査を行い、乳製品摂取の実態と生活習慣、食生活への意識を調査する。
  2. 乳製品摂取内容および量の検討:摂取乳製品内容の把握と、客観的な指標で乳製品摂取の過不足について評価を行う。
  3. 乳製品摂取のための献立提案と乳製品摂取教育の実践:結果をもとに、公民館および老人クラブにおいて高齢者に摂取しやすい乳製品献立の提案を行い、試食を実施し、乳製品摂取向上のための教育を行う。

 本研究では、将来において高齢者への栄養教育を展開することを視野に入れて、食事バランスガイドを指標に用いて検討を行った。平成12年度の高齢者の人口構成(男女比)は、60歳以上〜70歳未満では男:女が1:1.06、70歳以上75歳未満では1:1.21、75歳以上では1:1.82と年齢が上がるほど女性の比率が高くなっており、高齢女性の生活機能および健康を維持することは、わが国の高齢化社会において重要な課題であると考えられる。一方、女性は高年齢層になるほど男性に比べて生活機能の落ち込みが大きく、高齢期における男女差があることが報告されており、食を含む生活機能因子の検討には男女差を考える必要がある。そこで本研究の対象者は女性とした。


対象と研究方法

 本研究の目的に賛同し参加同意があった、愛知県O市主催の地域公民館事業である高齢者教室「お達者クラブ」(会員数122人中、男性45人、女性77人)の会員のうち地域在住かつQOLが高い高齢女性34人(平均年齢74歳)と、東京都K区の地域老人クラブ会員で地域在住かつQOLが高い高齢女性30人(平均年齢80歳)を対象とした。対象者全員がひとり暮しではなく、家族もしくは知人との同居形態であった。

 愛知県O市在住の高齢女性に対しては、食事調査を行い、東京都K区在住の高齢女性に対しては、食習慣を含む生活習慣の調査を行った。

 倫理的配慮として2006年10月に参加希望者に対し、調査の目的、記述および回収した調査用紙は統計的に処理され個人のプライバシーを侵害する恐れがないこと、および調査内容の結果は対象者個人を特定しない形式で発表を行うこと、本人の意思により研究参加が中止できることを文書にて説明し、口頭でひとりずつから研究参加の同意を得た。



表1 愛知県O市 対象者の属性



結果1 愛知県O氏在住の高齢女性調査

 O市高齢者の年齢、身長、体重、BMI (Body mass index:体重(kg)/身長(m)2)を表1に示した。年齢は、65歳から83歳までで、65歳以上70歳未満、70歳以上75歳未満、75歳以上の3群に分類した。

1日の摂取サービング数
 料理(献立)数の積算は、厚生労働省,農林水産省:食事バランスガイドの「量(つ(SV:サービング))」を用いた。結果を表2に示した。

表2 1日の摂取頻度−食事バランスガイドを用いた「量・つ(SV)」による−

 主食は食事バランスガイドでは4〜5サービングであるところ65歳以上70歳未満では2.3サービング、70歳以上75歳未満では2.2サービング、75歳以上では2.1サービング、副菜は5〜6のところ各々、4.1、4.3、4.8サービング、主菜は3〜4サービングのところ各々、2.1、1.5、2.1サービング、牛乳・乳製品は2サービングのところ、各々、0.5、0.6、0.6サービング、果物は2サービングのところ、各々0.9、0.8、0.7サービングであった。楽しく、適度にとコマのヒモに記述されている菓子、し好飲料などは、各々、3.0、1.8、1.1サービングであった。主食、副菜、主菜のなかでは、主菜が最も食事バランスガイドに提示されているサービング数に近い傾向があった。

 主菜を除くすべての群において、食事バランスガイドよりサービング数、すなわち、皿数が少ないことが確認された。特に牛乳・乳製品は、食事バランスガイドで、2サービングの摂取が推奨されているにもかかわらず、どの年齢においても4分の1程度の摂取量だった。

日常的に摂取頻度が高い献立
 日常的に摂取頻度が高い献立を、朝昼夕の摂取献立名数として表3に示した。

 最も多かったのは、ご飯、次いで味噌汁、納豆、野菜の煮物であった。

表3 摂取頻度が高い献立

摂取牛乳・乳製品の種類と形態
 摂取牛乳・乳製品の種類は表4に示したように、牛乳とヨーグルトが、それぞれ13人、8人と高い割合であった。摂取形態は、牛乳やヨーグルト、チーズのような乳製品そのままであることが多く、加工しないでそのままの形態であった。


表4 摂取乳製品の1日の摂取量と種類



結果2 東京都K区在住の高齢女性調査

 表5に対象者30人の年齢、身長、体重、BMIを示した。年齢は全員が75歳以上の後期高齢者であった。BMIが18.5未満の者5人(16.7%)、25以上2人(6.7%)、18.5以上25未満23人(76.4%)であった。

表5 対象者の平均年齢、身長、体重、BMI

対象者の生活習慣
 外出頻度ついては、図1に示したように、3人(10%)は1週間に1回未満の外出で、27人(90%)は1週間に1回以上外出していた。

図1 外出の頻度

 喫煙歴は図2に示したように、過去も現在も喫煙している者は1人(3%)、過去には喫煙していたが、現在は禁煙している者1人(3%)で、28人(94%)は過去も現在も喫煙経験はなかった。

図2 喫煙歴

 飲酒は図3に示したように、1ヶ月に1,2回のたまに飲む者が2人(7%)、週に1,2回のときどき飲む者が2人(7%)、毎日飲む者が2人(7%)で、まったく飲まない者が24人(79%)であった。

図3 飲酒

 運動習慣については図4に示したように21人(70%)は週に2回以上運動していた。

図4 運動習慣

 摂取脂肪や塩分について控えているかという意識については図5、図6に示した。摂取脂肪では控えている者20人(67%)、控えていない者10人(33%)であった。摂取塩分では控えている者が23人(77%)、控えていない者が7人(23%)であった。

図5 食生活への意識




図6 食生活への意識(塩分)




乳製品を使用した献立の提案と試食結果

 愛知県O市および東京都K区の結果から、地域在住かつQOLが高い高齢女性の生活は、比較的食事バランスは良好であること、欠食はないこと、摂食時刻は規則正しいこと、生活時間は規則正しいこと、外出頻度は高いこと、食生活に対する意識は高いこと(特に塩分摂取)が明らかになった。しかし、牛乳・乳製品摂取状況においては、厚生労働省が推奨している食事バランスガイドと比較して摂取量が少ないことが最重要課題と考えられ、さらに次の問題点が明確になった。 

  1. 牛乳・乳製品の摂取量は、食事バランスガイドに提示されている2サービングの4分の1程度であり、不足していた。
  2. 摂取牛乳・乳製品の種類は、牛乳およびヨーグルトが多く、チーズやスキムミルク、生クリームは少なかった。
  3. 献立の中に牛乳・乳製品を取り入れている高齢者は少なく、調理加工しないでそのまま摂取している割合が高かった。

 1から、牛乳・乳製品の摂取量が少ないことが明らかになったが、高齢者の食事摂取量を考慮すると、牛乳やヨーグルトをそのままの形で摂取するよう指導するだけでは、牛乳・乳製品摂取量を増加させるのは困難であると思われた。2から、チーズやスキムミルクは牛乳およびヨーグルトと比較すると体積重量が小さく、高齢者の食事摂取量を勘案しても摂取しやすい可能性がある。カルシウム摂取量を考慮すると、チーズやスキムミルクでの摂取を推進することが高齢者には、摂取量を増加する効果があると考えられた。3.から、高齢者が日常的に摂取する頻度が高い献立に乳製品を調理加工することで、摂取頻度が高くなると考えられた。これらの留意点を踏まえ、乳製品の摂取量を高めるために「高齢者のための乳製品摂取のポイント」を提案し、献立提案を行った。

 在宅高齢者調査からみた、高齢者のための乳製品摂取のポイント」を、日常的に摂取頻度が高い献立、すなわち、ご飯、味噌汁、煮物、納豆に対して、スキムミルクやチーズを取り入れること、と定義し、牛乳おじや、味噌汁、チーズ納豆、ハムと白菜のクリーム煮を提案した。 表6のような栄養価計算の結果であった。

表6 栄養価計算

 材料、分量、作り方については表7に示した。

表7 高齢者のための乳製品を取り入れた献立

 提案した献立を高齢者が美味しく食することができるかの調査を、O市において平成18年11月8日に、K区において平成19年2月10日に行った。なお、美味しさの評価は、管理栄養士と栄養士3人の目視による残菜率で観察した。提供した分量のおおまかな残菜率を表8に示した。味噌汁を残す者は、ひとりもいなかった。

 日常的に摂取頻度が高い献立に乳製品を加えた献立は、高齢者は抵抗なく、おいしく摂することができたと考えられた。

表8 各献立に対する美味しさの評価
−目視によるおおまかな残菜率−


まとめ

 サクセスフル・エイジングの具体的因子の解明は超高齢社会を迎えた日本には急務である。高齢者におけるカルシウム供給源として牛乳・乳製品が重要であることは周知の事実である。しかし、生活の質が高い、即ちQOLが高い地域在宅高齢者における乳製品の摂取状況については、その実態はほとんど報告されていない。

 そこで本研究は、平成18年畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業、委託研究「在宅高齢者の乳製品摂取状況に関する研究」により、独力で生活する基礎活動能力を有する地域在宅高齢者の牛乳・乳製品摂取状況を把握し、牛乳・乳製品摂取を促進するための研究を実施し、高齢者の健康支援およびサクセスフル・エイジングのための乳製品を使用した献立提案を行なった。

 平成17年度に実施した高齢女性への食事および生活調査をベースに、愛知県O市において乳製品摂取状況調査を平成18年10月に、東京都K区において平成18年11月に調査を実施した。独力で生活する基礎活動能力を有する地域在宅高齢者の乳製品摂取状況を把握し、乳製品摂取を促進するための具体的摂取方法に対する研究を実施し、以下の結論を得た。

  1. 地域在宅かつQOLが高い高齢女性の生活では、生活時間は規則正しいこと、欠食はないこと、摂食時刻は規則正しいこと、外出頻度は高いこと、食生活に対する意識は高いこと(特に塩分摂取)が見出された。
  2. 今後日本において増加が予想される在宅高齢者において牛乳・乳製品摂取量は、不足していることが明らかとなった。
  3. 在宅高齢者が摂取している牛乳・乳製品の内容は、牛乳およびヨーグルトが多く、チーズは少なかった。また食材として献立に取り入れている高齢者はほとんどいなかった。
  4. 結果から「在宅高齢者調査からみた高齢者のための牛乳・乳製品摂取のポイント」を、日常的に摂取頻度が高い献立、すなわち、ご飯、味噌汁、煮物、納豆に対して、スキムミルクやチーズを取り入れること、と定義した。そしてチーズやスキムミルク、牛乳を食材として取り入れた献立提案を行なった。試食では残菜率は低く牛乳・乳製品を加えた献立に対する評価はおおむね高かった。

 在宅高齢者に対して献立提案をはじめとする具体的な栄養教育を行うことにより、高齢者に対する健康増進効果の促進と高齢者の乳製品摂取の拡大が見込まれることが示唆された。本研究により、地域在宅高齢者の乳製品摂取量の実態が明らかになり、高齢者の健康増進さらには乳製品摂取促進に貢献できたと確信している。本研究の問題点は、対象者数が少ないこと、女性に限定したこと、食事評価は1日だけであること、食事調査方法が量的な精度が低い可能性があること、食事バランスガイドを用いた簡易な評価であること、O市およびK区という限られた地域であること、ということである。今後、さらに対象者を増やし、男女差の検討や多地域での比較検討を加え、さらなる評価を加え、高齢者の健康増進の発展に寄与したいと考えている。


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