畜産新規参入就農者へのエール
日本大学生物資源科学部 |
写真集「広瀬のおかあちゃん」私の手元に写真集「広瀬のおかあちゃん」(新風舎)が届いた。北海道在住の写真家佐藤弘康さんが撮影した酪農家族の写真集である。佐藤さんはこの写真で、2005年全国公募展「視点」奨励賞、第30回「新・日本の農村」写真コンテスト銅賞、第23回全国農業新聞写真コンクール部門賞などを受けている。酪農家の母子が牛舎の中で笑い合っている姿などが、モノクロの画面に映し出されていて、やさしい光に包まれているような作品だ。 さて、写真の被写体となった「広瀬のおかあちゃん」こと広瀬裕子さんは、北海道別海町に8年ほど前に就農した新規参入者だが、筆者の研究室の卒業生でもある。在学中の彼女は、毎日大学農場で搾乳をしてから授業を受けていた。しかも、搾乳前にパン屋でのアルバイトを終えてからである。それでいて、成績第1位に授与される優等賞表彰も受けている。頑張り屋である。卒業後はひょんなことから中標津町のヘルパー会社ファムエイに勤めることになり、そこで現在のご主人と知り合い結婚した。その後、新規就農を目指して別海町の新規就農研修牧場で研修し、北海道農業開発公社のリース牧場制度を利用して、念願の酪農家になった。現在は乳牛と3人の子どもの世話に、多忙な日々を送っている。 写真集の帯には、「ススメ広瀬牧場、ガンバレ広瀬牧場、パワフルかあちゃん」と勇ましい言葉が並んでいる。確かに、彼女の生活を見ているとそう声を掛けたくなるのかもしれないが、実際にはそれほど勇ましさが似合うタイプではなかった。どちらかというと肩の力を抜いた生き方をしようとして、逆に力が入りすぎるようなタイプだったように思う。しかし、写真の中の顔には、紛れもなく母親として、酪農家として、自信がついてきたような、力強さが感じられる。これからも経営に、生活に、決して平坦な道ではないと思うが、いままでの歩みを誇りに、頑張ってほしいと願わずにいられない。 畜産の新しい血―新規参入者畜産経営の将来の担い手は、今後も後継者が中心となるだろうが、農外からの新規参入者も新たな担い手として期待される。しかし、新規参入者数は農業部門全体でも年500人程度、畜産に限定すればわずか50人ほどでしかない。ただし新規参入者への期待は、単に数の確保と言うことにとどまらず、農外から人材を迎え入れることで、畜産や農村の活性化を図るという点が大きいだろう。新規参入者には、完全昼夜放牧の実践者である十勝清水の出田氏やマイペース酪農の提唱者である中標津町の三友氏などユニークな経営者も多い。 畜産への新規参入のほとんどは酪農と肉牛で、酪農の場合はその多くを北海道が占めている。北海道の場合、酪農ヘルパーや農場従業員を経験してからリース牧場制度を利用して新規参入を果たす、というケースが多く見られるようになった。日本にも一種の農業階梯が出来上がったと思わせる。リース牧場制度はすでに四半世紀の歴史を持ち、200人以上の新しい酪農家を生み出している。ここ10年ほどの間に、筆者の研究室出身者などで後継者以外で酪農家になったのは7人だが、うち6人は北海道で、さらに4人はヘルパー経験者で、リース制度を利用した者も4人いる。ちなみに7人中5人までが女性である。 畜産の多様性と新規参入者の受け皿作りしかし、あえてこの制度に乗らず、回り道でも自分の夢をかなえた卒業生もいる。北海道足寄町に酪農で新規参入した田村純子さんは広瀬さんの後輩で、同じヘルパー会社に勤務した後、やはりヘルパーだったご主人と出会い新規就農を目指した。しかし、放牧経営を行いたいという夢と信念から、なかなか既存のシステムに乗れなかった。そのため、就農までの道のりは紆余(うよ)曲折したが二人ともあきらめず、ついに放牧のメッカ足寄に酪農家の仲間として迎えられた。 また、広瀬さんと同期の瀬川一郎君は、故郷の中国地方での酪農の新規参入にこだわり続けた。彼は、アメリカやニュージーランドで酪農実習生として経験を積んだ後、帰国後も酪農場の従業員をして新規参入先を探したが、なかなか適当な場所が見つからず、そうこうしているうちに実家に帰らざるを得ない状況になった。実は筆者などはその時点で、半ば新規参入は無理かと思っていた。しかし、実家に戻る時に宣言した通り、3年後には再び新規参入に向かって歩みだし、とうとう実家の瀬戸内海の島で酪農への新規参入を果たした。彼らは酪農が多様であるべきことを身をもって示したと言えるだろう。 新規参入を実現したほかの卒業生の足跡をたどっても、「最近の若者は、たいしたものだ」と心から思う。われわれロートルこそがもっとしっかり、若者の気持ちを受け止める必要がある。新規参入希望者が府県も含め、地域に受け入れられるためのさまざまな方策を知恵を絞って打ち出していく必要があるだろう。 |
プロフィール 日本大学生物資源科学部動物資源科学科教授(経済学部兼担教授)。名古屋大学大学院農学研究科博士課程満了、農学博士。オーストラリア政府奨学生としてオーストラリア国立大学などに留学。専門:畜産経営学、新規就農、経営支援組織などを中心に研究。「資源循環型畜産の展開条件」編著(農林統計協会、2006)他。 |
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