◎今月の話題


畜産におけるバイオマス利用について

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 木南 章

1.はじめに

 バイオマスとは、「再生可能な生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」と定義される。バイオマス利用は、カーボンニュートラル(CO2の増減に関与しない)という性質を有しているため、二酸化炭素削減による地球温暖化対策としての効果が期待されるとともに、廃棄物処理コストを削減し、地域における資源循環を推進する役割が期待され、注目されている。バイオマス利用において、畜産経営は重要かつユニークな存在と言える。すなわち、畜産経営はバイオマスの供給者になり、バイオマスの需要者にもなり、一方でトウモロコシなどバイオマス資源の競合利用者にもなるということである。また、バイオマス利用に当たって、畜産経営は地域のさまざまな主体との関係性が重要であり、地域内の連携関係の形成という点にも特徴がある。


2.バイオマスの供給者としての畜産

 バイオマス利用において、まず、畜産経営は主要なバイオマス供給者としての側面を有している。廃棄物系バイオマスである家畜排せつ物は年間約8,800万トン発生している。そのうちの約90%がたい肥などに肥料化され、利用されている。「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」の施行、本格実施により、畜産環境問題の解決のため、家畜排せつ物のたい肥化が促進されている。しかしながら、地域的にはたい肥の供給過剰が発生し、汚泥などのほかの有機性廃棄物による肥料との競合が生じ、たい肥利用に関するニーズが多様化するなど、たい肥生産には、価格、品質、付帯サービス(散布作業など)といった商品生産としての経済性が求められている。また、たい肥生産を安定的に行うには、地域の耕種農家などとの連携関係の構築も重要である。たい肥生産以外にも、家畜排せつ物の発酵によるバイオガスの生産やバイオガス発電なども進められているが、いずれの場合においても、地域にはバイオマス利用に関わるさまざまな関係者が存在しており、関係者との連携や利害調整が不可欠である。たい肥生産を例にすると、廃棄物処理料金、たい肥の品質、たい肥価格をはじめとして、地域内で調整が必要なポイントが多数存在する。


3.バイオマスの需要者としての畜産

 同時に、畜産経営にはバイオマスの需要者としての側面がある。廃棄物系バイオマスである食品残さを利用したエコフィードがその代表例である。食品残さは、食品産業や家庭などから年間約2,200万トン発生している。「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」の施行によって、食品残さの再生利用が進められているものの、肥料、飼料、油脂、油脂製品、メタンなどに再生利用される割合は約20%にすぎない。再生利用率をいかに高めるかが課題となっているが、今後の再利用方法の重点は、従来の肥料化から飼料化にシフトしつつある。その意味で、畜産経営が果たすバイオマス利用の推進に果たす役割は大きい。エコフィードには技術面での課題も多いが、それ以上に重要であると考えられることは、エコフィードで生産された畜産物の商品価値を高め有利販売を実現し、エコフィードの経済性を高めることや、エコフィードの社会における認知を高めることであると考えられる。


4.バイオマスの競合利用者としての畜産

 地球温暖化防止とともに、近年の原油価格の高騰を背景に、バイオエタノールの生産が注目を浴びている。バイオエタノールの原料は地域によって異なるが、アメリカではトウモロコシを主要な原料としており、バイオエタノール需要の増加はトウモロコシ価格の上昇を招く要因となっている。トウモロコシ価格の上昇は飼料価格の上昇となり、畜産農家の経営状況に大きな影響を与えることになる。この場合、トウモロコシという資源作物バイオマスをめぐってエネルギー利用と飼料利用との間での競合関係があり、畜産経営はバイオマスの競合利用者となっているのである。そして、さらにこれによる飼料作物の高騰がエコフィードの利用推進につながるという関係になっている。このように、バイオマス利用が関係する範囲は広く、ある部門における経営状況はバイオマス利用のあり方が、そのほかの部門における経営状況やバイオマス利用などに複雑な影響を与えているのである。従って、畜産におけるバイオマス利用も、それが社会全体に与える影響を検討することが重要である。


5.むすび

 畜産のバイオマス利用には、畜産経営だけでなく、耕種経営、地域住民をはじめとして地域におけるさまざまなステークホルダー(利害関係者)が存在している。そのため、安定的にバイオマス利用を進めるためには、地域の利害関係者間の調整を意味する「ステークホルダー・マネジメント」の視点が必要である。

 また、言うまでもなく、バイオマス利用は持続可能な社会の構築に向けた取り組みであるが、バイオマス利用という活動自体が持続可能性を持っていなければならない。持続可能性は、経済性(コストが低い、収益が高い、生産されたバイオマスの品質やバイオマスを利用して生産された商品の品質が高い)、環境性(環境への適応度が高い、または環境を改善する)、社会性(活動が社会的に認知され、社会に貢献する)から構成されると考えられるが、バイオマス利用を評価する際にも、持続可能性の視点が必要である。畜産経営を中心とする持続可能なバイオマス利用の取り組みの推進に大きな期待が掛かっている。


木南章(きみなみ あきら)

プロフィール

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。博士(農学)
昭和61年3月東京大学大学院農学系研究科修士課程修了。
三重大学助手、助教授、東京大学助教授を経て、平成18年6月より現職。


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