◎調査・報告


専門調査レポート

新たな水田酪農の形成そして生協との交流
〜鳥取県畜産農業協同組合を訪ねて〜

畜産・飼料調査所 御影庵主宰 農学博士 阿部 亮


はじめに

 鳥取県は日本海に面し、兵庫県、島根県、岡山県、広島県に囲まれた東西に長い、人口が約61万人の県である。朝7時9分のスーパーはくと(白兎)で鳥取駅を出発すると、10時25分には京都駅に着く。列車の旅としては長くも、短くもない、したがって、そんなには疲れない。後述するように、鳥取県畜産農業協同組合(以降、「鳥畜(とりちく)」と略す)と京都生協との間には、長い歴史を持つ交流があるが、都市と農村の行き来としては、丁度よい距離なのかもしれない。鳥取県は4月から10月までの間、太平洋側と降雨量では差はないが、10月後半からは多雨降雪の状態に突入するという。そのために、転作作物としての麦が少なく、大豆についても全水田面積の3.9%の作付けにすぎない。鳥畜の本拠である鳥取市とその周辺、つまり、鳥取の東部はサイレージ用トウモロコシの作付け適地が少ないことから、水田での飼料作物の栽培が自給飼料面積拡大の要にならざるを得ない。飼料稲である。

 今回、鳥畜が推進している稲発酵飼料の生産とそのホルスタイン種去勢牛への給与、さらには、京都の消費者との交流の姿を水田型酪農の復活という視点でルポした。


鳥取県畜産農協と京都生協との結びつき

 京都生協は1964年(昭和39年)に創立され、8月末現在総組合員数46万人のうち14万5千名の共同購入会員と24の直営店舗を持つ大きな、歴史ある生協である。肉類については牛肉が鳥取県と北海道、豚肉が鳥取県と岐阜県、鶏肉が四国と九州の計6生産団体との間で産直方式の購入により販売が行われている。牛肉における鳥取県との取引相手先が鳥畜である。鳥畜からは年間約1,000頭、月に80頭程度の牛肉が週2回、トラック便で送られてくる。

 取引される肉は部分肉として一頭分ずつのセットの形で配送される。90%がホルスタイン種去勢肥育牛であり、残り10%がホルスタイン種経産牛であったり、F1牛であったりする。

 京都生協と鳥畜(正確には鳥取県の酪農家)との結びつきは1970年(昭和45年)のコープ牛乳の産直取引から始まる。

 読者の多くはご存知ないかもしれないが、1974年(昭和49年)にニクソンショックが日本を襲った。米国が農産物の輸出規制を行い、そのために日本国内の濃厚飼料の価格が高騰し、畜産農家の中に自殺者まで出るという事態となった。酪農家も全国規模で危機打開の総決起集会を東京で開き、救済措置を政府に要求した。この時、京都生協は組合員1,000名の署名を集め、コープ牛乳を守る大会を開いて生産者を激励するとともに、近畿農政局に要請行動を行い、さらに、酪農家を救う目的で生協会員が「酪農振興基金」を構築してくれたという。危機に際しての支援が酪農家の生協と会員に対する強い信頼感を育み、組合員と会員の交流が深まって行く。

 そのような中で、1979年(昭和54年)から新たな産直製品であるコープ牛肉の生産と供給が始まり、現在に至っている。2001年(平成13年)秋、日本で最初のBSE患畜が発見される。当然、牛肉の消費量は激減した。その直後から2カ月間、延べ約100人の生産者・職員が京都に向かう。その中には肥育農家の奥さんからお年寄りも含まれる。生協とその会員に自分たちの生産する牛肉の安全性を訴える。その時、肥育農家の奥さんが、「私達には、皆さんのように訴える相手がいてくれることが嬉しい」、と涙ながらに思いを伝えたという。京都の人達は信頼して鳥取の牛肉を食べてくれた。この年の12月の売り上げ額は前年を上回る水準となった。「これは、一重に、日頃の地道な交流と努力の賜であった。」と農協の方は話して下さった。


鳥取県畜産農業協同組合の概要

 鳥畜は、「農事組合法人東部乳牛生産組合」、「東部畜産農業協同組合」そして「鳥取県畜産農業協同組合」という経緯で現在に至っている。大山乳業農業協同組合の組合員である鳥取県東部の組合員が牛乳産直から牛肉の産直事業のために設立した農協である。

 現在の組合員数は118名でそのすべてが酪農家である。この中の10戸が肉用牛飼育(ホルスタイン種主体)をも行っている。平成18年12月における鳥取県の乳牛の経産牛飼養頭数は7,033頭であるが、その3分の1を鳥畜の組合員がカバーしている。農協全体の肥育牛の年間取扱頭数はホルスタインが1,800頭、F1牛が600頭、乳用経産牛が600頭、黒毛和種とその廃用牛で150頭という規模である。主力のホルスタイン去勢牛の肥育期間は20〜22カ月で、枝肉成績はB3比率が20〜25%と高く、京都生協へは前述のように年間約1,000頭出荷しているが、B3クラスの牛は京都生協に向けている。


「鳥取牛」について説明される
鳥取県畜産農協 鎌谷代表理事組合長

 鳥畜の施設として直営農場(美歎(みたに)牧場)、食肉加工施設、直売所・直売店、焼肉工房レストランを持つ。美歎牧場は京都生協への牛肉供給の開祖的な存在である。1979年(昭和54年)から牛肉の産直が開始されているが、その時に京都生協と農協(当時は東部乳牛生産組合)との間に、次のような覚え書きが交わされている。今日の両者の連携の基盤となる性質の文書としてその概要を紹介する。


鳥取県畜産農協概観
(手前が事務所、奥が食肉加工センター)

 1)この産直事業の推進により、京都生協の組合員に対して品質的に安全で、価格的に安定した牛肉を計画的に確保する。2)農協の組合員に対しては雄子牛の価格を安定的水準に保持する。3)この事業の推進により、双方の組合員の利益を守り、くらしの向上に役立て、併せて牛肉流通界および政府の農政に一石を投ずるものである。4)農協は美歎牧場に肥育牛舎を建築する。5)哺・肥育期間は22ヶ月とするも、最適期間については研究課題として留保する。6)農協は哺・肥育期間中は安全な飼料の確保に努めなければならない。7)美歎牧場で肥育された牛は京都生協がその全量を引き取る。取引価格等はその都度、双方の立場を尊守して協議の上決定する。

 今回、昔の話を種々お聞きすると、当時、家畜商の言いなりで、牛が安く買い叩かれていくというような状況もあったという。その辺りのことが、この文書の中にも読み取れる。肉用資源として雄子牛と経産牛を活用する事業はこのように、生協との連携を前提として開始されたのである。

 農家で生産された雄子牛は農協のほ育センターで6〜8カ月間飼養され、美歎牧場で14〜16カ月間肥育される。直営の美歎牧場の年間出荷頭数は1,050頭で約100頭のF1牛を除いて、他はすべてホルスタイン去勢牛である。

 美歎牧場と農家で肥育された牛は県の西部、日本海沿岸の名和の食肉センターで枝肉となり、そこから15頭分規模の懸垂型トラックで農協の食肉加工場に搬入される。

 このような懸垂型のトラック輸送は全国でも珍しいそうで、衛生管理が徹底できると同時に、枝肉と枝肉の接触が最小限に防がれ、積み重ねによって生じるドリップや変色さらには形状の変形を防止できるということである。

 食肉加工場は鳥畜の敷地内にあり、HACCP対応での品質管理が行われている。この工場で枝肉は脱骨され、部分肉になり、一頭分の部分肉セット単位で京都生協に送られてゆく。

 鳥畜の牛肉は京都生協ばかりではなく、その多くは地元でも消費されている。販売金額にして京都生協へは約6億5,000万円、地場消費が約15億円であり、地場出荷先は直売所、小売店、焼肉店、スーパーマーケットなどがある。

 鎌谷組合長いわく、「酪農経営の安定化が基礎理念としてあって、専門農協としてこの仕事をしている。産直、つまり京都で利用していただくと同時に、地産地消ということも大事にしている。地元の人にしっかりと評価してもらって、なんとかやれるという自信ができる。この両輪でこれからもやって行く。産直の場合には、安全と安心ばかりではなく、都市の消費者に食の確保を保証するという責務も持つ。」

 美歎牧場の橋本専務も鳥畜の25年記念誌の中で、産直の位置付けをこう語っている。「こうして、25周年を迎えることが出来たのは、やはり産直があったからこそと実感しています。(BSEの時に)京都生協でも、地元の鳥取県生協でも生協側の全面的な協力を得て、消費回復のキャンペーンを実施していた時に、ある京都生協の組合員さんが、「産直商品として自信をもって生産しているのなら風潮に負けないで堂々としなさい」と言ってくれた一言に勇気付けられたことはもちろんですが、それよりも産直商品を生産している責任というものを改めて教えてもらいました。」

 また鳥畜は農協直轄のコントラクター組織を(株)東部コントラクターという名称で立ち上げ、稲発酵飼料の生産を担わせている。さらに、農協のネットワーク下に(有)テイーエムアール鳥取があり、ここでは後述するように乳牛と肉用牛向けのTMR(Total mixed ration:混合飼料)が生産されている。


新産直牛へのチャレンジ

 農協創立から20年を迎えた平成13年に鳥畜は稲発酵飼料と食品副産物をつかったTMRを利用するホル去勢牛の若齢肥育に取り組み、これをブランド化するという試みに挑戦している。従来は20〜22カ月齢で出荷していた「鳥取牛」や「美歎牛」について肥育期間や飼料について見直しをしようというものである。名付けて新産直牛(こだわり鳥取牛)である。鎌谷組合長の論文、「稲発酵飼料給与ホル雄肥育牛のブランド化」から、その内容と現状を紹介しよう。先ず、新たな取り組みをしなければならない背景が述べられている。

 生産者側の問題としては、「酪農の規模拡大と2004年からの家畜排泄物の管理適正化と利用促進法により、地域での堆肥処理体制の整備・確立が急務となってきた」こと、さらに、「グローバリゼーションの進展による国際間の自由貿易枠の拡大や為替相場の変動の中で今後の日本畜産のあるべき姿を見通さなければならない時期に懸かっている」こと、さらに、「休耕田の増大や集落における人間関係の希薄化等の中で地域農業と地域社会の活性化が図られねばならない状況にあること」が挙げられている。

 消費者側の問題としては、「食の安全性が抗生物質、遺伝子組換え作物、成長ホルモン剤、農薬等と関連して飼料の安全性と畜産物の衛生管理が厳しく問われる社会となってきたこと」、「経済環境の悪化とデフレスパイラルの進行の中で、生協組合員・消費者のニーズがより安全で、しかも低価格な肉を安定的にと変わってきていること」を挙げている。このような環境変化の中で農協が実践し、企画したのが以下の3点である。1)処理加工施設の衛生管理と牛の生産履歴(トレーサビリテイ)の徹底を図ること、そのために、牛の仕様書の見直しにも着手した、2)産直にあぐらをかかない。組合員レベルの交流と学習の強化。産地での交流の他に、消費地での試食販売や学習交流を行う、3)共同、力を合わせた取り組みの中から新産直牛を作ってゆこう。

 このような理念と目標を掲げながら、着手された新産直牛のコンセプトは何か。納得させられることが多いので、少し長くなるが一つ一つを区切って紹介しよう。

◎無駄な飼料をやらない。

◎長期間飼育しない。21カ月肥育の現在の姿を出来れば18カ月くらいにしたい。

◎できるだけ牛にもストレスをかけずに健康的に飼育し、健全な牛肉を作る。

◎飼料は自給飼料と食品副産物を主体とする。

◎耕作放棄地へ堆肥を還元し、そこで水田機能の維持・景観保全を行いながら飼料稲を作り、これを肉用牛に給与する。

◎安全性が確認されている生協プライベートブランド商品の副産物であるオカラ、ヌカ、醤油粕、ビール粕等を利用し、飼料稲と混合発酵させる中でTMRを製造し、肉用牛に給与する。

◎飼育については飼料、病歴、履歴等のトレーサビリテイの管理を徹底する。

◎食肉の安全性に関してはHACCP対応とする。

◎この取り組みは消費者の取り組みをも前提としている。つまり、サシ志向から赤み志向の健康的な肉を重視する牛肉の価値観に変えていただく。

◎同時に食品副産物や日本の資源の有効利用に理解と支援をいただく。

◎農業者にも、もう一度、基本に立ち戻った飼養管理を認識して貰う。すなわち、自ら汗をかき、草を作り、草で牛を育てる。地域の耕種農業との循環的なバランスを踏まえた畜産の再構築である。

◎しかし、堆肥散布や飼料稲の育成、収穫作業は畜産農家だけでは困難なため、コントラクター(作業委託集団)を組織化し、若者や定年退職者を含め、将来の農業担い手の受け皿にしてゆく。

 さて、この新たな取り組みはどのように進捗しているのだろうか。これも項目ごとに一つずつ区切って紹介しよう。

◎平成14年6月からは月10頭をコンスタントに出荷し、平成16年4月からは月一回の京都生協での試食販売を行っている。

◎生協組合員や生協の畜産担当職員に飼料稲の田植え、除草、収穫作業に参加して頂いている。

◎若齢肥育として、6カ月の子牛(254キログラム)を12カ月肥育(18カ月齢での出荷)した時の目標値を生体重で約700キログラム、枝肉重量で400キログラム、通算の日増体量を1.20キログラムと設定した。これに対し、実績は当初バラツキがあったものの、最近は安定してきた。

◎当初、飼料稲の給与期間が限られていたが、作付け面積が拡大し、通年の給与が可能となった時期(平成15年)以降がデータの検討に値するが、平成16年度には枝肉重量の平均値が372キログラムと前年の352キログラムと比べて増加してきている。


給与実証を行う(有)菊丸ファーム肥育牛舎

◎稲発酵飼料と食品副産物を混合したTMRの給与で21カ月齢まで肥育をした試験区を対照区として設定したが、ここでは4頭の平均値で枝肉重量440キログラムと全国平均の値が得られているところから、飼料の質については、良しと考えている。

◎つまり、粗飼料部分をすべて飼料稲で飼養できると考えている。今後、食品副産物TMRの利用方法いかんによっては、飼養期間の変更の検討も必要となろうが、育成段階の稲発酵飼料の多給(6〜7キログラム/日)も含めて、各肥育ステージでの飼料稲を中心とした給与方法の改善により、標準的な増体は可能と思われる。

◎枝肉卸売単価を600円と設定したが、必要枝肉単価(再生可能な価格)は800円となっている。県内の組合員のヌレ子牛の集荷からの一貫飼育が前提となっており、ヌレ子牛価格が40,000円、ほ育育成コストが400〜450円/日で肥育素牛価格は11〜12万円となる。また肥育コストが500〜520円/日かかっており、その結果、必要枝肉単価が800円となる。

◎できた牛肉についてはヘルシーといってよく、生協組合員の反応もまずまずである。しかし、肉の歩留まり、生産コスト、処理コストについての再検討が求められている。掲げたコンセプトは間違いではないが、もう一度、生産・消費の双方での点検が必要である。

 コスト面では生産現場での今後の到達目標を踏まえつつ、生産・消費の双方の負担の再検討も必要と思われる。また、牛肉の質というよりも、牛肉の生産構造や畜産の存在を、今後の農業や農村の中に、積極的な位置付けをして行く必要がある。

◎資源循環型農業の推進、それに よる飼料自給率の向上、農村生活圏の保全、地域的経営自立性の確保という面において、飼料稲や地域での耕畜連携の取り組みがクローズアップされてくると思う。

 そうした中で大切なことは技術的な問題を着実に解決していくことである。飼料稲では安定的な品質の確保と給与技術の確立が急務である。ホル雄肥育全体に給与する時の給与体系、搾乳牛への給与、和牛への給与など、コストや経営面でのメリットを含めた徹底的な研究実証が必要である。



京都生協 牛肉ショーケース(下)と
ショーケース上部に掲げられた「コープ鳥取牛」の紹介

◎それが出来れば、日本の稲作技術体系からすれば、より急速な作付け拡大は可能である。また、飼料稲については生産者側の体制の問題も重要である。コントラクター組織の経営の安定性を考えると、通年作業体制の確立や他の農業畜産分野の作業受託や営農行為を含めた総合的な組織機能が必要になってくる。


稲発酵飼料の生産

 平成19年2月の農林水産省の資料によると、稲発酵飼料の作付け面積は平成18年度は5,000ヘクタールを超える見込みであり、平成17年度の実績を上位、ベスト5で見ると、1位が熊本県の994ヘクタール、2位が、宮崎県の862ヘクタール、3位が秋田県の286ヘクタール、4位が大分県の231ヘクタール、5位が茨城県の205ヘクタールである。

 鳥取県では平成19年度の県全体の作付面積が139.8ヘクタールで、その中で鳥畜傘下の作付面積は94ヘクタールと、農協の作付面積は県全体の67%と多い。頂いた資料から品種別の収量を10アール当たりのロール数でみると、「モーレツ」が8.7個、「はまさり」が7.6個、「クサノホシ」が7.9個、全体の平均で8.1個である。発酵飼料の水分含量を65%、ロール1個の重量を280キログラムとすると、平成19年度の農協管内の生産量は原物で2,132トン、乾物で746トンと予測できる。水分含量が12%で40キログラムのチモシー梱包乾草としてみると、約22,000個のベール数となる。これだけの輸入乾草が稲発酵飼料に置き替わったと表現すると、自給率という言葉がスーッと頭に入る。

 稲発酵飼料は1ロール3,000円、キログラムで11円の価格で販売される。これに飼料用イネの補助金対象項目となっている給与実証が10アール当たり1万円付く。1キログラムの価格はさらに4円が差し引かれて、キログラム当り7円で給与できる。分かりやすく言うと、水分12%の梱包乾草がキログラム当たり、18円で使えるということになる。

 稲発酵飼料の可消化養分総量(TDN)は乾物中55%、粗たんぱく質含量は7%である。輸入チモシー乾草のTDN含量は50〜60%、粗たんぱく質含量は5〜11%の間で変動するが一般的には遅刈りで、TDN含量は55%、粗たんぱく質は7%程度のものが多い。

 つまり、輸入のチモシー乾草は稲発酵飼料とTDN含量や粗たんぱく質含量ではそんなに大きな差は無い、むしろ近似していると考えてよい。今春、3月、栃木県の酪農家の庭先渡し価格はチモシー乾草がキログラム当たり55円であった。上記の稲発酵飼料との価格差は大きい。しかし、ここで注釈を加えておかねばならないことがある。だからといって、稲発酵飼料の栄養価を過信してはいけないということである。

 それは含まれている繊維の消化性の違いである。稲発酵飼料の繊維の性質はイネワラに近く、総繊維消化率は40〜45%程度であるが、チモシー乾草の繊維(出穂後期〜開花初期)では55〜60%程度はある。この問題はまた、後述する。

 鳥畜では前述したように稲発酵飼料の収穫は農協直轄のコントラクター組織が行っている。平成19年度は220戸の水田農家が栽培に参加している。鳥取市の東側で兵庫県との県境に近い岩美町の水田を見た。 123戸が加盟する農業法人「大谷生産組合」が7ヘクタールの飼料稲を栽培している。この法人に苗の供給をし、栽培の指導を行っている「(有)いわみ農産」の代表取締役の北村さんと、直轄のコントラクター組織、東部コントラクター専務の遠藤さん、そして鎌谷組合長が案内して下さった。


岩美町大谷生産組合の一町田(飼料用イネ)

 一町田という一枚一町歩の大きな水田に飼料稲(クサノホシ)が青々と茂っている。壮観であった。苗の植え付け6月5日、田植え後1〜2週の間に除草剤をまき、刈り取りは10月の下旬という。刈り取り以降が遠藤さんの所の出番で、ロールに巻いた稲発酵飼料が作られる。約1カ月間の仕事という。水田農家の収益性は一般の稲の80%程度であるが、あまり気を使わないで栽培できることなどを考えると、「まあまあかな」という評価であった。「面積を多く出来るような畜産側の体制を作ってくれるように(肉用牛でもっとたくさん使って下さい)と鳥畜さんにお願いしている」と北村さんは言う。


TMR製造工場と稲発酵飼料


(有)TMR鳥取入り口

 TMR(混合飼料)という用語が日本に定着してから久しいが、近年の特徴はTMR製造工場(TMRセンター)が国内に増加してきていることである。TMRセンターで製造された飼料を使う利点は、経営に対しては、1)飼料調製の労働力と時間が節約出来る、2)個別農家では不可能な他種類の素材を大量に購入・貯蔵できる、そのために飼料原料価格が低減できる、3)原料の品質が大量購入で安定化するために製造TMRの品質も一定である。また、牛に対しては、1)飼料の摂取量が高まる、2)粗飼料と濃厚飼料の選択採食をある程度防げるところから、第一胃発酵を安定化するとともに、種々の素材を設計通りに摂取させることができる、などである。


筆者(左)と(有)TMR鳥取の上島社長

 TMRにも2種類あって、一つはアメリカ型といおうか、乳牛に栄養設計通りの飼料を選択採食させることなく、完食させようとするコンセプトで調製するタイプと、種々の食品製造副産物を混合して安価な飼料を作り、それらを混合することによって、単味飼料ではあまり食べないものでも混ぜ込んで摂取させようとうタイプであり、後者はイスラエル、韓国、中国で多く見ることが出来る。

 鳥畜のネットワークの中にあるTMR鳥取の工場を社長の上島さんに案内していただいた。ここのTMRはイスラエル型である。使用する材料はパン粉、つけもののヌカ床、糖蜜、ビール工場からの選別クズ大麦粉、酒ヌカ、トウフかす、米ヌカ、ビールかす、無洗米ヌカ、飼料用稲、輸入乾草(スーダングラス、乳牛用飼料向け)である。現在、搾乳牛用のTMRが4種類、肥育牛用のTMRが2種類製造されている。種々の素材がメニューに従って混合され、混合製品は2重のフレコンバックに密封貯蔵され、20日間サイレージ発酵の後、農家へ配送される。工場は2名体制で、日量15トンの製品が製造されている。


(有)TMR鳥取(TMRセンター)外観

 肉用牛向けの製品のメニューの一例を紹介しよう。1ロット製造時の混合で示すと、ビールかすが300キログラム、トウフかすが1,200キログラム、大豆かすが200キログラム、麦芽胚が300キログラム、醤油かすが120キログラム、無洗米ヌカが90キログラム、アルファルファ乾草が200キログラム、空港乾草(230キログラム、農協直轄のコントラクタ組織が鳥取空港の敷地で調製した野乾草)、稲発酵飼料560キログラム、指定配合飼料1,000キログラム、炭酸カルシウム20キログラム、ビタミン類5キログラム、水300キログラムである。このメニューは少し前の時期のものであるが、水分含量53.7%のTMRがキログラム当たり14.9円の価格である。乾物キログラムに換算すると28円となる。栄養価から考えても、これは安いと思う。

 上島さんはTMRセンターのあり方について、過去の経験を踏まえて以下のように言われる。「TMRセンターは近間の2〜3戸の畜産農家の共同施設として運営されるのが飼料価格の面からはよいと感じている。その第一は輸送費が除かれることだ。また、近間だと、ワゴン車で取りにくればよいのでフレコンバックの資材費も不要になる。また、大規模生産のように在庫を抱え込むというリスクもない」。また、鎌谷組合長の論文(前記)中にも、「TMRを利用することによって効率的に副産物を利用出来るメリットがある反面、TMRセンターでの経費と運賃コスト(5〜6円/キログラム)が上乗せになるデメリットがある。コスト削減の上では、TMRセンターの利用形態の工夫や稲発酵飼料の生産コスト削減が今後の課題である」とある。

 先にも述べたが、今、国内ではTMRセンターが増加してきている。その形態と運営に関してはお二人の意見は大いに参考となろう。


二重に密封貯蔵された(有)TMR鳥取のTMR完成品

 もう一つ、飼料に関して、貴重な話を聞いた。それは飼料稲をTMRあるいは単味として給与した場合の乳牛の反応である。

 先ず、稲発酵飼料に対する総合的な評価はこうなる。「価格は適切であり、採食性も高い、しかし、高乳量の牛に対しては喰いすぎて、摂取栄養素が不足するようだ」。今、この問題に関して、農林水産省のプロジェクト研究(農林水産研究高度化事業)で上島さんの牧場((有)菊丸ファーム)で実証試験を展開中である。プロジェクトの研究項目は「飼料イネとかす類主体の発酵TMR飼料の泌乳牛への給与効果の実証」であり、中央農業総合研究センターと広島県立総合技術所との連携で品質評価と飼養試験が推進されている。先に、稲の繊維の質について触れたが、その問題をも含め、稲発酵飼料の利用技術に関して、酪農現場からの情報発信に期待したい。


京都から鳥取へ、都市と農村の交流

 7月26日、調査でお邪魔した今島牧場では、「今日これから、京都から子供達が2人やってくる。それで、今、少し牛舎を綺麗にしているところ」とご主人が楽しそうに迎える準備をしていた。京都生協の組合員の子供が、いわゆる、酪農体験・ツーリズムでの訪問である。


搾乳ロボット設備のある今島牧場 パーラー牛舎

 京都生協と鳥畜との間には双方向の人の往来が長い間、続いている。鳥取の組合員は交流会(鳥取フェアー)、フェステバル、普及宣伝で京都へ、そして京都からは産直ツアー、子供の体験学習、自然教室ツアーなどで親子が、また大学生がやってくる。

 京都から来る人達のベースキャンプは畜産農家ともう一つ、美歎牧場がある。先に産直牛の生産基地として紹介した所である。

 ここは海抜が300〜350メートルの起伏のある丘陵地帯である。実に眺めがよい。ここには肥育牛舎のほかに、交流の森、ふれあい研修館、乳製品学習工場、搾乳牛舎、キャンプ施設、バーベキュ−ハウスが付設されている。

(株)美歎牧場のバーベキューハウス遠景

 子供達あるいは若者達はここで休日を過ごし、農業について勉強したり、搾乳を体験したり、乳製品を実際に自分で作ることが出来る。体験談を紹介することで、その内容を想像していただきたい。

◎真夏の太陽のもと、畑で泥んこになりな がら汗を流し、初めて間近に見る牛に目をキラキラさせていた子供達。このような貴重な体験を裏方で支えていただいた、大山乳牛農協や鳥畜のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

◎搾乳体験は勉強になりました。おがくずの良い香りがして、掃除も行き届いている牛舎、そして牛が大切に扱われていました。ここの牛乳は安心して飲めると思いました。

◎子供達は大自然の中で動き回っておおはしゃぎでした。牛乳の消費量減少や、BSE問題などいろいろ難しい問題がある中、皆さんが一生懸命にして下さる姿に心を打たれました。出来るだけ、産直の物を利用しようと思いました。



子供たちの体験学習では
牛のえさやりや乳搾りにも挑戦

おわりに

 筆者が鳥畜を知ったのは畜産草地研究所の吉田宣夫さんを介してである。吉田さんは、衆知のように稲発酵飼料の調製と利用に関する研究の開祖的な存在である。鳥畜の鎌谷組合長は飼料稲で吉田さんとの交誼が深い。一度、見学させていただきたいと思っていたが、今回、それが実現した。

 調査のすぐ後、平成19年8月4日の日経新聞(市況の法則欄)で「牛乳下がると牛肉値上がり」というコラムを見た。話の筋は、「乳価低迷と減産体制で乳用牛の飼育頭数は減っている。農家の生産意欲がさらに落ち込んでしまうと乳牛雌(経産牛)や乳牛去勢の供給が減少し、牛肉価格は上昇する。今、乳用牛の卸値は上昇傾向にある」というものである。

 実は、このことを美歎牧場専務の橋本さんも危惧しておられた。鳥取県の経産牛は平成17年の7,560頭から平成18年には7,033頭と減少している。氏曰く、「今の牛乳消費量低下や、減量は乳牛飼養頭数の減に結びついている。その結果、経産牛やオス子牛の数も少なくなる。当然、それは稲発酵飼料の生産にも影響する。飼料稲は今、たい肥がたくさん利用出来ている。耕畜連携、水田政策にも牛乳消費減退の陰が及んでゆく。悪循環に陥ることが心配だ」と。

 鳥畜の屋台骨を背負う雄子牛の数をいかに確保するかも今後の課題になりつつある。

 また、鎌谷組合長は消費者と生産者の関係について、広く、日本のフードシステムについても言及する。

 「食の安全に対する意識は急速に高まっているが、消費者の主体性のもとでの食の安全性を確保するという、フードシステムが今だに確立出来ていない。生産から、加工・流通、販売までと言うが、本当の意味で全工程を通じた管理を消費者側が生産者の協力の下で、どこまで徹底できるかという点にある。ブランド化といっても生産者の一方的な思いや差別化だけでは、あまり意味がない。消費者がいったい、何を求めてゆくのか、生産者が何をしたいのか、よく論議し、双方が受け入れうるブランド化こそが必要と思う」。

 特に、後段の話は、全国的な産地間競争の中で、改めて考えるべき、含蓄のある提言と受け止めたい。

 調査の終わりに、鳥取砂丘に案内していただいた。鎌谷さんは、その時、横にいた私に、「学生の頃には京都から帰ってくると、よく、ここへ来て、種々考えたものだけれども、最近は、めったに来ません」と言われた。氏は京都大学理学部の地球物理の卒業で異分野から畜産への参入であり、発想も農学とは異なるスケールと深度を持つ。久しぶりの鳥取砂丘で何を考えられたのか。多分、道半ばで難多しであろう。日本農業の一つの目指すべき方向を先駆的に実践されておられる姿に敬意を表すると同時に発展を祈念している。


鳥取砂丘(馬の背)

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