専門調査レポート 新たな水田酪農の形成そして生協との交流
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はじめに 鳥取県は日本海に面し、兵庫県、島根県、岡山県、広島県に囲まれた東西に長い、人口が約61万人の県である。朝7時9分のスーパーはくと(白兎)で鳥取駅を出発すると、10時25分には京都駅に着く。列車の旅としては長くも、短くもない、したがって、そんなには疲れない。後述するように、鳥取県畜産農業協同組合(以降、「鳥畜(とりちく)」と略す)と京都生協との間には、長い歴史を持つ交流があるが、都市と農村の行き来としては、丁度よい距離なのかもしれない。鳥取県は4月から10月までの間、太平洋側と降雨量では差はないが、10月後半からは多雨降雪の状態に突入するという。そのために、転作作物としての麦が少なく、大豆についても全水田面積の3.9%の作付けにすぎない。鳥畜の本拠である鳥取市とその周辺、つまり、鳥取の東部はサイレージ用トウモロコシの作付け適地が少ないことから、水田での飼料作物の栽培が自給飼料面積拡大の要にならざるを得ない。飼料稲である。 鳥取県畜産農協と京都生協との結びつき 京都生協は1964年(昭和39年)に創立され、8月末現在総組合員数46万人のうち14万5千名の共同購入会員と24の直営店舗を持つ大きな、歴史ある生協である。肉類については牛肉が鳥取県と北海道、豚肉が鳥取県と岐阜県、鶏肉が四国と九州の計6生産団体との間で産直方式の購入により販売が行われている。牛肉における鳥取県との取引相手先が鳥畜である。鳥畜からは年間約1,000頭、月に80頭程度の牛肉が週2回、トラック便で送られてくる。 鳥取県畜産農業協同組合の概要
鳥畜は、「農事組合法人東部乳牛生産組合」、「東部畜産農業協同組合」そして「鳥取県畜産農業協同組合」という経緯で現在に至っている。大山乳業農業協同組合の組合員である鳥取県東部の組合員が牛乳産直から牛肉の産直事業のために設立した農協である。
鳥畜の施設として直営農場(美歎(みたに)牧場)、食肉加工施設、直売所・直売店、焼肉工房レストランを持つ。美歎牧場は京都生協への牛肉供給の開祖的な存在である。1979年(昭和54年)から牛肉の産直が開始されているが、その時に京都生協と農協(当時は東部乳牛生産組合)との間に、次のような覚え書きが交わされている。今日の両者の連携の基盤となる性質の文書としてその概要を紹介する。 鳥取県畜産農協概観 (手前が事務所、奥が食肉加工センター)
今回、昔の話を種々お聞きすると、当時、家畜商の言いなりで、牛が安く買い叩かれていくというような状況もあったという。その辺りのことが、この文書の中にも読み取れる。肉用資源として雄子牛と経産牛を活用する事業はこのように、生協との連携を前提として開始されたのである。 新産直牛へのチャレンジ農協創立から20年を迎えた平成13年に鳥畜は稲発酵飼料と食品副産物をつかったTMRを利用するホル去勢牛の若齢肥育に取り組み、これをブランド化するという試みに挑戦している。従来は20〜22カ月齢で出荷していた「鳥取牛」や「美歎牛」について肥育期間や飼料について見直しをしようというものである。名付けて新産直牛(こだわり鳥取牛)である。鎌谷組合長の論文、「稲発酵飼料給与ホル雄肥育牛のブランド化」から、その内容と現状を紹介しよう。先ず、新たな取り組みをしなければならない背景が述べられている。
このような理念と目標を掲げながら、着手された新産直牛のコンセプトは何か。納得させられることが多いので、少し長くなるが一つ一つを区切って紹介しよう。
さて、この新たな取り組みはどのように進捗しているのだろうか。これも項目ごとに一つずつ区切って紹介しよう。 給与実証を行う(有)菊丸ファーム肥育牛舎 ◎稲発酵飼料と食品副産物を混合したTMRの給与で21カ月齢まで肥育をした試験区を対照区として設定したが、ここでは4頭の平均値で枝肉重量440キログラムと全国平均の値が得られているところから、飼料の質については、良しと考えている。 ◎つまり、粗飼料部分をすべて飼料稲で飼養できると考えている。今後、食品副産物TMRの利用方法いかんによっては、飼養期間の変更の検討も必要となろうが、育成段階の稲発酵飼料の多給(6〜7キログラム/日)も含めて、各肥育ステージでの飼料稲を中心とした給与方法の改善により、標準的な増体は可能と思われる。 ◎枝肉卸売単価を600円と設定したが、必要枝肉単価(再生可能な価格)は800円となっている。県内の組合員のヌレ子牛の集荷からの一貫飼育が前提となっており、ヌレ子牛価格が40,000円、ほ育育成コストが400〜450円/日で肥育素牛価格は11〜12万円となる。また肥育コストが500〜520円/日かかっており、その結果、必要枝肉単価が800円となる。 ◎できた牛肉についてはヘルシーといってよく、生協組合員の反応もまずまずである。しかし、肉の歩留まり、生産コスト、処理コストについての再検討が求められている。掲げたコンセプトは間違いではないが、もう一度、生産・消費の双方での点検が必要である。 コスト面では生産現場での今後の到達目標を踏まえつつ、生産・消費の双方の負担の再検討も必要と思われる。また、牛肉の質というよりも、牛肉の生産構造や畜産の存在を、今後の農業や農村の中に、積極的な位置付けをして行く必要がある。 ◎資源循環型農業の推進、それに よる飼料自給率の向上、農村生活圏の保全、地域的経営自立性の確保という面において、飼料稲や地域での耕畜連携の取り組みがクローズアップされてくると思う。 そうした中で大切なことは技術的な問題を着実に解決していくことである。飼料稲では安定的な品質の確保と給与技術の確立が急務である。ホル雄肥育全体に給与する時の給与体系、搾乳牛への給与、和牛への給与など、コストや経営面でのメリットを含めた徹底的な研究実証が必要である。
◎それが出来れば、日本の稲作技術体系からすれば、より急速な作付け拡大は可能である。また、飼料稲については生産者側の体制の問題も重要である。コントラクター組織の経営の安定性を考えると、通年作業体制の確立や他の農業畜産分野の作業受託や営農行為を含めた総合的な組織機能が必要になってくる。 稲発酵飼料の生産
平成19年2月の農林水産省の資料によると、稲発酵飼料の作付け面積は平成18年度は5,000ヘクタールを超える見込みであり、平成17年度の実績を上位、ベスト5で見ると、1位が熊本県の994ヘクタール、2位が、宮崎県の862ヘクタール、3位が秋田県の286ヘクタール、4位が大分県の231ヘクタール、5位が茨城県の205ヘクタールである。 岩美町大谷生産組合の一町田(飼料用イネ) 一町田という一枚一町歩の大きな水田に飼料稲(クサノホシ)が青々と茂っている。壮観であった。苗の植え付け6月5日、田植え後1〜2週の間に除草剤をまき、刈り取りは10月の下旬という。刈り取り以降が遠藤さんの所の出番で、ロールに巻いた稲発酵飼料が作られる。約1カ月間の仕事という。水田農家の収益性は一般の稲の80%程度であるが、あまり気を使わないで栽培できることなどを考えると、「まあまあかな」という評価であった。「面積を多く出来るような畜産側の体制を作ってくれるように(肉用牛でもっとたくさん使って下さい)と鳥畜さんにお願いしている」と北村さんは言う。 TMR製造工場と稲発酵飼料(有)TMR鳥取入り口
TMR(混合飼料)という用語が日本に定着してから久しいが、近年の特徴はTMR製造工場(TMRセンター)が国内に増加してきていることである。TMRセンターで製造された飼料を使う利点は、経営に対しては、1)飼料調製の労働力と時間が節約出来る、2)個別農家では不可能な他種類の素材を大量に購入・貯蔵できる、そのために飼料原料価格が低減できる、3)原料の品質が大量購入で安定化するために製造TMRの品質も一定である。また、牛に対しては、1)飼料の摂取量が高まる、2)粗飼料と濃厚飼料の選択採食をある程度防げるところから、第一胃発酵を安定化するとともに、種々の素材を設計通りに摂取させることができる、などである。 筆者(左)と(有)TMR鳥取の上島社長 TMRにも2種類あって、一つはアメリカ型といおうか、乳牛に栄養設計通りの飼料を選択採食させることなく、完食させようとするコンセプトで調製するタイプと、種々の食品製造副産物を混合して安価な飼料を作り、それらを混合することによって、単味飼料ではあまり食べないものでも混ぜ込んで摂取させようとうタイプであり、後者はイスラエル、韓国、中国で多く見ることが出来る。 鳥畜のネットワークの中にあるTMR鳥取の工場を社長の上島さんに案内していただいた。ここのTMRはイスラエル型である。使用する材料はパン粉、つけもののヌカ床、糖蜜、ビール工場からの選別クズ大麦粉、酒ヌカ、トウフかす、米ヌカ、ビールかす、無洗米ヌカ、飼料用稲、輸入乾草(スーダングラス、乳牛用飼料向け)である。現在、搾乳牛用のTMRが4種類、肥育牛用のTMRが2種類製造されている。種々の素材がメニューに従って混合され、混合製品は2重のフレコンバックに密封貯蔵され、20日間サイレージ発酵の後、農家へ配送される。工場は2名体制で、日量15トンの製品が製造されている。 (有)TMR鳥取(TMRセンター)外観 肉用牛向けの製品のメニューの一例を紹介しよう。1ロット製造時の混合で示すと、ビールかすが300キログラム、トウフかすが1,200キログラム、大豆かすが200キログラム、麦芽胚が300キログラム、醤油かすが120キログラム、無洗米ヌカが90キログラム、アルファルファ乾草が200キログラム、空港乾草(230キログラム、農協直轄のコントラクタ組織が鳥取空港の敷地で調製した野乾草)、稲発酵飼料560キログラム、指定配合飼料1,000キログラム、炭酸カルシウム20キログラム、ビタミン類5キログラム、水300キログラムである。このメニューは少し前の時期のものであるが、水分含量53.7%のTMRがキログラム当たり14.9円の価格である。乾物キログラムに換算すると28円となる。栄養価から考えても、これは安いと思う。 上島さんはTMRセンターのあり方について、過去の経験を踏まえて以下のように言われる。「TMRセンターは近間の2〜3戸の畜産農家の共同施設として運営されるのが飼料価格の面からはよいと感じている。その第一は輸送費が除かれることだ。また、近間だと、ワゴン車で取りにくればよいのでフレコンバックの資材費も不要になる。また、大規模生産のように在庫を抱え込むというリスクもない」。また、鎌谷組合長の論文(前記)中にも、「TMRを利用することによって効率的に副産物を利用出来るメリットがある反面、TMRセンターでの経費と運賃コスト(5〜6円/キログラム)が上乗せになるデメリットがある。コスト削減の上では、TMRセンターの利用形態の工夫や稲発酵飼料の生産コスト削減が今後の課題である」とある。 先にも述べたが、今、国内ではTMRセンターが増加してきている。その形態と運営に関してはお二人の意見は大いに参考となろう。 二重に密封貯蔵された(有)TMR鳥取のTMR完成品 もう一つ、飼料に関して、貴重な話を聞いた。それは飼料稲をTMRあるいは単味として給与した場合の乳牛の反応である。 先ず、稲発酵飼料に対する総合的な評価はこうなる。「価格は適切であり、採食性も高い、しかし、高乳量の牛に対しては喰いすぎて、摂取栄養素が不足するようだ」。今、この問題に関して、農林水産省のプロジェクト研究(農林水産研究高度化事業)で上島さんの牧場((有)菊丸ファーム)で実証試験を展開中である。プロジェクトの研究項目は「飼料イネとかす類主体の発酵TMR飼料の泌乳牛への給与効果の実証」であり、中央農業総合研究センターと広島県立総合技術所との連携で品質評価と飼養試験が推進されている。先に、稲の繊維の質について触れたが、その問題をも含め、稲発酵飼料の利用技術に関して、酪農現場からの情報発信に期待したい。 京都から鳥取へ、都市と農村の交流 7月26日、調査でお邪魔した今島牧場では、「今日これから、京都から子供達が2人やってくる。それで、今、少し牛舎を綺麗にしているところ」とご主人が楽しそうに迎える準備をしていた。京都生協の組合員の子供が、いわゆる、酪農体験・ツーリズムでの訪問である。 搾乳ロボット設備のある今島牧場 パーラー牛舎 京都生協と鳥畜との間には双方向の人の往来が長い間、続いている。鳥取の組合員は交流会(鳥取フェアー)、フェステバル、普及宣伝で京都へ、そして京都からは産直ツアー、子供の体験学習、自然教室ツアーなどで親子が、また大学生がやってくる。 京都から来る人達のベースキャンプは畜産農家ともう一つ、美歎牧場がある。先に産直牛の生産基地として紹介した所である。 ここは海抜が300〜350メートルの起伏のある丘陵地帯である。実に眺めがよい。ここには肥育牛舎のほかに、交流の森、ふれあい研修館、乳製品学習工場、搾乳牛舎、キャンプ施設、バーベキュ−ハウスが付設されている。 (株)美歎牧場のバーベキューハウス遠景 子供達あるいは若者達はここで休日を過ごし、農業について勉強したり、搾乳を体験したり、乳製品を実際に自分で作ることが出来る。体験談を紹介することで、その内容を想像していただきたい。 ◎真夏の太陽のもと、畑で泥んこになりな がら汗を流し、初めて間近に見る牛に目をキラキラさせていた子供達。このような貴重な体験を裏方で支えていただいた、大山乳牛農協や鳥畜のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。 ◎搾乳体験は勉強になりました。おがくずの良い香りがして、掃除も行き届いている牛舎、そして牛が大切に扱われていました。ここの牛乳は安心して飲めると思いました。 ◎子供達は大自然の中で動き回っておおはしゃぎでした。牛乳の消費量減少や、BSE問題などいろいろ難しい問題がある中、皆さんが一生懸命にして下さる姿に心を打たれました。出来るだけ、産直の物を利用しようと思いました。 子供たちの体験学習では 牛のえさやりや乳搾りにも挑戦 おわりに
筆者が鳥畜を知ったのは畜産草地研究所の吉田宣夫さんを介してである。吉田さんは、衆知のように稲発酵飼料の調製と利用に関する研究の開祖的な存在である。鳥畜の鎌谷組合長は飼料稲で吉田さんとの交誼が深い。一度、見学させていただきたいと思っていたが、今回、それが実現した。 鳥取砂丘(馬の背) |
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