◎需給解説


今後の牛肉の生産動向について

食肉生産流通部食肉課長 安井 護

1 はじめに

 平成19年2月1日現在の肉用牛の飼養頭数は、前年比1.9%増の280万6千頭と4年ぶりに280万頭台に回復した。この背景には、枝肉価格が高値で推移したことに加え、各地で積極的に展開されている子取り用めす牛の増頭努力が着実に実ってきたことが挙げられよう。

 これまで、牛のと畜頭数は、17、18年度と2年連続で減少し、19年度(4〜7月)も今のところ、引き続き前年同月を下回っている。今後、牛肉の生産量は、肉用牛の飼養頭数の増加を受けて、増加に転じるのか。増えるとすればどのくらいか。それともしばらくは減少が続くのか。

 本稿では、19年度下期を中心に今後の牛肉の生産動向について、@畜産統計(農林水産省)、A食肉流通統計(農林水産省)、B牛個体識別全国データベース(独立行政法人家畜改良センター)、C肉用子牛取引結果(当機構)などのデータを基に考察していきたい。


2 6区分の牛肉生産

 日本の牛肉の生産動向を見る場合、生産構造も経営形態も異なる和牛、乳用種、交雑種の3品種について、それぞれ分けて考察する必要がある。和牛は肉用種繁殖経営(子取り農家)から生産されるが、乳用種と交雑種は酪農経営から生産されるため、生乳の生産動向の影響を大きく受けている。

 また、交雑種を除いて、めすとおすとでは、供用目的が異なるので、それぞれの飼養動向は一様ではない。つまり、3品種別にそれぞれめす・おすに分けて、6区分ごとに考察する必要がある。

 なお、と畜頭数の品種別割合はおおむね、和牛4、乳用種4、交雑種2の割合となっている(図1)。


図1 品種別と畜頭数の割合(18年度)


(注)品種・性別の区分については、統計によってそれぞれ異なるが、本稿では一般的な方法に従い、と畜ベースで和牛(黒毛和種など)、乳用種(ホルスタイン種など)、交雑種(いわゆるF1)の3つに分け、さらにそれぞれ去勢とめすとに分ける(統計別の品種の対応については、文末の表を参照)。


3 去勢和牛 増加傾向が継続

 去勢和牛の生産量は、枝肉重量の増加などから17年度に増加に転じ、19年度上期も増加傾向が継続している。

 19年度下期から20年度にかけても、と畜頭数の微増傾向が続くと見込まれるので、枝肉重量に大きな変化がなければ、生産量の増加傾向も継続すると見込まれる。

(1)と畜頭数、20年度にかけて微増
 去勢和牛のと畜頭数は、15年度から17年度まで減少したが、18年度に回復に転じ、19年度4月以降もわずかながら増加傾向が続いている。

 一般的に去勢和牛は、繁殖経営で生産され、10カ月齢で家畜市場で肥育経営に販売される。そこで、20カ月間の肥育後、30カ月齢でと畜される。つまり、19年10月にと畜される去勢和牛は、30カ月前の17年4月に出生し、20カ月前の18年2月に家畜市場で子牛として取引されたとみなすことができる(図2)。

図2 去勢和牛のと畜までの流れ(例)



 そこで、今後のと畜動向を検討するために、まず、牛個体識別全国データベース(19年5月25日公表)から出生頭数の増減傾向を見ていく。19年度下期(19年10月〜20年3月)に30カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、30カ月前の17年4月から9月に出生したものとみなすと、この集団は前年同期の集団に比べ100.9%(前年同期比、以下同じ。)となっている。同様に20年度に30カ月齢のと畜適齢期を迎えるものは102.2%である。去勢和牛は出生からと畜までの期間が30カ月と長く、途中での事故や肥育期間の延長又は短縮などもあるが、出生頭数の増減傾向はと畜頭数の増減傾向とほぼ一致すると考えられるので、19年度下期から20年度にかけてと畜頭数はわずかな増加傾向にあると見込まれる(表1)。



表1 去勢和牛のと畜動向(対前年同期比)



(注)利用したデータは(独)家畜改良センターが、19年5月16日時点で牛個体識別データを集計し、公表した「全国生年月別・種別・性別出生頭数」である。なお、「集計時点でデータベースに登録されているデータを集計しているため、その後の届出、データの追加、修正等により集計結果が変動する」旨の注意が付されているが、一定期間の増減傾向を判断する上では差し支えないと思われる。以下、同データベースを利用する場合は同様である。

 次に家畜市場での子牛取引頭数の増減傾向を見てみる。19年度下期に30カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、20カ月前の18年2月から7月に家畜市場で取引されたものとみなすと、この集団は前年同期の集団に比べて100.4%となっている。同様に20年度に30カ月齢のと畜適齢期を迎えるものは100.1%となっており、この指標からも今後の微増傾向がうかがえる。月別の傾向を示したのが図3で、去勢和牛の家畜市場での取引割合は約8割と高く、また、上記の30月前の出生頭数ベースよりも短い20月前の子牛取引頭数がベースとなっているので、と畜頭数との相関はより高いと思われる。



図3 去勢和牛のと畜動向(対前年同月比 3月移動平均)




 また、牛個体識別全国データベースから月齢別の飼養頭数(19年3月31日現在)を見ると、19年度下期に30カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、前年同期の集団に比べて103.8%、同様に20年度に30カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、106.4%となっており、上記の二つの指標に比べ増加率は高いものの増加傾向を裏付けている。

(注)利用したデータは(独)家畜改良センターが、19年3月31日現在の牛個体識別データを集計し、公表した「全国・種別・月齢別飼養頭数」である。

 以上3指標からみて、19年度下期から20年度にかけても、去勢和牛のと畜頭数は微増傾向が継続すると見込まれる。

(2)枝肉重量、増加傾向
 枝肉価格の上昇などを背景に、増体系の品種が好まれていることから、枝肉重量は1〜2%の増加が続いており、全国平均で468キログラム(19年6月)と470キログラムに達する程である。飼料価格の動向にもよるが、今後の枝肉重量に大きな変化は見込まれないと思われる(表2)。

表2 去勢和牛の枝肉重量


(3)子取りめす牛は、21年度以降も増加傾向
 長期的なと畜動向を見る上で基本となる統計は、その生産の元となる子取りめす牛の頭数である。繁殖経営で生産されためす子牛のうち、約1割が繁殖用の子牛生産に回されるが、めす牛の保留が進んでおり、19年2月1日現在では1歳未満を除く各年齢階層とも増加しており、今後の和牛生産の増加傾向の継続が期待される。また、1歳以下の将来の子牛生産を担う階層も2年続けて増加している(表3)。


表3 肉用種子取り用めす牛の飼養頭数




 よって、他の要因に大きな変動がない限り、子牛生産は増加し、と畜頭数の増加傾向も継続するものと期待される。


4 めす和牛 減少傾向が継続

 めす和牛の生産量は、繁殖のための保留増加によると畜頭数の減少から、19年度に入っても減少傾向が継続している。

 19年度下期も、枝肉重量に大きな変化がなければ、と畜頭数の減少が続くため、生産量の減少傾向が継続すると見込まれる。

 めす和牛のと畜頭数は、上記のように繁殖用に仕向けられる頭数が増加していることから減少が続いており、19年度に入ってもその傾向が続いている(表4)。


表4 めす和牛のと畜頭数と枝肉重量



 19年度下期も、子牛価格に大きな変化がない限り、同様の減少傾向が続くと見込まれる。

 なお、と畜されるめす和牛は、肥育牛と廃用繁殖牛の2種類いるが、と畜月齢を個体識別全国データベースから見ると36カ月齢以下が75.7%となっており、と畜ベースでは肥育牛が7割強、繁殖牛の廃用が3割弱と見られる。

 枝肉重量は1〜2%の増加が続いており、全国平均で391.6キログラム(19年6月)と390キログラム台に乗せている。飼料価格の動向にもよるが、今後の枝肉重量に大きな変化は見込まれないと思われる。

 よって、他の要因に大きな変動がない限り、と畜頭数の減少傾向が継続することから、生産量も減少するものと見込まれる。


5 乳用種去勢牛 わずかに増加

 乳用種去勢牛の生産量は、と畜頭数の減少などから17年度に減少に転じたが、19年度に入って、減少幅が縮小し、さらに枝肉重量が増加に転じたことから、前年並みとなる月が多くなってきた。

 19年度下期は、と畜頭数が増加することに加え、枝肉重量の増加傾向が継続することから前年同期をわずかに上回ると見込まれる。

(1)と畜頭数、19年度下期はわずかに増加
 乳用種去勢牛のと畜頭数は、18年度まで減少が続いてきたが、19年度に入って減少幅が縮小し、7月は久しぶりにプラスに転じた。

 一般的に乳用種去勢牛は、酪農経営で生産され、生後すぐに育成経営に販売され、そこで、7カ月間の育成後、家畜市場又は相対で肥育経営に販売される。肥育経営では15カ月間の肥育後、22カ月齢でと畜される。つまり、19年10月にと畜される乳用種去勢牛は、22カ月前の17年12月に出生し、15カ月前の18年7月に家畜市場又は相対で子牛として取引されたとみなすことができる(図4)。


図4 乳用種・交雑種のと畜までの流れ(例)




 そこで、今後のと畜動向を検討するために、牛個体識別全国データベースから出生頭数の増減傾向を見ていく。19年度下期(19年10月〜20年3月)に22カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、22カ月前の17年12月から18年5月に出生したものとみなすと、この集団は前年同期の集団に比べ102.0%となっている。出生からと畜までの期間が22カ月と長く、途中での事故や肥育期間の延長又は短縮などもあるが、出生頭数の増減傾向はと畜頭数の増減傾向とほぼ一致すると考えられる(表5、図5)。


表5 乳用種去勢牛のと畜動向(対前年同期比)





図5 乳用種去勢牛のと畜動向(対前年同月比 3月移動平均)




 次に家畜市場での子牛取引頭数を見てみる。19年度下期に22カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、15カ月前の18年7月から12月に家畜市場で取引されたものとみなすと、この集団は前年同期の集団に比べて87.1%と大きく減少しており、他の指標とは逆の傾向を示している。ただし、去勢和牛と異なり乳用種去勢牛の子牛取引は相対が多く、家畜市場での取引割合は1割強と小さいため、全体の傾向を推測するには少々難があることに注意が必要である。

 また、牛個体識別全国データベースから月齢別の飼養頭数(19年3月31日現在)を見ると、19年度下期に22カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、前年同期の集団に比べて104.7%となっている。

 以上から、二つの指標は増加を示しているものの、一つの指標が減少を示していること、元となる乳用経産牛の飼養頭数は15年以降、減少傾向にあることから(表7)、19年度下期の乳用種去勢牛のと畜頭数は、増加に転じるものの、その増加率はわずかにとどまると見込まれる。

(2)枝肉重量、増加傾向
 乳用種去勢牛の枝肉重量は、18年度まで前年同月比で減少が続いてきたが、徐々に減少幅が縮小し、19年度に入ってから、増加に転じている。飼料価格の動向にもよるが、今後の枝肉重量に大きな変化は見込まれないと思われる(表6)。


表6 乳用種去勢牛の枝肉重量




(3)20年度は再び減少へ
 乳用種去勢牛の長期的なと畜動向を見る上で基本となる統計は、その生産の元となる乳用経産牛の頭数となる。その増減は生乳生産との関連で決定されるが、15年以降減少傾向が続いており、19年2月は前年比96.7%とさらに減少している(表7)。


表7 乳用経産牛の飼養頭数




 また、乳用牛への黒毛和種の交配状況(F1種付け率)は17年まで3割を下回っていたが、生乳の減産計画の影響等から18年から上昇に転じ、直近では33.3%となっている(表8)。つまり、交雑種子牛の生産割合は上昇、乳用種子牛は低下となる。


表8 乳用牛への黒毛和種の交配状況




 よって、他の要因に大きな変動がない限り、20年度以降の乳用種去勢牛の生産は減少傾向となり、と畜頭数も減少傾向となるものとみられる。


6 乳用種めす牛 減少傾向が継続

 乳用種めす牛の生産量は、生乳の減産のため、と畜頭数が増加したことから17年度に増加したが、18年度はと畜が一巡したことから、減少に転じ、19年度上期も減少傾向が継続している。

 19年度下期も、生乳需給に大きな変化がない限り、減少傾向が継続すると見込まれる。

 乳用種めす牛のと畜頭数は、生乳の生産動向を受けて増減する。18年1月から10月まで、一時は1割を超える増加が続いたが、その後は、と畜が一巡したことから、前年の反動もあり、逆に1割以上の減少を記録する月もあった。

 19年に入っても、前年の反動で1割程度の減少となっているが、減少幅は徐々に縮小していくと見込まれる。

 一方、枝肉重量は2〜3%の減少が続いている(表9)。


表9 乳用種めす牛のと畜頭数と枝肉重量




 以上から、19年度下期も乳用種めす牛の生産量は減少傾向のまま変わりはないものと見込まれる。


7 交雑種 増加率は縮小

 交雑種の生産量は、17年度まで減少傾向にあったが、と畜頭数と枝肉重量の増加から18年度に増加に転じ、19年度上期も増加傾向で推移している。

 19年度下期は、と畜頭数の増加が一巡するため、増加傾向は続くものの、増加率は縮小すると見込まれる。

(1)と畜頭数、19年度下期は増加率は縮小
 交雑種のと畜頭数は、17年度まで減少が続いてきたが、18年度に入って増加に転じ、19年度も同様の傾向が続いている。

 一般的に交雑種牛は、酪農経営で生産され、生後すぐに育成経営に販売され、そこで、8カ月間の育成後、家畜市場又は相対で肥育経営に販売される。肥育経営では17カ月間の肥育後、25カ月齢でと畜される。つまり、19年10月にと畜される交雑種牛は、25カ月前の17年9月に出生し、17カ月前の18年5月に家畜市場又は相対で子牛として取引されたとみなすことができる(図4)。しかし、交雑種の家畜市場での取引割合は小さいので、ここでは出生頭数に着目し、また、めすも肥育に回されるのが一般的なので、去勢とめすとは合わせて考察する。

 そこで、今後のと畜動向を検討するために、牛個体識別全国データベースから出生頭数の増減傾向を見ていく。19年度上期(19年4月〜9月)に25カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、25カ月前の17年3月から8月に出生したものとみなすと、この集団は前年同期の集団に比べ99.0%となっている。同様に19年度下期に25カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、前年同期の集団に比べ97.7%と、いずれも減少を示している(表10、図6)。


表10 交雑種のと畜動向(対前年同期比)





図6 交雑種去勢牛のと畜動向(対前年同月比 3月移動平均)




 一方、同じデータベースから月齢別の飼養頭数(19年3月31日現在)を見ると、19年度上期に25カ月齢のと畜適齢期を迎える集団は、前年同期の集団に比べて101.4%、同様に19年度下期に25月齢のと畜適齢期を迎える集団は100.3%と、こちらはいずれも増加を示している。

 二つの違う傾向を示す指標をどう読むかであるが、18年度の増加は前年度までのかなりの減少の反動による面もあり、今後、徐々に増加率は徐々に縮小し、前年をわずかに上回る水準に落ち着くと見込まれる。

(2)枝肉重量、増加傾向
 交雑種の枝肉重量は、めす、おすともに同様の傾向を示しており、17年度以降増加傾向が続いている。飼料価格の動向にもよるが、今後の枝肉重量に大きな変化は見込まれないと思われる(表11)。


表11 交雑種の枝肉重量




(3)20年度、前年並みの水準
 前述の乳用牛経産牛の頭数の減少や黒毛和種の交配状況などに基づき、他の要因に大きな変動がない限り、交雑種の生産は少なくても前年同月並みの傾向が継続するものとみられる。


8 19年度下期の牛肉生産は微増

 以上の考察を取りまとめると19年度下期の牛肉生産量は、前年同期に比べてわずかに増加すると見込まれる(表12)。なぜなら、生産量の3割を占めるめす和牛と乳用種めす牛はやや減少と見込まれるものの、7割を占める去勢和牛、乳用種去勢牛と交雑種はわずかに増加すると見込まれるからである(表12)。


表12 今後の牛肉の生産動向見込み




 20年度については、去勢和牛は増加傾向が続くものの、乳用種去勢牛はわずかながら減少に転じ、交雑種は前年度並みを見込む。めす和牛と乳用種めす牛の生産動向は、繁殖経営や酪農経営がどのような経営判断をするのかによって大きく変わるので、増減を見込むのは困難である。よって、ここでは、前年度並みと仮定すると、20年度の牛肉生産量はほぼ前年度並みではないかと思われる。

 筆者は、長年、牛肉と豚肉の国内外の需給動向を見てきたが、最近は、毎年のように需給に大きな影響を及ぼす突発的な事柄が発生しており、「先を読めない、読みにくい」状況である。

 そのような中で、国内の牛肉生産動向については、いくつかの貴重な統計が整備されている。本稿では、複数の統計を組み合わせて、過去の分析にとどまらず、今後の生産動向の推察に取り組んでみた。

 もちろん、一定の条件の下での推察であるし、もとより「当たる、当たらない」が本稿の目的でない。これを今後の需給動向分析の参考にしていただくとともに、読者各位のご意見、ご指導を賜れば幸いである。


表13 統計による牛の区分の違いの対応(概要)




 

元のページに戻る