海外駐在員レポート

EUにおける生乳クオータの拡大とその影響

ブリュッセル駐在員事務所  和田 剛、小林 奈穂美


1.はじめに

 2007年のEUにおける牛乳・乳製品の相場は、これまでの価格動向とはまったく異なる動きを示した年であった。その大きな要因としては、豪州の干ばつの影響による供給不足、中国・インドなどでの消費の増加などの需給の大きな変化が挙げられる。この結果、世界的に2007年に入り乳製品の価格が上昇を始め、夏以降急激に上昇した。生産・供給面で安定していたEUもこの国際的な価格の上昇に引きずられるように夏前から急激な価格上昇を見せた。しかし、秋以降低下を始め、2008年5月段階で、主要な乳製品の卸売価格は2007年当初の水準近くまで低下している。

 一方、牛乳・乳製品需給に関連し、政策面でも2007年に入り大きな変化があった。EUにおける酪農政策の大きな特徴である生乳クオータ制度の見直しである。これには2段階の動きがあり、前述の2007年の乳製品の需給のひっ迫、価格の高騰などを背景に、2007年秋以降の議論により導入が決定した2008年4月からの枠の2%拡大と、ヘルスチェックと呼ばれる現行政策の見直しを踏まえた2009年以降の政策変更に関する議論である。後段のヘルスチェックにおける生乳クオータ制度の見直しについては現在進行中である。

 本レポートでは、近年にない動きを示した2007年のEUの乳製品の相場動向を振り返るとともに、輸出市場の約4割のシェアを占めるEUによる生乳クオータの拡大が、域内の牛乳・乳製品の需給や国際市場にどのような影響を及ぼすのか関係者の反応も含め整理してみたい。


2.生乳クオータ拡大議論とその背景

(1)2008年4月からの生乳クオータの2%拡大

 (1) 生乳クオータ制度と最近の使用状況

 2007年以降の生乳クオータの拡大議論の流れを説明する前に、簡単にその制度について触れたい。

 EUでは1970年代から80年代前半まで、乳製品の介入価格が段階的に引き上げられたことにより生産が刺激され、いわゆる「バターの山」と呼ばれる乳製品の過剰在庫が発生した。このため、生乳生産量を制限する方策の1つとして、1984年より国別に生乳の生産枠(クオータ)を定め、この割当数量を超過した加盟国に対し課徴金を課す制度を創設した。本制度は、その後、数度の見直しを経て、2003年の共通農業政策(CAP)改革において2015年3月31日まで延長することとなった。

 2006/07年度の場合、EU全体では、1億3,685万トンのクオータであったが、加盟各国のクオータに対する生乳生産量は、EU25カ国のうち7カ国で77万4,148トン超過し、これに伴う課徴金は2億2,094万ユーロ(366億8千万円:1ユーロ=166円)となった。クオータには生産者が乳業者へ出荷する「出荷クオータ」と、生産者が消費者向けに直接販売する「直接クオータ」があり、2006/07年度の課徴金単価は、1トン超過につき285.4ユーロ(約4万7千円)となっている。

 一方、18カ国で生産量がクオータを下回り、未使用クオータの合計は約270万トンとなっている。

 なお、2007/08年度の最終的な生乳生産量や課徴金額については2008年秋に確定する予定であるが、欧州委員会の予測によれば、EU25カ国のうち8カ国で合計107万5千トン超過している模様である。一方、17カ国で生産量がクオータを下回ったが、未使用クオータの合計は約308万トンと前年より拡大する見込みである。このうち、最もクオータの未使用が多いのがイギリスで78万トン、次いでスウェーデン(40万トン)、フランス(35万トン)、ハンガリー(33万トン)、ポーランド(30万トン)で、この5カ国の合計はEU全体の未使用クオータの7割を占める見込みである。

図1 各加盟国の生乳クオータに対する生乳生産量の過不足の状況

資料:欧州委員会プレス「Levies for milk quota overruns total 221 million(IP/07/1543)」より作成

(2) EUにおける2007年の需給状況

 生乳クオータの2008年4月からの2%拡大は、その議論開始が2007年の秋以降であり、2007年の特異な牛乳・乳製品需給がその背景にあった。2007年の牛乳・乳製品需給に大きな変化がもし無ければ、このクオータの拡大は実施されなかったはずである。

図2 バターの域内価格の推移

資料:ZMP
注:オランダのブランドバター価格


図3 脱脂粉乳の域内価格の推移

資料:ZMP
注:ドイツ国内におけるスプレー式の工場出荷価格


図4 チーズの域内価格の推移

資料:ZMP
注:チェダーチーズのイギリス国内倉庫渡し価格


表1 乳・乳製品需給の推移

資料:欧州委員会「Prospects for agricultural markets in the EU 2007-2014」
注:2006年まではEU25、2007年はEU27の数値


 最近のEUにおける乳製品の相場動向を振り返ってみると、それまで横ばいないし低下傾向で推移してきた乳製品の価格が2007年に大きく上昇していることがわかる。

 バターおよび脱脂粉乳については、域内の生産者乳価の間接的な下支えのために介入買入制度があり、介入価格については2004年以降、それぞれ順次、引き下げられてきた。バターおよび脱脂粉乳の域内価格はこの介入買入価格に沿って推移してきた。しかし、脱脂粉乳は2007年の春から、バターについてもやや遅れて夏以降急騰した。チーズの価格についても、近年、安定して推移していたもののバターと同様に夏以降急騰した。

 この間、価格動向と密接な関係のある輸出補助金の動きを見ると、世界的な乳製品需給のひっ迫により乳製品の国際価格が上昇し、EU産乳製品との価格差が縮小した。その結果、脱脂粉乳の輸出補助金は2006年6月、全粉乳については2007年1月にゼロとなり、さらに6月には、バターについてそれまでの100キログラム当たり50ユーロ(8,300円)からゼロに、チーズの輸出補助金も全種類でゼロとなっている。

 一方、EU域内の生乳生産については、ほぼ一定で推移するクオータ枠の中で、安定して推移してきた。ただし、近年の乳価水準の低迷などを背景に、生産基盤の縮小が続き、この結果、クオータ枠を満たさない加盟国が増えてきた。乳製品生産については、年により増減はあるものの、需要の好調なチーズを中心として生産が拡大してきた。

 以上のような状況から、EU域内では生乳生産が伸び悩むなどの乳製品価格が上昇する下地はあったものの大きな変化がないことから、2007年のEUの乳製品の価格高騰は、世界的な乳製品の需給動向に左右された部分が大きかったと考えられる。

(3) 今後の堅調な需要を見込み、枠拡大を2%に設定

 2007年時点で規則に定められた生乳クオータの拡大は、2008年4月からの11カ国における0.5%の拡大を最後に、それ以降の予定はなかった。

 しかし、欧州委員会は2007年12月に生乳クオータを2%拡大する提案を行った。これは、欧州委員会の分析によると、今後2014年までの間に、チーズ消費を中心に生乳需要が800万トン増加すると予測しており、かつ世界的に好調な乳製品需要と相まって、2%の拡大は十分消費できるとの見込みによるものである。

 最終的には、2008年3月17日の農相理事会において2008年4月からの生乳クオータの拡大が正式に決定し、これにより、新たに284万トン分のクオータが追加されることとなった。なお、この決定は、後述の「ヘルスチェック」における、生乳クオータの2015年廃止に向けた枠拡大提案の議論の行方を予断するものではないことを強調している。

 一方、生乳クオータ拡大の議論開始時に好調であった乳製品価格も、最終的な理事会決定を行う時点では、やや落ち着き始めていた。このため、農相理事会での採決では、EUの生乳生産量第1位のドイツは、生乳価格が2007年夏をピークにその後大きく低下しているとし、今後の更なる生乳生産の増加が、生乳などの価格の下落を引き起こすとして反対した。また、オーストリアは、生乳生産増加が山岳地域などの条件不利地域の酪農に悪影響を及ぼすとして反対、生乳生産量第2位のフランスもこれに同調し棄権した。

 このように、一部で枠拡大を懸念する声があったものの、2003年のCAP改革以降2007年まで見られた乳製品需要の伸びが今後も見込まれるとして、2008年4月からの枠拡大に踏み切ったのである。

(2)ヘルスチェック(2003年CAP改革の中間見直し)

 「ヘルスチェック」とは、2003年の改革を経て実施している現行のCAPの政策手段を評価・検証し、2009年以降の政策実施に向けて必要な調整を行うものである。

 CAP制度の「直接支払制度」、「市場政策」、「農村開発制度」の見直しのうち、生乳クオータ制度の見直しについては、近年ひっ迫する穀物需給の緩和に資する休耕義務の廃止などと併せて、市場政策の見直しの大きな目玉となっている。

 ヘルスチェックの議論の動きとしては、これまでのところ

・欧州委員会による見直しの方向の提示(2007年11月20日)
・農相理事会や関係者などの意見を踏まえた具体的な見直し方向(規則案)の提示(2008年5月20日)

 がされており、2009年からの必要な変更施策の実施に向け、本年中の合意を目指すこととなる。

(1) 欧州委員会によるヘルスチェックにおける見直し方向の提示(2007年11月)

 欧州委員会フィッシャー・ボエル委員(農業・農村開発担当)は、2007年に入り、ヘルスチェックにおける生乳クオータ制度の見直しに関連して、各種講演で、クオータ制度の2015年4月以降の延長は行わないこと、そしてそれに向けてのソフトランディング(軟着陸)の策の検討を示唆してきた。2007年11月に公表された見直しの方向においては、それまでの発言を踏襲した内容となった。

 ヘルスチェックにおける生乳クオータ制度見直しにおける検討の方向としては、ソフトランディング策として「生乳クオータ枠の緩やかな拡大」が適切とし、「その適切な水準」について分析に基づき提案をすることとなった。したがって、生乳クオータ制度見直しの検討の焦点は、

・いつから、
・何年間拡大し、
・その拡大の水準を何%とするか、

となった。

 なお、生乳クオータ制度の廃止に伴い、特定の地域(特に山岳地域)において最低水準の生産の維持すら困難となる可能性があることから、ソフトランディング策とは別の解決策を併せて検討することとした。 

(2) 欧州委員会によるヘルスチェックの具体的な見直し方向(規則案)の提示(2008年5月)

 欧州委員会は2008年5月20日、ヘルスチェックによるCAPの具体的な見直し案を公表した。この提案は、2007年11月に提示された見直しの方向を基に、加盟国や利害関係者などの議論を踏まえ、具体的な規則案として提示したものである。この提案については、5月25日の非公式農相理事会で議論が開始され、11月または12月の農相理事会での合意を目指すこととなる。

 この中で、生乳クオータの具体的な見直し方向が提示され、

・いつから → 2009年4月から
・何年間拡大し → 2014年3月までの5年間
・その拡大の水準を何%とするか → 毎年1%

 が提示された。

 なお、この背景には、中期的に、

・域内においては、チーズなどの高付加価値商品の需要の増加が続き、
・域外においても、経済成長や人口増加により乳製品の需要の増加が続く

と見込まれることがある。

 なお、欧州委員会は2011年6月30日までに、生乳クオータ制度の円滑な廃止に向け、さらなる生乳クオータの拡大率の引き上げや、生乳クオータ制度における課徴金の引き下げなどの可能性の検討も含めた報告書を作成し、欧州議会および農相理事会に提出することとされた。

 このことは、早ければ2012年4月より、ヘルスチェックにより見直される生乳クオータの拡大率や、今回の検討の対象とはならなかった課徴金の引き下げが実行される可能性があることを意味する。

 以上の生乳クオータ拡大議論の流れを整理すると以下の図のようになる。


図5 政策見直しに伴うクオータ数量の拡大

資料:ブリュッセル駐在員事務所作成


3.ヘルスチェックにおける生乳クオータ拡大議論に対する関係者の反応

 生乳クオータ拡大議論については、現時点の欧州委員会の提案「5年間、毎年1%拡大」に関し、関係者はどのような反応を見せているか。加盟国レベル、乳業団体、生産者の反応を紹介する。おおむね、牛乳・乳製品の好調な需要を背景に、生乳クオータの拡大には賛成意見が多いが、その実施のために必要な対策、例えば山岳地域などの生産性の低い地域対策を求める声もある。

(1)加盟国レベル

(1) 賛成派

 多くの加盟国が、生乳クオータの拡大に賛成しており、特にイタリア、スペイン、デンマーク、オランダ、アイルランド、ポーランド、スウェーデン、イギリスなどを中心に欧州委員会の提案以上の拡大率を要求している。生乳クオータの廃止により生乳生産の増加率が最も多くなると予想されるオランダの場合、5年間の毎年の拡大率として2〜3%を要求している。いずれの加盟国も、今後も伸びると予想される自国内での乳製品需要を満たすための意見である。

(2) 反対派、慎重派

 多くの加盟国が生乳クオータの増加に賛成する中、フランス、ドイツ、ポルトガルは拡大に反対している。これらは少数意見ではあるが、ドイツは域内における生産量が第1位、フランスは第2位であり、その意見には一定の重みがある。なお、この反対意見は、生産性の低い地域の保護を念頭においたものとなっている。

(3) その他の意見

 オーストリア、ポルトガル、ベルギー、ハンガリーは、生乳クオータの拡大議論とは別に、生乳クオータ制度を2015年で廃止すること自体に反対している。2015年以降も同制度を延長するには、欧州委員会による提案と、農相理事会による特定多数決での承認が必要となるが、フィシャー・ボエル委員自体に提案の意志がなく、2015年での同制度の廃止はほぼ既定路線となっている。

(2)乳業団体

 乳業メーカーなどを会員とする乳業団体である欧州乳業協会(EDA)は、生乳クオータ制度を廃止し、それに向けたソフトランディングの策として生乳クオータを拡大すること自体には反対はしていない。しかしながら、2011年6月末までに欧州委員会の情勢分析の報告により、その後の政策の必要な見直しを行うとする点について、生乳クオータ制度廃止そのものを見直す可能性につながりかねず、廃止を前提としたさまざまな準備・対応ができないとして、政策の不確実性を批判している。

 一方、乳製品の輸出などに関係する乳業メーカーなどを会員とする欧州乳製品輸出入・販売業者連合(EUCOLAIT)は、生乳クオータ制度の廃止と、それに向けたソフトランディングの策として生乳クオータを拡大することを評価するとともに、2011年の情勢分析の報告により、その後の政策の必要な見直しを行うことについても評価している。

 両団体には共通する会員も多いことから、生乳・乳製品の安定的な生産という観点からは、EDAが表明する、生乳の確保や乳製品の生産体制について中・長期的視点から現時点の見直しの方向では投資などにリスクがあると判断する一方、乳製品の輸出という観点からは、EUCOLAITが表明するように、生乳クオータの廃止が、乳製品の生産増加や国際市場における競争力の強化が図れると判断していると考えられる。

(3)生産者

 生乳クオータの拡大に関する生産者の反応は、現在の経営状況や今後の計画・意向によるところが大きい。
 
 ベルギーとオランダでそれぞれ生乳クオータ拡大に関する意見を聞く機会があったが、現時点では現状維持との意見もあれば、増頭や生乳クオータの購入による積極的な規模拡大の意見もあり、生産者により様々であった。

 なお、一般的には、生乳クオータ拡大に伴い生乳生産量を増加させる場合には、搾乳牛頭数の増加が考えられるが、自家生産による搾乳牛確保は時間を要することから、早急な対応は難しい。このため、一般的な対応として考えられるのが、給与飼料の変更による乳量の引き上げや搾乳牛の更新期間の延長による生産量の増加である。ドイツの乳業メーカーは後者の実施の可能性を指摘しており、この場合、一時的な廃用牛の減少により、牛肉生産の減少や牛肉価格の上昇という影響が考えられる。


4.生乳クオータ拡大が牛乳・乳製品需給へ及ぼす影響

(1)ソフトランディング策による移行期間(2008年から2015年まで)の影響

 欧州委員会は2008年4月1日、経済研究機関に委託して実施した「生乳クオータ制度の廃止による牛乳・乳製品の需給への影響に関する分析結果」を公表した。

 本分析では廃止に向けた政策手法として、生乳クオータを徐々に拡大する2つのソフトランディング策((1)、(2))と、ある時点での生乳クオータ廃止まで現行制度を維持する2つのハードランディング策((3)、(4))の4つの方策を想定し、その影響を分析している。

(1) 2009年から2014年まで、生乳クオータを「年1%拡大」
(2) 2009年から2014年まで、生乳クオータを「年2%拡大」
(3) 2009年に生乳クオータ制度を廃止
(4) 2014年まで現行制度を維持し、2015年に生乳クオータ制度を廃止

 なお、前述のとおり、欧州委員会がヘルスチェックにおける生乳クオータの見直し案として2008年5月に「年1%拡大」のソフトランディング策を提示したところであり、本章では、分析に用いた2つのソフトランディング策が移行期間の牛乳・乳製品需給に及ぼす影響を紹介する。

 この分析で注意が必要なことは2008年4月からの生乳クオータ2%拡大は考慮されていないことである。しかし、本分析からは、毎年一定割合で生乳クオータが拡大することによる牛乳・乳製品需給への影響の傾向がわかる。

(2)生乳生産・価格に及ぼす影響

 生乳クオータを2009年から2014年まで「年1%拡大」する場合と「年2%拡大」する場合、2008年の生乳生産量を100として、2014年の生産量はそれぞれ103.9と104.9となる。年率に直すと、それぞれ0.7%と0.8%であり、生乳クオータの拡大率が2倍になっても生産量は大きく増加しないことがわかる。ただし、生乳クオータを廃止する2015年の前年との増減率の差はそれぞれ1.3%増、0.6%増となり、廃止時の需給に及ぼす影響は「年2%拡大」の方が小さいことがわかる。

 生乳価格については、「年1%拡大」と「年2%拡大」を比較すると、2008年の生乳価格を100として、2014年の価格はそれぞれ99.3と97.0となる。年1%拡大では、2014年までほぼ価格の変化が無く推移するのに対し、年2%拡大では、枠拡大初年度の2009年に97.0に低下するもののその後は横ばいで推移する。生乳クオータを廃止する2015年の前年との増減率の差はそれぞれ2.6%減、0.7%減となり、廃止時の価格に及ぼす影響は「年2%拡大」の方が小さいことがわかる。

ソフトランディング策による生乳生産量、生乳価格の見通し
(以下、本章で紹介する図6〜19および表2はいずれもInstitut d'Economie Industrielle “Economic analysis of the effects of the expiry of the EU milk quota system”より作成)


図6 年1%拡大の場合


図7 年2%拡大の場合


表2 ソフトランディング策による生乳生産量、生乳価格への影響の比較

(3)乳製品の需給・価格への影響

 主要乳製品のバター、脱脂粉乳、チーズについて、生乳クオータ拡大が需給に及ぼす影響を整理すると以下のとおりとなる。

 生乳クオータの拡大はいずれの乳製品においても生産量増加につながるが、その影響はチーズに比べてバターや脱脂粉乳の方が大きい。生乳クオータ拡大に伴う生乳生産の増加は、今後とも需要の伸びが予想されるチーズよりも、需要が伸び悩むバターや脱脂粉乳の生産を刺激し、輸出量が大きく増加する結果となる。EUは現在、世界の乳製品の輸出市場においてバター、チーズの約4割、脱脂粉乳の約4分の1を占める主要輸出地域であり、さらなる輸出量の増加は輸出市場における乳製品価格の低下に大きく寄与することとなる。

(1) バター

 2009年から2014年まで生乳クオータを「年1%拡大」する場合と「年2%拡大」する場合、生乳クオータが今後一定で推移した場合に予想される数値を100として比較すると、バター生産量はいずれも大きく増加し、2014年ではそれぞれ107.2と109.2となる。なお、この間、需要量はほぼ横ばいで推移することから輸出量が大幅に増加し、2014年にはそれぞれ186.1と216.7となる。これにより国際価格はそれぞれ90.3と86.6となり、生乳クオータの拡大が、バターの国際価格を約1割引き下げることとなる。


ソフトランディング策によるバター需給の見通し
(2009〜2014年の間の現状施策(クオータ数量一定)を実施した場合からの変化率)


図8 バター生産量


図9 バター消費量


図10 バター輸出量


図11 バター国際価格


(2) 脱脂粉乳

 2009年から2014年まで生乳クオータを「年1%拡大」する場合と「年2%拡大」する場合、生乳クオータが今後一定で推移した場合に予想される数値を100として比較すると、脱脂粉乳生産量はいずれもバターと同様に大きく増加し、2014年にはそれぞれ117.6と120.7となる。なお、この間、需要量も増加するものの生産量の増加率を下回ることから輸出量が大幅に増加し、2014年にはそれぞれ169.1と177.8となる。これにより国際価格はそれぞれ94.5と93.8まで下がる。


ソフトランディング策による脱脂粉乳需給の見通し
(2009〜2014年の間の現状施策(クオータ数量一定)を実施した場合からの変化率)


図12 脱脂粉乳生産量


図13 脱脂粉乳消費量


図14 脱脂粉乳輸出量


図15 脱脂粉乳国際価格


(3) チーズ

 2009年から2014年まで生乳クオータを「年1%拡大」する場合と「年2%拡大」する場合、生乳クオータが今後一定で推移した場合に予想される数値を100として比較すると、チーズ生産量はわずかに増加し、2014年ではそれぞれ101.2と101.5となる。この間、需要量の伸びは生産量の伸びより低い増加率にとどまることから輸出量が増加し、2014年にはそれぞれ109.7と111.4となる。これにより国際価格(チェダーやゴーダなどのセミハードチーズの場合)はそれぞれ94.9と93.7まで下がる。


ソフトランディング策によるチーズ需給の見通し
(2009〜2014年の間の現状施策(クオータ数量一定)を実施した場合からの変化率)


図16 チーズ生産量


図17 チーズ消費量


図18 チーズ輸出量


図19 チーズ国際価格


5.おわりに

 経済協力開発機構(OECD)と国連食糧農業機関(FAO)が本年5月29日に公表したOECD-FAO農業アウトルック(Agricultural Outlook 2008-2017)によると、今後10年間に向けて、乳製品を含む農産物価格は、このところの記録的な価格水準から脱するものの、直近10年間の平均を上回る価格水準で推移するとの見方が示されている。

 このような中、EUはヘルスチェックによる政策見直しにより、牛乳・乳製品分野に関しては、約30年続いた生乳クオータ制度の廃止という大きな政策転換を行い、2015年には生乳生産の完全な自由競争を目指す。2015年の生乳クオータ制度廃止に向けた2009年以降の生乳クオータの更なる拡大についての詳細は今後の議論により決定されるが、仮に、欧州委員会が現在提案している5年間、毎年1%拡大が採用され、実行されるとすれば、不確定要素などがあるものの、EUの生乳・乳製品の生産量は間違いなく増加し、価格は低下すると予想される。EUの輸出の観点から見ても、乳製品の輸出量の増加、輸出市場における価格の低下が期待される。

 世界的な乳製品需給の安定という観点からは、EUの取り組みは望ましいものとなるはずであるが、一方では、生乳・乳製品の移送が比較的簡単な域内においては、その結果、より生産性の高い加盟国や地域に生乳生産が集中し、生産性の低い地域では生乳生産が減少するなどの問題も想定される。また、今後の飼料価格や原油価格の動向など生産要素に関する不確定要素も多い。

 EUの新たな取り組みが、域内および世界の牛乳・乳製品需給の安定につながるのか、その成否に注視していきたい。

[参考資料]
ZMP:ZMP-Datenservice Mai 2008
欧州委員会ホームページ
:欧州委員会プレス「Levies for milk quota overruns total 221 million(IP/07/1543)」
:Prospects for Agricultural markets in the EU 207-2014
:Preparing for the “Health Check” of the CAP reform(20.11.2007COM(2007)722final)
:Market Outlook for the Dairy Sector(12.12.2007COM(2007)final)
:Institut d'Economie Industrielle“Economic analysis of the effects of the expiry of the EU milk quota system”
EDA :The Dairy Telegragh No243
農畜産業振興機構海外トピックス「 − OECD-FAO報告 −価格は高止まり、今後10年で小麦、トウモロコシは4割〜6割の上昇」

 

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