1.はじめに
マレーシアの家きん肉の自給率は約125%であり、関連製品の総輸出額が約4億2千3百万リンギ(約14億円:1リンギ=33円)に達する輸出産業となっている。かつては日本にも輸出されていたが、高病原性鳥インフルエンザ(AI)の発生により、現在は輸出が停止されている。また、国内的には鶏肉は価格統制品目であり、上限価格が設定されているため、生産コストの上昇により生産者の経営が圧迫されている。こうしたことから、マレーシアでは、鶏肉の輸出促進を図っている。
一方、イスラム教が国教であるマレーシアは、ハラル(イスラム法に適合していること)産業の国際的な中心(ハラルハブ)となることを国策としており、各種のハラル産業振興策を採っている。
この中核イベントとして、5月7日から12日にかけて首都クアラルンプールで第5回国際ハラル展示会が開催された。これに併せて行われた対日家きん肉製品輸出セミナーについてレポートする。
2.マレーシアの家きん産業について
マレーシアは、イスラム国という宗教的背景もあり、2006年の畜産物の総産出額約83億リンギ(約2,739億円)のうち約56%の約46億リンギ(約1,518億円)を家きん肉が占めている(図1)。
図1 マレーシアの畜産物の農家産出額(2006年)
資料:農業・農業関連産業省 獣医サービス局
注:予測値
生産量は増加傾向で推移しており、2006年には約100万トンとなっている(図2)。国民1人当たり消費量も増加傾向で推移しており、2006年には年間約31キログラムと、他の食肉に比べて多く消費されている(表)。
図2 マレーシアの家きん肉生産量の推移
資料:農業・農業関連産業省 獣医サービス局
注:2005年、2006年は予測値
一方、鶏肉は政府の価格統制品目であり、上限価格は農家出荷価格、小売価格がそれぞれキログラム当たり4.0リンギ(約132円)、同6.0リンギ(約198円)と定められている。なお、この上限価格について、生産者団体であるマレーシア畜産農家協会連合(FLFAM)は、飼料価格などの上昇により生産コストはキログラム当たり約4.63リンギ(約153円)に達しているとして、政府に対して上限価格の撤廃を申し入れている。また、国営ベルナマ通信によれば、国内取引・消費者行政大臣は6月3日、輸出を促進するため、年内に鶏肉に係る上限価格の撤廃を検討していると発言しており、今後の動向が注目される。
表 マレーシアの国民1人当たり畜産物消費量
資料:農業・農業関連産業省 獣医サービス局
注1:マレーシアはイスラム教が国教だが、人口の約4割は非ムスリムのため、豚肉も消費されている。
注2:2005年、2006年は予測値
3.ハラルハブを目指すマレーシア
「ハラル」とは「イスラム法にのっとって処理された」という意味であり、その対象は食品にとどまらず、包装機械や化粧品、投資や保険などの金融まで幅広く及んでいる。
マレーシアは非食品分野を含むハラル産業の貿易規模は2010年には世界全体で1.2兆ドル(約128兆円:1ドル=107円)まで成長すると見込んでおり、中期国家経済開発計画である第9次マレーシアプランや第3次産業基本計画などにおいて、ハラル事業の振興を重点分野として位置付け、ハラル食品の生産やロゴの承認などハラル事業の育成を図るとともに国際的なハラルハブとなることを国策としている。
この中核イベントとして、5月7日から12日にかけて、首都クアラルンプールで、国際通商産業省、マレーシア貿易開発公社(MATRADE、マレーシア製品・サービスの輸出促進事業を行う国際通商産業省の外郭団体)の主催により、世界20カ国以上500社以上が出展する第5回国際ハラル展示会(MIHAS 2008)が開催された。この併設イベントとして開催された商談会には、日本からの7社を含む57カ国から500人以上のバイヤーが参加し、合計約6千万ドル(約64億2千万円)の成約を記録した。
4.対日家きん肉製品輸出セミナーについて
MIHAS 2008の併設イベントの一つとして、MATRADEと農業・農業関連産業省獣医サービス局(DVS)の共催で5月9日、対日家きん肉製品輸出セミナーが開催された。講師として、(1)
Datoユ Dr. Mohamad Azmie bin Zakaria DVSバイオセキュリティ・SPS管理課長がマレーシアの家きん産業について、(2)日本食肉輸出入協会 藤原宣正 副会長が日本の家きん産業について、(3)在マレーシア日本大使館 日下部浩 二等書記官が鶏肉、鶏肉調製品に係る日本の動物検疫制度について、20名を超える参加者に講演を行った。
(1)では、(@)マレーシアでは直近では2007年6月5日にAIの発生が確認されたが、早期のとう汰と防疫措置によりその後発生はなく、同9月10日に清浄化宣言を行ったこと(※)、(A)マレーシアの防疫体制、(B)ハラル基準や農場、処理場に対する衛生管理基準の認定、(C)223農場がウィンドレス鶏舎を採用していること、()D2006年には世界18カ国に家きん肉・調製品を輸出しており、その総額は約4億2千3百万リンギ(約14億円)に達すること―などが紹介され、特にマレーシアの鶏肉の価格優位性と安全性について重点が置かれていた。
(2)では、(@)日本の鶏肉産業の概要、(A)日本の消費者のニーズ、特に食品の安全・安心に関心が高いこと─などが紹介された。また、日本への鶏肉・鶏肉調製品の輸出に当たっては、マレーシアでは丸どりでの取引が中心であるため30日間程度の飼育期間で1.8キログラム程度で出荷するが、日本では55日程度で3.3キログラム程度まで飼育して出荷することを例に挙げ、ニーズに適合した商品開発が重要であることが伝えられた。最後に、何よりもまず輸出再開のために家畜衛生条件を締結することが必要であることが強調された。
(3)では、(@)日本の家畜防疫体制、(A)日本でのAI発生状況、(B)海外でのAIの発生に伴う日本の輸入停止措置状況、(C)輸入再開に向けての手続き―などが紹介された。特に、日本は2004年8月のマレーシアでのAIの発生以降、同年8月5日付けでマレーシアからの家きん肉・調製品の輸入を停止しており、輸入再開のためには、マレーシアが清浄化宣言をしたとはいえ、引き続き両国動物衛生部局間の交渉が必要であることが確認された。
今回のセミナーの参加者には日本からのバイヤーはおらず、現地の関係者ばかりであった。このため、引き続き行われた質疑応答では、メキシコや米国はなぜ州単位の輸出停止措置なのか、輸入再開までどのくらいかかるか、といった輸入停止措置に関する質問に終始し、具体的なニーズやビジネスの質問までは至らなかった。
セミナーの様子(講師(1))
(※)現在OIE(国際獣疫事務局)で公式なステータスの認定を行っているのは口蹄疫、BSEなど4疾病であり、AIや豚コレラなどその他の疾病はOIEコードに照らし、各国が判断(宣言)することとなっている。
5.ハラル認定食鶏処理場現地視察について
翌日、セミナーの一環として、ハラル認定食鶏処理場であるLay Hong Poultry Processing Plant の現地視察が行われた。本処理場は、ブロイラー、採卵鶏のインテグレーターで、有機肥料や液卵も手掛ける
Lay Hong Berhad グループ傘下の食鶏処理場である。6万羽/日の処理能力があり、通常は一日2万5千〜3万羽処理している。生産農場は工場から約15キロメートル離れている。丸どりのほかに部分肉への分割、脱骨加工や、ソーセージやフライドチキンなどの調製品製造もしており、NutriPlusの商標でマレーシア全土に出荷している。ハラル認定は、品目別に原材料がハラルである確認が必要なため、食鶏処理のほかに、フライドチキンやソーセージといった品目別に別途受けている。現在は国内向け出荷のみだが、輸出も視野に入れており、豪州やニュージーランドのハラル認定を受けることも考えているとのことである。
ハラル認定のほかにも、HACCP認定やISO9001(品質マネジメントシステム)も取得している。
残念ながら写真撮影は認められなかったが、処理ラインには、衛生監視員のほかに、認定機関の承認を受けたハラル監視員が、ハラル要件に沿って適切に処理されているかを監視している。ハラル要件の例としては、(1)と鳥の瞬間まで鶏が生きているか(と鳥前に死亡した家畜はノンハラル)、(2)電気スタニングがなされていないか(家きんには電気スタニングは認められていない)、(3)認定機関に認定されたと鳥者によってきちんとと鳥されているか(マレーシアでは、と鳥者はマレーシア国民でなければならない。また、神の名を念じながら、決められた方法でと鳥しなければならない)、(4)血液で汚染されていないか(血液はノンハラル)―などが挙げられる。
ハラル認定証(食鶏処理)
NutriPlus 製品のパンフレット
6.おわりに
ハラル認定は製品がイスラム法にのっとって製造されているあかしであり、日本向け輸出には必ずしも必要ではない。しかしながら、イスラム教徒にとっては、どんなに衛生的に処理、製造された食品であっても、ハラル認定されていなければ口にすることもできない。マレーシアは、世界の人口の約2割を占めるともいわれているイスラム教世界をターゲットにハラル産業の振興を図っており、MIHAS 2008のホームページ(www.halal.com.my)には、「ハラルは製品が安全で、清潔な環境で健全に製造されたことを示すものであり、次世代の品質の標準規格である」ともうたわれている。
マレーシア鶏肉の日本向け輸出の再開には家畜衛生条件の合意が大前提であり、また安定的輸出のためには日本のニーズに合った製品を作ることが不可欠である。そういったこれまで慣れ親しんだ「科学的」、「経済的」な視点とは別な視点の規格が世界には存在すること、その規格を満たさなければ日本が推進している中東をはじめとするイスラム圏への畜産物の輸出もできないということを改めて認識されられた。
最後に、MIHAS 2008の取材にご協力いただいたMATRADE 東京事務所 北浦尚彦 所長補佐、セミナーで講師を務められた日本食肉輸出入協会 藤原宣正 副会長、在マレーシア日本大使館 日下部浩 二等書記官に、この場を借りて厚く御礼を申し上げる。
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