ブリュッセル駐在員事務所 小林 奈穂美、前間 聡
はじめにヨーロッパでは古くから家畜の内臓肉は食卓に上がっている。右にある絵は、イタリアで13〜15世紀に描かれたものであるが、舌や牛の頭、腸などを運ぶ姿が描かれており、内臓肉が当時、身近な食材の一つであったことがうかがえる。なかでも、フランスの内臓肉消費量は多く、それは伝統的な家庭料理に内臓肉を利用した料理が数多くあることからもわかる。このように身近な食材として親しまれてきた内臓肉も、1990年代に英国でのBSE発生をきっかけに、消費量が大きく落ち込んだ。この落ち込みはその後回復基調になったものの、若い世代の内臓肉離れなどから90年代前半ほどの消費量にまでは回復せず、内臓肉料理は年配の食べ物というイメージが強くなっていった。このため、フランスでは、牛のトレーサビリティシステムの確立などにより安全・安心な内臓肉を提供するほか、内臓肉卸売業者によるPR活動などにより内臓肉のイメージアップを図り、消費回復に取り組んでいる。今回、パリ近郊にあるランジス中央市場内のフランス内臓肉組合を訪問し、フランスの内臓肉事情をうかがう機会を得たので、同組合の活動を中心に内臓肉の消費回復活動などを紹介したい。 フランス内臓肉組合所有 フランスの内臓肉消費量フランスでは、1990年代の英国で発生したBSEの影響により、1989年には27万トンあった内臓肉消費量は年々減少し、96年には牛由来の内臓肉消費量が前年比18.4%減と大幅に減少したことから、内臓肉全体でも前年比7.3%減の22万8千トンとなり、さらに97年には21万9千トンまで落ち込んだ。98年以降は回復傾向となり、95年以前の消費量まで戻った。しかし、フランス国内でそれまでもBSE陽性牛は若干数確認されていたが、2000年に162頭(前年比422.6%増)と急増したことに伴う牛由来の内臓肉の安全性への不安の高まりから内臓肉消費量は再び落ち込み、併せて豚由来の内臓肉の消費量も大きく落ち込んだことから、96、97年の落ち込みよりもさらに下回り、2002、03年は19万トン台となった。2003年まで3ケタ台であったBSE陽性牛の頭数も2004年以降大幅に減少し、これに伴い内臓肉消費量も回復した。しかしながら、視覚的な面などから若い世代を中心に内臓肉離れが進み、2006年は22万9千トンなっている。
図1 フランスの内臓肉消費量とBSE陽性牛の頭数の推移
図2 畜種別内臓肉消費量 フランスの牛のトレーサビリティ制度欧州では、BSE発生を受け、牛のトレーサビリティシステムの整備が進み、さらに欧州委員会によりEU規則178/2002が規定され、食品すべてにトレーサビリティが義務付けられている。フランスの牛のトレーサビリティシステムもEU規則に基づいて実施されており、国家機関である「de l' Elevage」がその管理監督を行っている。 このシステムの一連の流れを見ると、生産農家では、子牛が生まれてから48時間以内に両耳に10ケタから成る個体識別番号が印字された耳標装着が義務付けられている。その後、各県の登録機関(Etablisement Department d' Elevage:EDE)へ、個体識別番号、出生日、性別、その両親の情報および品種を届けなければならない。EDEではそのデータを国のデータベースに登録、牛パスポートの発行を行う。発行された牛パスポートには、個体識別番号のほか、移送履歴の記載や衛生証明書が添付される。 出荷の際は、と畜場に必ずこの牛パスポートを提示することとなっており、ここで、個体識別番号に対応したと畜番号が与えられる。と畜後、枝肉はと畜番号で管理、卸売業者などに納品される。また、食肉加工場などで処理された部分肉や内臓肉は、畜種やと畜日などの区分ごとに仕分けられた後、同じ部位ごとに3頭分単位で取りまとめられ、ロット番号が付けられる。小売店やレストランなどに納品される際は、このロット番号が添付されることとなっており、生産からと畜、加工、小売り段階まで、トレースすることが可能となっている。また、食肉業界で構成される全国家畜・食肉事業者組合(Association Nationale Interprofessionelle du Béail et des Viandes:INTERBEV)が中心となり食肉関係業者間で協力し、共通した書類の整備を行い、トレーサビリティシステムの円滑な実施を図り、さらにこの制度を強固なものにしている。 今回訪問したランジス中央市場で取り扱っている内臓肉も、安全・安心な製品の提供のため、この牛のトレーサビリティシステムを活用している。 フランスの牛のトレーサビリティ制度の流れ 牛パスポート(表) 牛パスポート(裏) フランス内臓肉組合の消費回復活動今回訪問したフランス内臓肉組合(de la Confédération Nationale de la triperie Franaçise)があるランジス中央市場は、パリ郊外のオルリー空港近くに位置し、広さが232ヘクタールあり、野菜、果物、肉、魚、ハム、乳製品などの食品のほか、ワインや切り花も取り扱う大規模な市場である。食品の取扱数量は年間150万トンで、大都市パリの食材のうち、食肉は35%、野菜、果物は45%、魚介類については半分を取り扱っており、パリの台所となっている。訪問当日は午前6時集合であったが、 既に市場内の取引はほぼ終了、ひと段落している時間帯であった。 Gérard CATHELIN会長 説明用に特別に用意された解体前の内臓肉 今回、同組合のGérard CATHELIN会長にフランスの内臓肉事情や同組合の活動について話をうかがった。CATHELIN会長は、同市場内で内臓肉卸売業を営んでいるが、現在は第一線を退き、同組合の代表として活躍している。 同組合は1942年に設立、ランジス中央市場内に所在し、現在は市場内にある内臓肉卸売業者(12社)すべてが会員となっている。ここでは、フランスの消費量の約半分を取り扱っている。同組合は、BSE発生以前は、業者の規模が大小さまざまだったことから市場内の内臓肉卸売業者すべてが会員ではなかった。しかし、BSE発生による影響から内臓肉の消費が大きく低迷し、内臓肉業界は大きな打撃を受けたことから、規模の大小にかかわらず結束を固めて、これに取り組むべきと、全業者が会員となり、活動を活発化した。特に消費回復を図るための活動はさかんとなっている。 主な消費回復活動 内臓肉の部位が描かれているルービックキューブやヨーヨー 内臓肉料理のレシピを紹介したリーフレット 2 視覚効果を考慮した商品提供 PR活動のほか、販売形態にも一工夫している。卸売市場では、当然のことながら内臓肉そのものを販売しているが、視覚的な面が若い世代の内臓肉離れの要因の一つとして挙げられることから、内臓肉そのものの形がわからなくなるよう細かく刻むなどの調理をした商品を市場内でも販売するようにした。市場には内臓肉のほかに調理された商品も多く陳列されていた。「リヨン風子牛の足のサラダ」や「豚タンのビネガー漬け」などは、言われるまでその材料が内臓肉であることに気が付かないほどである。 これらの商品開発については、昔から伝わる家庭料理をベースに調理されており、特に新しいレシピの開発の必要はなかったとのことである。 内臓肉本来の形をわからなくしたことによる効果と併せて、小売店やレストランなどでは既に調理された商品を市場で購入できるようになり一手間省けたことから、利用頻度が上がるという相乗効果もあり、売れ行きも上々、内臓肉料理を目にする機会も増え、若い世代の消費も増えているという。 豚タンのビネガー漬け リヨン風子牛の足のサラダ 3 ソフトなイメージに 内臓肉の名称は体の名前をそのまま使用しているが、これらが動物そのものを連想させることもあり、特にその影響の強い商品のイメージアップのためソフトな言葉を使う試みをしている。例えば「睾丸」を「白い腎臓」とし、すぐにそれが何か連想できないようなにしており、これは料理名などに使われる。 これらの活動は、すべて組合の負担で行っており、政府の支援は受けていないとのことである。 さらにもっと多くの人に内臓肉を知ってもらおうと、6月12日より同組合のウェブサイトを開設した。 おわりに
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