2008年、原油や穀物・油糧種子などの国際価格は乱高下した。9月半ばの米国証券大手リーマン・ブラザーズの経営破たん以降、世界の金融危機とその実体経済への波及につれて、同年2月〜7月の間に史上最高を更新し続けたほとんどのモノ、サービスの国際価格は、わずか3〜4カ月でピークの2分の1、3分の1などの水準にまで下落した。
乳製品の国際相場は、2006年末から2007年後半に空前の高騰をした後、需要を牽引してきた新興国の急速な景気の悪化などを背景に、2008年9月以降大きく下落している。 2009年は世界の主要国で生乳生産が増加し、乳製品の生産増が予測されるものの、短期間での価格高騰や景気悪化による輸入国の需要減退に加え、中国のメラミン問題も影を落としており、主要国からの輸出は伸び悩み、乳製品の価格は弱含みに推移するとみられている。 FAOやUSDA(米国農務省)などの直近の見通しを参考に、2008年〜09年の乳製品の国際需給を概観する。 ○1年で急騰した乳製品国際相場、2008年は下げ2009年1月初旬現在の乳製品をめぐる需給や価格情勢は、1年前とかなり様相を異にしている。 2007年の乳製品国際相場は、主要品目の価格が1年足らずの間に2倍超の水準に達し、小麦、トウモロコシ、大豆などの上昇率をも凌ぐものであった。その結果、各種飲料、パン、菓子類など粉乳、バター、チーズを原料として用いる業界に大きな影響を及ぼしたばかりでなく、脱脂粉乳、ホエイなどを飼料用たん白源として利用してきた飼料業界、畜産業界にも深刻な影響を与えた。 その後2008年に至り、乳製品価格はピークからやや下げたものの、依然として高水準を維持していた。こうした急激なコスト高と同年9月以降の金融危機、景気悪化による購買力の低下などから乳製品需要の伸びは急速に鈍化し、短期間での国際価格下落につながっているものとみられる。 FAOの食料観測による乳製品国際指標価格(オセアニアポートでの全粉乳、バター、脱脂粉乳、チェダーチーズのF.0.B.価格から算出)では、1998年−2000年の平均値を100とすれば、2006年平均が138であったのに対して、2007年平均では247、2008年1〜9月平均が275と上昇し続け、2007年11月の302をピークに価格は下落しているものの、2008年7月までは高止まり、8月から再び下げ局面に転じたが9月時点でもまだ急騰前の水準には戻っていなかった。 しかし、脱脂粉乳に見られるように、7月以降、需要の伸び悩みによるEU域内在庫の増加や米ドル高(08年7月1.57米ドル/ユーロ→同年11月1.27米ドル/ユーロ)などにより、ドルベースでの取引価格は急落している。〔USDAによる主要乳製品のオセアニアおよび西欧のF.O.B.PORT価格参照〕
○乳製品需給構造の特徴:極端に低い貿易比率と輸出可能国の偏在
こうした構造的特徴を持つため、供給側または需要側の1国に何かの「異変」が起きた場合、増幅して伝わりやすい。供給側の例として、オーストラリアでの2年続きの大干ばつによる生乳生産減があげられる。ロシアに次ぐチーズ輸入国のわが国は、プロセスチーズなどの原料の多くをオーストラリアに負うており、原料手当てとコスト上昇により大きな影響を受けた。また、輸出可能国が限られていることは、主要輸出国、企業の「戦略」にも左右されやすい。 2007年には、代替供給国となり得る国々が、自国内での牛乳乳製品の供給確保や価格安定のため、輸出を規制する政策を導入した。(例:アルゼンチンの輸出税実質引き上げ、インドの粉乳輸出停止) ○穀物市場よりも薄い牛乳乳製品市場FAOの食料観測のデータからみると、世界の生乳生産量に占める貿易量の割合(生乳換算)は、2006年5.9%、2007年〜2009年5.8%となっている。貿易量が生産量のわずか5%台という水準は、小麦17〜18%、トウモロコシなど粗粒穀物11〜13%(トウモロコシ11〜13%、大麦11〜12%、ソルガム9〜16%)、砂糖(粗糖ベース)29〜30%、牛肉10〜11%、家きん肉11%、コメ6〜7%などと比較して、際立って低いことがわかる。 牛乳乳製品と貿易に回る比率が同程度なのは、主要品目では豚肉くらい(データは直近2〜3カ年)しかなく、世界の牛乳乳製品市場は穀物、砂糖、牛肉、家きん肉などの市場に比べて極端に「薄い」。
○乳製品輸出は特定6カ国の寡占状態−NZ、EU、米国、オーストラリアで世界の7割− FAOの2008年見込では、世界の生乳生産量の4割を占める6カ国・地域で世界の乳製品輸出量40.4百万トン(生乳換算。前年比+2.8%)の7〜8割をカバーしている。同年の世界の乳製品輸出量に占めるシェアは、NZ27%、EU23%、米国11%、オーストラリア8%、アルゼンチン3%であった。前年との比較では、オセアニア(NZ+オーストラリア)▲4.7%、EU▲1.1%、米国+50.0%となっており、米ドル安を背景に米国が輸出を大きく伸ばしている。 乳製品別(製品重量ベース)では、次のようになっている。 4カ国・地域で全輸出量の72% NZ41%、EU19%、オーストラリア7%、ベラルーシ7% 4カ国・地域で全輸出量の76% 米国32%、NZ20%、EU15%、オーストラリア9% 4カ国・地域で全輸出量の72% NZ37%、EU23%、アルゼンチン6%、オーストラリア6% 4カ国・地域で全輸出量の66% EU31%、NZ17%、オーストラリア12%、ベラルーシ6% 乳製品輸出に見られる近年の傾向として、EUのシェア低下、オセアニアの安定、米国のシェア増加の三点が挙げられる。具体的には、 〔07年8%→08年見込11%→09年予測12%〕 ただし、2008年の金融危機以来、他国通貨(対日本円を除く)に対する米ドル高の傾向から、2009年の米国の輸出競争力が低下する可能性もある。 米国では2008年10月以降、商品金融公社(CCC:the Commodity Credit Corporation)による脱脂粉乳の買い入れが行われており、USDAによれば、2008年に4万3千トン、2009年には7万トン程度が市場から買い支えられると予測しており、オセアニアからの脱脂粉乳輸出量が維持されていれば、この支持価格が実質的な最低国際価格となる。 一方、EUが2009年3月から脱脂粉乳介入買入れを計画通り実施すれば、ユーロと米ドルの為替相場やEUの輸出補助金交付再開いかんが貿易に影響を与えるため、USDAは、今後の輸出動向や国際価格の動きを見通す上で不確定要素も多いとしている。 なお、本年1月15日、欧州委員会は翌週から乳製品に係る輸出補助金を再開する旨発表した。
○世界の生乳生産は増加基調−08年、09年と+2%程度を予測− FAOによれば、2008年の世界の生乳生産量は6億9,270万トン(前年比+2.2%)と見込まれ、2009年は7億970万トン(同+2.5%)と予測されている。 そのうち、EU(25カ国)は生産枠の拡大と2007年の干ばつなど被害からの回復により2008年は1億5,330万トン(+1.0%)と見込まれている。2008年中のバター価格の急落により、域内のバター価格は介入価格水準にあるとされ、2008年11月、欧州委員会はバターの民間調整保管助成(PSA)を通常の3月より2カ月前倒しし、2009年1月1日から実施することを確認している。また、同年3月1日から、バター3万トン、脱脂粉乳10万9千トン(既定の上限)の介入買入れも計画されている。 こうした状況を踏まえ、2009年のEUの生乳生産について、FAOでは引き続き1.0%の増加が予測されているのに対し、USDAは生乳価格の下落と輸出収益の低下により、0.3%の増加にとどまるものと予測している。 米国の生乳生産は、飼料価格高などによる経営圧迫も、乳牛淘汰(CWT)、バイオ燃料副産物(DDGS等)の利用、米ドル安から輸出が好調であったことなどから、2008年は8,600万トン(+2.2%)と見込まれる。しかし、2009年には脱脂粉乳などの乳製品価格急落と乳価下落による酪農経営の収益性低下から、0.7%の増加にとどまると予測されている。 ニュージーランドは、2007年12月以降北島、南島北部における干ばつの影響があり、2008年4月から改善に向かったとされるが、08年度通年では1,500万トン(▲4.5%)とやや減少が見込まれる。翌2009年度では、高乳価による収益性の向上から1,620万トン(+8.0%)とかなりの増加が予測されている。USDAによれば、記録的な高乳価(7.9NZドル/kg・乳固形分)により2008年後半には330戸、16万5千頭の新規就農があったとされている(注:NZの生乳生産年度は前年6月〜当年5月) オーストラリアは、2年間にわたる干ばつの影響で3年連続生産減となり、2008年度は過去10年で最低の生産量920万トン(▲4.2%)となる見込みである。しかし、2009年度は酪農地帯における牧草の状態も良好で、940万トン(+2.2%)に回復するものと見られる。ただ、現地情報から判断すると、一旦淘汰した牛群を立て直すには灌漑用水が限定的であることなどから、短期間での大幅な回復は難しいと考えられる。(注:オーストラリアの生乳生産年度は前年7月〜当年6月) アルゼンチンは、2007年の洪水による被害から回復し、2008年には1,030万トン(+5.1%)の生産が見込まれるが、乳製品に対する高水準の輸出税により生産伸びは限定的とみられている。2009年は、飼料価格の下落から酪農経営の収益性が好転し、1,080万トン(+4.9%)と予測されている。
○2007年、乳製品輸出国の生産者乳価は記録的高値2006年末から2007年末にかけての乳製品価格の高騰と2008年前半の高どまりは、輸出国を中心として酪農経営に高乳価をもたらし、生産を刺激した。 特に、ニュージーランド、オーストラリア、米国、アルゼンチンなどの主要輸出国では、輸出で得られた収益を酪農家に還元する形になっていること、同期間における需給のひっ迫感から、乳業メーカーによる集乳促進のための高乳価の提示が行われたことなどから、主要国では記録的な高乳価が成立したと考えられる。 しかし、2009年は、脱脂粉乳などの乳製品価格急落により、生産者乳価は下落することが確実とみられる。USDAが報告したFonterraの発表によれば、ニュージーランドの生産者への支払い乳価は2008年(07年6月〜08年5月)に7.90NZドル/kg・乳固形分であったのに対し、2009年(08年6月〜09年5月)には24%下落の6.00NZドル/kg・乳固形分と見込まれている。
○アジア、北アフリカ諸国で乳製品輸入の6割弱−ロシアが最大の輸入国に−(2008年予測) 乳製品の輸入は、輸出ほど特定国に集中していない。 FAOによれば、2008年の乳製品輸入(生乳換算ベース)は、原油その他の豊富な資源を持ち急成長のロシアが世界最大の輸入国になったものとみられる。同国はチーズ、バターでは世界一の輸入国で、生乳換算で360万トンの牛乳乳製品を輸入しており、直近4年間では、特にロシアの乳製品輸入の増加が際立っている。(2005年から240万トン、280万トン、330万トン、360万トンと着実に増加)同国の輸入の中心はチーズとバターである。 伝統的な脱脂粉乳輸入国メキシコは、220万トン分の牛乳乳製品を輸入し、世界第3位の輸入国になった。 中国の輸入は2006年の水準より減少し、190万トン分の牛乳乳製品を輸入した。輸入量の過半はホエイである。 全粉乳の大輸入国アルジェリアは、230万トン、世界第2位の乳製品輸入国となった。 そのほか新興国では、産油国グループの中心的存在であるサウジアラビアが180万トン、フィリピンが150万トン、インドネシア、マレーシア、日本がそれぞれ140万トンの牛乳乳製品を輸入したものと見込まれる。 これらを地域別に見ると世界の牛乳乳製品輸入量(生乳換算ベース)の47%を中国、サウジアラビア、ASEAN、日本などのアジア諸国が、17%をアルジェリアなどのアフリカ諸国が占める構造となっている。 2008年予測における世界の乳製品輸入量に占める国別シェアは、ロシア9%、アルジェリア6%、メキシコ5%、中国5%、サウジアラビア4%、米国4%、EU4%、フィリピン4%、インドネシア3%、マレーシア3%などとなっている。日本は、FAOの乳製品輸入量予測では140万トンでシェア3%を占めている。 以下に、USDAのデータを基に、主要乳製品の生産、消費、輸出入(製品重量ベース)におけるシェアの大きい国を掲げる。
○中国の牛乳乳製品自給率は9割超−生乳生産急増、輸入乳製品の6割はホエイ− ロシアを凌ぐ生乳生産国となった中国の自給率は9割を超えており、中国政府の発表によると、乳製品輸入量(製品重量ベース)の6割はホエイで、主として飼料用、調製粉乳用、機能性飲料用などに使われているものとみられる。 2007年の牛乳乳製品総輸入量(製品重量ベース)29万7千トンのうち、56%の16万7千トンはホエイ類であった。 また、中国は世界最大の全粉乳の生産、消費国である。2008年の生産量(予測値)はEU25カ国、オセアニア(オーストラリア、NZ)のそれぞれ1.5倍の規模であった。
−中国メラミン混入事件が及ぼす影響(予想)− 2008年9月に明らかになった中国における粉乳や牛乳へのメラミン混入が世界の牛乳乳製品市場に与える影響については、世界的な景気の後退など新たに加わった要因もあり、不確定要素が多く簡単には論じられない。現段階で考えられることを列記すると次のとおりである。 これらにより、国内の生乳生産の伸びが鈍化し、不足分の輸入に拍車がかかるか否かは、国内の消費動向、さらには、金融危機以降の先々の景気動向にも左右されよう。 ○まとめ2006年末から2007年末にかけての乳製品などの価格高騰とその後の高どまりによる需要の減退、2008年9月以降顕在化した世界的な景気の悪化により、短期的には、主要輸入国の購買力の低下や需要の伸びが一時的に停滞することは避けられないだろう。 しかし、中・長期的に見て、中国、ロシア等BRICs諸国や産油国など豊富な資金を蓄え、所得水準が向上した国々における乳製品需要の伸びは続くものとみられ、当面は、世界の需要は伝統的サプライヤーに依存せざるをえない状況が続くとみられる。 なお、ロシアに次ぐ世界6位の生乳生産国ブラジルは、近年、乳製品の純輸入国から輸出国に転じ、ブラジル・レアル安から特に全粉乳の輸出国として競争力を増している。USDAは、2009年のブラジルからの全粉乳輸出量をオーストラリアとほぼ同程度の11万トンと予測している。 比較的安定した乳製品輸出国であったオーストラリアが、干ばつの影響から立ち直るまで数年待たねばならないとすれば、今後の為替動向や市場動向いかんでは、ブラジルが新たな乳製品輸出国として台頭する可能性も否定できない。
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