プロセスにこそ価値がある
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NHK解説委員室 解説委員 合瀬 宏毅 |
見直されてきた手作り感このところ感動したイベントを二つ書いてみたい。桶の話とB級グルメの話で、いずれも地域興しに繋がっている。まずは桶の話。去年12月21日に六本木ヒルズ49階で「桶の底力2008」というイベントが開かれた。木桶での日本酒作りを復活した長野県の桝一市村酒造が、味噌や醤油メーカーとともに、昔ながらの桶仕込み食品のすばらしさを世の中に訴えようというものだ。 ご存じのように、日本酒を仕込む容器は現在、ほとんどがホーローなど金属製で、昔のように木桶がずらりと並んだ酒蔵の光景は過去のものとなった。木の表面に微生物が住みついて日本酒に独特の風合いを醸すのだが、雑菌もつきやすいため、ほとんどが高度成長期までに表面がつるつるした金属に変わったという。金属の方が、微生物を管理しやすいし何より掃除などの管理が簡単なことがその理由だ。大型の桶を作る職人も全国にわずか7人が残るに過ぎない。 ところが衛生管理を徹底し、簡単さを追求してきた結果、皮肉なことに綺麗なお酒は造れても、個性が乏しくなってしまったと言われる。そこでもう一度酒造りの原点に返り、複雑にして独特な微生物環境を取り戻したいという技術者が集まり、こうした動きが始まったと主催者は説明する。 当日は1000人を超える人たちが入場料5000円にも関わらず押し寄せ、全国から持ち寄られた桶仕込みの日本酒や味噌で作った味噌汁などを楽しんだ。桶で作ったお酒は劇的に違うわけでなかったが、優しい手作りと技術者の思いは確実に伝わってきた。 食が地域を元気にするもう一つは久留米市で開かれた「B級グルメグランプリ」である。日本各地には昔からの伝統料理や郷土料理があるが、最近はそれに加えて餃子とかカレー、ラーメンなど地域で愛されてきた食べ物で地域興しをしようという取り組みが増えている。有名なのは月島のもんじゃ焼きや宇都宮の餃子だが、そうした食べ物を目当てに沢山の人が町を訪れ、大きな経済効果をあげている。そこで我が町でもと言うわけだ。こうした食べ物には個性的なものが多い。行田ゼリーフライや高砂にくてん、八戸せんべい汁など名前からは想像できない食べ物ばかりで、こうした食べ物24種類を集めた今回のイベントは2日間で20万人が訪れたという。 その内の一つ「富士宮焼きそば」は最も成功した食べ物の一つで、もちもちとした麺に、肉の変わりにラードの絞りかすを加え、ウスターソースや鰯などのだし粉をかけて味付けしたものである。静岡県富士宮市で子供のおやつとして長く親しまれてきたというこのやきそば、市内には150軒を超すお店があり、全国からバスツアーが組まれ年間70万人の観光客が食べに訪れるという。 暮らしにこそ感動がある二つのイベントから見えてくるのは、人間が積み重ねてきた技や暮らしに人々が感動を求め始めたと言うことだ。 木桶仕込みを一貫して引っ張ってきた桝一市村酒造は長野県小布施にある歴史のある造り酒屋である。小布施町は古い蔵や昔からの街並みが美しい小さな町で、その雰囲気を味わいに年間120万人が訪れる。伝統に則った酒作りはこうした町の空気から生まれた。古くからある町並みの保存や桶仕込みの日本酒は手間がかかるけれども、効率や、均質さだけではないものつくりの丁寧さや、長い時間が積み重ねてきた価値がある。小布施町にたくさんの人が訪れるのは、そうしたものが生み出す価値や安らぎを求める人が増えてきたと言うことだろう。 富士宮焼きそばもまた同じ。昔から富士宮で焼きそばが有名だったわけではない。富士登山の玄関として栄えてきた富士宮も最近は人口が減少し、町の空洞化が悩みの種だった。そこで歴史ある町並みが観光にならないか調べたところ、路地裏に数多くの焼きそば屋があることがわかってきた。そこで焼きそばを名物にした観光が始められないかと、取り組みが始まったという。町を訪れる人が楽しむのは歴史ある街並みとともに、そこで暮らす人たちが親しんできた食や暮らしであったという。逆にいうと地域とセットにした食がビジネスになってきたということだ。 農業に求められる物語性翻って農業はどうだろう。これまでの農業はとにかくできあがったものが商品で、作られたプロセスや思いに価値は見いだされてこなかったように思う。ところが情報化の発達とともに人々は食べ物にストーリーを求めるようになり、またそれを提供することも可能になってきた。小布施や富士宮だけでなく、例えばインターネットで販売する農産物の中には、農家がどうやって作ったのか、どういう思いを込めて作ったのか詳細に描き込んである商品があり、そうした商品はたいてい売り切れで人気も高い。 もちろん安く均質に作る農業に価値がないと言っているわけではない。むしろこれからもそちらの方が農業の主な役割であることに間違いはない。ただ消費者の多様な価値観を考えると、もう一方できめの細かい販売方法をとることも必要ではないだろうか。 農産物に農家の顔写真や生産履歴を求めるのはなにも安全性確保のためだけではない。生産者の思いこそ最高のごちそうだと考える人が確実に増えている。そうした消費者の声に応える取り組みが求められているように思う。
合瀬 宏毅(おおせ ひろき)1959年 佐賀県生まれ |
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