調査・報告

豪州における牛肉生産見通しについて
〜干ばつ被害から立ち直り増産へ〜

調査情報部 調査課長 瀬島 浩子
畜産振興部畜産振興第一課 課長補佐 信戸 一利
(現 農林水産省生産局 畜産部 食肉鶏卵課)

 豪州の牛肉産業は、2006年8月以降、記録的な高温と平年を下回る降雨に直面し、現在でも地域によっては降雨不足が深刻であることから、牛肉生産、ひいては我が国への輸出に及ぼす影響が依然として懸念されている。こ うした中、3月3、4日、農業観測会議に出席する機会を得たので、会議の全体の概要および牛肉生産に関する今後の見通しを報告するとともに、現地における最近の肉牛生産状況を紹介する。

1.OUTLOOK 2009

○今年のテーマは「農業をめぐる諸情勢の変化」

 農業観測会議は、豪州農業経済資源局(ABARE)が例年この時期に開催し、豪州の農畜産業および天然資源産業に関する短・中期需給見通しなどを発表する。今年は、「農業をめぐる諸情勢の変化(a changing climate for agriculture)」というテーマの下、干ばつ、地球温暖化といった「気候(climate)」のほか、世界的な景気後退、急激な豪ドル安、穀物価格の急落、国際農業交渉の進展といった「社会的な諸情勢(climate)」という2つの意味でのclimateがダイナミックに変化する中、豪州農畜産業はどうなるのか、また、どうあるべきかということについて、牛肉、酪農、穀物、園芸などの品目別、および食料安全保障と貿易、水資源、排出権取引などの分野別に、約20のセッションに分かれて活発な報告や質疑が行われた。例を取り上げ、あか牛の差別化販売戦略の実態について言及する。

○ゲストスピーカーにラミーWTO事務局長

 2日目の「世界貿易の連携」セッションでは、WTO(世界貿易機関)のラミー事務局長がゲストスピーカーとして講演し、昨年9月の金融危機以降、先進国はこぞって保護主義的な動きをしつつあるとしてこれをけん制し、世界経済が停滞している今こそドーハラウンドを成功させ、世界貿易を一層推進させる必要があると強調した。また、ラミー事務局長は、豪州について、ケアンズグループのメンバーとして自由貿易を推進する姿勢を評価するとともに、ドーハラウンドの終結に向けて主導的役割を果たすべきと期待感をにじませた。

会場となったキャンベラのNational Convention Centre

スピーチするラミーWTO事務局長

2.牛肉生産見通し

○ 総飼養頭数:牛群再構築の進展から緩やかに回復

 豪州の肉牛生産は放牧が主体であり、干ばつや洪水など自然条件の影響に左右される状況となっている。長期的に見ても、干ばつが発生した1982年、1991年、2002年にはいずれもその直後に飼養頭数が減少している。今回の干ばつは100年に1度ともいわれる大規模なもので、クィーンズランド(QLD)州南部、ニューサウスウェールズ(NSW)州南部からビクトリア(VIC)州にかけて降雨量が特に不足し、これら地域に多く分布する肉牛飼養地帯では、牧草の生育が大きな影響を受けた。このため、牛の飼養頭数は、2007年6月現在で前年比98.8%の2,804万頭、2008年が同99.1%の2,780万頭と2年連続で前年を下回った。

 2009年については、北部地域における牧草の生育条件が改善されることなどから、生産者の牛群再構築への意欲が高まり、前年比100.7%の2,800万頭と、前年に比べてわずかながら増加するとみられる。

 また、中期的には、旺盛な生体輸出需要が見込まれる北部地域を中心に飼養頭数が増加し、豪州全体では、2014年は2008年を5%程度上回る2,920万頭になるとみられる。

図1 降雨量の状況(2006年4月〜2009年3月)

図2 牛の総飼養頭数

図3 肉用牛の州別飼養割合

○ 牛肉生産量:と畜頭数、枝肉重量の増により増加

 ここ数年の牛肉生産量について見ると、2006/07年度(7月〜翌年6月)は干ばつの影響で早期出荷が進行し、と畜頭数が増加したため、前年度を7.2%上回る222万6千トン(枝肉重量ベース)となったが、2007/08年度は、QLD州およびNSW州でまとまった降雨があったことから、牛群の再構築が進み、前年度比96.8%の215万5千トンと減少に転じた。ABAREは、2009/10年度は、繁殖用雌牛の保留を中心とした牛群の再構築は進行するものの、若齢牛のと畜が増加するため前年度を0.9%上回る218万5千トンになると見込んでいる。

 中期的には、飼養頭数の増加に伴うと畜頭数の増加に加え、枝肉重量の増加も見込まれることから、増加傾向で推移し、2013/14年度は2008/09年度に比べて8.1%多い234万トンに達するとみられる。

図4 牛肉生産量

○ 牛肉輸出量:韓国向けは減少するも増加傾向で推移

 豪州の牛肉産業は、生産量の6割以上を輸出する典型的な輸出依存型産業であることから、輸出市場の動向と為替の変動は、関係者の間で高い関心事項となっている。2006/07年度の牛肉輸出量は、と畜頭数の増加を反映して前年度比109.2%の97万4千トン(船積重量ベース)となった。しかし、2007/08年度は、飼料穀物価格の高騰などによりフィードロットでの肥育頭数が減少したことに加え、豪ドル高を受けて輸出価格が上昇したことから、前年度比95.5%の93万トンまで減少し、2008/09年度も同99.8%の92万8千トンと前年度並みにとどまった。

 2009/10年度については、為替が豪ドル安で推移していること、また、米国市場での、不況を反映した高級牛肉から低級牛肉への需要のシフトにより、加工用牛肉を供給する豪州産の需要増加が見込まれるなど、明るい材料がある一方、韓国および日本市場において米国産牛肉との競合が高まること、世界的な景気後退からロシアや東南アジアでの需要が減退するとみられることなどから、前年度比99.1%の92万トンにとどまるとみられる。

 2013/14年度までの中期的な見通しについて、ABAREは、韓国向けについては米国産牛肉との競合が継続し、2008/09年度より1割程度少ない10万トン前後で推移するものの、米国向けが、米国内での経産牛と畜頭数の減少から豪州産牛肉の需要が高まること、日本向けも需要が回復することから、2010/11年度以降増加傾向で推移し、2013/14年度には2008/09年度を8.8%上回る101万トンに達すると見込んでいる。

図5 国別牛肉輸出量

図6 為替レートの推移

○ 生体牛輸出:好調なインドネシア向けに支えられて増加

 豪州では1990年代に入って、経済成長に伴って牛肉需要が増加した東南アジア向けに、肥育素牛を中心とした生体牛の輸出が急増した。2000/01年度以降の平均輸出頭数は約70万頭で、このうち約40万頭がインドネシアに仕向けられるほか、日本にも2万頭前後の肥育素牛がほぼコンスタントに輸出されている。生体牛輸出は、豪州全体の飼養頭数から見れば3%程度であるものの、地理的に東南アジアに近いQLD州北部、北部準州および西オーストラリア州などの肉牛産業にとっては重要な位置を占めている。

 最近の動きを見ると、2002/03年度に過去最高の96万8千頭に達した後は、豪ドル高の進行や原油高による輸送コストの上昇、輸出先国における外国産牛肉との競合の激化などにより、50万頭台で推移していたが、2006/07年度は、東南アジアにおける需要の伸びなどから前年度比116.2%の63万8千頭と4年ぶりに増加に転じた。また、2007/08年度は、最大の輸出先であるインドネシア向けが、所得の上昇と人口の増加を反映して54万頭を超える過去最高を記録したことから、前年度を11.8%上回る71万3千頭となった。

 ABAREによれば、2008/09年度については、干ばつによりQLD州西部および北部準州中央部からの出荷頭数が増加したことを反映し、前年度比110.1%の78万9千頭と増加傾向が継続するものの、2009/10年度は、東南アジアにおいて経済情勢の急激な悪化から需要が減退するため、同96.8%の76万頭まで減少するとみられる。しかし、中期的には、世界的な景気の回復から東南アジアの需要も増加し、2013/14年度には2008/09年度を5.7%上回る83万頭になると見込まれる。

図7 生体牛輸出

○ 肉牛価格:輸出需要増から高水準で推移

 豪州の肉牛・牛肉流通の特徴の一つに、生体によるセリ取引の比重が高いことが挙げられる。生産者は、輸出主体のパッカーやフィードロット業者に出荷する場合は、市場を通さない直接取引によることが多いが、一般的には肉牛を生体で家畜市場に出荷する形態となっており、家畜市場での取引価格が肉牛取引の指標価格となっている。

 干ばつが深刻化した2006/07年度は、牧草の生育不良や水不足により牛の生育環境が悪化したことから、生産者が牛を早期に手放し、と畜頭数が増加した。このため、肉牛価格(枝肉重量換算)は前年度比90.7%のキログラム当たり292豪セント(201円:1豪ドル=69円)と4年ぶりに下落し、2007/08年度は同97.9%の286豪セント(197円)とさらに値を下げた。 2008/09年度について、ABAREでは、2008年後半から2009年初めにかけて北部地域でまとまった降雨があり、牧草の生育条件が改善したため、と畜頭数が減少し、肉牛価格は前年度より12豪セント高い298豪セント(206円)まで回復すると見ている。また、中期的には、輸出需要の回復から上昇傾向で推移し、2011/12年度には、2008/09年度比104.7%の312豪セント(215円)となるものの、2012/13年度以降はと畜頭数の増加に伴う供給増が輸出需要を相殺するため徐々に値が下がり、2013/14年度は同103.0%の307豪セント(212円)まで低下すると見込まれる。

図8 肉牛価格

3.牛肉生産の現場から

 肉牛生産者は、干ばつ、穀物価格の下落といった供給側の要因のほか、世界的な景気後退、急激な豪ドル安といった需要(輸出)側の要因が大きく変動する中にあって、どのように対応しているのだろうか?今回は、対日輸出向けフィードロットに出荷するVIC州の繁殖農家を調査した。

○ 1,200ヘクタールの土地に繁殖牛1,000頭を飼養

 アラルエン・パストラル農場は、VIC州の州都メルボルンから車で2時間程西に走ったビレングラに位置する。周囲は酪農のほか肉牛生産も盛んで、同農場もオーナーのスチュワート氏で5代続く昔からの繁殖農家である。1,200ヘクタールという広大な土地(ちなみに、東京都港区の面積は2,000ヘクタール)でアンガス種の繁殖牛1,000頭を飼養する、この地域では規模の大きい経営である。生まれた子牛は生後7〜9か月齢で離乳し、雌牛については12か月齢で国内市場へ、去勢牛については15〜16か月齢、体重にして400〜450キログラムまで飼育した後、ほぼ全頭をNSW州の対日輸出向けフィードロットへ出荷している。労働力は、オーナー夫妻とフルタイムの雇用者1名で、繁忙期に臨時雇用するほかはこの3名で経営しているという。

オーナーのスチュワート氏。40代前半とみられる。

○ 粗放的な生産と電磁的な管理を組み合わせた合理的な生産体制

 飼料は牧草が主体であるが、天候などにより牧草が不足するときだけ補助的にサイレージを給与している。サイレージは、たん白源としてルーサン、エネルギー源として大麦、ボリュームを出すためのイネ科牧草類を自ら生産・調製し、公的機関による栄養分析を経た後、自家配合しているという。子牛の生産は春(9〜10月)と秋(2〜3月)の2回で、年間生産頭数950〜1,000頭のうち500頭が春に分娩されている。調査時は秋子の出産が7割方終了した段階であった。分娩は、基本的に自然任せであり、母牛は通常、草地で出産するが、要注意牛は監視下に置き、必要に応じて介助するなど生産性にも注意を払っている。また、更新牛も血統情報などを考慮してすべて自家生産している。このため交配方法は人工授精(AI)約7割、自然交配約3割と、AIの比率が高い。一般的には自然交配が主流であろうが、この農場では、出荷先のフィードロットが対日輸出向けであり、高品質な子牛の供給を要求されているためであると思われる。

 牛には無線タグと農場タグといわれる2種類の耳標が装着されていた。前者は、2005年に義務化された全国家畜識別制度(National Livestock Identification System : NLIS)に基づくもので、家畜伝染病や残留農薬問題が発生したときの影響を最小限に抑えることを主な目的として、生産現場からと畜場までにおける移動履歴や病歴などが、耳標に埋め込まれたマイクロチップで電磁的に管理されている。これに対し、後者は、視覚的に個体番号を管理するため装着している。また、NLISの別売ソフトを購入し血統、繁殖、出荷情報など、各種個体情報を入手し経営管理に活用している。このように、牛の生産という側面では、人間の手をなるべくかけず、自然との折り合いをつけながら経営が営まれている一方、牛の出荷・流通という側面では、農場からと場までの一貫した流れの中で個体情報が電磁的に管理され、疾病が発生した際に迅速に対応できるような合理的、機動的システムが構築されていた。

調査した日、夫人は不在だったが、義妹と娘さんが手作りのスコーンなどでもてなしてくれた。

○干ばつの影響は見られず

 今回の調査目的の一つである干ばつの影響について、オーナーのスチュワート氏に確認したところ、水不足から牛の出荷を早めるといった対応はとっておらず、飼養頭数も平年並みであるとのことであった。この農場を調査する前日に訪問したNSW州南西部のリベリナ地域のフィードロットでは、年間平均降水量450〜500ミリのところ(日本は1,500ミリ)、干ばつの発生した2006年は200ミリ、今年に入っては、1、2月とも9ミリしか降雨がなく、フィードロット内で生産する穀物の作付けを4月に控え、水不足が心配されていた。しかし、メルボルンからこの農場に向かうまでの車窓風景は、茶褐色が目立った前日のそれに比べると木々は緑に覆われ、降雨が不足していないことを実感した。豪州の一般的な繁殖農家は、100頭規模で1〜3千ヘクタール程度の草地を所有しており、その面積は降水量に反比例するとのことである。また、農家は干ばつリスクを回避するため、農場の分散配置や牛自体を農場間移動させるなどして対応しているという。この農場の場合、そういった対応はとっておらず、土地面積の割には繁殖牛頭数が多いので、降雨に恵まれている土地柄であるといえよう。

 なお、日本向けに生体で輸出される素牛の主産地であるNSW州とQLD州との境界地帯では降雨もあり、干ばつの影響は比較的小さかった模様である。

放牧される初産の母牛と子牛。この牧区には、乳の出が良くなるという理由から、ソルガムが作付けられていた。ここで2週間ほど過ごした後、別の牧区に移動する。放牧の目安は1ヘクタールに母子1組とのこと。
写っているのは農場タグ。子牛の電子タグは出荷するときまでに付ける予定であるという。


○ 経営多角化のため穀物生産を開始。今後は国内向け牛の出荷も

 この農場の経営の方向性について見ると、それまで土地はすべて草地であったところ、2〜3年前から小麦、大麦、カノーラなど穀物を生産するようになった。氏によれば、これは経営の多角化を図るためであり、作付面積は現在、約500ヘクタールで、収穫した9割は販売、残り1割はサイレージ原料として農場で使用しているという。 また、出荷される去勢牛の97%は現在、供給先のフィードロットで300日間肥育された後日本に輸出される、いわゆる「ロングフェッド」向け素牛である。氏は現在、豪ドル安であるにもかかわらず、日本での需要が弱いことから、その恩恵を享受できていないと感じており、今後は、400キログラム前後になった段階で「ショートフェッド」(フィードロッドでの肥育期間70〜150日)向け素牛として出荷することや、500キログラムまで牧草肥育して国内市場に出荷することなどを検討しているとのことであった。

4.終わりに

 ABAREの見通しは、米国産牛肉との競合から韓国向け輸出が大幅に減少することを除くと、総じて明るいものであるが、その前提となる為替、景気、降雨量という要素については、変動する可能性があることに留意しなければならない。

 中でも、為替については、2008年7月以降、急激な豪ドル安が進行しており、輸出への仕向け割合が高い牛肉産業にとっては最大の関心事となっている。本来であれば、自国通貨の価値が下がることは輸出の追い風となるところであるが、業界関係者の中には、現下の不況による輸出需要の低迷で、その追い風が相殺されていると懸念する向きもあった。なお、ABAREは、2009/10年度の為替を1豪ドル=0.68米ドルと、2007/08年度の0.9米ドルに比べ24.4%豪ドル安となるものの、2013/14年度には0.76米ドルまで上昇すると見ている。

 また、景気についても、現時点では世界同時不況の出口は見えず、需要がABAREの見込みどおり回復するかはやや懐疑的にならざるを得ない。特に、輸出に関しては、米国向けについて、米国内で現在乳価急落から乳牛のとう汰が進行しているため、加工用牛肉の国内生産が増加し、短期的には豪州産牛肉の需要が減退することも予想される。また、日本向け輸出についても、景気の低迷による内食嗜好の高まり、豚肉や鶏肉など安価なたん白源への移行がみられる中、短期的にも中期的にも豪州産牛肉の需要を見通すことは困難な状況となっている。

 さらに、降雨などの自然条件について、豪州気象庁(Australian Bureau of Meteorology)は、4月〜6月までの3か月予想の中で、NSW州東部およびQLD州は平年を上回る降雨がある一方、南オーストラリア州、VIC州からNSW南西部にかけては依然として降雨不足と見込んでいる。調査期間中、QLD州はサイクロンに見舞われ、道路が冠水するなど洪水の被害が報じられており、こうした自然条件によっては牛群の構築にブレーキがかかることも予想される。

 牛肉輸入の8割以上を豪州に依存する我が国としては、同国の牛肉生産動向およびその影響要因について今後も注視していく必要があろう。

図9 降水確率(2009年4月〜6月)


【参考資料】

・ 豪州農業資源経済局(Australian Bureau of Agricultural and Resource Economics)
 HP農業観測会議サイト(http://www.abare.gov.au/outlook/)

・ 豪州農業資源経済局「Australian Commodities」各号

・ 豪州気象庁(Australian Bureau of Meteorology)
 HP(http://www.bom.gov.au/)

・ オーストラリア準備銀行(Reserved Bank of Australia)
 HP(http://www.rba.gov.au/)

・ 独立行政法人農畜産業振興機構「畜産の情報(海外編)」(2006年2月号):各国(地域)の牛トレーサビリティ制度の実施状況 
(http://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/2006/feb/spe-01.htm)

・ 独立行政法人農畜産業振興機構HP:各種海外駐在員情報 
(http://lin.alic.go.jp/alic/week/week.htm)


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