1.はじめに 平成21年2月26日、27日に米国ワシントンDCで開催された米国農業観測会議(Agricultural Outlook Forum 2009)を取材する機会を得た。この会議は、毎年この時期にワシントンDCにて米国農務省(USDA)の主催で開催されており、今年も米国における主要な農産物の生産、消費、輸出入などの需給状況や食料・農業にかかわるさまざまな課題について議論された。 2.牛肉 −飼養頭数減少−(1)肉用牛の飼養頭数の推移 2009年1月1日現在の肉用牛飼養頭数は、前年と比べて1.6%減少の9,450万頭と1959年以来の最低水準の飼養頭数となった。
(2)輸出 2008年の米国の牛肉輸出量は、前年より32%増加の85万6千トンと大幅に増加した。これは、2008年の上期におけるメキシコおよびカナダ向け輸出に加え、日本や台湾などのアジア向けの輸出が徐々に拡大するとともに、特にロシア、韓国向けの輸出の急増が全体の増加を後押しした。
(3)輸入 2008年の米国の牛肉輸入量は、前年よりおよそ17%減少の110万8千トンと大幅に減少したが、2009年は前年と比べ6%増加の121万6千トンと見込まれている。 (4)価格 2008年のネブラスカのチョイス級肥育牛価格(去勢)は、100ポンド当たり92.27ドルと過去最高水準だったが、2009年は同86ドル〜92ドルと見込まれる。
3.豚肉 −生産量の減少−(1)豚の飼養頭数の推移2008年12月1日の飼養頭数は前年より2%減少の6,670万頭となり、2002年12月以降初めて前年を下回った。繁殖豚の飼養頭数は減少傾向にあり、農家は2008年の第3四半期に2%、第4四半期に6%の分娩頭数を削減しているが、一腹当たりの産子数は2006年の9.11頭から2007年には9.28頭となり、2008年の9月〜11月平均で9.50頭と増加するなどと生産性は向上している。子豚産子数は第3四半期に1%増加するが、第4四半期には4%減少すると見込まれている。
(2)生産量 2009年の豚のと畜頭数は、米国内の供給が減少するだけでなく、カナダからの輸入も減少すると見込まれており、2009年の豚肉生産は2008年の1,057万トンから1,043万トンに減少すると見込まれている。
(3)輸出入 2008年の豚肉の輸出は急激に増加し、過去5カ年のうちの4年は二ケタの率で増加した。主な輸出国への輸出量が増加したため、2008年の輸出量は前年比約50%増加の212万トンとなった。米国にとって最大の輸出国である日本は同23%増加の60万トンであった。その他主な輸出国においても大きく増加し、メキシコは日本に次ぐ輸出国であったが、同49%増加の20万トンとなったものの、中国/香港への輸出は、前年と比べおおよそ3倍となる39万トンと急増し、メキシコと順位が置き変わった。ロシアへの輸出は、同78%増加の20万トンとなりカナダを抜いた。そのカナダの輸出量は14%の増加の19万トンとなったものの順位は3番目から5番目となった。
|
図7 肥育豚の価格
|
2009年のブロイラーの生産量は、2%減少の1,637万トンと予測されており、1973年以来の減少となった。2008年のブロイラーの処理羽数は第3四半期までは前年を下回って推移していたが、1羽当たりの生体重量が重かったことから前年を上回った。第4四半期の生体重量は変わらないものの処理羽数の減少により生産量は減少し、この傾向は2009年も継続されると見込まれる。2009年1月1日現在のブロイラー用種鶏羽数は、前年を6%下回り、孵卵個数とひなの導入羽数は2009年2月中旬までそれぞれ7%減、6%減となった。これにより第2四半期もブロイラー生産量は減少すると見込まれる。
図8 鶏肉の生産量
|
米国のブロイラー輸出は、2008年は前年比18%増加となった。2008年の輸出はメキシコ(前年比27%増)、中国/香港(同19%増)、ウクライナ(同97%増)およびキューバ(同50%増)と主要国において大幅に増加した。しかし、ロシア(ブロイラーの最大輸出国)への輸出は4%の減少となった。2009年は前年比13%減少の274万トンと予測している。世界的な景気の悪化とドル高の影響で輸出が制限されると考えられる。
図9 鶏肉の輸出量の推移
|
2009年の鶏肉価格(12都市平均の丸どり卸売価格)は、2008年の1ポンド当たり平均79.7セントより上昇し、2009年には81〜87セントで推移すると予測されている。これは、輸出は減少するものの、生産の減少が上回るものと考えられるためである。また、景気の低迷により鶏肉の需要は減少すると予測されるが、ブロイラーは牛肉より安価であるため、消費者の低価格志向により消費が増加するかもしれない。今のところ、価格はまちまちであるが、生産の減少と在庫が減る事により価格は持ち直すものと思われる。
図10 鶏肉の価格
|
2007年から2008年中盤にかけて国際的な乳製品価格の上昇が続き、国内市場向けが中心であった米国酪農だが、輸出が急増しその恩恵を受けた。ところが、干ばつなどの影響で減少していたオーストラリアやニュージーランドの生乳生産が改善に向かったことなどにより、国際市場への供給量が回復するとチーズやバターなどの乳製品の価格が急落することとなった。
こうした状況の中で2009年の牛乳乳製品の動向は、飼料価格は昨年よりは落ち着くと予測されているが、09年の初めに乳牛の削減が行わなければ乳価は下落し年間を通して低迷すると見込まれている。生産者乳価は1978年以来の最低水準とされ、酪農家にとって最悪の収益になるとされている。このようなことから、2009年は乳牛頭数は減少し、第4四半期には905万頭になると予測されている。また、乳牛が減少することにより残された乳牛で乳量を増加させるため、2009年の一頭当たりの乳量はわずかではあるが増加すると見込まれている。
また、乳製品の価格をみると、2008年の乳製品の価格は前年の価格から急激に下落した。2008年第1四半期で脱脂粉乳の価格は2007年第4四半期の1ポンド当たり1.94ドルから1.36ドルと下落した。2008年第4四半期には1ポンド当たり平均90セントと1ドルを割る価格まで下落し続けた。
2007年末には1ポンド当たり約2.00ドルとなったチーズ価格は、2008年は平均で1.90ドルとなった。国際市場が弱まり、国内経済が減速するとともに、チーズ価格は2008年第4四半期に1.80ドルと大幅に下落した。 バター価格は、2008年を通して激しく動き、第1四半期に1ポンド当たり平均1.23ドルであったのが、輸出需要により夏には1.58ドルまで急上昇した。しかし、チーズ同様に2008年の終盤には下落した。
2009年の乳製品の価格はほぼ年間を通じて弱含みでの価格と見込まれており、第3・4四半期になるとある程度は回復するとの見方を示した。チーズの価格は平均1.18ドル〜1.25ドルを見込まれ、バター価格は1ポンド当たり1.08ドル〜1.18ドルとなると見込まれている。
乳製品の価格の下落を受けて、2009年の生産者乳価格は2008年の18.32ドルから1978年以降最低となる10.95ドル〜11.65ドルまで下落すると見込まれている。USDAは、価格の回復を見込むには、生乳生産を減らすしか手だてはないと見ている。
図11 乳牛頭数と一頭当たり乳量の推移
|
全国農業協同組合連合会(全農)は、トウモロコシ等の飼料穀物の買付けおよび船積などのために、子会社の「全農グレイン株式会社」(以下、「全農グレイン」という。)を1979年3月に設立した。
穀物エレベーターの所在地は、ミシシッピー河口より164マイル(262km)上流の東海岸にある(川幅600〜800m、最深部の水深40〜50m
に達する)セント・ジェームズ郡コンベント地区にあり、輸出用エレベータは1982年より稼働している。
ニューオリンズ地区の穀物エレベータは全部で10カ所あり、そのうち操業開始26年目の全農グレインが最新鋭となっており、穀物エレベーター当たりの年間取扱量は他の穀物メジャーを押さえ最大の数量を誇っている。
(ア)全農グレインエレベーター施設能力
保管能力は、サイロビン数72本(3列×24)、そのうち60本が保管ビン、12本が船積みビンとなっており、保管ビンのうち3本についてはビン内が4分割され、トラック搬入ビンとして使用している。このほかに8本のスクリーニングビンを有し、合計で約10万トンとパナマックス船(パナマ運河通行可能最大級の貨物船5〜6万トン)2船分に相当する。
船積能力は、船積みは2系統のコンベアと4基のスパウトで行われ、時間当たり3,000トンの積み込みを可能とし、パナマックス船に1日で積み込むことができる。
搬入能力は、施設への搬入はバージ(はしけ)搬入、貨車搬入、トラック搬入の3系列があり、これらを同時に搬入することも可能となっている。搬入の約95%がバージによるものとなっており、バージ搬入能力は時間当たり2,500トン(実能力は同2,000トン)で、1日で48,000トンをバージから揚げることが可能となっている。
その他の施設としてバージ用計量機や貨車用計量機、乾燥機などがある。
全農グレインエレベーター事務所
|
バージは施設内へ停泊し穀物をここから保管ビンへ移される。(2系統ある)
|
サイロビンの全景
|
(イ)安全性・効率性
穀物エレベータを建設するにあたり、安全性、効率性、品質に関する配慮を最重点課題として建設され、安全性では徹底した粉じん処理を行っている。全域にわたり25カ所の集じん装置を設置し米国環境保護庁が設定する基準の1/3以下まで粉じんを制御可能とし、粉じん爆発事故の原因となる可能性が高いといわれるバケット型エレベータを可能な限り少なくし、傾斜式コンベアを導入しているなど、火災と爆発の予防のための配慮がなされている。
また、効率性においては施設はすべてコンピュータ操作による完全自動化となっており、最新鋭の技術を導入し、効率的な荷役を実現していた。 なお、品質に対しても搬送にはベルトコンベアを使用することにより、穀物の破砕や異物の混入を最小限に抑えるようにされている。
(ウ)IPハンドリング(分別生産流通管理)
現在では,遺伝子組み換えの穀物そのものを回避しようとする非遺伝子組み換えの穀物に対する需要があり、IP ハンドリングによる流通が不可欠となっている。全農グレインではIPハンドリングを行うための特別な施設は所有していないが、IPハンドリングを行うためには、施設のクリーニングが重要になるとのことであった。IP貨物を扱う前には、コンベアを空転させ貨物のコンタミ(他のものと混ざること)を防ぎ、サイロビンについては必ず清掃を行い、空であることを確認している。こうした基本的なことをルール化することでIPハンドリングを実施している。
本船へ船積(桟橋の長さは363m)
|
トウモロコシの生産地は、コーンベルトと呼ばれる中西部(イリノイ州、オハイオ州、インディアナ州、ミネソタ州、アイオワ州などの諸州)が、豊富な降雨量に恵まれていることなどから主要産地となっている。
全農グレインのトウモロコシなどの穀物の輸出経路は、主に河川を使ってガルフと呼ばれるメキシコ湾中央部のミシシッピー河口に位置するニューオリンズ港から輸出されるものと鉄道を利用してポートランド港などの西海岸から輸出されるものの2経路となっており、西海岸においてはアジア向けの補助的な役割を果たしており、米国からの日本向けトウモロコシ輸出の75%がニューオリンズで船積みされている。ただし、この割合は海上運賃の動向で変わり、海上運賃が高騰した昨年は50%となった。
・ガルフ経路
主として産地を流れるミシシッピー川やイリノイ川、オハイオ川を利用したバージ輸送が主力となっており、産地→ミシシッピ川→メキシコ湾→パナマ運河→日本というルートで輸送されている。 トウモロコシ生産者は近くのリバーエレベーター(河川に沿って作られたバージに積み込むためのエレベーター)に持ち込み、保管後、随時、バージによってミシシッピー川を南下し、全農グレインの穀物エレベーターに到着後順次荷揚げされる。
なお、1バージ当たり1,500トンの積載能力があり自走するエンジンを持たないため一隻のボート(動力船)に押されて輸送している。一隻のボート(動力船)に押されるバージの数は、おおよそ15隻前後で、バージの輸送日数は産地の場所にもよるが約2〜4週間となっており、ガルフから日本への輸送日数は約35日となっている。
また、穀物を荷揚げ後再び上流にバージを輸送する際、鉄鋼などを運搬している。
・西海岸経路
陸路は河川経路の補完的な役割となっており、バージの代わりに鉄道(貨車)を使用し、産地→鉄道(貨車)にて西海岸(ポートランド港)→日本というルートである。
輸送日数は西海岸から日本の港までおおよそ2週間で到着する。
ミシシッピー川の端にいくつものバージが停泊されており、順次サイロへと移される。
|
バージ輸送(この時は3艇×6艇を輸送していた)
|
全農の飼料事業において、海外の子会社の一つであるCGB社(コンソリデイテッド・グレイン・アンド・バージ社)は、中西部に約60カ所に点在するカントリーエレベーターやリバーエレベーターを持ち、生産者から穀物の買付、集荷、穀物の分別保管、輸送などを行っており、多岐にわたるサービスを提供することで農家との間に強固な信頼関係を構築し、安定的な穀物全般の集荷を行っている。集荷した穀物はバージを使ってミシシッピー川を下り、ニューオリンズまで運ばれる。
ニューオリンズでは、穀物エレベーターにて穀物を搬入し、全農グレインのサイロに保管後、米国農務省連邦穀物検査局(FGIS)による輸出(品質)検査を経て本船に積み込まれる。
全農が契約した貨物船にて、全農の関連会社である全農サイロ株式会社を中心に日本国内のサイロ会社へ搬入される。
このように、米国の子会社全農グレインとCGB社の両者で米国穀物生産者からの買い付けから日本への輸送が滞りなく行われることとなっており、また、日本で受け入れた穀物のサイロ会社も全農グループであるということで、一貫した事業として確立されている。
このようなことから、海外に子会社を設立し生産国の生産者から直接買い付けることによって、日本の畜産農家が求める数量、品質、安全性など安定的な飼料穀物の確保ができることが大きな特徴である。
資料:全国農業協同組合連合会HPより
|
今年のアウトルックフォーラムの出席者は、米国が世界最大の農業国であり、また輸出大国でもあることから同国の農産物の動向を知る重要な会議であるため、各国の関係者の姿が多く見られた。
会議の基調講演の中でジョセフ・グラウバー主席エコノミストは、昨年のアウトルックフォーラムで見通しを示した時と今年とでは全く状況が異なっており、昨年はほとんどの農産物で価格が史上最高値近くに上昇し、輸出や農家の所得は記録的な水準にあると予測され、世界的な需要に見合う十分な生産が可能かどうか懸念されていた状況でもあったが、今年は世界的な景気不況によりほとんどの農産物について、価格が下落するとの見通しを示した。また、グラウバー氏は、2009年の見通しについて、国際通貨基金による世界の経済成長率を引用し、発展途上国は3.3%成長するものの、先進諸国や新興国が2%のマイナス成長となることから、世界全体では0.5%と第2次世界大戦後最も低い成長率になるとした。
このように、世界経済の状況は、1930年代の大恐慌にも匹敵する最悪の不況と言われており、農業においても不安定な状況が続くとされ、特に米国の酪農においては、乳製品の国際価格の下落により危機に直面している。2007年、08年に米国の酪農は輸出の依存率を高めたために、乳製品の国際価格の急落の影響を直接受けた形となっている。酪農家は既に経営を維持する手だての一つとして一部の乳牛を手放しているが、このような状況が続くと酪農が崩壊する恐れもあり、酪農をめぐる情勢はかなり深刻であると言われている。今後の世界経済の動向とともに米国の畜産物を含む農作物の需給の動向を引き続き注視していく必要がある。
また、今回全農グレイン株式会社を訪問する機会をいただいたが、ヴィルサック農務長官の基調講演の中に、エネルギー産業についてバイオ燃料等といった再生可能な燃料の支援といったことにあるように、エタノール用など米国内でのトウモロコシ需要が増加することも考えられる。日本は、飼料用トウモロコシ等の穀物の大半を米国から輸入している現状から、全農グレインの農家からの直接購入・集荷機能・輸送機能といった役割は、このような需要増が見込まれる中にあって日本への安定的な供給体制を維持するという面から、より一層重要性を増すものと考える。
元のページに戻る