話題

時代が求める畜産の構造的転換

株式会社 農林中金総合研究所 特別理事
蔦谷 栄一

問われかねない畜産の必要性

 穀物価格はピーク時に比べて50%以上も下落はしたものの、08年10月の価格指数は2年前と比較すればまだ28%も高い。景気悪化にともない食肉価格も低迷しており、配合飼料価格安定基金制度による補填はありながらも、利益は圧縮され、赤字を余儀なくされている経営も多い。

 物財費等生産経費の中で飼料費が占める割合(07年度)をみると、肥育牛41%(もと畜費に占める飼料費をも合算)、酪農(流通飼料費のみ)34%、養豚63%と、飼料費の占める割合が非常に高く、飼料費の変動が即経営に直結する構造となっている。

 その飼料の自給率をみてみれば、07年度飼料全体では25%となっているが、飼料のうち粗飼料の自給率が78%であるのに対して、濃厚飼料はわずか10%にすぎず、90%が輸入されている。しかも輸入飼料穀物の83%を占めるトウモロコシの93%はアメリカから輸入されており、まさにわが国畜産はアメリカで生産された飼料穀物の上に成立しているというのが実情である。

 一方では飼料穀物を家畜に供給し飼養することによって排出される大量の糞尿は、窒素過剰をもたらし、環境問題を引き起こしている。

 こうした実態からすれば「わが国で畜産は必要か」「食肉・牛乳で輸入すればいい」という声が存在するのももっともな話と受け止められなくもないのである。

水田フル活用による飼料自給化

 あらためてわが国での畜産の必要性、存在意義を考えてみれば、(1)貴重な地域産業・就業の場の提供、(2)国民が必要とする畜産物の供給、(3)飼料米・イネ生産等による水田活用、(4)有機たい肥供給による地力の維持、等をあげることができよう。

 畜産産出額2兆4,118億円(06年)、乳用牛飼養戸数25.4千戸、肉用牛飼養戸数82.3千戸、豚飼養戸数7.6千戸の数値は(1)の重みを雄弁に語っており、また食料安全保障上も(2)の一定量の畜産物供給は必要である。(4)の有機たい肥の原料としては勿論のこと、バイオガスプラントによるエネルギー資源としての活用も増加してきている。

 ここで特に注目しておきたいのが(3)である。米の生産調整に苦慮している最中、水田フル活用対策が打ち出されている。飼料原料としての飼料米・飼料イネ、小麦粉代替としての米粉原料米の生産が対象とされる。水田の約4割で生産調整されているものの、作物を何も植えていない水田が20万haも存在しており、一方で食料自給率は40%(カロリーベース)にすぎない。生産調整水田を活用して、乖離した食と農を接近させ、食料自給率の向上をはかっていくことが最重要課題であるといえる。

豊富に存在する地域資源

 生産調整が行われている水田に着目したものが飼料米であり飼料イネであるが、あらためて地域資源という視点で見直してみれば、わが国には耕作放棄地、林地、河川敷等には、過疎化・高齢化等で手間がなくなってしまって繁茂している草地資源が豊富に存在しており、水田放牧、林間放牧、山地畜産等を思い描くことが可能である。

 飼料米・飼料イネは水田を利用して飼料原料を生産し、畜産と連携することによって間接的に土地利用型農業を推進することになるのに対して、林間放牧、山地畜産等は耕作放棄地や林地に直接、家畜を放牧する土地利用型畜産である。

 飼料米等生産は水田を水田として利用することによって水田の持つ多面的機能の発揮を維持すると同時に、飼料米等を供給し、家畜が排泄した糞尿はたい肥として水田に還元することができる。放牧も雑草等を“舌刈り”させることによって、景観を維持するとともに、隠れ場所を除去することによって鳥獣害被害を大きく抑制することができる。さらには家畜の運動量を増加させること等により家畜福祉にも大きな効果が期待される。

キーワードは地域循環・環境

 これまでわが国は輸入飼料に大きく依存して畜産を発展させてきたが、輸入飼料への依存は舎飼い方式による集約型畜産を必然化するものであった。これを転じて飼料の自給化を推進していくということは、土地利用型農業との連携、さらには放牧による土地利用型畜産も含めた畜産経営の構造的転換が求められているということでもある。

 これまで畜産を含めたわが国農業は、狭い農地・草地等を前提して経営形態、技術等を発展させてきたが、担い手の減少と耕作放棄地の増大等により生産条件は抜本的に変化するとともに、食料需給構造は基調変化して、安易な国際分業に走ることによるリスクは増大している。さらには消費者の期待も、安全安心は当たり前で、環境、景観、家畜福祉等とニーズはより高度化・多様化してきている。地域循環なり環境は、これからの畜産のキーワードになってくるように考えられ、地域資源なり土地の有効活用がポイントとなろう。これらを重視してこそ畜産の安定経営がはかられるとともに、わが国畜産の存在意義を国民に納得させることも可能となる。このためにも農政はこれについての明確な方向付けを行うとともに、必要な支援を早急に具体化していくことが期待される。

蔦谷 栄一 (つたや えいいち)

1948年生まれ、宮城県出身。71年、農林中央金庫勤務。96年7月、株_林中金総合研究所基礎研究部長、常務取締役を経て、2005年6月から特別理事。主要著書は『日本農業のグランドデザイン』、『都市農業を守る』等。早稲田大学非常勤講師


 

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