シンガポール駐在員事務所 佐々木勝憲、吉村力
1.はじめに タイでは、増加する牛乳・乳製品の消費に対し自給率を高めるべく、生乳の工場買取価格制度を運用するなどの方策により酪農業の振興、安定を図っているが、生乳生産コストの上昇により、酪農家の経営は圧迫されている。 2.タイ酪農の現状タイの酪農家戸数は、2005年までは増加傾向で推移し、約2万4千戸となったものの、生産コストの上昇の影響を受け、2006年に前年比12.6%減とかなりの程度減少し、約2万1千戸となった。2007年にも同9.9%減少し、約1万9千戸と2万戸を下回り、2008年には同0.1%減と、ほぼ前年並みとなった。
乳用牛の飼養頭数も、酪農家戸数同様、2005年までは増加傾向で推移し、約47万9千頭となった後、2006年には同13.8%減の約41万3千頭となった。しかし、その後増加に転じ、2008年には約47万頭となっている。全体の約7割が中部で飼養されており、約2割が東北部、約1割が北部で飼養されている。なお、南部では1%程度しか飼養されていない。 この結果、1戸当たり飼養頭数は、2005年には約19.9頭だったものが、2008年には約24.8頭まで増加しており、5〜10頭規模の小規模農家が多数を占めているものの、規模拡大は進展してはいる。 生乳生産量も、2005年までは増加傾向で推移し、約88万8千トンまで達したが、その後減少傾向に転じ、2008年には約78万7千トンとなっている。
生乳生産コストは、原油価格の上昇基調もあり、上昇傾向で推移していたが、特に2007年から2008年前半にかけての原油、飼料価格の高騰により、コストが上昇した。タイでは、牛乳乳製品法に基づき、政府やDPO、関係団体、学識経験者などから構成される牛乳乳製品委員会が酪農家の平均的なコストを基に算出する全国共通の生乳工場買取価格が、閣議を経て決定されている。この価格は、状況に応じて改訂されており、2007年以降については、コストの急上昇を受け、2007年には2回、2008年には1回、生乳工場買取価格が引き上げられた。 なお、2008年後半以降の原油価格や飼料価格などのコストの低下を受け、2009年1月から、生乳工場買取価格は1キログラム当たり16.5バーツ(約44.6円:1バーツ=約2.7円)に引き下げられている。
3.DPOの酪農経営効率化計画について(1)DPOについてDPOは、王室同士の緊密な関係にあるデンマーク政府の協力により、1962年に中部サラブリ県に創設されたタイ・デンマーク酪農場を前身とし、1971年に設立された。DPOは、タイの酪農の振興のため、人工授精用の精液の提供などのサービスを提供している。また、全国に5カ所の生乳処理工場を所有しており、各工場の周辺の酪農家や酪農協などから生乳を買い取り、超高温殺菌(UHT)牛乳などの製品として販売している。
(2)酪農経営効率化計画についてDPOのラッタナー・アンスパーゴーン副所長によれば、タイの酪農経営における課題は、主に生産効率の低さに起因する生産コストの高さにあるとしている。DPOでは、特に、(1)飼養管理技術が未熟であるため、牛の飼養管理が行き届いておらず、人工授精を行っても受胎率が低い、(2)低能力の乳牛を搾乳し続けるため、生産効率が低い、(3)粗飼料給与の重要性の認識が低く、給与量が少ないため、牛が能力を発揮できない上に、濃厚飼料のコストがかかる−といった3点を大きな課題と捉えている。(1)については、十分な飼料、飼養管理がなされていれば経産牛の80%が搾乳可能だとDPOはみているが、実際には受胎率が低いため、飼養する経産牛のうち45%しか搾乳できていない酪農家も存在している。 (2)については、泌乳能力が低く効率の悪い牛は廃用牛として処分すべきという考え方が浸透していない。 (3)については、多くの農家が積極的には粗飼料を給与しようとしない。 こういった問題に対処し、酪農家のコスト意識を高め、経営の改善を図ることを目的として、DPOでは、酪農経営効率化計画(以下「計画」という。)を実施することとした。計画は、2008年10月から今年の9月までの1年間を第1期として、毎年実施する予定である。
具体的な計画の内容は、 (1)400戸の計画参加農家を募る、(2)この400戸については、後述の乳用牛飼養管理ソフトを用いてDPOが直接経営指導を行う、(3)400戸のうち100戸の優秀な酪農家をモデル酪農場として選出し、ほかの酪農家がモデル酪農場を視察できるようにする−というものであり、2008年10月に参加農家の募集を開始した。 計画の目標は、飼養管理の状態を改善することに尽きる。酪農家に対して、飼養管理への意識を高めて牛の状態を改善させることで、受胎率を向上させて搾乳牛の割合を増やすとともに、自給粗飼料、または、稲作農家から入手した稲わらを給与することで、濃厚飼料給与量を極力減らし粗飼料の給与割合を高めることにより、飼料コストの低減を図ることを指導している。 本来は、計画参加当初と比較して、計画終了時の1年間でどれだけコストが改善されたかを考慮してモデル農家を認定するが、現在は、第1期であることから、計画の趣旨に基づき、一定の基準を満たしている酪農家をモデル農家と認定している。 モデル農家として認定されることで、農家の自信につながるとともに、ほかの農家との差別化により子牛を販売する際にもより高値で販売することができ、収益の向上を図ることができるといったメリットがある。 DPOによれば、2009年の9月に第1期が終了するため、モデル農家の特徴やコスト削減の進捗状況などが集計されることとなっている。第1期の集計・評価結果は、来年のNational Dairy Day(1月17日:タイ酪農の日)に発表する予定であったが、当初の予定に比べて関係者の協力が得られていないため、予定どおりに発表できるかどうかは流動的とのことである。また、今年10月からは第2期の計画を開始させるとしている。 (3)経営指導について DPOでは、乳牛の生年月日を入力することにより、授精適期、発情サイクル、分娩予定日などを管理することができる米国製の乳用牛飼養管理ソフトを用い、酪農家の経営内容をデータベース化している。DPOは、計画参加農家に対しては毎月1回、このデータベースを基に直接指導を行っており、乳牛の飼養管理について十分な知識を有していない酪農家の経営の向上に努めている。 また、生産コストについては、DPOとして具体的な数値目標はないが、今年に比べて来年は5%改善させる、または、乳価に対する利益率の目標を設定するなどといった指導の仕方を検討している。なお、酪農家の利益率は10〜15%が理想と考えている。 (4) 豪州・NZとの自由貿易協定対策について タイは豪州との間に2005年1月、NZとの間に同年7月から自由貿易協定(FTA)を発効させている。この協定では、牛乳、脱脂粉乳については関税割当品目とされているが、2025年に関税割当、関税とも撤廃されることとなっている。 DPOでは、協定に従い豪州・NZからの牛乳、乳製品輸入が自由化されると、現状のままでは、タイの酪農家がこれらの国からの輸入品と正面から競争するのは極めて難しいとみている。 そこで、2025年の貿易自由化までに考えられる対応策として、(1)効率化を進め、生産コストを下げる、(2)学校牛乳制度を需給の調整弁として機能させる、(3)輸入乳製品から製造される還元乳に対する国産生乳由来の牛乳の品質優位性を消費者に浸透させる、(4)生乳の供給過多を防止するために、乳業メーカーと酪農協との間で契約生産を進める−といった方策を考えている。 現在、生乳に関しては、国内生産で需要の90%程度をカバーしているとみており、需要の変動に伴い、常に供給過多が生じる可能性にさらされている。一方、国内に粉乳工場がないため、余剰の生乳はUHT牛乳の生産に仕向けられ、保存期間が6カ月となるものの、粉乳に比べ保管費用が高い。このため、将来的には、国内に粉乳工場ができることを望んでいるとのことである。 また、一般市場には安価な還元乳も流通しているが、学校牛乳については100%国内産の牛乳を使用しており、これを需給調整弁として機能させたいとも考えているとのことである。 4.低コストモデル農家の実例(1) タナーファーム―自給飼料の活用を中心とした低コスト生産―(1) 酪農家概況タナーファームは、ナコーンラーチャシーマー県シーキウ郡に位置する。労働力は、現在51歳の経営者のタナー氏と、奥さんの2名である。乳牛に対して、細心の注意を払って作業を行うことが必要と考えており、他人には作業を任せたくないとのことである。 現在の飼養頭数は28頭、うち搾乳牛8頭、乾乳牛10頭、未経産牛4頭、育成牛6頭である。8頭の搾乳牛から、1日当たり170キログラム搾乳している。1日1頭当たりの乳量は、約21キログラムである。 タナー氏は、建設業を営んでいたが、年を経るに従い仕事が大変になったことから、収入の安定した職業への転職を考えていた時に、酪農を営んでいた弟さんから話を聞き、酪農業への転職を選んだ。
2001年に、建設業を続けつつ、2万バーツ(約5万4千円)の自己資金で、2頭の未経産牛を購入し、酪農を始めた。その後、DPOの15日間のセミナーを受けつつ、試験的に購入した牛を飼育し、2002年末から搾乳を開始した。その後は、建設業で得た収入と2頭の乳牛から得られる後継牛で、特に公的支援は受けずに増頭してきた。乳牛の種類は、ホルスタイン種にレッドデーン(Red Dane)種などの現地で「赤白牛」と呼ばれている、この土地の気候に適した品種を掛け合わせたものを用いており、血量100%の純粋ホルスタイン種は飼養していない。酪農を始めてしばらくは、ホルスタイン種100%の精液を交配に用いていたので、93%、95%、97%のホルスタイン種の血量の乳牛も飼養されている。現在飼養している乳牛は、全て自家繁殖、育成したものである。
人工授精用の精液は、国内産も海外産も用いている。人工授精を依頼する獣医師の保有しているものから、その牛の状態を見ながら選別する。ホルスタイン種の血量が増えれば増えるほど、乳量は増えるが、気候への適応能力が低下する。主に泌乳能力の高いホルスタイン種の精液を、血量を考慮しながら選択するが、気候への適応が悪いなど、その牛の状態が悪ければ、ホルスタイン種の血量を下げる目的で、ホルスタインの血量割合の低い精液や、「赤白牛」の精液を交配する。 獣医師は、MOAC畜産開発局(DLD)やDPOなどから派遣されている。人工授精の手数料は、受胎の有無にかかわらず、使用する精液により、国内産は150バーツ(約405円)、海外産は350〜700バーツ(約945〜1,890円)である。ホルスタイン種の精液は、大部分がアメリカ産だが、「赤白牛」の精液は、数カ国から輸入されているという。 現在の生乳の出荷先は、約20km離れたシーキウ酪農協同組合であり、ここからは、DPOに出荷されている。乳価は1キログラム当たり15.6バーツ(約42.1円)。品質によって加減されるが、タナーファームからは、最上の品質の価格で出荷しているとのことである。 (2) 低コスト生産に向けた飼養管理の取り組み タナーファームでの生産コストの低減方法は、経営者自らが粗飼料を生産し、牛に十分給与することに重点が置かれている。また、キャッサバでんぷんの副産物であるキャッサバかすを混ぜて給与することにより搾乳量を維持しつつ、粗飼料の給与量を抑えることができるとのことである。 飼料の給与構成は、粗飼料を全頭に1日当たりピックアップトラック1台分(約500キログラム)、濃厚飼料を1頭1日当たり6キログラム、キャッサバかすを1頭1日当たり20キログラム与えている。濃厚飼料は、酪農協を経由して農業・食品関連総合企業であるCP社の製品を購入しており、その代金は生乳販売代金から差し引かれている。 一方、キャッサバかすは、1キログラム当たり0.25バーツ(約0.7円)で、タナー氏自ら近辺のタピオカ工場で買い付け、飼料コスト低減に取り組んでいる。
生産コスト低減を図る上で重要な自給粗飼料の作付面積は、12ライ(約1.92ヘクタール、1ライ=0.16ヘクタール)で、自分の機械で収穫しており、数年に1回、外部委託による種まき前の耕起を除き種まきも自ら手作業で行うことで作業委託費の低減を図っている。ルージーグラスとムラサキギニーの2種類の種子を、一般のマーケットから購入して、1ライ当たり3キログラムまいている。 その他に、7ライ(約1.12ヘクタール)の面積の運動場を持っている。運動場が広すぎると、牛がエネルギーを使い過ぎると感じており、ある程度の面積に制限することが必要だと考えている。 現在の1日当たりの給与サイクルを見ると、まず朝の給与時には稲わらを給与している。本来であれば牧草を給与することが望ましいが、今年は乾期が長かったため生育が悪く、やむを得ず隣の郡の稲作農家から購入した稲わらを与えているとのことである。稲わらは、需要が低いため焼却されることが多く、安価で入手できる。なお、最近まとまった降雨があったので、1カ月もすれば牧草が生育すると見込んでいる。昼は運動場で放し飼いにし、夜は牧草を十分に給与している。 生産原価については、MOACの担当者が、既定の様式に入力して計算しており、自分ではその数値は把握していない。原価計算にあたって出荷量や酪農協から購入している飼料代金といった大部分のデータは酪農協から得られるが、それを補完するために、MOAC担当者のヒヤリングを受けている。それに回答することにより、生産原価が自動的に計算され、評価されるとのことである。 酪農協では、月に1回セミナーが開催されており、DLDから専門家が来て技術を指導している。 搾乳中は、タイ語の音楽を流している。犬の鳴き声などが聞こえなくなり、牛がリラックスできるためか、乳量の増加に効果があると考えている。 搾乳期間は、人工授精の結果により、牛によって異なるが、9〜12カ月で、搾乳回次は、一番多いもので8回とのことである。ほかの酪農家では、12回という牛がいると聞くが、一部の酪農家では5〜6回というケースもあるという。 タナーファームでは、当初購入した牛は5〜6回次で廃用としたが、これは導入時の状態が良くなかったためである。現在飼養しているものは全て自家生産した次世代のものなので、状態も良いため、牛の健康状態を見て、能力があれば可能な限り搾乳することで経産牛の更新コストを抑えている。
ふん尿は、ある程度まとまった段階で人力により移動し、乾燥させた上で、肥料として年1回程度、草地に投入している。残りは乾燥させて、1袋50キログラムの、プラスチック製の袋に入れ、周辺の耕種農家に販売することで利益につなげており、最近は、販売する割合の方が高いとのことである。 ほかの農場では、牛の疾病による搾乳量の減少が見られるとのことだが、タナーファームでは病気はほとんど発生しないとのことである。口蹄疫ワクチン接種は、年1回実施しており、これまで発生はないとしている。 これからの見通しについては、現在の販売価格で十分生活できる利益を上げており、増頭はせず、牛を大切にして経営を継続したいとのことである。 ほかの酪農家で利益が出ないというのは、労働やコストなどに見合うだけの生産ができていないためであり、子牛の飼養管理が十分でないことがその一因であると考えている。タナー氏は、低コストで経営できる理由として、粗飼料主体の飼養管理と、子牛の時から生乳を十分に与えるという子牛の育成方法を挙げている。粉乳を溶いて少量だけ給与する酪農家があるが、粉乳を投与すると子牛が下痢を起こし、発育が悪くなる場合が多いと感じている。十分に生乳を飲ませ、牛をいたわり、細心の注意を与えることで、成長してからの搾乳量も多くなると考えている。価格がさらに下がったとしても、乳量を安定させることで、問題なく酪農業を続けられるとしている。 モデル農家に選ばれて、ほかの酪農家からの電話での問い合わせ、また見学者も増えているという。中には乳牛を売って欲しいという人もいるが、牛の育成には手間とコストをかけているので、販売することは考えていないとのことである。 見学に来た酪農家には、収入の面ばかり求めると失敗することが多いが、牛と一緒に生活するということを考えることができれば、結果的にその牛から利益を得ることができるとの信念をアドバイスしている。 (2) プラパートファーム―購入飼料の利用により労働費の低減を目指す―(1)酪農家概要プラパートファームは、ナコーンラーチャシーマー県カームタレーソー郡に位置する。 労働力は、現在51歳の経営者のプラパート氏と奥さん、外部雇用者の計3名である。
現在の飼養頭数は30頭、うち搾乳牛17頭、乾乳牛5頭、未経産牛3頭、子牛(6〜11カ月)3頭である。出荷乳量は1日当たり230キログラム、1日1頭当たりの乳量は、約13.5キログラムである。 プラパート氏は、コメやトウモロコシなどを扱う一般農協の職員であった。そこで、酪農協に参加している農家から融資の相談を受けた際に、酪農の話を聞き、収入が安定していて魅力的だと感じたことが酪農を始めたきっかけである。その後、農協の職員として働きながら2000年に3頭の牛を導入し、農協を退職し2003年から搾乳を開始した。 当初は、3頭の牛を自己資金で導入したが、2005年からは酪農協からの融資を受け、外部の未経産牛を導入した。導入した牛は、インド系の牛とホルスタイン種の交雑種で、ホルスタイン種の血量が約60%であった。その後、ホルスタイン種100%の精液を使って人工授精を繰り返し、今では平均のホルスタイン種の血量が78〜85%程度となっている。ただし、この地域の気候にはホルスタイン種の血量は75〜78%が最適であり、このままの血量を維持するか、または血量を下げるためにホルスタイン種の血量が低い精液で人工授精をする必要があると考えている。
生乳は、カームタレーソー郡の酪農協を通して、CPメイジ社に出荷されている。酪農協の生乳買取価格は1キログラム当たり15.4バーツ(約41.6円)で、酪農協からCPメイジの工場には、1キログラム当たり1.1バーツ(約3.0円)を上乗せして販売されている。結果的にCPメイジ社では、1キログラム当たり16.5バーツ(約44.6円)で買い取っていることになる。なお、乳価は乳質のグレードによって変わり、グレードは体細胞数、乳脂肪率、乳タンパク量および希釈されていないかどうかを確認するための凍結温度などによって決まる。グレードは、DLDの県事務所の担当者がサンプリングを行い、別の県にある検査センターで検査を行った上で、その結果を酪農協に通知している。その結果により、販売乳価が決定する。 飼料は主にCP社で製造している混合飼料(TMR)を与えている。当初からCP社製の濃厚飼料を使用しており、その関係で新商品として紹介された、まだ使っている農家が少ないTMRを使用している。搾乳量に応じて、タンパク質含有量の異なる濃厚飼料を給与している。搾乳量10キログラム未満の牛には14%、10キログラム以上20キログラム未満の牛には16%、20キログラム以上の牛には21%のものを給与している。TMRを与えない場合は、搾乳量2キログラム当たり1キログラムを給与しているが、TMRを与える場合には、給与量を調整している。例えば、搾乳量20キログラムの牛には、TMR15キログラム、濃厚飼料3キログラムを給与している。また、粗飼料として稲わらと牧草を農場全体でまとめて1日当たり80キログラム給与しており、牧草は22ライ(約3.52ヘクタール)の土地で自給しているルージーグラス種を使用している。なお、自給飼料の生産は、種まきから収穫まですべて自ら行っているが、その手間やコストを考慮して、徐々にTMRにシフトしつつあるとのことである。なお、2008年の飼料価格高騰時には、飼料コストが上昇したものの、その年の出産が多かったことから搾乳量が増加し、その利益で上昇分をカバーできたため、影響はほとんどなかったという。
(2) 低コスト生産に向けた取り組み 生産コストは、生乳1キログラム当たり約11バーツ(約29.7円)程度と考えている。なお、これには雇用労働費は含まれているが、プラパート氏と奥さんの家族労働費は含まれていない。プラパート氏は、酪農を続けていくためには、作業をより省力化していく必要があると考えている。今後は自給飼料の生産を減らして、TMRの給与を増やしていくことにより、労働力を減らし、かつ低コスト化を図る予定とのことである。また、疾病の発生によるコスト高を抑える観点から、牧場の衛生状況にも気を遣うとともに、耐暑性や抗病性の維持のためにホルスタイン種の血量を上げ過ぎないよう牛の血量をコントロールすることも重要だとしている。 酪農協からは直接の技術指導は受けていないが、年1回開催されている酪農協主催のセミナーに参加して、飼養管理技術向上によるコスト削減を目指している。なお、新しく酪農協の組合員になるためには、DPOか、またはDLDが行っているセミナーを受講しなければならないとのことである。 搾乳は、朝5時と夕方3時、集乳に来る時間に合わせて行っている。集乳は、コスト削減のため、他の酪農家と共同で人を雇って委託している。搾乳期間は年280日で、更新時の搾乳回次は平均5回となっている。また、乳牛の快適性を高めて乳量を向上させることを目的に、搾乳時にはリズムのいい音楽を流すとともに、扇風機で送風して牛を快適に保っているとのことである。
ふん尿は、草地に散布しており、余った分は乾燥させて外部に販売している。今後は、草地面積は減らしていく予定のため、外部販売量を増やし、収入源としていくとのことである。 口蹄疫の予防として、年3回ワクチンを受けている。外部からの病原体の侵入を防ぐため、外部から人が訪問する際には、消毒を行っている。また、搾乳時には、ミルカーの装着はプラパート氏自らが行うなど細心の注意を払っており、乳が乳房の中に残らないようにしている。このように、疾病によるコスト増加を防ぐ努力も行っている。 将来的には搾乳牛を40頭、合計の飼養頭数を60頭まで増やしたいとしている。そのためには、搾乳に必要な労働力をもう一人確保することと施設の増設が必要になる。その際、施設の増設には融資を利用することもできるが、自己資金で賄いたいと考えているとのことである。また、将来的には、搾乳した生乳の運搬の労働を削減するために、10万バーツ(約27万円)の費用で搾乳場内のパイプラインを増設することも検討しているとのことである。 プラパート氏は、自分の酪農経営がうまくいっている理由として、(1)搾乳牛の能力が高く、経営を維持するための十分な搾乳量があること、(2)搾乳量を増やす努力をしていること、(3)酪農経営に気概を持っていること、(4)最低でも、現在の規模を維持できればいいという考えで行っていること−を挙げている。 5.おわりにタイにおける近代的な酪農は、1962年のタイ・デンマーク酪農場の創設から始まる。このように歴史が浅いことや、農家の教育レベルが必ずしも高くなく、乳牛の飼養管理への理解が十分なされていないことなどから、多くの酪農家では、小規模で非効率な経営が行われている。十分な飼料基盤がなく、また、熱帯地方のため乳牛の泌乳能力が限定されてしまうことなども、安定した酪農経営の妨げとなっている。一方、豪州、NZとのFTA協定に基づく牛乳、脱脂粉乳の貿易自由化を2025年に控え、酪農経営の効率化と足腰の強化は喫緊の課題となっている。DPOの徐々にではあっても酪農家のコスト意識を改善しようという取り組みは、まだ始まったばかりではあるが、今後取りまとめられる予定の結果と併せて、その動向が注目される。また、偶然かも知れないが、今回訪問したモデル酪農家は、2カ所とも異業種からの参入者であった。飼料に対する考えは、一方は自家供給や副産物利用などによる低コストにこだわり、もう一方は購入飼料へのシフトによる省力化でコスト削減を図るなど、それぞれ違いはあるものの、牛を大切にすれば牛から安定した利益を得られるという、共通する信念を持っていた。これこそ、酪農の原点であると改めて感じるとともに、こうしたモデル農家をきっかけとして、タイの酪農業が発展することを願わずにはいられない。 |
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