海外駐在員レポート  
 

ベルギー農林祭「LIBRAMONT」 ホルスタイン共進会の概要
〜最近の酪農・乳業をめぐる情勢を背景に〜

ブリュッセル駐在員事務所 小林奈穂美、前間 聡


    

1.はじめに

 ベルギー南部のLibramontでは、毎年7月に農業関係者の祭典である大規模な農林祭が開催される。開催場所の地名を取り「LIBRAMONT」と称されており、75回目となった今年も7月24〜29日の5日間開催された。農業関係者はもちろんのこと一般の来場者も多く、家族連れで来場する姿も多く見られ、ベルギーでも有名な催し物の一つである。しかし、今回は例年と異なり、一部の生産者による会場入り口の封鎖や警察による厳重な警備など騒然とした空気に包まれた。この背景には、昨年末の世界的な経済不況の影響により、欧州ではそれまで好調だった農産物の価格が下落し、生産者価格も全般的に低迷したことから、生産者の不満が高まり、抗議行動が活発になったことが挙げられる。中でも、牛乳・乳製品の影響は大きく、生産コストが低下しない中で、乳価が低迷していることが大きな問題となり、酪農家を中心とした生産者団体による大規模デモが行われ、このLIBRAMONTの会場にもその波が押し寄せたのである。

 当初、LIBRAMONTで行われるホルスタイン共進会の概要を、出展農家を中心に紹介する予定で調査していたが、共進会当日に起きた騒動の現場に居合わせたことから、その騒動の原因となった最近の乳業をめぐる情勢を背景に、その概要を紹介することとしたい。

2.ベルギーの酪農の概況

 ベルギーは、国土面積が関東地方とほぼ同じ3万平方キロメートルで、人口は東京都と同程度の約1千万人と、決して大きい国ではない。しかし、酪農については、隣国のフランスやオランダほど盛んではないものの、酪農家戸数(2007年12月)1万3千戸、乳用牛飼養頭数52万4千頭と、それぞれ日本の約2分の1、3分の1となっている。 生乳生産量は、生乳生産割当(クオータ)制度下で安定的に推移しており、2008年の生乳生産量(出荷ベース)は285万トンとなっている。また、飲用乳の生産量も微増で推移しているものの大きな伸びはないことから、消費量も同様に、大きな変動はないと考えられる。(図1)

図1 ベルギーの生乳および飲用乳の生産量

 EUの主な乳製品価格を見ると、2007年は世界的に乳製品がひっ迫したことから、近年まれに見る高水準となった(巻末参考資料51頁「ウ 乳製品の価格」参照)。これに伴い、生産者乳価も上昇した。しかし、2008年には燃料費の高騰などから生産費が上昇し、EU各国では生産者による生産者乳価の引き上げや小売価格の引き上げを要求するデモや、ドイツやオランダでは生乳出荷拒否などのストライキも見られた。さらに2008年末の世界的経済不況から、乳製品価格が急落し、その影響で生産者乳価も引き下げられた。一方、生産費の改善は見られず、2008年から続いていた生産者価格の引き上げ要求は、2009年に入りますます活発となり、ブリュッセルの欧州委員会前では、委員会開催日に合わせて各国から集まった生産者による大規模なデモが行われている。

 ベルギーでも、大手乳業メーカーの買入れ乳価を見ると、2007年12月の100キログラム当たり47.15ユーロ(6,318円:1ユーロ=134円)をピークに下落し、2009年6月は同22.21ユーロ(2,976円)と、ピーク時の約2分の1となり(図2)、同様のデモが行われている。この生産者乳価の引き上げられない要因の一つとして、ベルギーでは、生産量や消費量に大きな変動がない中にあって乳製品輸出が低迷しているため、生乳の余剰感が強いことが考えられている。

図2 生乳生産者価格の推移

3.Annie & Eddy Pussemier-Delannoy 牧場(共進会出展農家)

 共進会の開催を前に、出展を予定するEddy PUSSEMIERさんの牧場を訪問した。Eddy さんは、ナポレオン最後の戦いで知られているワーテルローから車で10分ほどの場所で酪農を営み、ベルギー国内外の共進会入賞の常連である。1942年にEddyさんの奥様Annieさんの両親が始めた酪農業をEddyさんが継承している。所有面積は100ヘクタールで、そのうち7ヘクタールが放牧用、25ヘクタールで牧草、15ヘクタールでビート、10ヘクタールでトウモロコシを栽培し、飼料は完全自給となっている。また、販売用の穀物も栽培している。現在、ホルスタイン145頭(うち搾乳牛は50頭)を飼養し、クオータ量は50万キログラムでそのうち自家消費クオータは2万5千キログラムとなっている。牧場内にはAnnieさんによる自家製チーズやヨーグルト、アイスクリームのほか、鶏卵を直売するショップを併設している。

自家製チーズやヨーグルトを販売
Eddy PUSSEMIERさん
数々のコンクールで入賞

 Eddyさんの牧場の生乳は、2009年8月現在1リットル当たり19セント(25円)で乳業メーカーと取引されているが、2008年に上昇した生産費は現在も高止まったままとなっていることから、少なくとも同30セントないと赤字になり、ほかの酪農家同様、非常に厳しい経営状況だという。現在は、今までの貯蓄を取り崩して何とかやり繰りしているとのことで、「わが家の口座の残高を見れば、どれだけ厳しい状況かわかるだろう。最近、牧場周辺でも既に4戸の酪農家が離農している。」と、厳しい表情で語っていた。2008年1月に訪問した際、場内のショップについては趣味の一つとだとしていたが、今ではこの収入も重要なものとなっている。また、後継者である息子のJonasさんは、今夏、農業学校を卒業したが、現在の状況を踏まえ、すぐには家業を継がず、ほかの職業に就くとのことである。

 Eddyさんは、これまで数々のホルスタイン共進会に出展しており、グランドチャンピンに輝いた経験もある。今回のLIBRAMONTの共進会にも例年通り、6カ月齢未満1頭、2歳未満3頭、2歳以上5頭の全9頭を出展した。共進会は特に入賞賞金はなく、出展時の輸送コストなどはすべて自費となっている。上記のように厳しい経営状況が続く中、共進会出展はかなりの負担となると考えられるが、Eddyさんは、入賞実績を重ねることにより牧場の知名度が上がり、商業的効果が期待できることと共進会に対する「Passion(情熱)」から出展している。なお、出展用の牛の手入れはJonasさんを中心に、体型維持のための飼料のコントロール、毛刈り、洗浄、歩行訓練などを2週間前から行っている。

出展前の洗浄は念入りに行う
初めての大舞台に向けて歩行訓練

4.ホルスタイン共進会の概要

 LIBRAMONTは、1926年にアルデンヌ地方の荷車用の使役馬の販売促進のために開催されたのが始まりとなっており、今では、農産物を中心に、林業、園芸部門の紹介や農機具の展示など、農業全般の催しとなっている。毎年、ベルギー国内外からおよそ16万人の来場者があり、2009年の来場者数も5日間で約17万人となっている。

 畜産部門は会場のかなりのスペースを占め、家畜の展示やふれあいコーナーの設置および畜産物の紹介などを行っている。なかでも、共進会はメインイベントの一つとなっており、今回紹介するホルスタイン種のほか、リムジン種やシャロレー種などの肉牛や、LIBRAMONTの起源となっている荷車用馬の共進会も開催される。

バーベキューレストランではベルジャンブルー種やリムジン種などの
6種類の牛肉が食べられる
ふれあいコーナー

 ホルスタインの共進会は、LIBRAMONT初日の7月24日に開催された。開始予定時刻の午後1時には、既に屋外会場のゲート前に人だかりができており、予定通り開始されるかと思われたが、一部の者が会場の芝生の上に用意してあった木くずをまき散らし、さらに舞台を壊し始め、一向に始まる様子はなかった。関係者に確認すると、この人だかりは大会参加者ではないワロン地方の酪農家で、厳しい経営状況やそれに対する抗議行動をしている最中に「お祭り騒ぎ」をしている場合ではないとの理由から、牛の登場ゲートを封鎖し、共進会開催を妨害しているとのことだった。一時は騒然として、主催者は開催中止も検討したが、最終的には、屋外での開催を諦め、待機用牛舎内の狭いスペースを利用して関係者以外立ち入り禁止で1時間遅れでの開催となった。(われわれはEddyさんの関係者として見学することができた。)
酪農家による会場ゲート封鎖
会場内の舞台を解体し始める酪農家
屋外の会場
狭い待機用簡易牛舎に会場変更

 共進会は、月齢ごとに分類されており、子牛3部門、成牛6部門の全9部門を審査員1名の審査により各部門の優秀な牛が選ばれ、さらにその中から今大会のグランドチャンピオンが選ばれる。今回の出展頭数は64頭であったが、上記騒動により直前に辞退した農家もあった。Eddyさんが出展した9頭のうち8頭が入賞、さらにそのうち1頭が成牛部門でチャンピオンとなったが、残念ながらグランドチャンピオンは獲得できなかった。今大会のグランドチャンピオンは成牛3歳部門から選ばれている。ちなみに、Eddyさんがグランドチャンピオン受賞を期待していた牛は、体型維持がうまくいかず、肉牛のような体型になってしまったことが敗因としている。

 騒然とした雰囲気のなかで始まった共進会であったが、すべての部門で審査が行われ、無事終了した。

自分で手入れした牛を引くJonasさん
親子で共進会に参加
入賞牛にはベルギー国旗色のリボンを
グランドチャンピオン

5.おわりに

 今回の共進会を開催するに当たり、開催1カ月前に、政府、関係団体および酪農家で会合を開き、開催の有無を協議し、その結果、全員の賛同は得られなかったものの開催が決定されていた。また、開催当日も同様の会合を開き、開催の最終確認をしており、Eddyさんら共進会出展農家は予定通り開催されるとして、入念に出展牛の手入れをして大会に臨んでいた。しかし、開催反対の一部の酪農家により今回の登場ゲートの封鎖などの抗議行動があったため、屋内の狭い会場で開催する結果となってしまった。

 Eddyさんは、この騒動について、自身の厳しい経営状況から彼らの気持ちも理解できるが、毎年行われる歴史ある農林祭の妨害は決して褒められる行動ではないと話している。しかし、この影響により、現在、今後予定されている共進会の開催の有無について検討されており、先行き不透明な状態だそうである。

 ベルギーでは、ワロン地方の一部の生産者団体が、抗議活動の一つとして生乳出荷拒否も視野に入れていると一部メディアが報道している。Eddyさんは、抗議活動は重要であるとしながらも、大きな改善は期待できないとして、新たな販路を見出し、収入につながるような、例えば牛乳の直販や牧場内に牛乳の自動販売機設置の検討をするなど、自助努力による苦境からの脱出を考えている。

 今回の共進会での騒動は、ベルギーの一部の地域の酪農家の抗議活動に過ぎないが、その現場を目の当たりにすることで、西欧を中心に問題となっている生乳生産者価格の下落が想像以上に深刻であることを実感した。夏の長期休暇シーズンが終わり、EUも本格的に稼働し始め、生産者による抗議活動はさらに活発なると予想されることから、引き続きその動向を注視していきたい。


 
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