調査・報告

日本短角種を対象とした有機牛肉生産の取り組み
―青森県七戸畜産農業協同組合の事例―

日本大学生物資源科学部 准教授 川手督也

1.はじめに

 日本短角種は、南部牛を起源とする北東北および北海道の一部の地域特産の肉用牛である。日本の在来種を起源とする4品種ある和牛の1つであり、体色は赤褐色である。岩手県北部の山村を中心として、秋田県、青森県、それに北海道の一部で飼われている。飼養頭数(繁殖雌牛)は、平成16年度でわずか5,512頭となっている。最大のシェアを占める岩手県においても、平成17年度の飼養頭数(繁殖雌牛)は3,305頭、飼養農家数は548戸となっており、飼養頭数では平成3年度の24%、飼養農家数では31.5%まで落ち込んでいる。

 日本短角種は、泌乳量が豊富で子育てが上手く、寒さに強くて頑強であり、放牧に適し、粗飼料の利用に優れた特性を有している。おおむね3〜5月の間に生まれ、5〜10月にかけての約6カ月間、母牛と一緒に、山の方にある放牧地で放牧される。放牧は、地域で組織される牧野組合により共同で実施される。繁殖は、「まき牛」と呼ばれる自然交配で行われる。その後、秋が深まると農家に戻ってきて、冬の間は農家の牛舎で過ごす。こうした飼養方法は、「夏山冬里」方式と呼ばれる。こうした飼養方法は、かつては、日本短角種以外でも広く見られたが、現在では、しだいに姿を消している。

 このうち、肥育牛は、その後、約14〜18カ月間、粗飼料と穀物系飼料を与えられながら仕上げられ、生後約22〜26カ月で滋味のある赤身肉が生産される。

 こうした日本短角種の生産のあり方は、北東北の山村の暮らしの中で育まれてきたものといえる。

 日本短角種は、放牧適性や粗飼料の利用に優れているだけだなく、肉質においても、(1)赤身肉で脂肪が少なく低カロリーで健康に良い、(2)脂肪交雑度の高い肉と比較して高蛋白、(3)粗飼料多給に適するため脂肪酸組成が改善される、などの長所を有している。

 こうした中で、BSE問題の発生などを契機として、日本短角種に対する再評価の機運と再生に向けた取り組みが進められている。その中で課題の1つとして指摘されているのが、肥育における日本短角種の特徴を活かした生産方式の確立である。日本短角種といえども、肥育用飼料のうちの穀物系飼料については、主に輸入配合飼料に依存している。この部分の不徹底さを今後どうするかという問題がある。また、日本短角種の特性である放牧適性や粗飼料利用性の高さを生かした肥育の方法についても、十分に確立されているとは言えない状況にある。さらに、物質循環については、肥育時の飼料を輸入に頼っているため、その分、地域内物質循環のサイクルがどうしても一部完結していない。

 こうした中で、青森県七戸畜産農業協同組合では、平成15年度より青森県の事業を活用しつつ、(1)農薬・化学肥料を使用せず生産した飼料の給与、(2)放牧とゆとりある牛舎での飼養という生産方式を基礎として有機畜産物JAS規格注1)の取得を目指した日本短角種生産の取り組みを進め、すでに平成17年度より東京都内百貨店との契約・販売をスタートした。平成21年12月24日には有機畜産物JAS規格を取得した。これはわが国では3番目、日本短角種では初めてであり、大変画期的なことといえる。

 以下では、青森県における日本短角種を対象とした有機牛肉生産の取り組みの概要について報告したい。

  注1: JASとは日本農林規格のことで、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に
      関する法律(JAS法、1950年公布)に基づく、農・林・水・畜産物およびその加工
      品の品質保証の規格。一般JAS、有機JAS(有機農産物、有機畜産物、有機
      加工食品)、特定JAS、生産情報公表JAS、定温管理流通JASがある。
      http://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/pdf/yuuki_kikaku_a091027.pdf

2.有機牛肉生産の取り組みの実際

(1)事業主体・生産牧場の概要

 
事業主体の青森県七戸畜産農業協同組合は青森県上北郡七戸町に本拠があり、組合員は6市町村858人で、主な事業は(1)肥育牛の受託販売事業、(2)購買事業、(3)家畜の登記・登録事業、(4)人工受精事業、(5)放牧事業、(6)肥育センター事業、(7)繁殖センター事業である。飼養している畜種は黒毛和種と日本短角種であり、日本短角種については飼養農家5戸、年間販売頭数約170頭となっている。

 生産牧場(七戸畜産農業協同組合横浜牧場)は下北半島の南端に位置する青森県上北郡横浜町にあり、総面積は362ヘクタールである。うち草地は約100ヘクタールである。生産牧場は標高が低くて比較的傾斜は少ない。海に面しており、冬季間の積雪は少ない。平成14年秋以降は草地及び飼料畑を含む牧場内全てにおいて農薬・化学肥料は一切使用しておらず、肥料は堆肥のみによっている。飼養頭数は634頭で、うち黒毛和種382頭、日本短角種252頭となっている。このうち、日本短角種の肥育頭数は約140頭で、うち有機短角牛は約60頭、年間出荷頭数は約15頭となっている。

 日本短角種用採草地の草種はオーチャードグラスが中心で2番草まで刈り取っている。飼料畑は9ヘクタールでデントコーンが栽培されている。また、有機生産用の日本短角種専用放牧地としてペレニアルライグラスの草地が10ヘクタール整備されている。

(2)取り組みの経緯

 青森県における日本短角種を対象とした有機牛肉生産の取り組みは、平成15年度より、七戸畜産農業協同組合を事業主体とし、青森県畜産課、上北地域県民局地域農林水産部、畜産試験場、家畜保健衛生所など県関係機関を中心に、北里大学循環型畜産研究会および家畜改良センター奥羽牧場、動物衛生研究所東北支所、東北農業研究センターの支援を受けつつスタートした。平成15年度時点においては、日本版の有機畜産物ガイドラインが制定されていなかったところから、コーデックス委員会注2)において採択された国際基準注3)に準拠する形でスタートした。その後、平成17年10月に有機畜産物JAS規格が制定され、規格に沿って生産された短角牛のネーミングを一般公募し、「青い森の元気牛」と名付けた。生産方式について詳細な生産行程に関する管理規程などが作成され、それに従った生産が行われているが、ポイントとしては、(1)農薬・化学肥料不使用により生産された飼料の給与、(2)夏季は放牧、冬季はパドック付きの畜舎でのびのびとした飼養、(3)動物用医薬品の使用は治療のみに限定することがあげられる。

 取引・販売先は東京都内百貨店であり、11〜3月に期間限定で毎月1週間専用コーナーが設けられ店頭販売されている。平成22年3月からは、らでぃしゅぼーや株式会社でも取引・販売がスタートしたが、「青い森の元気牛」ではなくて「あおもり有機短角牛」の商品名で販売されている。

  注2: コーデックス委員会は、消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を
      目的として、1962年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関で
      あり、国際食品規格の作成等を行っている。日本は1966年より参加。

  注3: http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/codex/standard_list/pdf/cac_gl32a.pdf


(3)生産方式のアウトライン

 生産方式のアウトラインは、秋〜冬に放牧地および畜舎での自然交配による種付け→翌6〜8月分娩・草地での親子放牧→冬季(11〜4月)畜舎での飼養→夏季(5〜10月)草地での放牧→冬季(11〜4月)畜舎での飼養→・・・・となっている。

 5〜10月の放牧地での放牧については、ペレニアルライグラス主体の草地で肥育牛については2週間おき、繁殖牛については放牧期間中2回の健康診断を実施するとともに、背中に塗布するプアオン法によるダニ駆除を行っている。転牧は草量をみながら1〜2週間間隔で実施している。

 冬季は運動場付きの広い畜舎で管理している。使用する飼料については、自給生産のデントコーンを基本としているが、現行の有機畜産物JAS規格で15%未満について非遺伝子組み換えの原料を用いた配合飼料の給与が許容範囲として認められていること、冬季間の成長が十分でないことから、青森県産の飼料用米を10%程度使用している。

青い森の元気牛(放牧時)
青い森の元気牛(舎飼時)
 デントコーンについては、当初、使用する種子について有機畜産物JAS規格が明確でなかったことから、殺菌消毒された市販品の使用を避けるため自家採種を行っていたが、現行の有機JAS規格では殺菌消毒した購入種子の使用が可能であること、自家採種のためには多くの労働力を必要とすること、自家採種の種子により栽培したデントコーンの単収や品質が不安定なことから、平成18年度からは市販の非遺伝子組み換えの種子を使用している。

 飼料畑・草地の施肥については、生産牧場で生産された堆肥のみとし、散布量は10アール当たり8トン、採草地で同3トンを上限としている。

 最大の問題となるデントコーン畑の雑草対策としては、カルチベータ(中耕・除草などを行う機械)による中耕除草を、当初は年間2回程度であったが、現在は4〜5回実施している。その他、マメ科牧草によるリビングマルチ(生きた植物での土壌被覆)や麦類との二毛作による雑草防除の試験に取り組んでいる。ただし、麦類との二毛作は実用化が難しいということで現在は休止している。
カルチベータによる除草

 また、生産牧場ではカラスによる幼苗への被害が多く、その対策として発芽時に生産ほ場内に釣り糸を張って対応している。そのため多くの労働力が必要とされている。

 出荷基準は28カ月齢・600キログラム(生体)を目標として設定してきたが、なかなか達成できなかった。しかし、生産・給与するデントコーンの品質の改善や放牧地の草地改良、子牛の離乳の延長などにより大幅な改善が見られ、現在では28〜30カ月齢・630〜650キログラムに目標を設定し直している。

 現在出荷されている約30頭の「青い森の元気牛」のうち、冬季舎飼前に出荷するものは全体の1/3、冬季舎飼に入ってから出荷するものが2/3の割合となっている。

(4)肉の特徴について

 (社)日本食肉格付協会による格付けはおおむねA2であるが、肉、脂肪の色は濃くなっている。通常の日本短角種の牛肉に比べて出荷時体重が100キログラム少ないが、ロース芯が小さく、ヒレやロースなどの量が少なくなっている。逆に皮下脂肪は少なく歩留まりはよくなっている。

 現在の主たる取引先である東京都内百貨店では、サシの少ない赤身肉が求められており、その点では要求に合致するものとなっている。実際の食味では、通常の日本短角種の牛肉に比べてさっぱりした味であり、イタリアン系などの赤身牛肉を用いる料理やさっぱりした味を好む層では支持されると思われる。実際、東京都内百貨店での昨年度までの販売実績は良好であり、平成20年に取引単価や小売価格は上昇したが、取引・販売数量は変わっていない。
「青い森の元気牛」店頭販売の様子

3.今後の課題

 青森県における日本短角種を対象とした有機牛肉生産の取り組みは、かつては不可能と言われた有機畜産物JAS規格に適合した生産方式を改善の余地はあるものの、一定確立し、また、放牧適正や粗飼料利用性の高い日本短角種の特徴を生かした生産方式の開発という点で、大変高く評価されるべきと思われる。

 しかし、その一方で、次のような課題も指摘できる。

 第1に、生産コストが通常の短角牛生産に比べて2〜3割増しとなっていることである。これは、出荷月齢が通常の場合より6〜8カ月長いこと、有機飼料生産の労働費がかかることなどが大きな要因となっている。

 第2に、冬季舎飼時期の成長が低いことがあげられる。有機飼料生産によるデントコーンの品質が悪いため、当初は、DG(一日当たり増体重)は一日当たり0.3キログラムであったのが、デントコーンの品質向上に伴い現在は同0.5キログラムにまで改善されているが、まだ十分とは言えない。

 第3に、有機畜産物JAS規格に適合し、環境や安全性の観点からきわめて健全な生産方式となっているが、その点を踏まえ、肉の特徴と合わせて、いかにして有利販売を進めていくかが課題といえる。

 第4に、以上の課題を克服するため、開発された生産方式のさらなる改善、有利販売を進めるためのマーケティング戦略の確立とそのための一層の関係機関などによる支援が必要と考えられる。



元のページに戻る