話題

国産チーズの多様性と展開方法

白糠酪恵舎 代表 井ノ口和良

 かつて国産のチーズといえば大手乳業メーカーが製造するプロセスチーズを誰もが思い浮かべたでしょう。しかしこの十年の間に国産ナチュラルチーズは目覚ましい発展を遂げ、多様なナチュラルチーズを生産する工房が数多く誕生しました。

 手作りチーズの創世期はその希少性によって評価される面もありましたが、今や欧州のチーズコンテストで優勝したり、チーズブックに紹介されるなど、その品質はようやく内外に認められる程のレベルになったと言ってよいでしょう。

 その種類も多様化しています。かつてゴーダ、カマンベール、ストリングチーズが手作りチーズで工房の三種の神器でありました。使う乳酸菌やレンネットも同じで、酪農学園大学の先生をして「みんな同じ乳酸菌の味がする」と言われる程でした。しかし、情熱をもった作り手は日本を飛び出し、思い思いの国でチーズを学んできたのです。その結果、国内に様々なチーズの製造や利用方法についてのノウハウが蓄積されていきました。そのまかれた種が芽を出し、ようやく少しずつその葉を広げているのが今の国内の手作りナチュラルチーズ生産の姿です。

 チーズの消費は関東・北海道が高く、四国・九州は低くなっています。北海道に80近いチーズ工房があるのは酪農王国ですから、何の不思議もありません。しかし、今や全国に個性豊かなチーズ工房があり、我こそはとチーズを作っています。昨年秋のオールジャパンのチーズコンテストで日本一に輝いたのは九州のチーズです。しかもそのチーズはイタリアのウォッシュチーズをモデルにしたもので、真に国産ナチュラルチーズの総地域的広がりを象徴する出来事と言えるでしょう。
平成22年2月21日に東京で開催された「第2回日本の銘チーズ百選」。
「バラエティ豊かな国産チーズを広く一般の消費者に紹介する」ことを目的にNPO法人チーズプロフェッショナル協会が主催。日本各地から39の工房、175種類のナチュラルチーズが一同に会し、来場者はそれぞれのチーズの味わい、品質の高さ、多様性を実感するとともに、生産者との交流を楽しんだ。

 一方、日本の酪農業は非常に厳しい環境にあります。白ものと言われる乳飲料の消費が伸び悩み、バター等の在庫は極めて高い水準にあります。こうした中で、農林水産省は平成22年度にチーズの需要拡大をその施策に掲げています。チーズに低迷する乳製品需要を活性化させる役割を与えられたのです。私たちチーズ生産者もこの様な状況を受けて、新たなチーズの開発や増産に向けて動き出しています。しかし、現在の手作りチーズ工房はその規模がいささか小さい。特にフェルミエと言われる酪農家自身が自ら搾った生乳で自ら作るという形態は生産量が少なく、自立経営が困難な規模のところが多い。試算によれば自立経営には年間40トン程度の生乳処理が必要だとされています。私自身の経験でも小さすぎると、価格を相当上げなければ黒字にならず、それでは需要の拡大にはつながりません。いたずらに大きくすれば良いと言うことではなく、今よりも少し全体として規模拡大していく事が求められる展開方向の一つと言えるでしょう。
「釧路ナチュラルチーズネットワーク」による共同販売の様子。
釧路ナチュラルチーズネットワークは北海道・釧路管内の4つの工房(酪楽館・鶴居村、チーズ工房横井牧場・浜中町、森高牧場・厚岸町、白糠酪恵舎・白糠町)が地域でのチーズの普及や技術向上を目的に立ち上げた共同組織。
ネットワークでは月に2回、釧路市中心部の海鮮市場「和商市場」での共同販売を実施。売り場には4工房のナチュラルチーズ約20種類が並び、朝早くからチーズを求める人たちで賑わっている。

 日本の酪農は戦後の構造農政の下、選択的規模拡大によって発展しました。政策によって発展したため、他の農作物の様に地域に食文化が発展するという事が難しく、北海道でもこれといった乳製品の郷土料理はありません。しかし、今全国各地に様々なチーズ工房が出来、その地域との関係性を深めながら発展しつつあります。地域に育まれた食材と融合した新しい価値の提案がチーズ工房に求められています。売れるチーズを作るのではなく、地域を愛し、地域に愛されるチーズを作り、競争ではなく共栄していくことこそが今求められているもう一つの展開方向ではないでしょうか。

 10年後、日本各地に個性あふれるチーズ料理が地域の人を楽しませる姿を想像すると、それだけで心躍る思いがします。
釧路市内で開かれた「北のチーズ料理大作戦講習会」。
この日、受講生が挑戦したのはフランス・ブルターニュの郷土料理の「ガレット」。ガレットはそば粉と玉子、ベーコン、チーズなどを使った「そば粉のクレープ」。現在、釧路では地元産の素材をつかってこのガレットを釧路の新しい名物にという運動が料理人・農産物生産者・消費者が一体となって進められている。慣れ親しんだ地元の素材とチーズ組み合わせた「新しく・楽しい」郷土料理は受講者からの評判も上々。

井ノ口 和良 (いのくち かずよし)

 福岡県直方市出身。帯広畜産大学卒業後、釧路市西隣にある酪農業盛んな白糠町で農業改良普及員として若手酪農家を指導。地元産生乳を地元で活かすため、チーズづくりを始める。およそ5年間かけてチーズ製造を研究、イタリアへは何度も足を運ぶ。平成13年4月、若手酪農家を中心とした20人でチーズ工房を立ち上げる。


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