はじめに
EUは、2006年1月に採択された「アニマルウェルフェア行動計画2006-2010」に基づき、2006年から2010年までの5年間において、動物の保護およびウェルフェア対策の改善のため取り組むべき行動を明確にしている。その具体的な行動の一つとして、ブロイラーの飼養基準が2007年6月に定められた。この基準により生産コストの増加が懸念されるが、それを品質向上と関連させて取り入れ、さらにそのほかの特徴と併せた付加価値製品として販売している成功事例がいくつか見られる。本稿では、EUの家きん肉の動向を、ブロイラーのアニマルウェルフェア基準やベルギーの付加価値鶏肉(Coq
de Peche)の事例と併せて紹介する。
EUの家きん肉の動向
EUの2007年の家きん肉は骨付き換算で、生産量が11052千トン、消費量が11534千トンとなっており、消費量を生産量で除した自給率はほぼ100パーセント、また、一人当たりの消費量は23.4キログラムとなっている。食肉の種類別消費割合(骨付き肉換算)を見ると、家きん肉は豚肉の46.4%(2007年)に次ぐ24.9%となっている。
表1 EUの家きん肉需給の推移(骨付き肉換算)
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表2 EUにおける食肉の種類別消費割合の推移(枝肉換算)
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ブロイラーの最近10年間の価格動向を見ると、ベルギー産鶏肉などのダイオキシン汚染事故(1999年)や高病原性鳥インフルエンザ発生(2003年)による消費低迷から下落したものの、徐々に回復し、2008年初めからの需要増加により、2008年の卸売価格は100キログラム当たり180.93ユーロ(約2万4千円:1ユーロ=133円)と前年を2.9%上回った。関係者によると、2008年末の経済危機ではやや下落したものの、そのほかの食品ほどの影響は受けなかったとしており、2009年も堅調に推移、2010年も需要増が見込まれ、価格も堅調に推移すると予測されている。
図1 EUにおける家きん肉卸売価格の推移
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ブロイラーの飼養方法に関するアニマルウェルフェア基準
「アニマルウェルフェア行動計画2006-2010」では、2006年から2010年の5年間で取り組むべき5つの行動分野が掲げられている。
(1) アニマルウェルフェアの最低基準の引き上げ
(2) アニマルウェルフェアに関する研究および動物実験の「3つのRの原則(Replacement
(代用)、Reduction(減少)、Refinement(改良))」の促進
(3) アニマルウェルフェアに関する表示の規格化の導入
(4) 家畜飼養者や一般国民との間におけるアニマルウェルフェアに関する情報共有および
提供の促進
(5) EUのアニマルウェルフェアにおける国際的な主導的立場の保持
この行動計画に基づき、ブロイラーについても飼養方法に関するアニマルウェルフェア基準を定める指令(2007/43/EC)が2007年6月に定められ、加盟国は2010年6月末までに国内法を制定および施行することとなっている。なお、本基準は、ブロイラー飼養羽数が500羽未満の飼養農家、種鶏場、ふ化場には適用されない。
これらの基準の順守は、ブロイラーの飼養環境の改善となり、商品の品質や安全性の向上にもつながるメリットがある一方、生産コストの増加をもたらす懸念もある。次項では、競争力向上のため、これらをうまく「付加価値製品」として差別化を図っているベルギーの事例について紹介する。
Coq de Peche 〜ベルギー産付加価値鶏肉〜
多種類の鶏肉が販売
ベルギーでは、鶏の丸焼きは休日に食されるメニューの一つであり、また家庭でも簡単に調理できることから、食肉店はもちろんのこと量販店やマルシェ(青空市場)でよく目にする。丸焼きの素材である丸鶏は、ブロイラーのほか、オーガニック鶏や飼料の種類別(トウモロコシ、トウモロコシと穀物など)など豊富である。ベルギーの最大の量販店「DELHAIZE(デレーズ)」では15種類の鶏肉を取り扱っている。主な販売価格を見ると、ブロイラーがキログラム当たり3.19ユーロ(約420円)、オーガニック鶏が同8.74ユーロ(約1,160円)、フランスの「Label
Rouge(ラベル・ルージュ)」が 7.99ユーロ(約1,060円)となっており、価格もさまざまである。ブランドの一つとして確立されているフランスのLabel
Rougeは、ブロイラーの2倍以上の価格であるが、厳しい飼養管理に伴う高品質のためフランス内外において知名度が高く、安定的に供給されている。
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首の金色の羽が、釣りの仕掛けのようで、名前の由来となった
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オメガ3が豊富な鶏肉
DELHAIZE で取り扱っている15種類の鶏肉の中に、飼料に含まれる亜麻種かすにより鶏肉に不飽和脂肪酸であるオメガ3系脂肪酸(以下「オメガ3」という。)およびオメガ6系脂肪酸(両者の割合は3:1)が多く含まれるとされるベルギー産鶏肉「Coq
de Peche」がある。
Coq de Peche は2005年よりDELHAIZEで独占販売されている。今回、その販売状況などについて、DELHAIZEの鶏肉担当部長VAN
DEN NEST 氏に伺った。
Coq de Pecheを販売するきっかけとしては、消費者がある程度余裕ある生活が維持できるようになり、食生活への健康志向が強くなったことなどから、オーガニック製品やLabel
Rougeなどへの関心が強まったことが挙げられる。このため、さらなる付加価値製品はないかと探していたところ、オメガ3系が多く含まれるCoq de
Pecheを見つけた。オメガ3は魚に多く含まれるが、日常的に魚を食べる日本と違い、ベルギーでは肉中心の食生活で、「金曜日は魚の日」とするなど、意識して食べないと摂取しにくい。よって、ベルギーの食生活になじみのある鶏肉からオメガ3の摂取が可能となれば、健康を意識した消費者の志向と合致し、興味を示すのではないかと付加価値鶏肉Coq
de Pecheの販売を決めたそうだ。消費者にとってベルギー産のCoq de Pecheは、オーガニック鶏やLabel Rougeよりも安価(キログラム当たり6.94ユーロ(約920円))で、かつオメガ3が豊富である側面を併せ持つ上、ベルギー産の食品を食したいという意識の強まりにも合致することから、安定した販売量となっているという。
このような安定した販売には、EUの拡大とともに、近隣国から食肉、野菜などさまざまな生鮮食料品が市場に出回り、価格が割高なベルギー産食品の需要が伸び悩んだことを受け、生産者が自ら国産品の消費促進活動を行ったり、量販店によっては、独自にベルギー産マークを作り、その商品ラベルや広告に掲載するなど、消費者に対して自国製品の消費を意識させる活動が背景にあったと考えられる。
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Coq de Pecheのラベル
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衛生的な鶏舎内(写真は明るさを補正)
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鶏舎内外を自由に行き来するCoq de Peche
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草地でのびのびと育つCoq de Peche
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飼養方法
Coq de Pecheは、主にベルギー南部アルデンヌ地方で飼養されており、飼養期間は最低70日で、オーガニック鶏と同じ条件となっている。鶏舎は一平方メートル当たり13羽飼養することとしており、これはブロイラーの約2倍の広さとなっている。さらに、5週目以降は、鶏舎内外を自由に行き来できる鶏舎に移るが、鶏舎外草地(free-range
area)は1羽当たり2平方メートルで、Label Rouge と同じ基準となっている。飼料は、100%植物性飼料で、穀物を70%以上含み、遺伝子組み換えを含まない大豆かすを使用し、Coq
de Peche の特徴であるオメガ3・オメガ6が含まれている亜麻種かすを6%以上含むものとなっている。なお、オーガニック鶏やLabel Rougeとほぼ同レベルの基準の飼養方法にも関わらず、販売価格はオーガニック鶏やLabel
Rougeよりも手頃となっている。
表3 飼養方法の比較
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今回訪問したCOQARD社の場合、毎週月、木曜日に合計約2,500羽を出荷しており、出荷したCoq de Pecheは、主にオーガニック鶏などを処理する食鳥処理場で処理された後、DELHAIZEの店頭に並ぶ。
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オーガニック鶏を中心に処理する食鳥処理場
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獣医師による検査
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このパックまでを食鳥処理場で行う
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おわりに
VAN DEN NEST 氏によれば、今後、ベルギーでアニマルウェルフェア基準が順守されるようになると生産コストが上昇すると考えられるが、需要が旺盛で卸売価格が堅調に推移していることから、その上昇分を吸収した価格での販売が可能であるとしている。特に、Coq
de Pecheのような付加価値鶏肉の場合、アニマルウェルフェア基準以上の条件での飼養をセールスポイントとすることで高価格での販売が可能になるとしており、生産コスト上昇が懸念される中、アニマルウェルフェアをうまくアピールしているようだ。COQARD社のCoq
de Peche責任者ANDRE氏は、今後の展望について、出荷羽数を週3千羽まで伸ばしたいとしており、販売先をオランダ、ルクセンブルグ、ドイツなどベルギー国外に広げるための営業活動も始めたという。Coq
de Peche が、Label Rougeのような知名度の高い鶏肉になるか、今後の動向に期待したい。
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