鹿児島大学農学部 准教授 豊 智行
【要約】豚の生産出荷量が全国1位の鹿児島県で銘柄豚である「かごしま黒豚」を生産している有限会社黒木養豚を事例に、黒豚の生産性向上に向けた飼養管理や高い収益を生み出す経営管理、取引業者からのニーズに合わせた銘柄豚の生産による有利販売への取り組みを報告する。 1.はじめに 鹿児島県 鹿児島県は豚の生産出荷量が全国1位である。肝付町においても養豚が盛んであり、農業粗生産額のうち養豚は33.0%(平成20年度)を占めている。肝付町内には養豚経営は23戸(平成22年1月時点)、うち一貫経営は15戸である。黒豚を生産する養豚経営は12戸(全て一貫経営)、その中の一つが黒木養豚である。 (注1)「かごしま黒豚」は「かごしま黒豚証明制度実施要領」の第2条において、「(社)日本養豚協会登録規定に定める品種基準に基づくバークシャー純粋種」と定められている。 2.黒木養豚の経営概況と歴史的展開家族5人(経営主、妻、長男、次男、長女)と従業員1名の計6名により労働力は構成され、長男は養豚全般、経営主は畜舎の補修・修理、妻は豚舎の清掃、洗浄、消毒、次男は分娩舎・離乳舎の飼養管理全般、長女は経理事務、従業員は肉豚出荷、豚の移動、糞尿処理、離乳舎の洗浄といった役割分担である。平成21年の生産活動実績は、母豚125頭を飼養し、販売・出荷量2,117頭、畜産部門の総売上高1億2288万円(うち主産物の売上高1億2231万円)であった。 経営の歴史的展開についてみると、昭和41年に経営主がバークシャー種母豚6頭の繁殖経営と果樹の複合経営を開始した。昭和48年にはバークシャー種から大型種へ繁殖経営を転換し、昭和52年には繁殖経営から一貫経営へ転換した。昭和62年には長男が後継者として就農した。平成7年には希少価値があるバークシャー種への魅力を感じ、バークシャー種の雄1頭・雌3頭を導入し、大型種からバークシャー種への切り替えを開始した。大型種の更新用として、バークシャー種の繁殖性の優れたものを中心に自家保留と一部外部導入を実施し、平成11年にはバークシャー種専門一貫経営に転換した。また同年には母豚110頭規模になり、有限会社黒木養豚を設立した。平成12年には経営主が長男に経営全般の管理を任すようになった。現在まで豚舎はすべて手作りで建設し、無理なく規模拡大を実施している。 3.技術・システムの特徴と成果バークシャー種は大型種と比較すると、産子数が少ない、発育が劣っている、肥育日数が長い、体質が弱い、夏の暑さに弱い、優れた肉質であるといった特性を有する。つまり、優れた肉質であるが、生産性が低いということになる。 黒木養豚ではこれら特性を踏まえ、次のような技術・システムを採用し、成果を挙げている。成果を示す経営指標は表1に示している。 (1)母豚カード・管理日誌等により、種付け・分娩・疾病の状況等がわかるように個体管理とチェックの徹底を実施している。これにより個体ごとのボディーコンディションのチェックや種付け・分娩・離乳・次期発情のチェック、産子数の多い母豚を残すことができる。 (2)経営管理ソフト(ピックス)を利用し、生産技術の状況を把握している。 (3)超音波を利用したエコーによる妊娠鑑定機を導入し、早期に受胎確認を行うとともに、受胎がなければ次の発情期を見逃さないようにしている。 (4)分娩時は全頭分娩看護を実施し、未熟産子への 上記(1)、(2)、(3)により年間平均分娩回数は2.16回であり、鹿児島県畜産協会による5事例の経営診断平均の2.08回を上回っている。また、(1)、(4)より1腹当たり (5)自己の農地10aで栽培した緑餌(冬作はイタリアングラス、夏作はローズグラス)を年間毎日給与している。母豚1頭当たり、離乳〜種付前までは400〜600g、種付後〜84日までは200〜300g、85日〜分娩時までは400〜600g、種雄豚には1頭当たり常時700〜1,000gを与えている。緑餌を自給するようになったのは黒豚専門一貫経営へ転換した平成11年からである。そのきっかけとして、黒豚に緑餌を与えるのは良いといわれていたが、飼料高騰に直面したことがある。緑餌を与えると、種雄豚と母豚は良好なボディーコンディションを維持できる。また、腹づくりができ、たくさん食べるようになるため、母豚の産子数が増加するとともに、泌乳量も増加し、子豚の発育が良くなるといった効果がある。 この成果として、1腹当たり分娩頭数が緑餌を与える前と比べて約1頭増えたこと、1腹当たり離乳頭数が8.5頭(経営診断平均7.7頭)と多いこと、1日平均増体量が501g(経営診断平均488g)と高いことが挙げられる。1日平均増体量は出生から出荷までの発育指標であるため、離乳後の肥育部門の時期にも左右されるが、緑餌効果で生時体重と
(6)母豚の分娩舎への移動(分娩前9日前)時には、疾病の母子感染防止のために、1頭当たり15〜20分かけて、母豚を蹄の先まで徹底的に洗浄し、ブラッシング消毒した後、移動している。これは1腹当たり離乳頭数を増加させる効果はもちろんのこと、母豚1頭当たりの子豚仕上頭数や同肉豚販売頭数の増加にも結び付くと考えられる。
(8)JA鹿児島県経済連の衛生クリニックを毎年2回実施し、常に防疫体制のチェックを行い、農場の清浄化を図っている。この成果は、母豚1頭当たり子豚仕上頭数が18.5頭(経営診断平均15.8頭)、母豚1頭当たり肉豚販売頭数は16.9頭(経営診断平均13.9頭)と多いことに表れている。 (9)密飼いによる疾病・ストレス・事故を軽減するため、余裕をもったスペース(子豚1頭当たり面積0.6u、肥育豚1頭当たり面積1.3u)で飼養管理している。ストレスがなく多く食べるため1日平均増体量の向上、疾病や事故が少ないために母豚1頭当たり肉豚販売頭数の増加に繋がると考えられる。 (10)規模拡大に伴う施設等は、経営主が管理・作業しやすいように工夫しながら手作りで新築・増築し、コスト低減を図っている。このことは販売肉豚1頭当たり総原価の低下に効果がある。
4.技術・システムの生産性と経営費への寄与からの分類(1)生産性に寄与する個別の技術・システム 表1には生産性と経営費に関連するいくつかの経営指標とそれらに寄与する黒木養豚の技術・システムの対応関係を示している。生産性向上に貢献する個別の技術・システムには、(1)母豚カード・管理日誌等による管理、(2)経営管理ソフトピックスによる管理、(3)妊娠鑑定機による管理、(4)分娩時の全頭分娩看護、(6)母豚の分娩室への移動時の洗浄・消毒による疾病対策、(7)各分娩室専用の糞尿掻き出し (2)経営費に寄与する個別の技術・システム 経営費のみに寄与する技術・システムとしては、(10)経営主による施設の新設・増設が挙げられる。黒木養豚では経営費を削減することよりもむしろ、必要不可欠な生産要素は適切に利用しながら生産性を高めることを重視している。 (3)生産性と経営費の両方に寄与する個別の技術・システム これには(5)緑餌の給与、(8)年2回の衛生クリニックによる防疫および農場の清浄化が挙げられる。(5)は生産性指標の多くの向上と経営費節減に貢献する技術・システムである。生産性については、1腹当たり離乳頭数、1日平均増体量を高める効果がある。経営費については緑餌を自給する方が購入するよりも安い。(8)は生産性の面では母豚1頭当たり子豚仕上頭数と同肉豚販売頭数を増やし、経営面では衛生クリニック代は発生するものの、疾病がほとんどない農場であるため、その分ワクチン代等は他の農場よりかけずにすむ。 (4)生産性と経営費の両方への総合的技術・システム効果 (1)母豚カード・管理日誌等による管理、(2)経営管理ソフトピックスによる管理、(3)妊娠鑑定機による管理、(4)分娩時の全頭分娩看護、(5)緑餌の給与の総合効果(11)は、繁殖成績を上げ、肉豚1頭当たり種豚等への飼料を節減する。また、(6)母豚の分娩室への移動時の洗浄・消毒、(7)各分娩室専用の糞掻き出し鍬の設置、(8)年2回衛生クリニック、(9)余裕をもったスペースでの飼養管理の総合効果(12)は、疾病・事故を減らし、飼料ロスを軽減する。 生産性の総合的な指標となる農場要求率は以下の式で表わされる。 農場要求率=総飼料消費量÷増体重 (11)は繁殖成績を上げ、また、(12)は疾病・事故を減らすため、分母の出荷頭数は増え、農場要求率を低下させるよう作用する。黒木養豚では種豚と子豚・肉豚の食欲が旺盛であるにもかかわらず、農場要求率は3.99と経営診断平均4.01と差のない値となる。黒木養豚は、繁殖成績が良く、疾病・事故が少ない生産をしていると特徴付けることができる。 5.有利販売への取り組み 黒木養豚は肉豚を週に約40頭出荷している。株式会社JA食肉かごしまでと畜・加工された部分肉が、「かごしま黒豚」として週に約10頭、神奈川県の卸売業者に週3頭、北海道の卸売業者に2週間に1頭、大阪府の小売業者に週27頭分販売されている。 「かごしま黒豚」はその銘柄確立のために設立された鹿児島県黒豚生産者協議会の会員により甘藷を10%含んだ飼料を給与するなど同協議会が定めた基準に従い生産され、同協議会の発行するかごしま黒豚証明証が添付され、同協議会が指定する販売指定店にのみ流通しており、その肉質の良さとともに、生産者の責務を明確にしていることで、流通業者や消費者から高い評価を得ている。 「かごしま黒豚」としての出荷以外の約30頭は販売先を固定した継続的な取引である。このうち神奈川県の卸売業者は、銀河連邦経済交流というJAXA(宇宙航空研究開発機構)の関連施設のある6市町(鹿児島県肝付町・神奈川県相模原市・北海道大樹町・秋田県能代市・岩手県大船渡市・長野県佐久市)での相互の特産物等の販売協力や地域交流を通じて、黒木養豚の黒豚に惚れ込み、取引を申し込んできたが、平成18年から取引を開始している。大阪の小売業者からは、通常の黒豚よりも肥育日数を延ばして枝肉重量を大きくすることにより甘み・うまみ成分を引き出す特徴ある豚の取引依頼があり、平成21年より取引を開始している。大阪の小売業者においては需要の延びが見込まれることから、それに対応するため今後は母豚を15頭増やす予定である。 6.むすび投入に対して産出が多くなると生産性が高まるということができる。黒木養豚は多くの生産性指標において高い数値を示している。なぜ高い数値を示すのか採用される技術・システムと関連させながら考察を行った。 他方で産出に必要な投入が最小の費用でなされている場合を費用効率的というが、黒木養豚では、なぜ販売肉豚1頭当たり総原価が低くなるのかについても技術・システムとの関わりで解明を試みた。 さらには、鹿児島県黒豚生産者協議会の事務局であり「かごしま黒豚」のブランド化を担う鹿児島県畜産課、認定農業者養豚部会での地域一丸となった防疫活動や銀河連邦経済交流を通じた消費者交流支援を担う肝付町役場、技術指導支援、販売支援、衛生クリニックの実施、養豚部会としての地域交流支援を担うJA鹿児島きもつき・JA鹿児島県経済連、経営診断を担う鹿児島県畜産協会との積極的な連携協力がある。これら支援も黒木養豚における生産性の向上と経営安定化に大きな役割を果たしている。 〔追記〕 参考文献 |
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