話 題  畜産の情報 2014年4月号

農場HACCPの現状と
今後に向けて

公益社団法人中央畜産会 常務理事 宮島 成郎


1.はじめに

 農場HACCPという言葉が畜産の生産現場でしばしば交わされるようになってきました。また、HACCP手法を取り入れた農場での具体的な取組事例や成果も、本誌をはじめ多くの紙面で紹介されてきています。家畜の飼養衛生管理の向上を図り、家畜・畜産物の安全性を生産農場段階で確保するための農場HACCP認証が開始され、ほぼ2年が経過し、既に31農場が認証されました。食品衛生に対する消費者の関心の高まりの中で、家畜の生産から畜産物の消費にわたる一貫した安全性の確保は、ますます重要なものと認識されていますが、そのような中で、この農場HACCP認証の取り組みは、家畜の生産段階での危害の排除に大きく貢献するとともに、飼養管理全般の改善、生産性の向上にも大きな成果を上げ得る貴重なツールとしての期待が高まってきています。

2.継続的な運営改善システムを取り入れた農場HACCP

 本来、HACCPは、注射針混入などの物理的、抗生物質残留などの化学的、微生物汚染等の生物的な「危害の要因(Hazard)」を「分析(Analysis)」し、その危害を防止する「必須(重要)管理点(Critical Control Point)」を定め、管理していく手法で、これまで主に食品の製造工程において、食中毒などの危害要因を洗い出し、効果的・効率的に排除・低減していく、食品安全の確保の手法として活用されてきました。農場HACCPは、このHACCPの手法を家畜の生産段階で活用することとしたものです。

 しかし、このHACCPは、マネジメントシステムを持たず、改善が図りにくいといった課題が指摘されていました。そこで農場HACCPでは、HACCPに継続的な運営改善システム(=P(計画)D(実行)C(検証)A(改善)サイクル)を組み合わせることとなりました。農場のさまざまな規模・特性にも考慮しつつ、システムへの簡易な取り組みから始めても、順次、より精度の高いものに進化させ、生産性の向上や食の安全を実現することが可能となるよう、食品安全の国際規格(ISO22000)に準拠して、農場HACCPの認証基準が策定されました(図1)。
図1 農場HACCP認証基準(PDCAサイクルでの取り組み)

3.認証基準の策定と推進体制の整備

 わが国の畜産分野でのHACCPの取り組みは、1990年代から国の指導の下に進められ、次第に各都道府県、団体ではそれぞれ独自の認証の動きも始まりました。その後、全国的な認証取組の水準や認証の信頼性の確保への要請の高まりを背景として、国は、わが国における信頼性のある農場HACCP認証の統一的な基準づくりに取り組み、2009年8月に「畜産農場における飼養衛生管理向上の取組認証基準(農場HACCP認証基準)」を公表しました。

 同時に、認証体制の検討も進められ、その具体的な認証推進のための機関として、11年3月に「農場HACCP認証協議会」が設立されました。この協議会が認証機関の認定や審査員の登録などを行っています。認証機関として、公益社団法人中央畜産会のほか養豚のみを認証対象とする1団体が認定されており、11年12月から認証業務が開始されています。また、主任審査員22名、審査員80名がそれぞれ登録されています。

4.農場HACCP認証農場の現状と農場HACCP推進農場の指定

 中央畜産会では、すでに酪農(3農場)、肉用牛(2)、養豚(18)、採卵鶏(8)の計31農場を、農場HACCP認証農場として認証し、公表しています。また、もう一つの認証機関でも養豚5農場を認証しています(図2、表1)。
図2 農場HACCP認証マーク
(認証農場は、このマークを使用できます)

 さらに、中央畜産会では、この認証事業につながる独自のステップ事業として、農場HACCPに関心を有しながらも取り組みに躊躇している農場の背中を押すものとして、2011年2月から、認証の前提となる農場経営者の取り組みの意思表明、飼養衛生管理基準の遵守、農場の現状の把握といった認証要件の基礎的部分を満たした農場を、「農場HACCP推進農場」として指定する事業を開始しています。本年2月末時点で100件、うち養豚51件、養鶏31件と認証農場と同様、中小家畜が太宗を占めていますが、肉用牛や酪農での取り組みも増えつつあります。
表1 農場HACCP認証農場・推進農場の現状(2014年2月末現在)

5.農場HACCP認証取組への期待

 この農場HACCP認証基準に基づく農場飼養衛生管理システムの構築に取り組むことにより、農場では経営上多くの効果が報告され、期待されています(図3)。

 まず第1は、生産農場が、安全な畜産物の提供にあたっての責任を果たすことができることです。活動内容の文書化・保存、効果的な外部の人たちとのコミュニケーションの徹底等により、安全性の確保がより充実します。記録の整備により、食肉への注射針混入事故の原因追求に的確に対応でき、賠償等のリスクが回避できた事例もあります。

 第2は、防疫水準の確保と生産性の向上です。農場全体にわたる活動実態の正確な把握、これに基づく見直し・改善の継続的な取り組みを通じ、一般的な衛生管理水準の向上、廃棄・淘汰率の改善、増体率や育成率の向上が図られていきます。実際、HACCP取組をした肉用牛農場では、その取り組み以前と比べ、と畜場での肺の廃棄率が1/4(34%→8%)に減少した、養豚農場でも動物用医薬品費が35〜30パーセントに減少し、出荷日齢も約10日間短縮したとの事例や、採卵鶏農場でもサルモネラの検出件数が取り組み前の13件から0件へと改善された等、多くの報告をいただいています。

 第3は、農場従事者の取組意識の明確化と共有化が図られることです。取組農場のどの経営者も、安全な生産物の生産についての農場従事者の意識の向上と、責任感の醸成や自発的な取り組みと組織の活性化を大きく評価しています。農場従事者が、衛生問題だけでなく他の多くの作業についても提案型で取り組むようになったことが、最も大きな成果であったとの声をいただいています。
図3 農場HACCP認証基準に基づく農場衛生管理システムの効果

6.今後の農場HACCPの普及に向けて

 農場HACCPへの取り組みに当たっては、HACCPについての基本的な知識が十分でない、メリットが理解しづらいといったほか、特に文書化や改善コストの負担、指導者がいないなどが不安、として取り組みに躊躇しているという話も、なお少なくありません。

 実際には、負担と感ずる文書記録の整備についても、認証農場では日常活動の見直し・整理の貴重な機会となったと評価されています。今後、このような評価をはじめとし、HACCP取組農場での成果を分かりやすく紹介するとともに、具体的な取組手引書も活用し、取組希望農家からの指導要請に応えていくことが重要と考えています。既に、各都道府県段階での普及体制の充実ための事業も開始しています。

 国際的な認証システムを踏まえて策定された農場HACCPが、労を惜しまない日本の生産者の勤勉性の下で、家畜生産にとって不可欠で新たな取り組みとして普及し、日本発の有力な国際競争力の礎の一つとなることを期待してもよいのではないでしょうか。

(プロフィール)
宮島 成郎(みやじま しげお)

1975年 麻布獣医科大学獣医学部獣医学科卒業、
      農林省(当時)入省
2001年 生産局畜産部衛生課長
2002年 中国四国農政局企画調整部長
2003年 農林水産省退職
     (財)競走馬理化学研究所、(社)全国家畜畜産物
      衛生指導協会を経て
2009年 社団法人中央畜産会常務理事(現在に至る)

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