調査・報告  畜産の情報 2014年3月号

生乳取引の仕組みと飲用乳価の引き上げ後の牛乳の消費と小売価格の動向

畜産需給部


【要約】

 平成25年10月から指定生乳生産者団体と乳業メーカー間の飲用向け乳価が、生乳1キログラム当たり5円引き上げられた。都府県と北海道では、生乳の需給構造が異なるものの、全国の総合乳価の動きを見ると、10月以降、わずかに上昇傾向を示している。また、牛乳の消費については、25年10月以降、牛乳の小売価格がほぼ3%強上昇したにもかかわらず、現時点までは、大きな落ち込みは見られていない。

1.はじめに

 平成25年10月から指定生乳生産者団体と乳業メーカー間の飲用向け乳価について、生乳1キログラム当たり5円の引き上げが行われた。その背景は、配合飼料の主原料であるトウモロコシなどの国際価格の高止まりや為替の円安進行を受けたものだが、その経緯等については「畜産の情報」(2013年10月号)の「酪農経営の状況と牛乳価格の引き上げについて」で報告されたとおりである。

 今回は、生乳取引の仕組みを解説の上、都府県と北海道との生乳需給構造の違いを比較するとともに、飲用乳価の引き上げが、牛乳の小売価格にどのように影響したかを直近のデータ等を基に報告する。

2.生乳取引の仕組み

 生乳は、他の農産物と異なり、毎日生産され、腐敗しやすく貯蔵性がない液体であることから、廃棄することがないよう需要に応じた生産と緻密な需給調整が不可欠な製品とされている。このため、加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(昭和40年法律)の下、指定生乳生産者団体(以下「指定団体」という。)制度や生乳の用途別取引、プール乳価など、特徴的な取引形態となっている。

 まずは、この指定団体制度、生乳の用途別取引、プール乳価について解説する。

(1)指定団体制度

 酪農家が生産した生乳は、農林水産大臣等が指定した指定団体(現在、ホクレン農業協同組合連合会など全国で10指定団体)に対して、酪農家がその販売を委託し、当該指定団体が複数の乳業メーカーに対して生乳の用途ごとに販売している(図1)。この指定団体の生乳取引は、「一元集荷・多元販売」と言われ、指定団体が生乳を一元的に集荷、多元的に販売し、管理することにより、需給調整が難しい生乳取引を安定的に行っている。また、指定団体は、酪農家に代わって、毎年度、大手乳業メーカーと生乳の取引価格の交渉を行っている。

 なお、酪農家の中には、この指定団体の傘下に加盟せず、独自に乳業メーカーと直接取引しているケースもあるが、そのシェアは全体の生乳生産の数パーセントに過ぎない。
図1 生乳取引について

資料:農林水産省「畜産をめぐる情勢」

(2)用途別取引

 生乳の取引形態は、用途別取引となっている。指定団体と乳業メーカーとの間では、毎年度、飲用牛乳等向け、生クリーム等向け、加工原料乳向け、チーズ向けなど、それぞれの用途において数量、価格及び成分(乳脂肪分及び無脂乳固形分)に関して契約を締結している。

 すなわち、指定団体と乳業メーカーとの間で取引される生乳の価格(乳価)は、その仕向け先によって異なっている(図2)。

(1)「飲用牛乳等向け」
  飲用牛乳やはっ酵乳等の製造に仕向けられる生乳
(2)「加工原料乳向け」
  バター、脱脂粉乳などの特定乳製品の製造に仕向けられる生乳
(3)「生クリーム等向け」
  生クリーム、脱脂濃縮乳などの製造に仕向けられる生乳
(4)「チーズ向け」
  チーズの製造に仕向けられる生乳
図2 用途別の生乳取引について

資料:農林水産省「畜産をめぐる情勢」

(3)プール乳価

 各指定団体から酪農家に支払われる乳代は、各乳業メーカーが指定団体に支払ったそれぞれの用途別の取引乳代に各種補助金(加工原料乳生産者補給金およびチーズ補助金)を加え、これから生乳共販経費(指定団体が生乳を販売するための経費)、生乳検査料や集送乳経費等の費用を差し引き、当該月の取引数量で除した総加重平均単価(プール乳価)を算定し、それぞれの酪農家との取引数量に応じて、乳代が精算される仕組みとなっている(図3)。すなわち、同一指定団体の傘下の酪農家は、基本的に同一単価の乳代を受け取ることとなる。(実際には、出荷した生乳の乳成分(乳脂肪分および無脂乳固形分)などにより格差が設けられてもいる。)

 なお、指定団体は、傘下の酪農家に対し、指定団体の情報誌などを通じて、乳業者からの受取乳代、国・機構からの補給金等の収入や生乳共販のための支出実績を明らかにし、乳代精算について透明性の確保を図っている。
図3 指定団体におけるプール乳価の算出方法

資料:機構が作成。

3.都府県と北海道との生乳需給構造の違い

(1)都府県の生乳需給構造

 都府県の酪農家が生産する生乳の用途は、消費地に近いという立地条件等から主に飲用牛乳等向けで、そのシェアは、都府県全体で75パーセントとなっている。生産者乳価は、各指定団体と乳業メーカー間の相対交渉により決定されることから、それぞれ異なると考えられるが、各用途ごとの価格の相対的な関係は一般的には図4のとおりとなっている。こうした中、平成25年度においては、多くの指定団体と乳業メーカーの間で10月から、飲用向け乳価についてキログラム当たり5円引き上げられたと報じられている。
図4 都府県の生乳需給構造と用途別の生乳販売等金額(イメージ図)

注1:用途別の数量のシェアは、(一社)中央酪農会議の用途別販売実績(24年度)より算出。
  2:学乳向けは、10月からの飲用乳価引き上げの対象外とされたが、来年4月からの供給価格に
    転嫁される見込み。
 都府県の指定団体の生乳販売等金額は、このような生乳需給構造の下に形成され、図3によりプール乳価が算出される。

(2)北海道の生乳需給構造

 一方、北海道の酪農家が生産する生乳の用途は、消費地から遠隔地という立地条件等から主に乳製品向けで、そのシェアは約8割となっている。飲用牛乳等向けのシェアは、残りの約2割となっている(図5)。飲用向けの生産者乳価は、都府県における妥結水準を踏まえ、25年10月から1キログラム当たり5円引き上げられた。このほか、北海道においては、生乳取引の12パーセントを占めるチーズ向け乳価についても、チーズの市場環境等を踏まえ、25年4月から同1円引き上げられた。

 北海道の指定団体の生乳販売等金額は、このような生乳需給構造の下に形成され、図3によりプール乳価が算出される。
図5 北海道の生乳需給構造と用途別の生乳販売等金額(イメージ図)

注1:用途別の数量のシェアは、(一社)中央酪農会議の用途別販売実績(24年度)より算出。
  2:学乳向けは、10月からの飲用乳価引き上げの対象外とされたが、来年4月からの供給価格に
    転嫁される見込み。

(3)25年10月以降の総合乳価

 25年度の乳価引き上げの影響について、25年10月以降の全国の総合乳価(※1)をみると10月が1キログラム当たり92.7円(9月比1.5%高、前年同月比同)、11月が同94.1円(9月比3.6%高、前年同月比2.2%高)、12月が同93.4円(9月比2.9%高、前年同月比1.9%高)となっている。12月は11月と比べ乳価水準の低い乳製品向け取引が増加したことから低下したものの、データ上、飲用乳価の引き上げによる総合乳価の上昇が見て取れる(図6)。

(※1)総合乳価

 総合乳価とは、前述のとおり用途別に異なる乳価の総加重平均の価格で、実際に酪農家に支払われた乳代。実際は、各指定団体から酪農家に対しプールして支払われ、機構から交付される加工原料乳生産者補給金や国から交付されるチーズ奨励金などを含む。
図6 総合乳価の推移

資料:農林水産省「農業物価指数」および「牛乳乳製品課調べ」

(4)25年10月以降の生乳生産量

 平成25年10月以降、飲用乳価は引き上げられたものの、生乳生産量は減少傾向を強めている。生乳生産量は、酪農家の離農に歯止めがかからないことに加え、昨年7月以降の猛暑、北海道での天候不順による飼料作物の作柄が良くなかったことや乳牛の乳房炎発生頭数の増加などの影響により、対前年同月割れが鮮明となっている(25年10月が60万8千トン(前年同月比97.0%)、11月が58万8千トン(同97.2%)、12月が61万6千トン(同97.6%))。

 飲用乳価の引き上げに伴い酪農家にとっては収入増のチャンスではあったが、生乳生産は、乳牛という生き物を相手にしているため、急な増産や減産が困難であり、やむを得ない面はある(図7)。
図7 全国生乳生産量の推移

資料:農林水産省「牛乳乳製品統計」

(5)26年度の加工原料乳生産者補給金

 一方、平成25年12月19日に開催された「食料・農業・農村政策審議会畜産部会」において、畜産物価格等の算定について諮問・答申が行われ、26年度畜産物価格等が決定した。これにより、26年度加工原料乳生産者補給金はキログラム当たり25銭引き上げとなる12円80銭に、交付対象数量は1万トン減となる180万トンとなった。補給金単価は23年度から4年連続の引き上げとなった。今回の補給金単価の引き上げは、配合飼料価格の値上がりを背景に厳しさを増した生産者の経営環境の改善に一定の効果をもつと考えられる(表1)。
表1 加工原料乳生産者補給金等の推移

資料:農林水産省「最近の牛乳乳製品をめぐる情勢について」
 また、平成26年度から加工原料乳生産者補給金制度の交付対象に、チーズ向け生乳を追加し、法制度に基づく補給金として機構が交付することとなった。これは、今後も需要増大が見込まれるチーズ市場での国産チーズの供給力の強化と酪農経営の一層の安定化を図るための措置と考えられる。

4.牛乳の消費と小売価格の動向

(1)平成21年度当時の飲用乳価引き上げと小売価格

 平成20年度当時、海外のトウモロコシなどの飼料穀物価格の急騰により、国は20年度の加工原料乳生産者補給金単価の期中改定を行った。また、指定団体と乳業メーカー間の飲用乳価についても、飼料穀物価格の急騰により生乳生産コストが急上昇したことから、20年4月に飲用乳価を1キログラム当たり3円、さらに21年3月に10円引き上げた。それに伴い、牛乳の小売価格も上昇し、総務省統計局による「消費者物価指数」も21年3月に比べ4月は4.3パーセント上昇した(図8)。
図8 牛乳の価格指数の推移

資料:総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」
  注:平成22年平均を100とした場合の価格指数
 冷夏や景気低迷、また、低価格帯であった成分調整牛乳に需要が移行した(21年度の成分調整牛乳の生産量は、前年度比7割強増の45万3千トンとなった。)ことも重なり、平成21年度の牛乳消費量は、前年度比10.0パーセント減の317万トンと大幅に減少した。

 このような教訓を踏まえ、今回の牛乳の小売価格の改定に当たって、生産者団体および乳業者は、消費者や小売店等に対し、酪農経営を取り巻く厳しい経営環境等についての理解醸成活動を積極的に行ってきた。

(2)25年10月以降の牛乳の価格指数

 総務省統計局が公表した「消費者物価指数」によれば、牛乳の価格指数は、店頭売りおよび配達用牛乳の加重平均で、平成25年10月分が100.2となり、9月の97.8と比べ、指数比率で2.5パーセントの上昇となった。また、12月分の価格指数は、100.8となり、9月と比べ指数比率で3.1パーセントの上昇と、価格転嫁が進んだことが統計上、明らかとなった(図8)。

 また、一般社団法人Jミルクがホームページ上で公表している「牛乳類の販売速報」(出典:(株)インテージSRI週データ)(※2)の牛乳類1リットル販売単価(週間推計値)の推移をみると、9月の最終週までは、おおむね175円弱で推移していたが、10月に入り値を上げ、10月中旬以降は、180円強で推移しており、9月以前と比べ約6円程度上昇しており、3.4パーセント上昇した。その後、26年1月下旬まで、ほぼ181円で安定的に推移している。

 なお、乳業関係者によると、NB(ナショナルブランド)牛乳(※3)については、おおむね量販店等の納入価格、小売価格の改定が浸透したものの、一部のPB(プライベートブランド)牛乳(※4)については、小売価格を据え置いているケースも見られているようである。

(※2)(一社)Jミルク「牛乳類の販売速報」のURL
    http://www.j-milk.jp/gyokai/sir/berohe0000002rwo.html


(※3)NB(ナショナルブランド)牛乳
    大手乳業メーカーなどが全国規模で製造販売を展開する牛乳。


(※4)PB(プライベートブランド)牛乳
    小売流通業者などが独自に企画販売する牛乳で、製造は、主に小売流通業者
    が乳業会社に委託する。最近は、コンビニエンスストアや大型量販店の台頭に
    よって、商品数も増加している。

(3)25年10月以降の牛乳の消費動向

 農林水産省が公表した牛乳乳製品統計によれば、平成25年10月の牛乳生産量は、前年同月比99.0パーセントの27万2284キロリットルとなった。直近1年間では、うるう年の影響があった2月を除き、牛乳生産量は対前年同月比で98〜100パーセントの水準で推移してきており、10月に牛乳価格が引き上げられたことが直ちに牛乳消費にマイナスの影響を与えたとはいえない結果となった。

 このように、10月に目立った消費の減退がみられなかった背景としては、10月の気温が例年と比べ比較的高かったため飲料市場全般が好調だったことや、生産者団体をはじめ酪農乳業関係者が取り組んだ、小売価格の上昇に対する消費者の理解醸成活動に一定の成果があったためと考えられる。

 しかしながら、11月の牛乳生産量は前年同月比98.2パーセントの25万1206キロリットル、12月は97.6パーセントの23万8547キロリットルと、減少幅は拡大傾向を示している(図9)。

 ただし、牛乳消費量は日本の人口が減少局面に入ったことや、少子高齢化などにより、近年、年数パーセントの減少トレンドを示しており、1〜2カ月の動きだけをもって値上げの影響と判断するのは早計であり、引き続き動向を注視していく必要がある。
図9 牛乳生産量の推移

資料:農林水産省「牛乳乳製品統計」

5.おわりに

 穀物価格の高止まりの影響は、酪農分野のみならず畜産分野全体が輸入トウモロコシなどに大きく依存している結果であり、改めて、わが国畜産の生産基盤の弱点が浮き彫りとなった。将来に向けては、畜産経営が輸入穀物価格の価格変動に全面的に左右されることなく、一定程度の国産の自給飼料で安定的、かつ、持続可能な産業として自立していくことが、あるべき姿であろう。

 一方、小売価格については、わが国の経済がアベノミクスによりデフレスパイラルから脱却しつつあるものの、まだ、国民全般の給与所得の向上までは及んでいない状況等から、食料品等の価格引き下げ圧力は弱まっていない。

 今回の牛乳価格の改定に当たっては、このような厳しい環境の下、酪農・乳業関係者が小売業者や消費者の方々の理解の下に価格転嫁が浸透してきたものである。今後は、26年4月からの消費税増税を控えており、これが牛乳の消費にどのような影響を及ぼすのか注視していく必要がある。

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