独立行政法人家畜改良センター 茨城牧場長野支場 川口 優、加藤 信夫
【要約】 わが国の飼料自給率向上のためには、国内で育成された多収性などの優良形質を備えた品種を普及させることが重要である。 1.はじめに現在の日本の飼料自給率は平成24年度で26パーセントと極めて低く、家畜飼料の多くが米国等の海外からの輸入に頼っている状況にある〔1〕。配合飼料に用いられる飼料穀物および乾牧草の輸入価格は、米国のトウモロコシの需給事情、最近の円安傾向等により高止まり傾向が続いており、日本の畜産農家は厳しい経営を強いられている(図1)。
国内で育成された品種は、適切に農家で利用されれば増収や家畜の嗜好性の改善に貢献するが、農家の高齢化や厳しい経営状況から、草種によっては価格が安い「コモン種」(多様な品種等が混合された種子)が使われ、期待する収量や嗜好性を上げていない事例が散見される。 これら国内で育成された優良品種が農家で利用されるためには、国内外での増殖段階での種子の品質管理の強化と種子増殖コストの削減により、価格競争力のある流通種子価格での販売が求められている。 このような中、飼料作物の採種先進国である米国において、種子増殖技術、採種コスト、育種から種子流通までのサプライチェーンなどについて調査し、国内の採種コストの削減と優良品種の普及に資することを目的とした調査を実施する機会を得たので、概要をここに報告する。 2.わが国の飼料作物の国内育成品種の種子増殖システムおよびその重要性 飼料作物にも、稲や麦などの食用作物と同じように品種があり、わが国においては、ヨーロッパや米国などで育成されたものが導入されてきた。しかし、当該品種は、育成地の気候や作付体系などに合った品種のため、これらを欧米と異なる高温多湿なわが国にそのまま導入・利用すると、多くの場合、品種の優良形質の能力を十分に発揮させることができない。このため、わが国の気候風土、病害虫の発生事情、農家が求める栽培管理のニーズや家畜の嗜好性に合った国内育成品種の育種事業が公的試験研究機関および民間種苗会社で進められてきた。
「もと種子」は、上記のように国際流通をするため、長野支場はOECD(経済協力開発機構)やISTA(国際種子検査協会)の定める国際基準に従って、「もと種子」の増殖管理(他作物との交雑防止策の検査など)と種子の検査(種子純度、発芽率などの検査)を行い、両機関が定める国際証明書を発行して海外増殖を行っている。長野支場は、飼料作物のOECD品種証明とISTA種子検査の両方の証明書発行権限が付与されている国内で唯一の証明機関である。日本から輸出された「もと種子」を利用して、種苗会社などによって海外で生産された種子も同様に、OECDの認定機関の下でOECD品種証明が行われ、「保証種子」として日本に再輸入されている(図2)。近年は、公的機関と民間種苗会社の共同による品種育成も増え、また、民間の採種農家では、高齢化や隔離距離の問題等により栽培が敬遠されるようになるなど、民間レベルでの国内採種が困難になってきている状況を受け、家畜改良センターでの民間育成品種の採種委託も増えてきている。
3.米国の種子生産システムと関係法令日本においては、種苗法により、新品種の保護のための品種登録に関する制度および指定種苗の表示に関する規制等を定め、品種育成の振興と種苗の流通の適正化を図っている。これに対し、米国においては、連邦種子法(Federal Seed Act、以下「FSA」という)および植物品種保護法(Plant Variety Protection Act、以下「PVPA」という)という2法があり、品種の育成から種子生産、流通までを規定している。FSAの目的は、米国国内における種子流通の適正な運用を促進するものであり、主な内容としては、(1)表示内容の規定、(2)州間流通種子の品質基準および不正表示の防止、(3)輸入種子に対する品質基準の規定であり、おおむね日本の種苗法の流通種苗の表示規制等と同様の内容である。国内で流通するすべての種子は、同法の適用を受けることになっており、これに基づき各州では、それぞれ独自の種子法を制定し、自州における採種から種子流通までを規定している〔2〕。なお、OECD加盟国との種子流通については、OECD種子スキームの適用を受けている。 PVPAは、品種および育成者の権利の保護を目的とするものであり、おおむね日本の種苗法における品種登録に関する制度と同様の内容である。PVPAにより保護されている品種は、育成者等の権利所有者の許可なく販売することができないことになっている〔3〕。なお、先述のFSAにおいても、PVPAで保護されている品種の販売は、認証検査機関による品種証明を受けたものしか販売が許可されない。 4.現地調査の結果現地調査の調査先は、飼料作物種子の主生産地であるオレゴン州と、穀物の大生産州であり、伝統的な酪農地帯でもあるミネソタ州の、公的研究機関、品種証明機関、民間種苗会社および採種農家である。(1)飼料作物種子の増殖システムの日米比較わが国の飼料作物種子の増殖システムは、前述の通りであるが、アメリカでもわが国と同様に、公的育成品種は、公的研究機関や大学が品種の育成を行っている。その後の種子増殖は、認定採種機関(AOSCA:The Association of Official Seed Certifying Agencies)によって1世代増殖され、これをもと種子として、民間種苗会社によって1〜2世代増殖後、販売される。このほか、育成機関が民間種苗会社と独占的使用権を締結し、民間種苗会社が最初の世代から一貫して種子増殖を行うこともある。民間育成品種については、自社で育成するほか、個人の育成者が、育成した品種の育成者権を買い取り、自社もしくは契約農家が種子を増殖し、市場流通させる。品種証明については、AOSCAによる認定を受けた証明機関が行っている。FSAに基づいて行われる流通種子の検査については、州農業局が実施している(図3)。
(2)米国の飼料作物品種の育成機関および育種の上で重視される形質飼料作物の公的育成品種の育種については、オレゴン州ではオレゴン州立大学および農務省の研究機関が、ミネソタ州ではミネソタ大学が行っている。日本の公的育成品種の改良目標は、収量性や耐倒伏性、耐病性など飼料生産性を改善するものが主であるが、米国において最も重視されているのは、「採種性」である。すなわち、種子価格を大きく左右するのは「採種コスト」であり、優良形質を有している品種であっても採種性が悪く、十分な量の価格競争力のある種子を確保できなければ意味がない、との考え方である(写真2)。
民間育成品種の育種改良目標についても、公的育成品種と同様に最も重要視されるのは「採種性」であった。 (3)米国の飼料作物種子生産技術および種子生産を取り巻く情勢と採種コスト米国における飼料作物種子生産の歴史は長く、オレゴン州では1920年代から採種が行われるようになり、その後、採種に関する研究が進められ、40年代には採種事業は産業として確立された〔4〕。ライグラス類やオーチャードグラス、クローバ類など主要な牧草類については、オレゴン州立大学から採種栽培マニュアルが発行されており、種苗会社や採種農家で利用されている。米国での採種は大規模で行われているため、家畜改良センターの作業と比較すると、栽培、収穫および精選という一連の作業、特に手間がかかる収穫・精選機械の清掃作業がかなり省力化されていた(写真3、4)。これは、家畜改良センターの当該作業が「もと種子」の採種であり、米国では、「もと種子」の後代の「保証種子」の採種であることから、「もと種子」と比べて若干緩和されている品種純度基準を満たす範囲内において、ある程度の省力化が可能なためと考えられる。
近年の飼料作物の採種の情勢としては、特にオレゴン州において、採種作物より利益率の高い他の作物(ブルーベリーやヘーゼルナッツなど)に転作する採種農家が急増し、飼料作物(主に牧草類)の採種面積は縮小傾向にあるとのことであった(表2)。
また、オレゴン州の採種コストは上昇傾向にある(表2)。この原因は、コストの主要素である地代の上昇、伝統的な採種農家の採種事業からの離脱、肥料などの農業資材費の高騰などが挙げられる。 一方ミネソタ州では、採種性や採種技術の低さという問題はあるが、オレゴン州と比べて地代が安価で、採種作物(主に芝用ペレニアルライグラス)が他の作物との輪作体系の中に組み込まれていることから、採種面積の縮小はあまりみられない。このため、ミネソタ州の飼料作物の採種は、オレゴン州の採種事業を補完する形で行われることが多く、今回訪問したミネソタ州の種苗会社においても、オレゴン州の大手種苗会社からの委託採種を多く請け負っている。 次に、オーチャードグラスについて、米国の品種と日本の品種のオレゴン州での採種コストを比べると、図4にあるように、米国の品種の採種コストは、日本の品種の40パーセント以下となっている(図にはないがイタリアンライグラスでは約60パーセントの水準)。 主な要因としては、品種の採種性の差が挙げられる。現地の種苗会社によると、品種情報については不明であるが、日本の品種の平均採種量は、米国の品種の50パーセント以下に留まっているとのことである。このため、面積当たりの地代や肥料薬品費は、米国の品種と同等となるが、種子1キログラム当たりの経費で比較すると割高になっている。 日本の品種の種苗費およびオペレーティングコストは、前者は日本での「もと種子」の採種コストが高いこと、後者は採種面積が小さいことにより作業効率が悪いことに加え、採種性の低さが原因で、さらに割高になっていると考えられる。 日本の品種の種子精選費については、海外で増殖された種子が日本に再輸入される際に、植物防疫法により土の混入が一切認められていないことから、海外での種子の精選にかかる手間が増え、経費が高くなっている。日本の種苗会社は、日本の品種の海外増殖種子のほか、海外品種の種子の輸入も行っているため、土の混入問題は大きな課題となっている。 また、日本の品種種子の国内需要量は、米国での需要と比べてかなり少ないため、採種面積が小さくなる。加えて、採種性も悪いため、栽培・収穫後の管理に手間がかかり、モチベーションが上がらず、採種農家に敬遠されやすくなっている。このため、採種契約の条件(特に価格)が不利になる場合もあり、種子価格の上昇に拍車をかけている。
(4)米国における飼料作物種子の流通事情および日本との比較近年の米国における牧草種子の需要は、現地の種苗会社からの聞き取りによると、全体的に低迷傾向にある。日本同様、米国の畜産農家においてもコスト削減が急務となっており、その中で最初に削られるのが粗飼料生産の経費とのことで、特に永年草地においては、草地更新が進まず、種子の需要も減少している。この結果、過剰な在庫を抱えることとなった米国の種苗会社は、牧草種子の生産調整を行い、種子価格の下落を防止した。その後、平成24年の米国における大干ばつの影響も加わり、種子の需給バランスが回復した結果、余剰在庫を放出でき、種子価格は堅調に転じることとなった。ただし、先述のように、米国の採種状況からすると、供給面で楽観できないため、種苗業界としては依然として厳しい状況、とのことであった。米国における畜産農家の飼料作物の種子ニーズについて、現地の畜産農家や種苗会社から聞き取ったところによると、購入上、最優先されるのは、「品種」ではなく「価格」とのことであった。大規模な酪農家の自給飼料はトウモロコシサイレージに特化されるため、デントコーンの品種にはこだわりが大きいが、その他の粗飼料は購入飼料に依存することが多く、購入粗飼料の品質には関心が高い(写真6)。他方で、零細な酪農家では、粗飼料生産を行うものの、種子を購入する場合はやはり「価格」が第一であり、「品種」へのこだわりは低い。肉用牛農家においては、全体的に草地の管理も粗放なことが多く、酪農家以上に「価格」が優先されている。
日本の畜産農家の飼料作物種子のニーズも、米国同様に種子価格を重要視する傾向は強く、草種により差はあるものの、価格競争力の強い「コモン種」が占める流通割合は大きい〔5〕。しかし、「コモン種」の多くは、海外品種の非保証種子や内容不明な品種等の混合種子であることから、冒頭に述べたとおり、必ずしも日本の気候に適したものではないため、傾向として耐病性が低く、草型が雑ぱくで収穫効率が劣り、また出穂も揃わないため、収量が不安定になり、嗜好性も劣る、などの問題がある。 これに対し、現在流通している日本の国内育成品種は、耐病性や草型が日本の栽培体系向けに改良されており、出穂も均一であるため、高品質な牧草を多く収穫できる潜在力を持つものの、種子価格が比較的高価である。一般社団法人日本草地畜産種子協会の報告によると、適切な登録品種を用いて適切な栽培管理を行った場合、「コモン種」と比較して種子価格の差額以上の収益が得られるといわれている〔6〕。しかし、農家は、購入する際にはトータルの収益性ではなく、「価格」で購入の是非を判断する傾向が強く、国内育成品種の普及は期待どおりには進んでいない。 5.おわりに 飼料作物種子の採種先進国であり、日本の育成品種の「もと種子」の最終段階の増殖が行われている米国の採種事情を調査したが、米国においても畜産農家の経営上の理由から、「品種」(特性)よりも種子「価格」に高いニーズがあることが判明した。このため、米国では、日本の育種機関ではほとんど行われていない、育種段階から採種性に着目した選抜が行われており、種子増殖の段階でも、栽培から収穫・調製に至る一連の作業管理において、品種・品質保証基準に適合する範囲内での省力化のための技術改良や工夫が行われていた(本稿では詳細な採種技術の調査結果の記載は省略)。 参考文献 |
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