海外情報  畜産の情報 2015年4月号

低迷するEUの牛肉市場
〜その中から見えてくるもの〜

調査情報部 中野 貴史


【要約】

 EUの牛肉産業は、景気停滞などにより2009年以降消費が伸び悩み、牛肉需給のだぶつき感から価格は下落している。一方、世界的な需給は主要牛肉輸出国からの供給減によりひっ迫感が出ており、価格は上昇傾向にある。本来、域内需要を中心としてきたEUでは、域内価格の下落が輸出競争力を生み、アジアやアフリカ諸国向けの輸出需要も創出してきた。さらには、世界最大の牛肉市場である米国への輸出再開から、輸出需要にわずかな明るさを見い出している。輸出量の増加は、域内需給を引き締めるための効果が期待されている。

1 はじめに

 EUでは、2008年のリーマンショックを契機とした世界的な景気後退の影響などを背景に牛肉需要が減退し、それ以降、回復の兆しはなかなか見えてこない。2000年当時のEUの牛肉輸出量は60万トン台を記録し、豪州、米国に次ぐ牛肉輸出国であった。しかし、その後のEUでの牛海綿状脳症(BSE)の発生・拡大がこの構造を大きく変化させ、現在のEUの牛肉市場は基本的に域内需給均衡型となり、生産量に比べて域外への輸出量は少ない(2013年の域外牛肉輸出量は24万8千トン)。域内需給がだぶつく中で、最大の輸出先であったロシアが、2014年8月から牛肉などをはじめとするEU産農畜産物に対して禁輸措置を講じたことは、EUの牛肉市場に漂う沈滞ムードにさらなる拍車を掛けた。

 しかし、世界の牛肉需給を見ると、主要牛肉生産・輸出国である米国での生産減に伴う供給量低下の懸念などから、国際価格は上昇傾向にあり、主要輸出国に比べて高いとされるEUの牛肉価格は、徐々に国際競争力を持つようになってきた。このような中で、BSEの発生を理由にEU産牛肉の輸入停止措置を取っていた米国は、2014年3月に輸入再開を決定し、2015年1月にはアイルランドの食肉処理施設を米国向け輸出施設と認定するなど、16年ぶりのEU産牛肉の米国向け輸出再開となり、この沈滞ムードにわずかな光が見え始めてきた。

 本稿では、2014年に行われたEU畜産関係団体の牛肉需給見通しなどを基に、最近の牛肉情勢を取り入れながらEUの牛肉市場の情勢を報告する。

2 EUの食肉をめぐる概況

 EUは28の加盟国からなり、人口約5億人の巨大市場を抱えている。周知のとおり、域内では、物に加えて、人、サービス、資本の動きは自由であり、原則として統一通貨ユーロを用いる一つの経済圏が形成されている。人口は、先進国(地域)でありながらも旧西欧諸国を中心に移民を受け入れていること、また、その移民の出生率が高いことから微増傾向にあり、今後も域内市場の拡大が期待されている(図1)。

図1 EUの人口推移
資料:欧州委員会
  注:加盟国28カ国として計算

 その一方で、EU経済は、2008年のリーマンショックに端を発する世界金融危機の影響から脱却できず、依然として景気回復への道のりは遠い状況とされている。

 EUの食肉の消費を見ると、豚肉が最も多く、次いで鶏肉、牛肉と続き、この3種で食肉消費の97%前後を占めている。人口は微増傾向にあるものの、景気停滞を反映して、EU全体の食肉消費量はこの3年間、年平均1%前後で減少している。種別に消費動向を見ると、価格の高い牛肉が減少するのみならず、豚肉の消費減も顕著で、鶏肉消費のみが増加する状況にある(図2)。

 なお、EU1人当たりの年間平均食肉消費量を見ると、豚肉39.8キログラム、鶏肉23.9キログラム、牛肉15.6キログラム、羊肉2.0キログラムとなる。日本の同消費量は豚肉11.8キログラム、鶏肉12.0キログラム、牛肉6.0キログラム(25年度、食料需給表)であり、EUの食生活に占める食肉消費の多さがうかがえる。

図2 EUの食肉の種別消費量の推移
資料:欧州委員会
  注:加盟国27カ国として計算

3 EUの牛肉需給動向

(1)生産:酪農部門からの出荷増により2014年は4年ぶりに微増

 EUの牛肉生産量は、2011年以降、3年連続して前年比マイナスとなったが、2014年は、年後半の乳価下落を受けて酪農生産者が経産牛の淘汰を進めたことで、と畜向け出荷頭数が増加し、牛肉生産量は前年比0.8%増となった(図3)。酪農が盛んなEUでは、酪農部門から供給される乳用雄牛などが牛肉生産の約半数を占めており、牛肉生産は酪農部門の影響を強く受けている。

図3 EUの牛肉生産量の推移
資料:欧州委員会
  注:加盟国27カ国として計算

 加盟国別に見ると、生産地域に偏りがあり、上位4カ国(フランス、ドイツ、英国、イタリア)で全体の約6割を占めている。これにスペイン、アイルランド、オランダと続き、旧西欧諸国が主な牛肉生産国となる。旧東欧諸国ではポーランドが最大の牛肉生産国となるが、規模的にはEU全体の4%程度とその割合は低い(図4)。

図4 加盟国別牛肉生産割合(2013年)
資料:欧州委員会

 前述のとおり、EUの牛肉生産は酪農部門の影響を強く受けており、生乳生産国としても上位にある国々が牛肉生産の上位を占める形となっている。EUでは、2015年3月をもって加盟国の生産を抑制してきた生乳クオータ制度が廃止されることから、フランスやドイツ、英国などの主要酪農国では、乳用雌牛の飼養頭数確保に向けた体制整備が進んでいる。また、2015年のEU酪農部門の見通しについて現地酪農関係者は、乳製品国際価格が上向きに転じるとの見方が出ていることで、生産者乳価も回復に向かうとしている。このため、酪農部門からの乳用雄牛の出荷頭数の増加が予想されるが、一方、牛肉需給のだぶつき感により肉牛生産者は引き続き減産指向が強いとされるので、全体の牛肉生産量は前年水準を下回るとみられている。

(2)消費:明るい兆しは見られず停滞感が続く

 EU全体の牛肉消費量は、2008年のリーマンショックの余波による域内経済の停滞を背景に減少基調で推移している。しかし、需要のだぶつき感が価格の下げにつながった結果、2014年は前年並みの753万8千トンと下げ止まった。前述のとおり、域内人口は微増傾向にあるものの、人口の増加は主に1人当たり年間牛肉消費量が少ない旧東欧圏や、鶏肉消費が多いアフリカ諸国などからの移民が中心となっており、牛肉消費の増加には結びついていない(図5)。

図5 EUの牛肉消費量の推移
資料:欧州委員会
  注:加盟国27カ国として計算

 国別に見ると、牛肉生産上位4カ国が消費上位4カ国となり、EU全体の牛肉消費量の約6割以上を占めている(図6)。

図6 加盟国別牛肉消費割合(2013年)
資料:欧州委員会

 加盟国別の牛肉消費の状況を見ると、最大の消費国であるフランスでは、景気停滞を反映して、牛肉から鶏肉などの低価格商品にシフトする動きがある。また、共働き世帯の増加などにより、調理時間が短縮できる加工用製品の利用も増えており、これらは豚肉や鶏肉原料を多く利用していることも、牛肉消費を減らす一因となっている。2014年の1人当たり年間牛肉消費量は23.8キログラムと、EU平均を大きく上回っているが、これも微減傾向にある。

 第2位のイタリアも、景気停滞の影響を反映し、1人当たりの年間牛肉消費量は減少傾向にある。特に同国は、ハム製品などの加工用として比較的安価ながら質が高いとされる南米産牛肉を多く輸入していたが、ユーロ安に伴う輸入減でこれら製品の販売が落ち込んだため、2014年の1人当たり年間牛肉消費量は20.9キログラムと、前年を3.7%下回ることとなった。2015年も景気回復が遅れる中で、引き続き減少が見込まれている。

 一方、第3位のドイツは、若干ながらも牛肉消費の増加が見込まれている。これは、乳用経産牛の出荷増により、同国で消費の多い加工用牛肉の生産が増えたことに加え、2013年に馬肉混入事件の影響から落ち込んだ消費の回復が見られたためとされている。しかし、同国は豚肉消費が主流であり、2014年の1人当たり年間牛肉消費量は13.8キログラムと、EU平均を下回っている。

 総じて言うと、2015年の見通しとして、主要通貨に対してユーロ安が見込まれる為替相場により、域外からの輸入は減少し、また、域内生産の減少見込みから、供給面では需給改善につながる要因はあるものの、消費については、景気回復以外に改善要因は見い出せない。

写真1 スーパーの牛肉販売風景(ベルギー)
馬肉混入事件

 2013年1月にアイルランドで発覚した牛肉加工製品への馬肉混入事件は、製造元である英国においても牛肉消費を大きく減少させると同時に、同様の事例がEU各地で続発される事態となった。この結果、域内の消費者は牛肉加工品に対する不信感を高め、EU全体での牛肉消費は一気に減退した。EUでは、一部加盟国を除き馬肉を食す習慣がなかったことで、消費者はこの事実に大きな衝撃を受けるとともに、消費者に対し「安い製品=粗悪品」との感覚を植え付け、安価な牛肉加工品や輸入牛肉が避けられるようになった。

 今回の事件は、フードチェ−ンに入り込むことが禁止されている医薬品を投与された競走馬の肉が混入するという、食品の安全性に関する問題にも波及したが、食品に対する信頼性の問題に広がることとなった。幸い、加工されていない赤身肉に対する消費者の需要が新たに生まれ、小売店が加工品の原材料に留意するようになった結果、小売業者の売上が伸びた。現在は、今回の事件の牛肉消費への影響は収まったとみられているが、依然として停滞する経済情勢を背景に牛肉の消費回復は遅れているのが現状だ。

写真2 馬肉の混入を報じる英日刊紙(2013年1月)

(3)輸出:ロシアの禁輸措置の影響大、一方で明るい兆しも

 EUの牛肉生産は、域内市場への供給を主流としていたことから、従来、輸出は余剰品や子牛肉などの高級部位に限られ、輸出先も、ロシアなどEUに隣接する地域が中心となってきた。このため、ウクライナ問題を発端としたロシアによるEU産農畜産物の禁輸措置は、需要が停滞しているEUの牛肉業界にさらなる影響を及ぼすこととなった。しかし一方で、需給のだぶつき感がもたらした牛肉価格の低下により、アジア向け(主に香港、フィリピン)輸出が拡大した結果、2014年の牛肉輸出量は前年比12.8%増(21万7千トン)となった。しかし、これらの地域への輸出は主に低級部位や内臓などの副産物が中心とされており、冷蔵品の輸出額は前年を下回る形となった。

 なお、ロシアの禁輸措置の影響として、EUの牛肉業界関係者は、牛肉そのものよりも、2014年10月から実施された牛肉副産物(牛脂など)に対するものの方が大きいとしている。これらは一定の利幅が得られていただけに、代替市場が見つかっていない現状では、EUの牛肉産業にとって大きな損失要因となっている(図7)。

図7 牛肉輸出量の推移(2014年)
資料:Global Trade Atlas
HSコード:0201(冷蔵牛肉)、0202(冷凍牛肉)、020610(牛の舌・肝臓その他のくず肉
       (生鮮、冷蔵又は冷凍))、021020(牛の肉及び食用のくず肉(塩蔵し、
       塩水漬けし、乾燥し又はくん製したもの))

 一方で、明るい兆しとして、米国向け輸出の再開がある。1998年1月以来、BSEを理由に米国への牛肉輸出が停止した状況であったが、2014年3月に米国は輸入再開を決定し、2015年1月にはアイルランドの食肉処理施設を対米輸出認定施設として承認した。世界最大の牛肉市場である米国への輸出再開に当たりアイルランドは、担当大臣自らが訪米するなど、国を挙げての輸出拡大に力を入れている。農業国であるアイルランドは、国内消費量の6倍以上の牛肉を生産している。それらを少しでも多く域外に輸出することは、EU全体の需給均衡に一定の効果をもたらす。加盟各国では、アイルランドに続けと、対米食肉処理施設の認定に向けた動きを強めている。米国への輸出が期待されるのは、高級部位や子牛肉など付加価値の高い牛肉のみならず、米国で需要が強いハンバーガーパティなど加工用もある。2015年のEUの牛肉生産は減少が見込まれる中で、現地食肉関係者は早期の対米輸出拡大に期待を高めている。

(4)輸入:安価な南米産が増える一方、高級牛肉も底堅い需要

 より安価な製品を求める傾向が増す中で、EU産に比べて安価なブラジルなどの南米産牛肉の輸入数量が拡大している。一方で、高級牛肉とされる米国などからの穀物肥育牛に対しても底堅い需要があり、これらは高級食材などを扱うハイエンドマーケットで販売されている。

 EUの牛肉輸入量は、ここ数年30万トン前後で推移しており、2014年は前年比1.7%減となった。このうち約5万トン弱が高級牛肉として入っており、牛肉消費が停滞する中においても一定の底堅い需要を保っている(図8)。

図8 国別牛肉輸入割合(2014年)
資料:Global Trade Atlas
HSコード:0201(冷蔵牛肉)、0202(冷凍牛肉)

 2014年6月から日本の和牛がEU市場に参入した。EUでは、既に豪州などの外国産WAGYUが牛肉の中の最高級品としての地位を築いている。高価な外国産WAGYUよりもさらに高価な日本の和牛の参入に対し、景気停滞が続くEUの牛肉市場がどのような反応を示すのか注目されたところであるが、今のところ順調に推移している。

 EUの牛肉市場は総体として停滞傾向にあるが、それは決して全てを指すものではない。5億人という巨大な市場を抱えるEUには、ロンドンやパリなど域内外からの富裕層が集まる多くのハイエンドマーケットが存在するのも事実であり、市場規模が大きいEUではこれらの富裕層を対象とした市場も一定の規模を持ち、高級食品に対する需要は底堅いものがある。

 このような市場で日本の和牛は、トリュフやフォアグラなどと同様に高級食材として扱われるケースが多い。高所得者層を対象とした和牛の販売は、需要が低迷するEU牛肉市場にあっても進出する取り掛かりとして大きな意味がある。

 日本の食文化との一体的なプロモーションに加え、ヨーロッパの人々の食文化に合わせた和牛料理の提供によっては、さらなる裾野の広がりも期待される(表1)。

写真3 精肉店での和牛販売風景(フランス)
表1 日本からヨーロッパへの牛肉の輸出状況(2014年)
資料:Global Trade Atlas
  注:HSコード「0201(冷蔵牛肉)」と「0202(冷凍牛肉)」の計。ただし、「0202」の実績はない。
    スイスについては、EU向けに準じて輸出されている。

4 おわりに

 2014年のEUの牛肉産業は、長引く景気停滞による需要の減退に、ロシアの禁輸措置が追い討ちをかけ、需給をさらに緩ませることとなった。

 このEUの牛肉市場から見えてくる事象を抜き出してみると、EUの牛肉業界団体は、域内消費の回復が牛肉生産増の大きなカギになるとしているものの、これは今後の景気動向に左右されるといわざるを得ない。また、緩んだ需給を引き締めるには供給を減らす道筋もあるが、EUの牛肉生産は酪農部門と不可分の関係にあることから、肉牛部門のみの生産調整ではその効果に限界があり、短期間での生産変動は現実的には困難である。

 2014年はアジア向けを中心とした需要が生まれた結果、牛肉輸出量は前年実績を上回ることとなった。しかしこれらは、低級部位などが主体であったことから、域内需給を引き締めるまでには至らなかった。そのような中で、BSEを理由に輸入を停止していた米国がEU産牛肉の輸入再開を決定したことは、牛肉業界に一つの道筋を示すものとなった。まずはアイルランドが先陣を切って、「アイリッシュ・ビーフ」をホルモン不使用のナチュラルビーフとして、米国のオーガニック市場などの自然志向派の消費者をターゲットに売り込みを進めている。このアイルランドに続けと多くの加盟国では、対米食肉処理施設の認定に向けた整備が進められており、次に有力視されているのはオランダ産の子牛肉とみられている。また、米国には加工用牛肉に対する強い需要があり、米ドルに対して歴史的なユーロ安を記録している昨今、酪農部門から供給される加工向け牛肉などの輸出が増せば、さらに需給の引き締めに結び付くものと期待されている。

 EUの牛肉団体による今後の見通しでは、飼料価格や原油価格の下落により畜産農家の生産コスト削減が期待される一方、牛肉需給には、大きな変化がないと見る向きもある。しかしながら、今後、EU各国の牛肉業界により展開されるであろう、さまざまな牛肉輸出の取り組みが、需給の改善にどの程度影響を及ぼすのか、注目されるところである。


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