特集  畜産の情報 2015年12月号


酪農家を包み込む農業共済組合家畜診療所、
農業改良普及センター、そして飼料メーカーの連携

畜産・飼料調査所「御影庵」主宰 阿部 亮



【要約】

 乳牛における周産期疾病は、日本の乳牛の供用期間を短縮させている原因の1つとして、その回避に向けての努力が全国的に必要な状況にある。北海道空知地方でこの周産期疾病に苦しむ1酪農家を包み込む支援活動が、空知中央農業共済組合家畜部家畜診療所と北海道空知総合振興局空知農業改良普及センター、そして雪印種苗株式会社の連携チーム3人によって平成25年11月から27年3月までの17カ月間行われた。月に1度の巡回指導で、周産期疾病や肢蹄障害を防ぐための飼養管理の改善について、チームと酪農家が一体となって取り組み疾病の減少、繁殖成績の向上という成果を挙げた。支援開始前の24年の周産期疾病の罹患率48.7%が、26年には29.0%と有意に減少している。このチームのリーダーは、支援活動はストーリーを作って、異なる専門性を持つ複数の人達が協力し、切磋琢磨しながら着地点に向けて農家を誘導することが大切であるという。

1 はじめに

 平成27年3月に制定された「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(以下「酪肉近」という)では、冒頭で乳牛や肉用牛の飼養状況について、「最近は、飼養戸数や飼養頭数が減少を続けるなど、生産基盤の弱体化により、生乳生産量が減少し、また子牛価格が高騰しており、このような状態を放置すれば、今後の酪農及び肉用牛生産の持続的な発展に支障が生じかねない」と述べている。危機感の表明である。平成の時代、全国の乳牛飼養頭数は4年の約208万頭をピークに毎年3万1千頭の負の傾斜で直線的に減少し続けている(図)。現在のこのような状況を打開すべく、農林水産省は、地域の畜産農家を経営と技術の両面から支援する「畜産クラスター」の結成を推進・奨励している。そのような地域支援組織の1つの形を北海道空知地方に見い出した。空知中央農業共済組合家畜部家畜診療所(以下「農業共済組合」という)と北海道空知総合振興局空知農業改良普及センター(以下「空知農業改良普及センター」という)、そして雪印種苗株式会社(以下「雪印種苗」という)の連携による1酪農家の技術支援活動である。畜産クラスターの先駆けモデルとして紹介したい。

2 支援活動と成果

(1)地域の特徴と支援活動の経緯

 北海道空知地方は稲作が農業の主体を成しており、農業産出額における畜産の比率は10%にも満たない地域である。そのために酪農に関しても、酪農家間での情報交換・交流をする機会が、同じ道内の十勝地方や根室地方と比べて少ないという環境にある。そのような状況下で乳牛の疾病が多発している中、農業共済組合と空知農業改良普及センターの懇談会が開かれ、組合長と所長が疾病を減少させるための飼養管理の見直しをお互いが協力し、推進してゆこうという合意の下にこの活動が開始されている。

 農業共済組合の尾矢智志氏(以下「尾矢さん」という)が疾病関係を、雪印種苗の松村佳伸氏が飼料関係を、空知農業改良普及センター所長の田中義春氏(以下「田中さん」という)が飼養管理および全体の統括をそれぞれに担当し、経産牛頭数が80頭のH牧場を対象として平成25年11月から月に1回の巡回指導が開始され、平成27年3月までそれが継続された。尾矢さんの話、「こういう取り組みは初めてだったので、農家に受け入れられるかどうかという不安と、どういう流れで進めてゆけばよいかという難しさがありました」。

(2)H牧場の状況

 開始時、24年の1カ月当たりの家畜診療所による診療回数は3.2回であり周産期疾病罹患牛の割合は48.7%と高かったが、この中では乳熱が分娩牛の25.6%と最も多かった。この乳熱に付随してケトーシス、第四胃変位、産じょく熱、胎盤停滞といった周産期疾病に悩まされていた。乳熱による腰抜け、脱臼で除籍(廃用)になる乳牛も多く、経営者は精神的な、また治療補助(牛を寝返りにさせるなど)のための肉体的な負担が大きかった。さらに周産期疾病の他に飛節の腫れ、蹄低潰瘍ていていかいようのような肢の病気も多かった。

(3)国内の乳牛の周産期疾病の状況

 「はじめに」の項で国内の乳牛頭数の減少について述べたが、その原因としては、「供用期間の短縮」、「繁殖成績の悪化(分娩間隔の長期化)」、「乳用雌牛への黒毛和種牛精液の人工授精(肉用交雑種牛生産)」などが挙げられている。供用期間について見ると、14年が4.2産、19年が4.0産、24年が3.5産と短縮している、乳牛の寿命が短くなっているのである。その原因は、表1に見られるように疾病による除籍が多いためである。また、繁殖成績を全国の分娩間隔の平均値で見ると、元年が405日であったものが25年には437日と、この25年間に1カ月以上長期化している。表1に見られるような繁殖障害や起立不能といった周産期疾病が乳器障害(乳房炎など)とともに除籍、短命の理由になっている。繁殖障害は繁殖成績低下の引き金となっている。このような国内全体の姿が対象農家であるH牧場にも見られる。周産期というのは乳牛の分娩前3週くらいから分娩後少しの間の期間のことを言うが、この時には乳牛体内の生理状態が激変する。分娩前には胎児の急速な成長が進む中で、分娩後に向けて、「乳腺組織の回復」、「免疫グロブリン(注)の蓄積」、「第一胃じゅう毛の肥大・拡張・増殖」、「消化管や肝臓の機能の回復と充実」、「カルシウムの骨吸収と腸管からの吸収の機能促進」等々が行われなければならない。そして、分娩後は牛乳生産のための栄養素を充足させるだけの飼料を摂取できずに、エネルギー出納は負となり、その状態がしばらく続く。 

(注)脊椎動物の体液中に存在し,リンパ系細胞によって生産される抗体として働くたんぱく質。

 このような分娩前の「準備」がうまくゆかない場合、そして分娩後の負のエネルギーバランスの深度が大きく、長く続くような場合に周産期疾病を発症させ、それが乳牛の供用期間の短縮に結びついてゆく。この期間にどのような飼養管理をするかが非常に重要なのである。

 田中さんは周産期の問題について以下のように話す。「周産期疾病には、乳熱、ケトーシス、脂肪肝、第四胃変位といくつかありますが、最初は乳熱なんです。カルテの最初に出てくるのは乳熱なんですね。それから合併症として他の病気が続くんです。ですから、乳熱さえ防げれば間違いなく周産期疾病は減ります。そのために、乾乳期の飼料の管理、カルシウムや脂溶性ビタミンなどの栄養管理ですね。それをしっかりとすることが1つと、もう1つは泌乳期に骨にカルシウムをしっかりと蓄積しておくことが大切なんです。私は「周産期疾病が繁殖に影響する」と確信を持っています。受胎する・しない、分娩間隔が長くなる・短くなる、ということは分娩前の管理をうまくやるか、やらないかで決まります。農家の人は、種付けの1週間前の状態はどうだった、こうだったと言うんですが、さらに遡って、周産期はどのような管理をしていたか、どんな状態であったかが重要なんですね。周産期さえうまくやれば乳房炎は減るし、繁殖もよくなりますから、繁殖技術そのものについての指導はしていないんです」。

(4)点検、問題点の抽出

 それではH牧場で3人は何を見て、洞察したか。周産期疾病の原因には次のようなことがあった。1つ目は、泌乳牛も乾乳牛も同じ飼料を給与しており、乾乳期に必要な栄養管理が適切になされていなかった。2つ目はこれと関連するが、牛舎内で泌乳牛と乾乳牛が分けて飼養されておらず混然一体の形であるために、乾乳牛の栄養管理を適切に行う状態にはなかった。さらに、「混合飼料(以下「TMR」という)の選択採食が激しく、濃厚飼料の摂取量が粗飼料に比べて多くなっていたことで、第一胃発酵に負担をかけていた」、「飼槽の前のバーが乳牛のスムーズな寝起きを妨げ、牛が立ち上がる時に蹄への負担が大きく、それが蹄の病気の原因となっていた」などである。

(5)酪農家への指示と対応

 田中さんは北海道各地で、チームによる酪農家支援に実績を持つ人であるが、その指導方針には特徴がある。それは、訪問・点検時に何項目かの指示を宿題として与え、それが実行されなければ、「お互いの信頼感がないわけだから、この関係は終わり。もう来ません」と宣言することである。この場合にもそうした。25年12月18日、第1回目巡回時の指示事項は、「乾乳後期牛と搾乳牛の飼養場所を分ける」、「牛の顔の前にある飼槽前の最下段のバーを上げて、寝起きを楽にする」、「乾乳後期牛の飼料設計を見直し、TMRを泌乳期用と分けて新たに作る」、「乾乳前期牛に飼料の増給をする」の4つである。

 乳熱を防ぐために分娩前のカルシウム給与量の抑制を行い、分娩後のカルシムの小腸からの吸収に関与する活性型ビタミンDの分泌を促進するために、分娩前にビタミンD3を投与することなどが指示内容には含まれている。

 3人のこういった指示に対して、H牧場は即座に対応した。12月18日から翌年1月の初旬(2回目の巡回)の間に、「乾乳牛と泌乳牛の分離飼養と乾乳前期牛への飼料給与量の増加」、「飼槽前の最下段のバーの位置を上げる」、「乾乳後期牛の低カルシウム配合飼料への切り替え」が実施されていた。3人は、「バーを上げることは簡単には出来ないだろうな」と思っていたというが、指示してすぐに、業者に依頼して、「10万円でやってくれたよ」と、H牧場の反応が速かった。それ以降も毎月の巡回時に3〜5項目の宿題を課してゆく。その中には、「粗飼料の切断長が長く、濃厚飼料との選択採食が生じているから、混合飼料調製のミキサーの刃を研いで切断長を短くするとともに、配合飼料の中の穀類は選択採食を予防するために、ペレットからマッシュ(粉状)にするように」とか、「分娩後の泌乳牛へのカルシウムの増給」とか、「ウオーターカップ(飲水器)の清掃」、「乳房の衛生管理」など、大きな問題から小さな問題まで、実にさまざまな指示が経過を見ながら段階を追って指示・指導されていった。それらに対してH牧場は出来る限りの措置を実行してゆく。ある時、H牧場の奥さんがウオーターカップをタワシと洗剤を使って1つ1つ丁寧に洗っている様子を見て、田中さんは嬉しさが余って涙が出そうになったという。時が経過するにつれて両者の信頼関係が強固になってゆくのである。

(6)飼養成績の向上

 それでは、牛群の成績はどのように変わってきたのか、表2は周産期疾病と繁殖に関するデータを示す。支援活動が始まる前と比べて、26年は分娩牛の乳熱や種々の周産期疾病の発症率は大きな割合で減少し、その結果、診療の回数も減少している。そして、繁殖成績では、初回授精日数が短くなり、授精回数も減少し、分娩間隔は短くなっている。

 周産期疾病の増加と繁殖成績の低下(分娩間隔の長期化)は「診療費や医薬品費の増加」、「精液代金・種付け料の加算」、「産子数の減少による子牛販売代金の減少」、「空胎日数の増加による低泌乳継続による飼料効率の低下」などが酪農経営に対して負担を強いることになり、「分娩間隔の1日の延長は1頭当たり1100〜1500円の損失になる」とも言われている。表2の諸数値はH牧場の経営状況が支援以前と比べて大きく改善されたことを物語っている。確実に支援活動は功を奏したのである。

(7)達成感

 尾矢さんに仕事を終えての感想を聞いてみたが、その答えは以下である。「基本的なことを実行すると確実に成果が現れるんです。周産期疾病が減少してきたことに家族全員が気付いてくる。飛節の腫れも少なくなり、蹄の病気も減り、疾病治療の経済的負担も少なくなるということで、精神的にも肉体的にも余裕が出てきて、その結果、牛舎に行くのが楽しくなるというのです。そうなりますと、経営は良い循環に向かって進んで行きます。意識改革が自然に出来るようになって、育成牛の飼養管理とか、次の課題に向かって自発的に取り組み始めるんです。私も毎月の巡回毎に手応えを感じながら1年5カ月を過ごして来ました。農業共済組合だけではここまでの結果にまではならなかったと思います。雪印種苗と農業改良普及センターとの連携のおかげだと思います。自分にとっても大変勉強になりました。この仕事は27年の3月で終わりましたが、普及センターとのつながりができましたので、種々相談しています」。そして、田中さんに、「こういった仕事での達成感は?」と聞くと、「Hさん(H牧場の牧場主)から、『最近乳量が増えてきたねとか、最近は発情が強く現れるようになってきたねとか、胎盤がすぐに降りるようになってきたね、という話を家族でしているんですよ』と言われます。そのような話を聞くだけで嬉しいですね。それ以上のものはありませんね」と言う。

 この仕事の終了後も、チームの人達とHさんとの交流が続いているそうである。

3 チーム作りの考え方

 先にも述べたが、田中さんは各地の農業試験場や農業改良普及センター勤務の中で、地域の技術支援組織を作り、リードしてきたが、地域の支援組織作りの要点についてこの機会に聞いてみたので紹介する。

 「何人かが集まって、『やろう』というところから始まりますから、そういった気運がその地域に必要です。『こういった問題がある』『こうやったらどうか』ということで始まるのがベストですね。効率も良い。今回のテーマの仕事は地元の農業共済組合から私の所に話があり、始まりました。疾病が多く、飼養管理で是正できないかという危機感からの要請ですね。根室では、これも、『何とかしなければ駄目だ』という根室生産連(根室生産農業協同組合連合会)の思いから、根室生産連、人工授精師と農業改良普及センターが受胎率向上を目指して複数の酪農家の乳牛を対象に、分娩前後の管理について座学と実践活動を行いました。また空知の長沼では、JAが、経営的に危機的な状況にある酪農家を再生したいという熱意から農業改良普及センターと連携して再建に取り組みました。胆振いぶりでは、『乾乳から泌乳初期の管理がこれで良いのか』と農業改良普及センターが問題を投げかけ、JA、獣医師と普及センターが連携し、5戸の酪農家を対象に支援活動を行いましたが、この仕事ではマニュアルを作りました。酪農家と日常的に接触している人達が、『問題を解決したい』という熱意が一番大切です。その場合、身近に問題を解決するのに適した人材がいない場合がありますから、そういった時には管内の行政の出先機関の人達の支援を仰ぐという形でしょうか」。

4 支援の方法と考え方

 支援とは何か。どのようにするのが良いのか。この問題についても田中さんの考えを紹介したい。

 「よくあるのですが、『これもあります』『あれもあります』といくつもの問題やメニューを並列的に挙げ、この中から選んで下さいというのは駄目なんです。1つのストーリーを作って、最終的な着地点に誘導するというやり方で進めて来ています。これまでの何カ所かでの活動でも、乾乳から分娩前後の間に集中して問題点を見つけ、改善点を指示してきました。それと1人や1組織では限界がありますから、やはり複数組織の専門家の連携が必要です。その時に、私が言っているのは、『仕事は皆でするけれど、成果はそれぞれの参加者と組織が自分のものとしましょう』ということです。また連携チームのコミュニケーションを図ることは当然に必要ですが、時には叱咤しった激励したり、厳しい議論を戦わすことも大切です。それから、農場では乳牛の反応をしっかりと観察する。それが基本ですね。鋭い観察眼を持つべきです。また、農家の人との対応ですが、農家の人の話をよく聞くことが大切です。支援者が一方的に話し続けるのは好ましくありません。よく農家の人の話を聞くべきです。私は農家の人の言うことは奥深く、そして真理があると思っています。農業者は必ずしも目の前の現象を理路整然と説明が出来ない場合が多いのですが、農家の人の言う事を証明するのが我々の役目だと思っています。さらに、連携の指導者は、『まとめ』をしなければなりません。現場のデータと考察・所見を整理し、それを地域に発信してゆかねば駄目です。そういった事の出来る人材の育成が、これからは必要だと考えています。それから、最後になりますが、最近、“支援”という言葉を行政でもよく使います。“指導”と言うと、上から目線ということで嫌われるからかもしれません。ですが、『仲間と一緒に仲良くやりましょう』だけでは駄目なんです。やはり、指導という1ランク上から全体を見ながら進めてゆかないと効率は悪いし、農家も動かないと思います。そのためには専門家としての力量を持つことが大切です。確かな力量を背景とした技術の組み立てを順序立てて行いながら、目標に向かって農業者を誘導してゆくことが重要であると、最近は考えるようになっています」。

5 おわりに

 この原稿の執筆のための取材は平成27年7月31日に札幌市の(公社)北海道酪農検定検査協会で行われた。田中義春氏は現在、同協会に勤務しておられる。お忙しい中を取材に応じて下さった空知中央農業共済組合家畜部家畜診療所の尾矢智志氏と同協会参与の田中義春氏、そして取材会場を提供していただいた同協会の熊野康隆専務に深謝致します。また、チームの一員である雪印種苗株式会社の松村佳伸氏は北海道から群馬県に転勤されており、取材時には同席されなかったが、この仕事の遂行に対して、ここにて敬意を表する次第であります。


参考文献

1)農林水産省『酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針』平成27年3月
2)乳用牛ベストパフォーマンス実現会議『乳用牛のベストパフォーマンスを実現させるために』平成27年5月
3)家畜改良事業団・乳用牛群検定全国協議会『平成24年度乳用牛群検定成績のまとめ』
4)草刈直人(2013)『乳牛の「繁殖改善モニタリング」の活用について』デーリィ・ジャパン 2013年3月号 P.24―29 デーリィ・ジャパン社


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