調査・報告 特集  畜産の情報 2015年2月号

情報化社会だからこそ、積極的なアピールを

フリープロデューサー 秋岡 榮子


 私は今、日本と上海を往復しながら生活をしています。現在、上海は駐在員、長期出張者を合わせると約5万人超の日本人がいると言われています。それらの日本人が多く住むのはいわゆる「旧市街地」で、そこには日系百貨店、香港系高級スーパーマーケット、日本人向け食品店などが複数立地しており、お金を払えばたいていの日本食材を手に入れることができます。こうした高級店舗、あるいは日本人が多く住む地域の大型スーパーマーケットには「日式」と冠のついた肉も売られています。

 「日式」というのは「日本スタイル」という意味で、肉の場合は、しゃぶしゃぶやしょうが焼き用に機械で薄くスライスされたものがこのように呼ばれ、日本と同じように発泡スチロールの皿に肉をきれいに重ねて並べ、棚にディスプレイされています。「日式」肉は品質もよいので高級品です。

 私のアパートは日本人がほとんど住んでいない地区にあるので、近所のスーパーマーケットは「中国人仕様」オンリーです。倉庫のようなところに屋台形式の八百屋や肉屋、魚屋が何十と集まる「菜場」と呼ばれるところに食材の買い物に行くこともあります。

 実は、買い物で一番苦労するのが肉を選ぶことなのです。野菜や果物は見た目の色合いや手に取った時の感触、重さ、表面の痛み具合などから鮮度の判断がなんとなくつきます。目に見えない農薬対策は、日本メーカーの野菜専用の洗剤も売られていますし、調理の前に、野菜を長い時間、水に浸して農薬を洗い流すのが中国では一般的なので、私もこれに倣ってよしとしています。

 悩むのは肉です。小さな切り身が何枚か入った牛や豚のパックを買うことが多いのですが、正直、眺めたり軽くつついてみても、品質の良し悪しがなかなかわかりません。部位、等級、産地などの表示は日本のように親切ではありません。牛や豚の育て方についての情報も多くありません。「菜場」でブロック肉を買う時は、詳しい表示もありませんし、日本のお肉屋さんのように詳しく解説したり、薦めてくれるわけではありませんから、自分だけが頼りです。ちなみにスーパーマーケットの冷凍肉のコーナーには脚の形がそのままの牛肉や鶏の手羽先が何十、何百と山積みにされており、私などはその存在感に気おされて近づけません。肉を買いに行く度に、日本のスーパーマーケットなら「国産」という目印で安心して買い物ができるのに、とため息をつき、表示を頼りにパックの肉しか買ったことがない自分の不勉強を嘆きます。

 上海にいると「日本の食品は高くてもそれだけの価値がある。」と友人によく言われます。日本旅行のお土産選びも箱や袋に「日本産」と大きく書かれていることが重要です。こんなにも「日本産」(国産)にこだわってくれるのは嬉しいのですが、逆に「なぜ、そんなに日本産がいいと思うの?」とつい聞いてしまいます。

 それらの答えを集約すると、日本人はルールを守るのできちんと安全に作られているし、街ですらこんなに清潔なのだから生産現場は言うに及ばない、偽物がない、ということになります。そして、もちろん美味しくて、健康面にも配慮されているからだと。

 海外にいると、外国の人たちがこんなに評価してくれる日本産、つまり国産の安全安心、美味、健康を日本人は過小評価しすぎていると感じます。私たち日本人は当たり前のように「安全、安心」と「安全」と「安心」をセットで使います。中国でも食の安全基準は厳しくなっていますが、それでも自分の五感や工夫で、「安全」な食材を「安心」に置き換える努力をしている姿を上海の消費者からは見てとれます。日本では、長年培われた生産者と消費者の間の信頼関係で「安全イコール安心」となっているのは実に素晴らしいことだと思います。この日本の「安全イコール安心」関係を維持するための消費者の役割は簡単です。安定的に、あるいはもっと国産畜産物を購入して生産者の努力を支えることです。

 また、最近では、和牛の輸出拡大と外国人日本観光客の増大で、国産畜産物の消費者に外国人が加わりました。食は外国人の日本旅行の楽しみの一つです。この肉がどんなところで育てられているのかという産地情報にも興味があるでしょうし、そう何度も日本には来られないからと高級店に行きたい人もいれば、庶民的な店で日本人に混じって食事をしてみたいという人もいるでしょう。

 日本人は宣伝広告にお金をかけるのは、もったいないと思いがちです。しかし、今は情報があふれる時代です。大いにアピールしなければ、その情報の存在すら知ってもらうこともできません。それでは、彼らの「日本で本場のおいしいもの」を、という願いもかなえてあげることができません。国産畜産物に対する外国人の高い評価と憧れは、日本人があらためてその価値を見直すきっかけにもなるのではないでしょうか。

 2月には旧正月の休暇で、さらに大勢の中国人観光客が日本にやってきます。ステーキや日本料理でもてなすだけでなく、北京の人であれば年越しに欠かせない餃子、上海の人であれば大好物のトンポー肉を国産の素材で作って、「参った!本場よりおいしい!」とうならせてみたいものです。

 国産畜産物の消費拡大は「よいものだからこそ、よさを積極的に伝える」ということから新しい第一歩が始まると思います。


元のページに戻る