話 題  畜産の情報 2015年10月号

酪農全国基礎調査からみた
酪農構造問題

一般社団法人中央酪農会議 参与 並木 健二


1 深刻化する担い手問題

 近年、わが国の農業は、多くの作目において生産量の減少が顕著になっている。例えば、主食用米の生産量をみると、直近の10年間に10%以上も減少している。作付面積を拡大する経営がある一方、作付面積を縮小あるいは作付けを中止する経営が後を絶たず、生産量の減少に歯止めのかからない状況が続いている。このような中、戦後生まれの農業従事者のリタイアが本格化し、農業経営を支えてきた人材が急速に減少している。

 酪農においても、同様の構造的な変化が見られる。酪農家1戸当たりの平均生乳生産量の増加傾向が継続しているにも関わらず、全国の生乳生産量は2004年の832万9千トンから2014年の733万4千トンに10年間で約12%減少した。(一社)中央酪農会議が、昨年、全国の酪農家に対して実施した「酪農全国基礎調査」(以下「基礎調査」という)によると、60代以上の酪農経営主の占める割合は全国で40%、特に都府県では50%を超えており、この世代の酪農経営からのリタイアが加速することが危惧されている。

 世界の生乳需給状況が激変期を迎えた近年、乳製品供給の多くを国際市場に依存するわが国にとって、国内での生乳生産量をいかに維持、回復するかは先送りできない検討課題となっている。しかし、その検討作業は必ずしも順調には進んでいない。検討作業の出発点となる酪農構造に関する理解が不足し、結論を見いだすまでに至っていないからであろう。そこで本稿では、基礎調査で得られた情報を基に、わが国酪農の構造的な変化を明らかにするとともに、その変化に起因する諸問題について私見を述べてみたい。

2 生乳生産の大規模経営への集中

 2013年度における酪農家1戸当たりの平均生乳出荷量は439トン、地域別にみると、北海道が613トン、都府県が331トンで、かつて目標としていた西欧諸国に比べて遜色のない水準にある。

 また、基礎調査の対象となった酪農家1万6383戸を、生乳出荷量の多い順に並べると、ほとんどの地域で上位10%の酪農家の総生乳出荷量は全体の30%以上、上位50%まででは80%以上を占めている。これを前回(2007年度)の基礎調査結果と比較すると、上位層の占める割合は上昇しており、生乳生産の大規模経営への集中が進んでいることが分かる(表1)。

 このような状況の中、「メガファーム」と呼ばれる年間生乳出荷量1000トン以上の大規模経営の動向が注目される。北海道で「メガファーム」の占める割合は、2006年度から2013年度の7年間に、戸数が7.2%から12.4%へ、生乳出荷量が24.2%から37.2%へ拡大している(図1、図2)。

 都府県では、戸数が2.1%から3.9%へ、出荷乳量が15.5%から25.8%へ拡大している(図3、図4)。戸数で10%に満たない「メガファーム」の生産が、全国の生乳需給状況に大きな影響を及ぼす時代になったと言えよう。

3 経営主の高齢化と生産規模の縮小

 わが国の生乳生産が低迷するのは、酪農家戸数の減少に伴い経産牛飼養頭数が減少するからであると言われている。近年においては、廃業による経産牛飼養頭数と生乳生産量の減少分を、残った経営の規模拡大でカバーできていないのである(図5)。

 基礎調査では、空きスペースが「ある」と回答した経営は全体の52.3%となり、搾乳牛舎に空きスペースが数多くあることが明らかとなった。搾乳牛舎に空きスペースがある酪農家の割合は、小規模経営ほど高くなる傾向が見られる。一部の酪農家からは、乳廃牛の価格が上昇している中、当面の資金繰りのため高齢牛を出荷したものの、後継牛の価格が高騰しているため導入できず、牛舎が空いてしまったという声が聞かれる。

 しかし、経産牛飼養頭数を減少させた理由として、「労働力不足で乳牛の飼養管理が限界だから」や「経営主が高齢化しているから」をあげる酪農家の割合が突出している。前者の割合は経産牛飼養頭数30頭以上の中規模経営で、後者の割合は30頭未満の小規模経営で特に高くなっている。生乳生産量の減少に歯止めがかからない背景には、中小規模経営における労働力不足が一層深刻化しているという事情があると言えよう。しかも、経営主が高齢化した経営では、経営規模の大小に関わりなく、廃業志向が多いことに加え、近い将来の廃業を視野に入れた生産規模の縮小、いわゆる経営のダウンサイジングの動きも始まっている。

4 経営主のリタイアによる技能の消失

 かつて、農業は工業に比べて「技術的なスケール・メリットが弱い」と言われた。つまり、農業においては、技術革新による生産規模拡大の経済効果が発現し難いという。経済学では、その根拠を「農業は生物を対象とし、自然環境の影響下で生産が行われるため、技術を平準化することが容易でない」ことに求めている。たとえば酪農の場合、乳牛の潜在能力を余すことなく引き出すには、乳牛の状態を1頭1頭観察する優れた技能が必要であり、未熟練の経営主が飼養頭数を増加し、同時に生産性を向上することは困難であるとされている。

 わが国の酪農では、優れた技能が世代を超えて引き継がれてきた。そのことは、家族経営の強みであり、家族経営が太宗を占めている要因の1つとしてあげられる。しかし、このような技能移転に見られる特徴は、酪農への新規参入や若い後継者による経営の早期継承の障害となる一面を有している。

 基礎調査によると、経営主の酪農従事年数は平均で33.2年、経営主になって平均で24.7年が経過している。現在の経営主は、経営継承までに8年以上を費やしたことになる。また、経営主の年齢が60代の酪農家で、後継者がすでに就農している割合は北海道で50.1%、都府県では30.1%にすぎない。経営主年齢が70代になると、この割合は北海道で24.7%、都府県では26.5%とさらに低下する。このような状況は、酪農における労働力の減少のみならず、長年の経験によって体得された優れた技能が失われる瞬間が間近に迫っていることを示唆しているのではないか。

(プロフィール)
並木 健二(なみき けんじ)

 1978年北海道大学農学部卒業、埼玉県経済農業協同組合連合会、株式会社酪農総合研究所、雪印乳業株式会社酪農総合研究所を経て、2008年より現職。この間、北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。

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