【要約】
韓国は、畜産物の主要輸出国であるEU、米国および豪州などの国々と相次いでFTA協定を結んでおり、牛肉、豚肉、鶏肉など主要畜産物の関税撤廃を約束している。政府は、これら諸国からの農畜産物の輸入量増加などの影響に対処するため、農畜産物生産農家への経営支援対策を措置している。一方、牛肉、豚肉、鶏肉の生産量は減少しておらず、政府は、FTA締結による生産者への被害は、現時点ではわずかであると捉えているものの、畜産関連の生産者団体は今後の生産基盤の弱体化を懸念している。
はじめに
2000年代に入り、韓国は精力的に二国間のFTAを進めており、東南アジア諸国をはじめ、インド、EU、米国といった巨大な経済圏とのFTAを次々と締結した。最近でも、2014年末には豪州、今年に入ってはカナダと締結し、ニュージーランド、中国との協定にも既に署名が行われている。
韓国の畜産業は、日本と同様、欧米と比較して小規模であり、輸入穀物に依存した高生産コスト構造であることから、FTAの進展による畜産物の関税削減は、自国の畜産経営に大きく影響を及ぼすものと考えられる。
2012年、韓国は最大の食肉輸入先国である米国と韓米FTAを締結し、早くも3年間が経過したところであり、韓米FTAの影響とその見通しを中心に、近年の韓国の食肉需給動向や自由貿易協定の進展に向けた政府の対策などを踏まえ、生産者団体などからの聞き取りなどをもとに考察する。
なお、本稿中の牛肉生産量、消費量などについては部分肉ベースの数量としており、為替レートは100韓国ウォン=10円(2015年8月末日TTS相場:10.44円)を使用した。
1 畜産物の概況
(1)日本との生産規模の比較
(1)肉用牛
韓国の肉用牛農家戸数は、11万9000戸と日本の2倍であるが、飼養頭数は日本と同程度の280万頭であり、1戸当たり飼養頭数は24頭(日本45頭)と小規模である。
また、牛肉生産量は26万1000トンと日本の7割程度、輸入量は26万6500トンと日本の5割程度であり、1人当たり消費量は10.5キログラムと日本の1.5倍となっている。
(2)豚
韓国の養豚農家戸数は5400戸、飼養頭数は969万8000頭といずれも日本と同程度であり、1戸当たり飼養頭数は1796頭(日本1810頭)となっている。
また、豚肉生産量は83万3700トンと日本と同程度、輸入量は27万3900トンと日本の3割程度であり、1人当たり消費量は22.0キログラムと日本の1.7倍となっている。
(3)ブロイラー
韓国の養鶏農家戸数(肉用および採卵用を含む)は3044戸、肉用鶏の飼養羽数は7780万羽となっている。
また、鶏肉生産量は52万9600トンと日本の4割程度、輸入量は12万4500トンと日本の3割程度であり、1人当たり消費量は13.0キログラムと日本の8割程度となっている(表1)。
(2)自給率(重量ベース)の推移
韓国において、輸入食肉は国産食肉と比較して安価であり、外食や加工品を中心に消費されている。食肉の自給率については、近年において牛肉は横ばい、豚肉および鶏肉は低下傾向で推移しており、2013年では牛肉50%(日本41%)(図1)、豚肉81%(日本54%)(図2)、鶏肉78%(日本66%)(図3)と、全ての品目で日本より高くなっている。
なお、2011年に豚肉の自給率が大きく低下しているのは、韓国内における口蹄疫の発生が原因である。
2 近年の経営動向
(1)肉用牛
肉用牛の飼養戸数は、2007年の19万戸から毎年減少しており、2015年には10万2000戸となっている。特に2012年以降は、2010年11月から2011年4月にかけて発生した口蹄疫の影響もあり、毎年1万戸を超える大幅な減少が続いている。肉用牛の飼養頭数は、2007年の204万頭から徐々に増加し、2013年には297万頭まで増加した。しかし、翌年以降は減少に転じ、2015年は266万頭と前年比5.4%の減少となっている。
また、一戸当たり飼養頭数は、2007年の11頭から2015年には26頭と2倍以上に増加している。
(2)豚
豚の飼養戸数は、2007年の1万1000戸から徐々に減少し、2015年には4900戸へと半減している。一方、飼養頭数は2007年には935万頭であったが、2010年11月に発生した口蹄疫の影響により2011年には704万頭まで減少したが、2013年には1011万頭まで回復し、その後ほぼ横ばいで推移している。
韓豚協会によると、2010〜2011年の口蹄疫発生農家の被害への政府の補償が100%であったこと、また、口蹄疫発生前までの豚肉市況が好調で、養豚農家に比較的貯蓄があったことから、飼養頭数の回復は早かったとのことである。一方、口蹄疫を機に廃業した農家も多く見られたが、これらの農家の施設を買い取る養豚農家もおり、一戸当たり飼養頭数は、2007年の865頭から2015年には2035頭へと増加し、規模拡大が進んでいる。
韓国では、2014年に再び口蹄疫が発生しているが、政府は、従来の発生農家における全頭殺処分から、発生した豚舎に限定した殺処分に切り替えたことにより、豚の殺処分頭数は限定的なものとなっており、飼養頭数の大幅な減少は見られていないとしている。
(3)ブロイラー
養鶏農家戸数(肉用および採卵用を含む)は、減少傾向で推移しているものの、ここ3年程度は横ばいで推移している。一方、ブロイラー飼養羽数は2007年の6335万羽から概ね増加傾向で推移し、2015年は約8275万羽となっている。
韓国では、2014年1月に鳥インフルエンザが発生したものの、直近の飼養羽数は増加している。大韓養鶏協会(以下「養鶏協会」という)によれば、この背景には、大手インテグレーターによる市場シェア争いがあり、国内の需給動向とは無関係に生産規模の拡大が行われ、供給過剰な状況が続いているとのことである。このシェア争いは、競争に負けた企業が国内市場から撤退するまで続くとみられている(表2)。
3 食肉の需給動向
(1)牛肉
国内生産については、国内の牛肉需要の増加に伴い、増加傾向で推移してきたが、2014年は前年並みとなった。2015年は、飼養頭数が減っていることから、減少が見込まれている。
輸入については、概ね増加傾向で推移してきたが、2012年以降はほぼ横ばいである。BSEの影響により輸入が停止され、2007年から輸入が再開された米国産牛肉は、2011年まで急速に輸入量を伸ばしたものの、2012年以降は伸び悩んでいる。
国産牛肉価格は、2011年以降、国内生産の増加と米韓FTAの影響により低下した。その後、2014年以降、価格は上昇傾向で推移している(図4)。
また、韓牛肉については、接待やお歳暮などの贈答用として消費されることが多く、旧正月と秋夕(チェソク)(注1)の時期に、年間の40%程度が消費されるとのことである。しかしながら、公務員や政治家への高額な接待や贈答品の授受を禁止する「不正請託および金品等収受の禁止に関する法律」が、2015年3月に国会を通過し、今後、施行されることとなっており、生産者や関係団体は、韓牛肉の消費減退や価格下落を招くものとして、懸念している。
(注1)韓国で旧暦の8月15日(中秋節)を指す言葉。この日を含めた前後3日間は祝日となり、帰省してお墓参りを行う。
(2)豚肉
国内生産については、口蹄疫の影響により2011年に大きく落ち込んだものの、翌年には回復し、12年、13年と増加傾向で推移してきた。最近では、キャンプブームにより焼肉用の豚肉消費が増えており、韓豚協会によると今後も国産豚肉の消費量は、増加傾向で推移すると見込まれている。
輸入については、国内生産量の影響を受け、年によってまちまちである。韓国肉類流通輸出入協会によれば、2004年にFTAを締結したチリからの豚肉輸入が、将来的に増加するとして懸念されたものの、チリからの輸入量は、関税が0%となった2014年においても増加しておらず、FTAによる影響は現時点ではないとしている。
価格については、国内、輸入価格ともに2011年に高騰し、2012年には国内生産の回復により低下したものの、2014年以降は上昇している(図5)。同協会は、今後も、経済成長に伴って豚肉の消費は拡大していくと予測しているが、環境問題や労働力不足などにより国内の飼養頭数は限界に来ており、今後は輸入で補われると見ている。
なお、韓国での豚肉消費では、主にバラを中心とした部位の焼肉による消費が大きく、他の部位は余剰になる傾向がある。韓豚協会などは、これらの余剰部位を輸出に仕向けることを検討しているが、口蹄疫が現在も終息していないことから、実行に至ってはいない。しかし、口蹄疫の発生していない済州島からは、わずかな量ではあるが、香港向けに輸出しているとのことである。
(3)鶏肉
国内生産については、国内の鶏肉需要の増加に伴い、増加傾向で推移している。
輸入については、国内生産量の影響により、年によってまちまちであるものの、概ね増加傾向で推移している。なお、米国産の輸入量は、近年、伸び悩んでおり、2014年12月から米国で発生した鳥インフルエンザの影響により、2015年は減少が見込まれている。
国内価格については、比較的安定的に推移しているものの、2014年は、前年から低下している(図6)。
なお、鶏肉の輸出は年間2万トン程度となっている。養鶏協会によると、2014年からは、米国在住の韓国人向けに参鶏湯(サムゲタン)用の鶏肉を輸出し始めたとのことで、今後の輸出増加が期待されているところである。
4 FTAの概要と政府の対策
(1)FTAの締結状況
韓国は、FTA締結の対象国と優先順位を定めた「FTA推進ロードマップ」を作成し、多くの国々との交渉を推進することにより、2004年のチリとを皮切りに、ASEAN、EU、米国、豪州などの国・地域と次々にFTAを締結している。現在においても勢力的に締結先を拡大しており、今年度中には、ニュージーランド、中国、ベトナムとのFTA締結が見込まれている(表3)。
これらの協定の中で、韓国の畜産業に与える影響が最も大きいと考えられているのは、韓国・米国FTAである。米国は、韓国における最大の食肉輸入先国であり、直近(2014年)で、豚肉および冷凍鶏肉輸入量は第1位、牛肉輸入量は豪州に次ぐ第2位の地位を占めている。
また、韓国は、牛肉についてはFTA締結から15年かけて関税を撤廃し、豚肉については5年以上をかけて撤廃することとしているが、米国は、カナダや豪州などの他国に先がけてFTAを結んでいることから、削減期間中も、相対的に低い関税で輸出できることになっている(図7、8)。
(2)韓米FTAの概要
韓米FTAで韓国が関税を撤廃する農畜産物は、全部で1531品目あり、このうち3分の1が即時撤廃、約6割が5年以内の撤廃とされた。コメなど一部品目については対象外とされ、食肉や酪農製品、野菜などの一部については、10年以上の猶予が与えられている。食肉についての合意概要については以下の通りである。
(1)牛肉
米国側の関心が高かった牛肉については、冷蔵、冷凍牛肉ともに基本税率40%から毎年2.7%ずつ関税が下げられ、15年かけて撤廃される(図9)。一方、米国からの輸入量が一定基準を超えた際にはセーフガードが発動され、FTA発効初年度の2012年では、米国からの輸入量27万トンが発動基準数量となっており、その後関税率が0%となる年まで、毎年、発動基準数量が6000トンずつ上積みされていく仕組みとなっている。しかしながら、2011年の米国からの輸入量が11万トン程度であることから、現実的にセーフガードが発動するのは想定し難い水準となっている。
なお、セーフガード発動時の関税率は、2017年にそれまでの40%から30%に引き下げられ、2022年以降はさらに24%まで引き下げられる。
(2)豚肉
豚肉については、冷蔵が22.5%、冷凍が25%と基本税率が異なっているが、米国とのFTAでは、冷凍豚肉については3年または5年で関税が撤廃され、最も韓国産と競合が想定される冷蔵豚肉(枝肉、骨付き肉などを除く)については、22.5%から毎年2.25%ずつ関税が下げられ、10年間をかけて撤廃することとされている(図10)。
また、牛肉と同様に、米国からの輸入量が一定基準を超えた際にはセーフガードが発動され、FTA発効初年度の2012年では、米国からの輸入量8250トンが発動基準数量となっており、その後関税率が0%となる年まで、毎年、6%ずつ上積みされていく仕組みとなっている。
2012年の米国からの豚肉輸入量は、8336トンとセーフガードの発動数量をわずかに超えたが、セーフガードは発動されていない。韓国農村経済研究院(以下「KREI」という)によると、韓米FTAにおけるセーフガードは、両国政府の裁量で発動の是非を決めることができることとなっており、自動的に発動されるものではなく、今後も発動の可能性は小さいとのことであった。
なお、セーフガード発動時の関税率は、2017年にそれまでの22.5%から15.8%に引き下げられ、それ以降は、毎年1%程度ずつ切り下げられ、2021年には11.3%まで引き下げられる。
(3)鶏肉
鶏肉については、冷蔵が18.0%、冷凍が20.0%と基本税率が異なっているが、米国とのFTAでは、冷凍鶏肉については10年又は12年で関税が撤廃され、最も韓国の輸入が多い冷凍もも肉については、20.0%から毎年2.0%ずつ関税が下げられ、10年間をかけて撤廃することとされている(図11)。
なお、鶏肉については、セーフガードは設定されていない。
(3)韓米FTAに対する政府の対策
韓米FTAの締結に際して、韓国政府は、国内の農畜産業を強化し、市場開放により農畜産業が受ける被害を補償するための農業予算を、韓米FTA締結に向けた補完対策として措置している。2008年度(注2)から2017年度までの10年間で20.4兆ウォン(2兆400億円)が措置され、2011年度にはさらに1兆ウォン(1000億円)、2012年度には2兆ウォン(2000億円)が追加されることとなった。
この対策は、(1)競争力向上強化、(2)農業所得基盤の整備、(3)FTA被害補填金直接支払の3つの支援内容からなっている。(1)の「競争力強化」については、農畜産物のブランド力向上や、畜舎や排せつ物処理施設など生産・流通段階における基盤整備、担い手の育成や農業技術支援など、(2)の「所得基盤の整備」は、農村地域の産業育成のための団地造成や、農村資源を活用した観光需要の開発など、(3)の「被害補填」は、後述するFTA被害補填金直接支払事業や廃業支援資金事業といった、生産者への直接支援である。
そして、これらの対策は、単に米国からの農畜産物の輸入増加への対応策にとどまらず、他のFTAの進展も視野に入れた支援策となっている。
なお、2008年度から2013年度までの予算と執行の実績については、表4の通りとなっている。
(注2)韓国の会計年度は暦年と同一である。
5 被害補償のための対策とその発動状況
(1)FTA被害補填金直接支払事業の仕組み
2004年度のチリとのFTA締結時に、国内農業に影響を及ぼすと見られた施設ブドウ、キウイおよびももの3品目を対象として設けられた「所得補填直接支払事業」が拡充され、2008年度に全ての農畜産物を対象とする「FTA被害補填金直接支払事業」が創設された。
この事業は、10年間分の基金により運営されるが、支援金は短期的な被害に対して支払が行われるものであり、毎年度、KREIにより農畜産物の品目ごと(注3)にモニタリングが行われ、農業支援検討委員会(注4)により支払い対象品目が決定されている。
(注3)毎年度、42品目のモニタリングが行われており、畜産では、牛、豚、鶏、鴨などが入っている。なお、農業関係団体など
から、影響を受けたと想定される品目の追加モニタリングの依頼があれば、随時対応しているとのこと。
(注4)農林水産食品部長官を委員長に、企画財政部長官、外交通商部長官、その他農業団体および消費者団体、学識経験
者などで構成された機関。
FTA被害補填金の支払い対象品目は、毎年、「当該年度」と「基準年度」それぞれの国内価格と輸入量を比較して判断される。「基準年度」とは、当該年度を含む直近5年間の平均(最高、最低の年度を除いた3年間の平均)であり、以下の3つの条件を満たした品目が、補填金の支払い対象となる。
(1)当該年度の平均価格が基準年度の平均価格を10%以上下回っていること
(2)当該年度の輸入量が、基準年度の輸入量より上回っていること
(3)当該年度のFTA締結先国からの輸入量が、基準年度の同じ国々からの輸入量より上回っていること
支払対象品目と認定されれば、最大で1頭(羽)当たり価格減少分の9割が補填される(以下の算式のとおり)。
FTA被害補填金の算出方法
=生産頭数(頭、羽)×(基準年度の平均価格−当該年度の平均価格)×90%×輸入寄与度
(2)廃業支援資金事業の仕組み
「廃業支援資金事業」も、2004年度のチリとのFTA締結時に、国内農業に影響を及ぼすと見られた施設ブドウ、キウイおよびももの3品目を対象として設けられ、2008年度に全ての農畜産物を対象とする事業に拡充された。
この事業は、特定品目の生産を廃止または中止する農家に対して交付金を支払うもので、2008年度からは、FTA被害補填金直接支払事業の補填対象となった品目を生産(栽培または飼育)する農家のみが対象となり、3年間の収益相当分が支給される(以下の算式のとおり)。廃業支援を受けた農家は、廃業してから5年間は、廃業支援の対象となった品目の生産を行うことを禁じられている。なお、畜種ごとに対象となる飼養規模が定められており、牛・馬2頭以上、搾乳牛1頭以上、豚10頭以上、肉用鶏1000羽以上、採卵鶏500羽以上、蜜蜂10群以上などとされている。
なお、2008年度は畜産分野での発動はない。
廃業支援資金の算出
=廃業頭数(頭、羽)×年間純利益(粗収入−生産費(地代・資本を含む))×3年間
(3)畜産物への補填金支払い実績
これまで、畜産物については、肉用牛とブロイラーがFTA被害補填金直接支払いの対象品目となっている。
(1) 肉用牛
2013年度に、肉用牛がFTA被害補填金直接支払いの対象品目として認定された。
KREIによると、FTA被害補填金は、1頭当たり韓牛(肥育牛)で1万3545ウォン(1355円)、韓牛の子牛で5万7343ウォン(5734円)となっており、その総支出額は、284億ウォン(28億4000万円)となっている。また、FTA被害補填金と同時に発動となる廃業支援資金は、申請農家戸数で1万4875戸、申請頭数で24万6903頭となり、当初見込みの7倍となる2183億ウォン(218億3000万円)が2013年度から2014年度にかけて支払われ、100頭程度の比較的大規模な生産者もこの機会に離農したケースもあるとのことであった。
また、2014年度は、韓牛の子牛が対象となり、1頭当たり4万6923ウォン(4692円)、総支出額164億ウォン(16億4000万円)のFTA被害補填金が支払われたが、韓牛(肥育牛)については、当該年度の平均価格が基準年度の平均価格を10%以上下回らなかったため、補填金の交付対象とならなかった。
(2)ブロイラー
2014年度に、鶏肉価格が下落し、初めてブロイラーがFTA被害補填金直接支払いの対象となった。補填金単価や予算額などについては、今後、算定されるとのことであるが、国内飼養羽数の9割のシェアを占める大手インテグレーターとその傘下の農家(注5)については、市場価格下落の影響を受けていないとの理由から、補填金交付の対象外とされている。このため、実際に補填金の支援を受けられる農家はわずかであると見られている。
また、今回、対象品目となったことから廃業支援資金の交付も行われるが、供給過剰による価格低迷が続く中、廃業を望む養鶏農家が多数存在すると見られ、今後、養鶏産業のさらなる寡占化が懸念されている。
(注5):大手インテグレーター傘下の農家は、インテグレーターからひなと飼料を提供され、ひなを成鶏に育成し、出荷する際
に対価を受け取る形態をとっている。
(4)被害補償対策についての生産者側の評価
FTA被害補填金直接支払いの対象となる品目の認定方法や単価の算出方法などについては、従来から、生産者からの不満の声が上がっているとのことである。
特に、韓牛協会によると、FTA被害補填金の単価が低いことに不満を持つ生産者が、補填金の受け取りを拒否し、訴訟を起こす事態となっているとのことである。補填金単価の算定においては、価格の下落要因として、どの程度がFTAによる関税削減の影響であるのかを示す「輸入寄与度」を乗じて求められるが、この「輸入寄与度」の算出に対して不満があるとされる。なお、この「輸入寄与度」は、非常に複雑な計算により算出されるが、最終的には農業支援検討委員会の承認により決定されている。
また、「輸入寄与度」の設定への不満の他にも以下のような指摘がある。
(1)品目認定の基礎となるFTA被害補填金の「基準期間」は、「当該年度を含む直近5年間の平均」とされており、毎年度、直近にスライドされる。このため、年々輸入量が増えれば、基準輸入量も増える。同じく、年々国内価格が下がれば基準価格も下がるため、毎年度、発動しにくくなっていく仕組みとなっている。
(2)FTA被害補填金の単価は、1頭(羽)当たりで、一律の額となっており、品種や格付けなどが考慮されていない。
また、2014年度にはブロイラーが交付対象品目となったが、ブロイラーには参鶏湯(サムゲタン)用、地鶏など価格帯が異なる品種が存在するため、単価の決定には波乱が起こるであろうとの話も聞かれた。
これらの算定を行っているKREIによると、現在の算定方法は、韓米FTA締結の際に緊急に策定したものであり、要望を踏まえ、今後は随時、修正を加え、改善していくとのことである。
6 現状の評価と新たな支援策に対する要望
(1)韓米FTAの影響と評価
韓米FTA締結当初から、最も影響を受けることが想定される畜産物として韓牛が挙げられていた。2013年度にはFTA被害補填金直接支払いの対象品目となったが、その後は、米国の牛肉不足による牛肉輸入量の減少、国内豚肉価格の高騰による牛肉への代替需要などにより、牛肉価格は上昇に転じている。
また、現時点において、牛肉および豚肉価格は上昇しており、生産者団体からは、今後も国内の旺盛な需要を背景に国内生産は伸びるだろうとの楽観的な意見もある。
一方、韓国では、日本と同様に農家の高齢化と後継者不足が深刻な問題となっている。加えて、都市近郊においては環境問題もあり、将来の経営が不透明である中、畜産経営の規模拡大については消極的な生産者が多い。
近年においては、韓国内における口蹄疫や鳥インフルエンザの発生、輸入先国での干ばつや豚流行性下痢(PED)の発生など、食肉をめぐっては予測できない事態が生じており、予想されたほど食肉輸入は増加していない。FTAによる関税の引き下げは、輸入量の増加や国内価格の低下に影響を与える1つの要素ではあるものの、FTAによる影響度合いを数値で示すことは困難であり、韓国政府がFTA被害補填金直接支払いの品目認定や算定に苦心していることがうかがえる。
(2)新たな支援策に対する政府の検討
韓米FTA締結以降も、豪州、カナダ、ニュージーランドとのFTAが相次いで締結・妥結されたが、これら3カ国とのFTA対策予算として、妥結に先立ち2013年度に政府は11.6兆ウォン(1兆1600億円)の追加予算を措置した。その際、予算規模は拡大されたものの、追加的な新たな対策は講じられていない。
また、農畜産業関係団体は、韓米FTA締結以前から、FTA締結により利益を上げた産業から、農業分野に利益を還元するという「FTA貿易利益共有制度」の設置を要求している。この制度については、政府において検討されてはいるものの、特定の産業や企業の利益向上が、FTAの恩恵によるのか、あるいは経営努力によるものかを判断することが困難であるとともに、国民的な総意も得られていないことから、実現可能性は極めて低いとの意見が多方面から聞かれた。
(3)畜産団体の取り組みと政府への要望
韓牛協会や韓豚協会は、FTAの進展に対応して、機能性食品としての食肉のPRによる消費拡大や、おいしさや安全性といった国産食肉のPRによる輸入品との差別化などを行っている。また、食肉輸出の拡大策として、中国やベトナムへの韓牛輸出、日本への豚肉加工品輸出などを検討しているものの、口蹄疫の発生により、取り組みは停滞している状況にある。
一方、政府に対しては、FTA対策の拡充として、農家が畜舎の近代化や飼料購入を行う際の借入資金の利息軽減、農家が経営を継承する際の相続税の控除などの税制負担軽減を求めている。韓豚協会によると、現状のFTA対策において、「畜産業の競争力強化対策」として位置付けられている「畜舎の近代化事業」は、老朽化した畜舎を近代化することを目的としていて規模拡大部分は対象にならないこと、また、「家畜排せつ物処理施設事業」は、近隣の住民から許可が得られずに施設整備ができないことなど、利用しづらい面が多いとのことである。
また、FTA被害補填金直接支払事業については、品目認定基準の緩和や2017年度に終期を迎える予定である事業の期間延長などを要望しており、今後は、実現可能性の高いFTA対策を要求していくとのことであった。
おわりに
韓国では、消費者の慣習や嗜好から、国産食肉と輸入食肉では消費のすみ分けがなされており、食品の原産地表示義務の徹底により、FTAによる大きな影響はないであろうという畜産関係者の声も聞かれた。
一方、ソウル大学のある教授からは、FTAの影響が少ないと考えるのは楽観的であり、近い将来にドラスティックに消費構造が変わる可能性もあるとの話もあった。米国でのBSE発生後や米国産牛肉輸入再開直後は、米国産牛肉が韓牛の半額以下で売っていたにもかかわらず、誰も買うものがいなかったとのことである。しかし、現在では、米国産牛肉は豪州産牛肉より高価格で取引されており、韓国人の安全性に対する意識も変わってきている。もし、韓国内で口蹄疫が頻発し、国内の基盤が弱体化する一方で、そこに米国産を含む輸入牛肉が徐々に増加していくならば、消費者は国産よりも輸入品を、より安心で手軽に入手できる食肉として違和感無く受け入れ、各家庭での利用が浸透していく可能性は十分にあるとしている。
しかし、FTA締結時に生産者団体が心配していた生産基盤の弱体化は、輸入先国のPEDや鳥インフルエンザなどの発生により、輸入が予想以上に拡大せず、食肉の供給構造に劇的な変化をもたらさなかった。このことは生産者にとって、ある意味、幸運にも恵まれたとも捉えることができる。
生産者団体は、現状はFTAの被害はわずかだとの認識を持ちつつも、政府の対策は、不十分なものとの不満をもっており、今後、さらなる生産者への政府支援がどのようになされていくのか、注視していく必要がある。
将来、食肉の関税が撤廃され、安く購入できると思われた輸入品が、国内生産の減少により、高値で購入せざるを得ない事態が起きることも十分想定されることから、FTAに対応した今後の政策の展開を含め、国内生産基盤の強化がいかに取り組まれて、国内生産をどれだけ維持できるかが注目されるところである。
|