調査・報告 畜産の情報 2016年5月号


肥育牛経営における6次産業化の取り組み
〜椛蝟ファームの取り組みを事例に〜

札幌事務所 坂上 大樹



【要約】

 北海道の芽室町で肥育牛経営を営む「株式会社大野ファーム」は、六次産業化・地産地消法に 基づく総合化事業計画の第1号の認定を受けた。この計画に基づき平成25年にオープンさせた レストランは、平成27年度の来店客数が1万人に達する見込みである。6次産業化の取り組み を通じて所得の向上を実現したほか、新たな雇用を創出するなど地域社会にも貢献している。

1 はじめに

北海道における六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定件数は、全国1位の123件(平成28年3月現在)である。対象農林水産物別の認定件数割合を見ると、畜産物が最も多く27.8%、次いで野菜が27.2%と、畜産物の認定割合が大きいのが特徴的で、全国の構成比とは大きく異なる(図1)。



その畜産物の内訳を見ると、ハンバーグやソーセージなどの食肉加工品の商品開発・販売に関する計画が最も多く16件、チーズやヨーグルトなどの乳製品が15件、次いで生乳や鶏卵などを使った菓子類が9件となっている(表1)。



畜産物の6次産業化を行う場合に食品衛生法に基づく許可が前提となる乳製品製造業、食肉製品製造業などは、厳しい衛生基準を満たす専用の設備を備えた施設で加工・販売することが求められる。そのため、製造設備に対する投資額は、相対的に農産加工品の6次産業化より大きいと思われる。また、北海道においては、消費地から遠く離れているという地理的な要因もあり、販売面やコスト面などにおいて不利な条件が多い。

しかしながら、北海道の畜産生産者は、そういった多くの困難や課題があっても、6次産業化に果敢に挑戦し、着実に実績を積み重ねている。その背景には、表2が示すとおり、北海道における畜産物の生産に係る収益性の低さが考えられる。かつては規模拡大などにより生産費低減を図り、採算を確保することが可能であったが、近年の配合飼料価格の高止まりの中にあっては、その効果を実感しにくい環境にあることに加え、農業労働力の減少と高齢化の進展により、家族経営では従来のような規模拡大は難しくなっている。その点を踏まえれば、規模拡大以外の所得確保の方策の1つとして6次産業化の取り組みが進展している状況が伺える。



また、6次産業化を呼び水とした農業の担い手確保にも期待を寄せている。

本稿では、六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定第1号となった「株式会社大野ファーム」(以下「大野ファーム」という)の取り組み事例を紹介しながら、畜産物の6次産業化の課題と展望を整理する。

2 概要

(1)芽室町の農業概要

大野ファームのある北海道河西郡芽室町は、十勝平野の中西部に位置し、北海道ならではの牧歌的風景が広がり、人口より牛の頭数の方が多い市町村の1つでもある(図2)。他方で、国などの農業関連施設が立地し、そこから最先端の農業技術が数多く生み出されており、農業イノベーションの中心地という側面もある。



芽室町農業協同組合調べでは、平成26年度における管内の農畜産物の販売高に占める割合は、輪作体系の基幹作物である小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類の畑作4品が最も大きく42.7%、次に野菜の26.2%、肉用牛の17.8%となっている(図3)。近年、昼夜の寒暖の差を生かし、十勝地域の芽室町を含む8市町村のJAで生産されている長いもは「十勝川西長いも」というブランド名のもと、台湾や米国などの海外での販売が好調で、単年度の輸出額が8億円を超える。



農作物の作付面積は2万156ヘクタールで、畑作4品が75.1%を占め、次いで野菜12.9%、飼料作物11.9%となっている。また、1戸当たりの経営耕作面積は34.1ヘクタールと、都府県平均の約18倍、北海道平均と比べても1.3倍あり、農地の集積・集約化による大規模経営体の育成が図られている地域である。

(2)大野ファームの経営概要

大野ファームの肉用牛生産部門の概要は表3のとおり。なお、7カ月齢までの哺乳、育成部門は、株式会社大野キャトルサービスという別法人が担っている。



大野ファームは、

(1)粗飼料は、自社で生産し、足りない分についても、地域の生産者との間での自社生産の堆肥と麦かんの交換により地域内で全量確保する。

(2)その他の飼料についても非遺伝子組み換えのものを給与する。

(3)病気の予防のための抗生物質は一切使用せず、ハーブを食べさせるなどして体調管理を行う。

などにより、「牛の健康」や「安全・安心」へのこだわりが強い。

牛には、飼料メーカーに原料やその配合割合などを指定したオリジナルの配合飼料をベースに、ビールかす、くず大豆、ビートパルプ、米ぬかなどの国産原料由来の単味飼料と自給粗飼料を混合した自家配合飼料を給与している。また、肥育ステージを肥育前期(8〜9カ月齢)、肥育中期(10〜12カ月齢)、肥育後期(13〜15カ月齢)、仕上げ期(16〜出荷月齢)と4つに区分し、それぞれの肥育ステージ毎に配合比率を変えている。中でも、エネルギー含量が多く、肉質の向上に効果を感じている米ぬかの配合比率が一般的な飼料よりも高く、また、肥育ステージが進むにつれ配合比率が高くなっている。

こうしたこだわりは、BSE発生が国内で初めて確認された平成13年以降の牛肉に対する安全・安心の意識の高まりと相まって、実需者から高い評価を受け、15年にホクレン農業協同組合連合会などが仲介役となり量販店などへの産直ルートを構築し、出荷頭数の半数を契約取引(市場外取引)に切り替えた。

近年は、和牛と比べ割安感があるため、価格面で訴求力のある商材として実需者からの引き合いが強いといい、出荷する肉牛のほとんどを契約取引により販売している。

また、契約取引はこれまで道外の取引先が主であったが、「自社の牛肉を少しでも地元の人々に食べてもらいたい」という同社代表取締役の大野泰裕氏の思いから、平成24年からは道内の販売先確保にも努めている。

なお、大野ファームでは、契約取引により販売する肉牛を「未来めむろ牛」「未来とかち牛」というブランド名で展開している。



3 6次産業化の取り組み

(1)6次産業化の構想

牛には当然個体差があり、同じ飼料、同じ環境で肥育しても増体には差が生まれる。大野ファームでは、飼料添加物や薬剤に極力頼らないことを理念としているため、増体が思わしくない個体(以下「規格外」という)が一定数発生することが不可避であり、それが会社全体の収益性にとって大きなマイナス要因となっていた。

また、生産現場におけるこだわりについてある程度の理解を示してくれる百貨店や量販店などを中心に取引を行うことで生産コストに見合う手取りは確保できているというが、取引価格は結局のところ、現物の適正価格というよりむしろ和牛の相場価格を指標・基準にして値決めされている側面があった。

こうした状況を変える契機となったのが六次産業化・地産地消法の制定である。大野氏は、6次産業化の取り組みによって、規格外の肉牛を自ら加工・販売することによって新たな経済価値を生み出すとともに、牧場を単なる生産の場というだけでなく、誰でも気軽に訪れることができる交流の場、生産現場の今が見える情報発信の拠点とすることにより顧客とのコミュニケーションの機会を増やし、新たな需要の喚起やブランド理解の向上、ひいては、ブランドの認知度向上と所得向上・安定化につなげたいと考えるようになった(図4)。



そして、平成23年5月、精肉加工を自社で行い、インターネットなどを通じて牛肉を消費者に直接届ける仕組みを構築するほか、自社で育てた牛や地元産の食材を使った料理を提供するレストランの運営をビジネスモデルとする総合化事業計画の認定を受けた(図5)。



(2)運営状況

平成25年7月、総合化事業計画に基づき、自社の敷地内に加工施設を整備するとともにレストラン「COWCOW cafe(以下「カウカウカフェ」という)」を開店させた。カウカウカフェは、木の温もりのある外観と、全面ガラス張りの開放的な空間が広がる店内、そして、広大な畑が広がる店の東側にはウッドデッキのテラス席も備えたモダンでおしゃれなたたずまいである(写真2)。また、約100平方メートル(約30坪)ある店内は、四季折々に移り変わる農園風景を眺めながら、ゆっくり食事と時間を楽しんでもらえるように配慮された、ゆったりした座席の配置となっている。営業時間は、午前11時から夕方5時までで、ランチメニューの中心価格帯は1500円〜2000円となっている。同店で人気が高いメニューは、適度に脂肪分があり軟らかい肉質と肉本来の風味が味わえる「コロコロステーキプレート」と大野ファーム産牛肉100%のハンバーグに十勝産チーズを乗せた「十勝チーズハンバーグとオムライス」である。

レストランを運営するのは大野氏の妻のみゆき氏で、メニュー開発、調理も担当し、接客は肉牛生産部門の従業員3名が担う。飲食店での調理経験がまったくなかったみゆき氏は、調理に必要な知識や技術を独学で学びながら準備を進め、開店からしばらくの間は、あくまで試験的な営業と位置付け、立て看板や告知は一切せず口コミだけで来店した地元客を前に、実践的に調理技術や運営のノウハウを身につけていったという。また、味付けやメニュー内容については、客の反応などを見ながら検討を進めていった。

そして、試験営業から約1年が過ぎ、ある程度の経験を重ね、確かな手ごたえを得ることができたことから、26年6月29日に本格的な開店の日を迎えた。



開店当初は、多くのメディアに取り上げられ、大野氏が把握するだけでも新聞、ラジオ、観光情報誌など30以上の媒体でカウカウカフェが紹介されたという。こうした効果もあり、開店から翌年3月までの9カ月間の来店客数は8000人を超えた。客層は、大半が地元客であるというが、高速道路のインター出口から車で3分というアクセスの良さなどから、土日・祝日は地元住民以外の客も多く、また、北海道を訪れる外国人観光客が近年増加していることに伴い、外国人の来店も一定程度ある。

27年度に入っても客足は落ちず、年間約1万人の来店客数、売上高は約1500万円を見込んでいる(図6)。



(3)成果

現状のカウカウカフェは、店のコンセプトや土地柄などが影響して、必ずしも1日当たりの客席回転率が高くはなく、収益性が良好とは言えない。しかし、大野氏は成果として量販店などのバイヤーに牧場に来てもらい、カウカウカフェで食べてもらうことで商談がしやすくなったことを挙げる。大野氏は「以前は、生産者ができることといえば、産地食肉センターで枝肉を前にしてプレゼンテーションすることが精いっぱいで、肝心の味をその場で伝えられない歯がゆさがあった。しかし、今は、生産現場を肌で感じて食事をしてもらうことにより、我々の熱意やこだわりを味にまとわすことができる」と語り、大野ファームのいわばホームで商談を進めることができるようになったことで、商品提案などに説得力が増したことを実感している。結果、カウカウカフェの開店以降、新たに2件の商談が成立し、現在も数件が交渉中である。

他方で、実際の消費者を目の前にしたとき、「お客様に喜んでもらいたい」「より良いものを提供したい」という思いが強くなり、食材に利用する肉牛は、当初の構想とは異なる展開を見せている。規格外の肉牛が使用されている商品もあるというが、主力商品であるステーキ類は、一般の量販店向けと同等の肉牛を使用している。ただ、輸送コストや営業コストなどがかからないため、量販店向けよりも高い利益率が確保できている。

それ以外の成果としては、6次産業化後に新たに4名を雇用し、地域雇用の促進にも貢献している。そのうちの2名は、新卒者である。畜産の生産現場は、マイナスイメージが先行していることもあり、特に新卒者には敬遠されがちで大野ファームでも6次産業化以前は人材確保が難しい状況にあったという。しかし、大野ファームを志望した学生は、自分たちで生産した生産物について消費者から直接反応や評価を得ることができるという点に魅力を感じており、学生の目にはやりがいをもって働ける職場として映っている。6次産業化の取り組みは、人材確保という面でもプラスに働いている。

4 課題と今後の展開

加工施設の整備とカウカウカフェの開店に要した費用は約1億円である。資材費高騰のあおりを受けて、建設費そのものが想定以上にかさんだ。また、食肉加工品を製造する場合、冷蔵・冷凍設備が必須であるうえ、特殊機械が多いことから、多額の経費がかかることもネックであった。さらに、施設整備の際に利用した6次産業化推進整備事業において補助の対象とならなかった経費が事業費の1割を占めたことも想定外の出来事であったという。結果、施設整備に係る自己負担額が約6千万円に上った。これについて大野氏は、「知り合いのコンサルタント会社の支援や協力を得て、専門的な判断に基づきスムーズに計画を進めることができたので、無駄なコストは抑えられた方だと思う」と語る。

一方、大野氏は、カウカウカフェの営業について「高い集客が維持できたとしても売上は客席の数で上限が決まってしまう」といい、レストラン運営による所得向上の効果に限界を感じ始めている。

こうしたことから、総合化事業計画のビジネスモデルとして掲げた物販事業を本格的に始動させたい考えだ。現在、大野ファームの牛肉を使ったレトルトカレーをインターネットなどを通じて販売しているほか、芽室町におけるふるさと納税の寄付金に対する返礼品としてハンバーグとステーキを提供するなどプロモーション活動を積極的に進め、販路開拓に取り組んでいる。

5 おわりに

総合化事業計画の認定件数が増える一方で、北海道における認定取消の件数は28年3月現在、11件を数える。この結果は、これまでの農業経営とは異なる視点、ノウハウ、知識が必要なことに加え、人的なネットワークや資金的な後ろ盾などがなければ、総合化事業計画を実現するのは難しいという現状が伺える。

また、6次産業化は、競争が激しい食品業界、外食業界に異業種である生産者が参入するということを意味しており、商品・サービスの「独自性」や「売り」などを明確に打ち出すことができなければその中で勝ち残ることはできない。

大野ファームの場合、開店当初の話題性による集客をきっかけとして、自社のこだわりをメニュー表やパンフレットなどで分かりやすく伝えるとともに、視察希望者には率先して生産現場を案内する大野氏の人柄やもてなしの心などが、カウカウカフェで提供される料理の味わいを引き立て、結果的にファンを増やし、次につながる集客を実現していると感じる。顔の見える関係は、生産者であるからこその強みである。「それを土台に「何を売るか」ではなく、「何で売るか」が成功のポイントかもしれない」と大野氏は語る。

大野ファームの事例が、6次産業化を検討する生産者の参考になれば幸いです。



最後に、今回の取材にご協力いただいた株式会社大野ファーム代表取締役の大野泰裕様および芽室町農業協同組合の皆さまに、改めて御礼申し上げます。


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