海外情報  畜産の情報 2016年5月号


旺盛な輸出需要への対応を模索するブラジルの牛肉業界

調査情報部 米元 健太、木下 雅由


【要約】

 ブラジルの牛肉生産は、キャトルサイクルによる増減はあるものの、国内外の旺盛な需要を背景に順調な成長を続けてきた。同国ではさらなる輸出拡大を図るため、飼養段階では従来の粗放的な飼養管理から経済性と持続可能性を追求した生産性の高い飼養管理が商業的に拡大し、生産・加工段階では実需者のニーズを汲み取りながら品質の改善を図っている。こうした中、新たな輸出先国の獲得に成功して増産意欲は高まっており、最近では国内大手パッカーの株式買収合戦がサウジアラビア・中国間で行われるなど、世界中からますます注目を集める存在となっている。

1 はじめに

今や世界有数の食料生産・輸出国に位置づけられるブラジルであるが、2015年の牛肉輸出量は、経済低迷を要因とした大幅なレアル安により、図らずも輸出市場で価格競争力を発揮できる環境であったにも関わらず減少に転じた。この理由として、飼養頭数が約7年周期のキャトルサイクルによる減少期あったことに加え、近年の旺盛な輸出需要を受けた非計画的な繁殖雌牛の淘汰により牛肉生産が一時的に落ち込んだことが挙げられる。しかし、今後は再び増産基調に転ずると予想されることから、同国がそのポテンシャルをいかに発揮するかが今後注目される。



本稿では、2015年12月の現地調査を踏まえ、ブラジルの牛肉生産の現況と関係者の問題意識や直面している課題、また、ブラジル牛肉の国際市場における可能性について整理したい。

なお、ブラジルの肉用牛の飼養動向の詳細については、「ブラジルの牛肉生産の実態〜豊富な資源を活用した集約的な飼養形態の進展〜」(畜産の情報2014年12月号)を参照されたいhttp://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2014/dec/wrepo02.htm)。

本稿中の為替レートは、1米ドル=114円(2016年3月末日TTS相場:113.68円)、1ブラジルレアル=32円(同31.94円)を使用した。



コラム1 〜ブラジルの今〜

 世界経済をけん引するBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の一員として、2000年代に入り飛躍的な経済成長を遂げてきたブラジルであるが、昨今は苦境に立たされている。2000〜13年の実質GDP成長率は年率3.5%を記録し、世界金融危機も短期間で乗り切ったが、2014年以降、経済低迷や汚職による政治不信などの問題が顕在化している。このため、2015〜16年は、1930〜31年以来となる2年連続のマイナス成長が見込まれるなど、急激な経済失速の真っただ中にいる(図1)。失速の主な要因は以下の通り。

(1) 経済をけん引してきた国営石油公社ペトロブラス社が、政府関係者への贈賄などの汚職スキャンダルに伴い株価急落。世界的な原油安にもかかわらずガソリンを値上げ

(2) 鉄鋼最大手バーレ社が、鉄鉱石の相場低迷により民営化後初めて赤字に転落し、株価が急落

(3) 自動車販売台数の低迷で失業率が上昇

(4) 水力発電に8割を依存する中、降雨不足で火力発電が増加し、電気代が上昇

(5) ルセフ現政権の主要政策である国家成長加速化計画(PAC)予算が財政悪化により縮小し、公共事業を介した雇用機会が減少



 こうした中、ルセフ大統領への不満が高まっており、財務大臣交代などの対策を講じたものの、抜本的な解決には至っていない。下院では大統領に対する罷免審議も行われるなど、政治に対する先行き不透明感が内外投資先の心象を悪くしている。また、2015年12月に米国連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを実行して以降、新興国通貨を売ってドルを買う動きが強まったことで、為替はブラジルレアル安で推移しており、2016年中はこれが継続するとの見方が大勢を占めている(図2)。

 しかしながら、レアル安の為替相場は、国際市場でブラジル産農畜産物の価格優位性を高めていることから、農業セクターの増産・輸出拡大意欲は増しており、政府も外貨獲得手段として多分に期待している状況にある。



2 ブラジルの牛肉需給動向

(1)生産

牛肉生産量は、2000年代に入り大幅に増加した。この背景には、まず、堅調な国内需要が挙げられる。経済成長に伴い、以前は牛肉をさほど消費できなかった層の消費機会が増ていることに加え、年1〜2%の割合で増加する人口増も大きく寄与している。そして、好調な輸出需要も大きなけん引役となっている。これは、拡大を続ける世界の牛肉需要に対応できる輸出国が限られる中、潜在的な生産力と安価な飼料費や人件費などを要因とした価格優位性から、その存在感を一気に高めてきたためである。

米国農務省海外農業局(USDA/FAS)によると、2015年のブラジルの牛肉生産量は、前年比3.1%減の942万5000トン(枝肉重量ベース)と見込まれている(図2)。



同国の牛肉生産は、6〜7年周期のキャトルサイクルによる増減があるとされており、2015年はこの減少期に当たる。最大の牛肉生産・輸出州であるマットグロッソ州の直近10年間のと畜頭数に占める雌牛の割合を見ると、2011〜2013年にかけて45%を上回るなど過度に雌牛の淘汰が進んだ結果、2015年の牛肉生産量は減少した(図3)。





(2)国内需要

国家食糧供給公社(CONAB)によると、2015年の1人当たり年間牛肉消費量(枝肉重量換算)は、前年比11.7%減の30.8キログラムと見込まれており、国内の牛肉消費は過去最低水準となった(図4)。2015年は牛肉生産の落ち込みを受け、牛肉小売価格が前年比1〜2割近く値上がりした。また、同年のインフレ率は2003年以降で最悪となる10.7%を記録したことも相まって、消費者の牛肉離れに拍車がかかった。









(3)輸出

ブラジル開発商工省貿易局(SECEX)によると、2015年の冷蔵・冷凍牛肉輸出量は、前年比12.1%減の107万9118トン(製品重量ベース)とかなり大きな減少を記録した(表3)。背景としては、牛肉生産量の減少を受けて輸出余力が低下したほか、主要輸出先のロシアやベネズエラからの引き合いが、原油相場の下落に伴う経済低迷などにより弱まったことなどが挙げられる。



しかしながら、米ドルに対してレアル安で推移する為替相場により、ブラジル産牛肉の輸出競争力は高く、他国からの引き合いは依然として好調である。中でも中国向けは、2015年6月の輸出再開以降、著しい伸びを見せており、11月単月では1万9990トンと最大の輸出先国となり、今後、その存在感はさらに強まるとみられている。

平均輸出単価(米ドル建て)は、2015年に前年から8.4%下落したものの、レアル相場の下げ幅が大きく、輸出業者や生産者のレアル建てでの手取り額は増加した。このため、増産意欲は増しているとみられる。

なお、2015年12月4日、日本・ブラジル両政府の合意により日本向け加熱処理牛肉の輸出再開(注)が決定したが、実際の輸出は、改正された家畜衛生条件に基づく指定加熱処理施設が認定されたとなる(表4)。

(注) 日本は、ブラジル産加熱処理牛肉について、同国パラナ州の老齢牛で非定型の牛海綿状脳症(BSE)が発生したことを受け、2012年12月8日以降、輸入を停止してい



3 ブラジル産牛肉の特徴

ここでは、飼養されている牛の品種と牛肉の特徴について説明する。

(1)品種と肉質

ブラジルは国土が広く、気候帯もさまざまであり、牛肉生産について一括りにはできないが、国土の大半が熱帯または亜熱帯気候であることから、熱帯種(Bos indicus:ゼブー系)のコブ牛品種の牛が最も多く飼養されており、日本や欧州で一般的に飼養されている涼しい気候に適した温帯種(Bos taurus)の品種の牛とは異なっている。

Bos indicusは、脂肪(サシ)が筋繊維中には入らず筋肉の外側に付く傾向があり、食感は硬くなるという特徴がある。このため、ブラジルでは、鮮やかな赤色をした牛肉が一般的である。しかしながら、近年は、肉質を改善させる意識の高まりからゼブー系の母牛にアンガスなどの温帯種を交配した交雑種の生産が徐々に拡大している。なお、温帯で肥沃な土壌を有する南部では、温帯種の飼養も多いが、地価が高く都市化も進んでいるため、生産拡大は難しく、国内需要への対応で精一杯とされる。





(2)輸出向けブラジル産牛肉の特徴

生鮮牛肉の輸出割合は、冷蔵:冷凍=1:9となっている。これは、主な輸出先が「質よりも量」を求めるベネズエラや中東、アフリカ諸国であり、比較的安価な冷凍牛肉の需要が高いためである。この冷凍牛肉の輸出比率は、米国や豪州、アルゼンチンと比べても際立って高い。

また、国内の要因として、コールドチェーンを有しているものの食肉処理施設から港までの移動距離が長いことに加え、トラック組合などによるストライキのリスクを常に抱えていることも、冷凍に比べて賞味期限の短い冷蔵牛肉生産が少ない要因の一つとみられる。このため、冷蔵牛肉の輸出は近場のチリなどに限られている。

ブラジルでは、牛肉を大きく4ゾーンの部位に大別した輸出区分としている(図5)。最も高級なロースなどのゾーンTはEU向けが中心であり、ももなどのゾーンUはEUや中東を中心に仕向けられている。かたなどのゾーンVは主にロシア向けで、最も価格が安いゾーンWは主に香港・中国向けに輸出されている。



4 環境保全と牛肉生産拡大の両立

飼養動向については、前回レポート(畜産の情報2014年12月号)で詳述しているため、今回は昨今の傾向と生産費について言及したい。

(1)開発の制限

1992年にリオデジャネイロで開催された第1回地球サミットにおいて、ブラジルは、アマゾンの森林伐採や焼畑農業による環境破壊が強く批判されたことで、以後、国家レベルで環境保全意識を高めてきた。これにより、森林伐採の規制が設けられ、土地利用が制限されるようになった。

こうした中、近年の飼料穀物需要の高まりにより草地から農地への転換が進み、草地は減少している。このため、ブラジルは広大な国土を有しているものの、森林伐採の制限と農地拡大により、新たな草地の確保が難しくなっている。

(2)単位面積当たりの生産性向上

限られた草地で牛肉生産を拡大させるため、近年は、単位面積当たりの生産性向上を図るべく、一部に穀物肥育を取り入れた肥育形態が、特に穀物主産地である中西部のマットグロッソ州、ゴイアス州で拡大している(図6)。これには、穀物を輸出するよりも、牛肉というより付加価値を付けた形で輸出したいという考えも背景にあり、穀物の国際相場が低迷している現状では、この意識がより高まっている。

穀物肥育の形態としては、肥育もと牛を導入して約3カ月間集約的に穀物を与えて肥育する「フィードロット」と、草地で飼養しながら補助飼料として穀物を給与する「セミフィードロット」と呼ばれる形態がある。セミフィードロットは、新たな投資がほとんどかからないことからフィードロットと同様に拡大傾向にある。



(3)草地の生産性向上

フィードロットやセミフィードロットによる生産性向上と並んで、生産性の低い草地の生産性向上を目的として、ブラジル農務省(MAPA)が主導する収穫計画(Plano Safra)のもと牧草改善プログラムが実施されている。同プログラムは、土壌改良などに対して市中金利よりも低く抑えられた融資が行われるものであり、環境保全に有効に働くとみられる。

しかし、穀物農家などは融資を積極的に活用する一方、牧畜農家は借金経営を良かれとしない傾向が強いことから、同プログラムの利用は進んでおらず、草地管理が十分なされていないところも多い。ブラジルの牛肉生産は、もと牛生産時点まで一貫して牧草主体で肥育されることから、草地の状況が牛肉生産に直結する。このため、特段の政府支援が無い牛肉セクターにおいて、同プログラムの重要性は増しつつも、どのように利用機会を拡大させられるかが課題となっている。

(4)インテグレーションシステムの進展

広大な土地を有する中西部では、牧畜と林業のインテグレーションシステムの普及も進んでいる。同システムは、農牧研究公社(EMBRAPA)が提唱したもので、肥育もと牛などを飼養する牧草地にユーカリやチークを植林することにより、日陰が創出されて牛の飼養環境の改善が図られるほか、木のCO2吸収作用により、牛による温室効果ガス排出の影響を軽減する。さらに、伐採した樹木の販売により単位面積当たりの収益性向上にもつながるものである。

今回訪問したマットグロッソ州のシュナイデル農場は、同システムを12年前から取り入れた先駆け的な存在である。同農場では飼養する牛の一部を同システムで飼養している。これにより、暑さが厳しい同州でも熱帯種(ネローレ種やブラーマン種)と温帯種(アンガス種、カラクー種)の交雑種の飼養が容易になり、増体も高まるとしている。

また、植林する間隔や方角は、試行錯誤の末に改善されて、現在では列間隔を20メートルとし、4メートル程度の間隔で木を植えることで最も牧草に悪影響がないとしている。太陽光が適度に差し込んで牧草の生育にも適しているほか、落ち葉による土壌有機物還元効果も期待でき好循環につながっている。



コラム2 牛個体識別制度「SISBOV」

 ブラジルでは、農務省(MAPA)主体で牛個体識別制度「SISBOV」が実施されている。EUから口蹄疫に対するリスク管理を求められたことをきっかけに、2002年、放牧牛を含めた全ての牛を対象にスタートした。

 しかし、広大な国土を抱える同国では、全ての牛を管理するのは困難を極め、2006年7月からは任意の取り組みとなっている。EUなど特定の国へ輸出される牛は、SISBOVに対応していなければならないことから、現状では輸出向けが中心となっている。

 SISBOVは、生産者が農場登録を行い、配布される耳標を所有する牛に装着する。耳標に明記されている個体識別番号は15桁で、州番号、耳標管理会社番号、個体番号に分かれている。追跡できる内容は、生年月日、性別、農場移動履歴などである。

 生産者はあらかじめ、生まれると想定される子牛頭数分の耳標をSISBOVの番号を管理する会社に申請する。例えば、800頭の子牛が見込まれる場合は800頭分を事前申請し、番号の付与された耳標を事前に入手する。耳標は、入手後2年以内に使用する必要があり、使用しなかったものは廃棄する仕組みとなっている。耳標は両耳に1つずつ(大小1組)を装着し、片方が脱落してももう1つで対応する。生産者は、SISBOV対応のための管理コストがかかるものの、SISBOV対応の牛には、牛肉輸出企業などからプレミアムが支払われる傾向があり、生産者のメリットにつながっている。



(5)肉用牛生産費

マットグロッソ州農業経済研究所(IMEA)が同州の肉用牛肥育農家に対して行った調査によると、2015年4〜6月期の肥育経営(注)の1頭当たり生産費のうち、約7割はもと畜費が占めている(図7)。



(注)7カ月齢でもと牛を導入し、30カ月齢前後で出荷する経営。

子牛価格は最近上昇しているものの、1頭当たり4万円程度であり、米国(15万円程度)や日本と比べると大幅に安い。最近は、肥育牛の販売価格も上昇していることから、生産者の増産意欲を後押ししている。

牧草以外に補助的に給与する飼料については、作物との複合経営で自給したり、近隣から調達する農家が多く、安価な調達が可能である。コスト低減に向けて、サトウキビバガスを粗飼料として活用したり、綿実、落花生、ヒマワリの油かす類などを給与する農家もある。

また、サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)によるマットグロッソドスル州の肉用牛販売価格(注)を見ると、2016年2月現在、1頭(枝肉換算250キログラム相当)当たり2300レアル(7万3600円)程度であることから、子牛価格などの生産費用(8割前後)を差し引くと、1頭当たり400〜500レアル(1万2800〜1万6000円)程度が経営者の利益となる計算である。

(注) CEPEAは、毎日、パッカーや農家から、直接、買付量や買取価格を調査して、各種指標価格を公表している。



5 ブラジルの牛肉輸出拡大背景と主要牛肉パッカー

(1)牛肉輸出拡大の背景

牛肉輸出は、2000年代に飛躍的に拡大した。その主な要因として、まず輸出環境の改善が挙げられる。1999年1月、従来の管理通貨制度から現行の変動相場制に移行し、通貨レアルの実質的な切り下げを行った。これを契機として、レアル安米ドル高の良好な輸出環境が整備され、以降、大手パッカーの生産・輸出意欲が拡大した。こうした中、米国でのBSE発生や豪州の干ばつなどにより世界の牛肉供給が不安定となり、ブラジル産牛肉に対する需要が高まった(図9)。



さらに、大手パッカーは、ブラジル産の牛肉輸出の拡大で得た資金を元手に海外進出(企業買収)を進めるとともに、同時期に、ブラジル国立経済社会開発銀行(BNDES)が大手パッカーに対して行った融資も国際市場でのシェア獲得を後押ししたとされる。この動きは、ルーラ政権(2003〜11年)、ルセフ政権(2011年〜)が、自動車・食品・石油を戦略的産業に据えて、積極的な投資政策を進めたことによる。このように、政府は、大規模化、集約化による生産性と競争力の向上を間接的に後押ししたが、一方で、パッカーの寡占化により生産者側の価格交渉力の低下を招いたとされる。

(2)主要パッカー

大手パッカーは、2008年9月に端を発した国際金融危機以降も積極的に買収、合併による事業拡大を図っている。外国資本の企業は限られ、国内資本が中心で大半が同族経営であるが、特に、世界最大級の食肉生産企業であるJBS社を筆頭に、ミネルヴァ(Minerva)社、マルフリグ(MARFRIG)社の国内資本大手3社が積極的に牛肉輸出を展開している。なお、企業ごとの生産や輸出割合は公表されていない。

今回は、調査時に訪問したJBS社とミネルヴァ社の牛肉生産プラントの概要を以下の通り紹介する。



ア. JBS社(牛肉生産量および輸出量首位)

(ア)JBS社概要

同社は、1953年にゴイアス州で小さな肉屋として創業した。当初は国内向けを主体としていたが、2005年のアルゼンチンの牛肉パッカー買収を皮切りに海外進出し、北米や豪州の牛肉パッカーの買収を進め、現在は、南米以外にも米国、メキシコ、豪州などに牛肉生産プラントを有している。また、豚肉、鶏肉およびその関連製品の生産・販売についてもグローバルに展開するなど、創業者一族のウェズレイ・バチスタCEOの下、積極的な買収を通じて影響力をますます強めている。2015年には英国の鶏肉パッカーの買収などにより、EUへも進出(鶏肉および豚肉)しており、順次、ドイツ、フランス、イタリア、スペインで事業を展開する方針とされている。また、将来的にはアジアへの進出も目指しているとされ、同CEOは、「食肉にとどまらず、食料のグローバルサプライヤーを目指す」と発言している。

(イ)ディアマンティノ工場の特徴

同工場は、セラードに広がるマットグロッソ州の広大な大豆畑の中に位置している。2008年にベルチン社から買収したプラントを最新鋭の施設に改修した。国内向けのほか、エジプト、イラン、チリ、ベネズエラ、EU、香港向けの牛肉を主に生産しており、訪問時は中国向け輸出施設認証を申請中としていた。同工場からの輸出は、南部のサントス港から行われており、出荷からサントス港まで3〜4日要する。

エジプトイラン向けのみ、ハラール対応でと畜・放血を行っており、電気銃で気絶させた後、イスラム教の教儀に基づいて切開・放血する。なお、と畜後、筋肉への電気刺激により、放血を促していた。



イ. ミネルヴァ(Minerva)社(牛肉生産量第3位、輸出量第2位)

(ア)ミネルヴァ社の概要

同社は、1957年にサンパウロ州で創業した大手牛肉パッカーで、牛肉生産量は国内第3位であるが、輸出仕向け割合が7割と高く、牛肉輸出量では第2位となる。ハラール対応を積極的に行っており、中東諸国からの引き合いが強い。国内11カ所のほか、近隣のパラグアイ3カ所、ウルグアイ2カ所、コロンビア1カ所に牛と畜・加工施設を有している。上位ブランド「Minerva Prime」生産用に自社農場も所有しており、ヨーロッパ種の交雑種を中心にフィードロットで飼養している。創業一族であるビレラ一族による経営は保守的で、拠点は南米にとどめ、牛肉以外の食肉はほとんど手掛けていない。

2015年12月には、サウジアラビアの政府系投資機関であるSALICへの一部株式売却に合意し注目を集めた。同社は、株式売却で得た資金を原資に、今後さらに施設買収を進め、牛肉生産の拡大を図るとみられている。

(イ)パウメイラス工場の特徴

同工場は、国内最大のEU向け輸出量を誇り、EU向けの輸出基準を満たす牛を調達するため、契約農場(フィードロット)からの受入れが約4割と多い。

特徴としては、主に国内向けとする枝肉であっても一部の部位がハラールとして輸出されるケースも多いことから、と畜を全てハラール(イスラエル向けはコーシャ)対応で行っている。同工場がハラール輸出の認証を取得している国は、イラン、イラク、レバノン、リビア、サウジアラビア(熟成、30カ月齢以下が条件)、UAE、バーレーン、アルジェリアなどとなっている。

ハラールと畜では、空気銃で失神させた後、黒いヘルメットを着用したムスリムのと畜人により首を切開して放血死させる。空気銃で頭蓋骨が陥没した場合はハラールと認められないので、その後の工程では区別して管理される。イラン向けのハラールと畜に当たり、聖職者、と畜人および獣医がセットで派遣されているが、彼らは他のムスリム国向けの処理も共通で可能とのことであった。ただし、サウジアラビア向けについては、その前後に清掃作業が必要とされていた。なお、と畜後、牛の体内に血液が残らないように、電気刺激により放血を促していた。

なお、イスラエル向けのコーシャは、ハラールと同じ施設で処理されるものの、と畜人、聖職者(ラビ)および獣医の全てがイスラエルから派遣され、ハラール処理を行う人員とは共有されていない。



コラム3 牛肉生産過程における衛生検査 〜パウメイラス工場の工程を通じて〜

 と畜工程においては、連邦政府による衛生検査が行われており、農務省(MAPA)の獣医のほか、州政府の補助インスペクター(非獣医)が常駐している。検査内容は、プラント搬入前とと畜前の目視による臨床検査、と畜後の内臓と頭部の検査、そして輸出用牛肉の認証検査である。内臓検査は、頭、肺、心臓、肝臓、腸それぞれに専門官が配置されている。

 皮を剥いで頭部や蹄を切り離した後、MAPAの検査官が仕向け可能国を識別する記号を紫色で枝肉に印字する。並行して、頭部や内臓の検査がMAPAや州政府の検査官により行われる。枝肉と頭と内臓は、処理ラインは異なるもののと畜番号で連動しているため、いずれかに問題があれば同じ個体の他の部分も特定可能になっている。

 と畜後、全ての枝肉は24時間冷蔵庫で貯蔵されるが、EUやチリなど一部の国向けには、輸出の条件として、ウイルスが死滅するようにpHの上限が定められている。24時間経過後に第13胸椎の辺りに器具を挿して枝肉のpH値が測定され、EU向けは5.99以下、チリ向けは5.97以下であった枝肉のみが利用可能で、MAPAの検査官が確認した後、加工ラインに流される。

 なお、パッカーは、連邦政府に衛生検査料を支払っており、担当者は、これを税金のようなものとして受け止めていた。



コラム4 格付けと牛買取価格

〜格付け〜

 ブラジルでは、格付け制度の統一的な整備が徐々に進んでおり、格付け等級は、「脂肪薄」、「脂肪良」、「脂肪過多」に大別される。「脂肪薄」または「脂肪過多」の場合、評価は低ランクになるが、現在のところ、パッカーの枝肉買取価格への格付けの反映はまちまちである。これは、仕向け先によって脂肪厚のオーダーがさまざまで、脂肪が厚い肉や薄い肉に対しても一定のニーズがあり優劣が生じにくいことによる。なお、雄牛の去勢は、8割方されていない。



〜牛買取価格〜

 パッカーは、自社農場を有していることは少なく、大半を肥育農家から直接仕入れている。輸送費は枝肉代金から差し引かれるため、実質的には生産者負担となっている。

 パッカーは、牛買取価格の決定に際し、サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)の肉用牛販売価格調査を参考にしており、枝肉重量や地域性などにより各々の支払額が決まる。2016年2月時点のマットグロッソドスル州における肉用牛平均買取価格は、枝肉1アローバ(15キログラム)当たり138レアル(4416円)であった。パッカーによって違いはあるものの、枝肉の品質などに応じたプレミアムも多くの場合設けられている。

 参考までに、Minerva社の牛枝肉1アローバ(15キログラム)当たりのプレミアム体系は以下のとおりで、要件を満たすごとに加算される。

 (1) SISBOVに対応し、EU向け輸出条件を満たす牛(+2レアル)

 (2) アンガスなど温帯種(+2レアル)

 (3) EU向けヒルトン枠に対応する24カ月齢以下の牛(+2レアル)

 (4) 若い去勢牛(+1レアル)

 このほか、Wagyuなどブランディングされた高級牛肉の需要も徐々に高まっているが、こうした高級牛肉を評価する指標はなく、生産者とサンパウロの高級レストランなどの需要者との間で相対により取引されている。また、高級牛肉の大半は、現状では国内で消費されており、輸出余力はほとんどないとされている。



6 家畜衛生

畜産物輸出のカギを握る主要な疾病のステータスは、次の通りである。

まず、BSEについては、国際獣疫機関(OIE)により、「無視できるリスク」に位置付けられている。ブラジルでは、2012年(パラナ州)と2014年(マットグロッソ州)の2例のBSEが確認されたが、いずれも老齢牛の非定型であり、ステータスは「無視できるリスク」に据え置かれている。

次に、口蹄疫については、2005年9月から翌年4月にかけて、マットグロッソドスル州およびパラナ州で発生して以降、現在に至るまで10年間確認されていない。これは、農務省(MAPA)主導の下、国家口蹄疫予防・撲滅プログラムにより、MAPA、州政府、民間の相互連携と役割分担により、国境対策やワクチンの実施などに取り組んだ結果であり、長年苦慮してた口蹄疫対策に成功している。

2007年5月には、サンタカタリーナ州が国内で初めてワクチン非接種清浄地域にOIEから認定されたが、現時点では非接種清浄地域は同州だけで、大半はワクチン接種清浄地域である。

こうした中、MAPAは2016年1月4日、今後の優先事項として国内で口蹄疫ステータスを得られていない北部3州(アマパー州、アマゾナス州、ロライマ州)において、2017年までにOIEからワクチン接種清浄地域のステータス獲得を目指すと発表した。

なお、ブラジルでは2011年12月に肉用牛への成長ホルモンの使用が禁止されたことから、EUなどのホルモンフリーを義務付ける規格・基準への対応は比較的容易とされる。



コラム5 GTAに基づく牛の移動

 ブラジルでは、他の農場やと畜場など農場外に牛を移動させる度にGTAという制度への登録が義務付けられている。

 GTAでは、州政府(衛生局)が登録証を発行する。発行の条件として、(1)生産者および農場が州政府(衛生局)に登録されていること、(2)移動させる牛に規定のワクチンが接種されていること、(3)定められた登録料が納付されていることが必要である。マットグロッソ州における登録料は、1頭1回当たり4.5レアル(144円)となっている。コラム2の個体識別制度(SISBOV)は任意の取り組みのためすべての個体ごとの識別はできないが、GTAは強制のため1頭1頭の移動履歴が追跡可能となっている。

 なお、マットグロッソ州では、GTAの登録料は、マットグロッソ州牛生産者協会(ACRIMAT)の運営費とFESAという家畜衛生対策基金の財源に充当されている。

 FESAは、(1)家畜疾病発生時の緊急対策、(2)家畜衛生上のリスクが高い先住民インディオの居住地域における口蹄疫ワクチン接種や口蹄疫が発生している隣国ボリビアへの口蹄疫ワクチンの提供、(3)州政府(衛生局)が行うワクチン接種の効果測定、(4)家畜疾病の発生により殺処分した牛への補償費を支出することとなっている。2014年にマットグロッソ州で非定型のBSEが発生した際も、生産者の損害はFESAから補填された。FESAのような基金があるのは、現在、国内でもマットグロッソ州のみとされる。

7 ブラジル牛肉産業の課題

牛肉産業は、現在、前述の通り大幅なレアル安により、輸出競争力が増している。また、中国などへの輸出再開により、輸出先の拡大にも成功しているが、さらなる輸出拡大に向けて、米国や中東諸国などへのアプローチも進めている。

このように、輸出強化に向けて取り組一方で、課題も浮かび上がってきている。

課題1:ロジスティクス問題

最大の農畜産物生産州である中西部のマットグロッソ州からの輸出は、約2000キロメートル離れたサントス港など南部港からの積み出しが中心となる。しかし、トラックでの陸上輸送に片道3〜4日を要することから、船積みまでの時間がかかるとともに輸送コストも高くなっている(表6、図10)。こうした中、マットグロッソ州と北部領域を結ぶ国道163号線の全線舗装化には、コスト低減と効率化から大きな期待が寄せられている。国の財政事情などを受け工期は遅れているものの、ここにきてようやく完成のめどがついてきた。しかしながら、北部からの輸出品目は、穀物主体であり、コンテナ輸送が前提となる食肉輸出については、今後、北部領域の道路・鉄道整備が大幅に進展しない限り、引き続き南部偏重は解消されないとみられている。





現地関係者によると、北部ルートの整備が完了した場合、マットグロッソ州からの輸送コストは、現状から低下する可能性が高いものの、国内で最も高い状況にとどまるとしている。このため、旺盛な食料需要を受けてブラジルとの関係を強化している中国は、ブラジルとペルー沿岸を結ぶ大陸横断鉄道の敷設計画を発表したが、莫大な投資が必要となるため、実現可能性は乏しいとみられている。

課題2:肉質の改善

熱帯種のゼブー系をルーツに持つブラジル産牛肉は、脂肪交雑がほとんどみられない赤身の牛肉であり、消費者のこうもそうした牛肉にあるとされてきた。しかしながら、ブラジル牛肉輸出業協会(ABIEC)が消費者を対象に最近実施した意識調査の結果、ブラジル産牛肉は米国産牛肉に劣ると認識されていることが判明した。このため、これまで品質の差を意識することなく、いわばコモディティーとして単一商品的な扱いをされてきた牛肉について、今後は、温帯種との交雑を進めるなど良質な牛肉を生産するためのプレミアム体系の整備・標準化や、生産者に対するインセンティブの付与など、業界としての取り組みが望まれている。

これにより、国内市場だけでなく、高品質な輸出市場への対応も可能となり、ブラジル産牛肉の優位性が高まることになる。

8 2016年および今後の見通し

USDAによると、2016年のブラジルの牛肉生産量は、天候不順に伴う水不足の影響を受け、草地の状態が悪化する可能性はあるとしながらも、前年比2.3%増の965万トン(枝肉重量ベース)と見込まれている。

一方、2016年の子牛生産見通しについては、前年並みの4825万頭にとどまっており、繁殖基盤の再構築は道半ばにあることから、2016年の牛肉生産量増加には疑問のところもある。ただし、サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)によると、子牛価格が高値で推移している中、肉用牛価格も好調な輸出需要により高値で安定しているため、繁殖・肥育経営ともに収益性が良好で農家の増頭意欲は高いとみられる。

また、同年の輸出量は、中国などからの旺盛な需要により、前年比1割増の187万トン(同)に拡大するとみられている。このほか、2016年2月には、サウジアラビアへの輸出再開したほか上半期中には米国向け生鮮牛肉の輸出開始が見込まれている。輸出環境の整備に取り組むMAPAやABIECは、今後、日本や韓国の市場開拓を目指したいとしている。

なお、MAPAもIMEAも長期予測については楽観的であり、10年後には牛肉生産量が4割程度増加し、人口増や経済成長に伴う国内外の牛肉需要に対応できるとしている。このためには、繁殖雌牛や肥育もと牛の飼養環境を向上させるべく、生産基盤の根幹といえる草地の生産性向上が重要であり、第4項で触れた牧草改善プログラムの普及が重要なカギを握るといえる。

9 おわりに

経済低迷や政治不信が続くブラジルでは、輸出が好調な農畜産業はますます重要な産業となっている。しかしながら、環境保全の取り組みや草地から農地への転換が進んでいることで、国土広しといえど、牛肉生産拡大には大豆やトウモロコシを用いたフィードロットや、持続可能性と経済性を高めたインテグレーションシステムが不可欠となっている。

一方、牛肉業界では肉質改善の機運も高まってきており、現地関係者からは、「ブラジルは輸入国のどのようなニーズにも対応できるポテンシャルがある」といった発言が多く聞かれ、今後、交雑種や穀物肥育による増産を通じて世界の食糧供給基地としての存在感を質の面でも追求していきたいとの意気込みがうかがえた。

今後も拡大が見込まれる世界の牛肉需要に対応できる数少ない国として、ブラジルの動向は重要性を増している。


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