特集:世界の酪農と牛乳乳製品需給をめぐる状況 畜産の情報 2017年12月号
調査情報部 渡邊 陽介、小林 誠
【要約】
米国の酪農は、飼養頭数および乳量の増加などを背景に、生産を拡大している。飼料穀物生産量も多いことから、今後も増産余力があり、為替環境が好転すれば、輸出を大きく伸ばす可能性がある。一方、欧州が推進している乳製品のGIによるチーズへの影響が懸念されている。現政権は、二国間通商協定の進展を標榜しており、乳製品輸出拡大を模索する米国の今後の動向が注目される。
1 酪農の概要と生乳生産の動向 |
米国において酪農は、2015年度の農畜産物販売額の9.5%を占め、肉用牛(同20.7%)、トウモロコシ(同12.5%)に次ぐ一大産業である。また、国際乳食品協会(IDFA)によれば、乳業は、関連産業を含めると296万を超える雇用と6282億7000万米ドル(71兆6228億円)を産出しているとされている。
一方、貿易について見ると、米国は、単一国としては世界最大の生乳生産国(水牛由来の乳を除く)であるものの、国内に大きな市場を抱えていることから、輸出量では、ニュージーランドやEUより少なく、国際市場においては補完的な役割を担うにとどまってきた。しかし、近年、新興国などからの需要の増加や国際乳製品価格の上昇などにより、輸出市場における米国産乳製品の位置付けも変化しつつある。
本稿では、米国の酪農・乳業および牛乳乳製品の状況について、2017年10月に実施した調査を踏まえて報告する。
なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=114円(2017年10月末日TTSレート:114.16円)を利用した。
米国農務省(USDA)が2014年5月に公表した農業センサスによると、2012年の酪農家戸数は、前回の2007年比8.3%減の6万4098戸、経産牛の飼養頭数は、同0.2%減の925万2000頭となった。一方、1戸当たり経産牛飼養頭数は同8.9%増の144頭と増加した(表1)。飼養頭数の分布を見ると、カリフォルニア州、ウィスコンシン州、ニューヨーク州、ペンシルバニア州などが多い。
州別の状況を見ると、生乳生産量上位2州では、カリフォルニア州の1戸当たりの飼養頭数が940頭と大規模経営が中心であるのに対し、伝統的な酪農州であるウィスコンシン州では同110頭となっている。また、アイダホ州は、同620頭とカリフォルニア州に次ぐ大規模経営となっている。なお、西部酪農家連合(WUD:Western United Dairymen)によると、カリフォルニア州の酪農家では、酪農よりも収益性が良いとされるアーモンド生産への転換が進んでいるという。
USDAが大規模経営に分類している経産牛500頭以上の酪農家は、2012年時点では、戸数では全米の5%程度にすぎないものの、飼養頭数では60%を占めている(図1)。大規模経営は、コスト効率が良いだけでなく、1頭当たりの乳量増加につながる労働力、資本および管理においても効率が高まっており、規模の経済性が大規模酪農家の重要な増加要因となっている。
USDAが公表した「Milk Production」によると、2016年の飼養頭数は、全米では前年比0.2%増の932万8000頭となった。州別には、カリフォルニア州が最多の176万2000頭、ウィスコンシン州が127万9000頭、ニューヨーク州が62万頭、次いでアイダホ州、ペンシルバニア州、テキサス州などが続いている。
また、USDAが公表している「Dairy 2014」(注)によると、品種は、ホルスタイン種が最も多い(図2)。次いで、ジャージー種、ブラウンスイス種などが多い。なお、エアシャー種やガンジー種も一部で飼養されている。
(注)主要17州の酪農家を対象としており、戸数で全米の76.7%、経産牛頭数で同80.3%をカバーしている。
経産牛1頭当たり年間乳量は、遺伝的改良、飼料の品質向上、生産性の低い乳牛の淘汰および非効率な経営体の廃業などにより、増加傾向で推移しており、2016年には前年比1.7%増の1万330キログラムとなった(図3)。
なお、乳牛の泌乳量を増加させるために乳量増加ホルモン剤(以下「rBST」という)やこれに類似したホルモン剤が一部の酪農家で使用されている。この医薬品は、使用が禁止されている国もあるが、米国では使用が許可されている。USDAによると、rBSTを投与されている乳牛が、全米の飼養頭数に占める割合は8.8%であり、経営体の規模が大きいほど使用割合が高くなる傾向にある。ただし、大規模酪農家の使用割合は、500〜999頭規模が最も高く(21.8%)、1000頭以上の規模では低下する(6.9%)。人間および家畜への影響について懸念する声もあることから、rBSTなどを投与していない酪農家は、“rBSTフリー”などといった表示を付して市場での差別化を図っている他、生乳を集乳する酪農協や乳業会社が独自にrBSTなどの投与を禁止しているケースも多い。
また、1日の搾乳回数は、2回が一般的で、USDAによると3回以上搾乳する酪農家は全体の9.7%となっている。3回搾乳は、2回搾乳よりも乳量が多くなる傾向が示されているが、高い雇用労働費や機器への投資、高い飼養管理水準が求められることから、大規模酪農家で行われることが多く、その割合は、100〜199頭規模で8.5%であるのに対し、500〜999頭規模では59.7%となっている。
生乳生産量は、飼養頭数および1頭当たり乳量の増加により、増加傾向で推移している(図4)。2016年は、前年比1.8%増の9635万9000トンとなった。
州別の生産割合は、カリフォルニア州が19%、ウィスコンシン州が14%、ニューヨーク州が7%、アイダホ州が7%を占めている(図5)。
ミルキングパーラーは、ヘリンボーン型とパラレル型が一般的である(表2)。ロータリー型は、500頭以上の大規模経営、すなわちパーラーを絶え間なく回転させるのに十分な乳牛を飼養する酪農家に適しているとされ、酪農家の規模拡大と技術の進歩によって、有効かつ競争力を有する状況になってきている。
また、搾乳ロボットは、2000年ごろから徐々に利用されるようになり、現在は全米で2000基の搾乳ロボットが装備されていると推測されている。自動搾乳へ転換する最大の動機は、労働力の問題であり、家族以外の労働者の雇用を減少させるためや、労働者を増やすことなく生産性を高めるための戦略として、中小規模酪農家(500頭未満)を中心に関心が持たれてきた。搾乳ロボットの導入に多額の初期投資が必要となる他、牛舎など周辺施設の整備にも費用が必要となり、さらに維持管理のための技術者の支援が不可欠であることが普及上の課題となっている。
ほとんどの生乳取引は、連邦生乳マーケティング・オーダー(FMMO)制度およびカリフォルニア州生乳マーケティング・オーダー制度の下で行われている。一部では、商系乳業会社との個別契約もある。
FMMO制度は、10のオーダー地域が対象として認定されており、取引される生乳は、全米の60%以上を占めている(図6)。なお、カリフォルニア州の制度は、FMMO制度への統合が検討されており、カリフォルニア州の酪農家による投票でその賛否が決定されることとなっている。
FMMO制度は、オーダー地域内で取引される生乳について、用途別の最低取引乳価を設定するとともに、生乳取扱業者に対して酪農家へのそれら用途別乳価を加重平均した乳価(プール乳価)での支払いを義務付けている。
生乳は、用途に応じて4つのクラスに区分されている(表3)。各クラスの最低取引乳価は、USDAが実際の製品価格を用いた公式に基づいて毎月算定・公表しており、クラスT以外は全地域とも同一価格である。クラスTについては、郡単位に「クラスT差額」が設定されており、輸送コストなどを考慮した調整が行われている。この最低取引乳価を念頭に、生乳取扱業者と出荷者(酪農家または酪農協)は、上乗せ価格(オーバー・オーダー・プレミアム)の交渉・決定を行う。
生乳取扱業者は毎月、USDAがオーダー地域ごとに配置しているオーダー管理者に、生乳受入量および用途別生乳処理量を報告することとなっており、オーダー管理者は、これを取りまとめてプール乳価を算定している。なお、オーバー・オーダー・プレミアムは、プール乳価に含まれない。
2017年9月の用途別仕向け割合を見ると、全米ではクラスTが29%、クラスUが11%、クラスVが47%、クラスWが12%であった(図7)。オーダー地域ごとに見ると、ウィスコンシン州やミネソタ州が含まれるアッパーミッドウェスト(Upper Midwest)では、クラスV向けが86%を占めており、チーズ生産が盛んなことがわかる。一方、フロリダ(Florida)などの南東部では、飲用乳向けの割合が高いという特徴がある。
2014年の全米年間平均乳価は、国内外の乳製品需要が高まったことから高値で推移し、100ポンド当たり24.0ドル(1キログラム当たり60円)の過去最高値を記録した(図8)。しかし、2014年末から下落し、2016年には同16.3(同41円)ドルとなった。これは、米国だけでなくEUやオセアニアなど世界の生乳供給量が増加したことに加え、ロシアの禁輸措置や中国の輸入需要の減少などが要因となっている。
今回の調査では、オレゴン州東部のボードマンで、チーズ向け生乳にほぼ特化した酪農と畑作を営むスリーマイルキャニオン農場を訪問した。
同農場の酪農部門は、経産牛3万4000頭(うち2000頭はオーガニック牛乳用)、未経産牛と子牛を合わせて3万5000頭の計6万9000頭と、全米でも有数の飼養頭数を誇る。従業員は、畑作部門を含めて200名超。品種は、オーガニック牛乳用を除き、ほぼ全てジャージー種である。
ジャージー種を飼養しているのは、オーガニック牛乳用を除く全量を近隣のティラムック(Tillamook)酪農協のチーズ工場へ出荷していることによる。出荷価格は、シカゴ先物市場のクラスV(チーズ/ホエイ)の価格を参考に酪農協と協議して決定している。同酪農協が集乳する生乳の60%以上を同農場が供給している。1頭1日当たり乳量は、62〜65ポンド(28.1〜29.5キログラム)で、農場全体では、1日に220〜240万ポンド(998〜1089トン)の生乳を生産している。
なお、オーガニック牛乳用については、ホルスタイン種主体で生産され、オレゴン州最大の都市であるポートランド近郊で飲用乳として販売されている。
全頭に電子IDを装着しており、個体ごとのデータをコンピュータで管理している。発情の発見は、発情履歴に基づく集中的な観察で行っているが、将来的には行動データから判断できるようにする予定としている。また、繁殖は、人工授精や受精卵移植で行っており、人工授精には全て雌雄判別精液を使用している。授精は、1発情につき1回であるが、受胎率は90%以上とのことであり、発情の発見や妊娠鑑定、凍結精液の取り扱いなど決めごとを適切に行うことが重要としている。なお、生まれた子牛は、3カ月で離乳し、11カ月齢で初回種付けを行っている。
同農場は、酪農のほか、ばれいしょ、トウモロコシ、アルファルファ、小麦、たまねぎなどを生産している。農場の近くを流れるコロンビア川を水源としてかんがい設備が整備されており、かんがい面積は3万9500エーカー(1万5800ヘクタール)に及んでいる。
米国では、大規模畜産農家に対して環境への配慮を求める声が大きくなっている。このため、規格外品や圃場残さを飼料とする一方、ふん尿を堆肥化して圃場に散布したり敷料として利用するとともに、堆肥化の過程で発生したメタンガスを発電に利用するなど、循環型農業を実践している。なお、土壌のモニタリングを小まめに行っていることから、塩類集積などの問題は発生していない。
2 牛乳乳製品の需給動向 |
ア 酪農協のシェア
生乳は、酪農協か商系乳業会社のいずれかによって、ローリーで酪農家から集められるが、酪農協の集乳シェアが81%となっている(図9)。残りの19%は、商系乳業会社が集乳するか、または、酪農家自身が加工している。なお、商系乳業会社は、酪農協が集乳した生乳を購入する場合もある。
2012年の酪農協の品目別販売シェア(重量ベース)は、バターで75%、脱脂粉乳で91%、チーズで22%、乾燥ホエイ製品(タンパク質濃縮ホエイなど)で43%であった。ただし、バターや乾燥ホエイ製品には、乳業会社が酪農協のブランドで委託生産したものが含まれている。
酪農協は、2007年に155組織であったが、2012年には統廃合により132組織に減少した一方で、その規模は拡大しているとされる。
イ 主要乳業メーカー
日本のように多種類の乳製品を製造・販売するメーカーはほとんどなく、特定の乳製品に特化しているメーカーが多い。
販売額では、ネスレUSA社(Nestle USA)が最大であり、アイスクリーム、加糖れん乳や乳飲料などを中心に製造・販売している(表4)。
第2位のディーンフーズ社(Dean Foods Co.)は、67工場を所有し、米国の生乳生産量の約10%を処理している。飲用乳の製造・販売が中心で、飲用乳が販売額のうち約70%を占めている。また、ウォルマート向けが販売額の約16%を占めている。
ランド・オ・レーク社(Land O’ Lakes Inc.)とデイリー・ファーマーズ・オブ・アメリカ社(DFA)は、米国最大級の酪農協である。前者がミネソタ州に設立された酪農協が近隣州の酪農協を吸収して規模拡大したのに対し、後者は多数の州に存在していた酪農協が設立したアンブレラ組織であり、州ごとにある程度の独立性が保たれているのが特徴である。
ランド・オ・レーク社は、2079の組合員から130億ポンド(590万トン)の生乳を集めている。チーズ・ホエイ工場のほか、大規模なバター・脱脂粉乳の工場を保有しており、他社への委託生産分を含めると国内小売市場においてバターブランドとしては最大のシェアを有している。
DFAは、全米で465億ポンド(2100万トン)の生乳を生産する8000を超える組合員を擁している。前述の設立経緯から、チーズやバター、脱脂粉乳など多様な製品を取り扱っている。2016年の純利益は、販売量の増加や運営効率の向上に加え、チーズなどを製造するDairiConcepts社を100%子会社化したことなどにより、過去最高を記録した。
乳業工場の分布を見ると、ウィスコンシン州(203)、ニューヨーク州(123)、カリフォルニア州(116)に多く、ペンシルバニア州(84)、オハイオ州(69)、ニュージャージー州(57)、フロリダ州(55)、ミシガン州(51)と続いている(図10)。
ア 飲用乳
飲用乳の販売量は、2011年以降、減少傾向で推移しており、2016年は、前年比0.7%減の2254万3000トンとなった(図11)。飲用乳の1人当たり消費量は、豆乳やアーモンド乳といった植物性飲料との競合などにより、減少傾向で推移している。
種類別に見ると、2014年以降、全脂牛乳の消費量が増加に転じた。これは、乳脂肪の健康に対する見方が見直されたことやできるだけ手を加えない形で消費しようという動きがみられるようになったためである。
イ バター
2016年の生産量は、前年比0.6%減の 83万4000トンとなった(表5)。チーズ需要の増加により、生乳のバター・脱脂粉乳への仕向け量が減少し、2014年以降緩やかな減少傾向で推移している。生乳は最初にクラスTの飲用乳に仕向けられた後、クラスU以下へと順次仕向けられる。長期保存が可能なバターは、生乳需給の調整弁としての役割も担っている。なお、生産量が最も多いのはカリフォルニア州で、全米の3割を占める。
消費量は、マーガリンからバターへ需要が移行していることなどから増加傾向にあり、2016年は同2.4%増の83万8000トンとなった。また、卸売価格は、需要の増加を受けて、2014年以降、100ポンド当たり200ドル(1キログラム当たり503円)を上回って推移している。
国内市場が大きいことに加え、ニュージーランドなどの輸出競合国に比べて価格が高い傾向にあることから、輸出量は大きなものではない。特に、2015年以降、ドル高傾向で推移したことで海外市場で割高となったことにより、さらに少量にとどまっている。2016年の上位輸出相手国は、メキシコ(輸出量全体の38.2%)、カナダ(同36.5%)、サウジアラビア(同7.5%)である。
ウ 脱脂粉乳
国際規格に適合した脱脂粉乳(SMP)とタンパク質含量が国際規格に準拠していない無脂粉乳(NFDM)が製造されており、統計上の仕分けがなされていない。両者を合わせた生産量は、メキシコなどからの需要の増加により、おおむね増加傾向で推移しており、2016年は前年比1.9%増の104万9000トンとなった(表6)。
輸出量は、生産量のおよそ半分を占めてきたが、近年はメキシコやアジアなどからの堅調な需要により、国内消費を上回って推移しており、2016年は、同6.3%増の59万3000トンとなった。最大の輸出先がメキシコ(全体の46.0%)であり、これにフィリピン(同13.8%)、インドネシア(同9.1%)、ベトナム(同4.7%)、マレーシア(同4.3%)など東南アジア諸国が続く。
エ チーズ
2016年の生産量について見ると、アメリカンタイプ(注)は前年比1.3%増の215万7000トン、アメリカンタイプ以外のタイプ(以下「その他のタイプ」という)は同3.7%増の335万7000トンとなり、いずれも国内外からの需要の増加に伴って増加傾向で推移している(表7)。なお、アメリカンタイプの生産は、ウィスコンシン州で最も盛んで全米の2割を占める。その他のタイプは、カリフォルニア州とウィスコンシン州が、それぞれ全体の2割を生産している。
消費量は、種類の多様化、外食産業の成長などにより、増加傾向で推移している。2016年の1人当たり消費量は、前年比3.1%増の16.5キログラムとなったが、特に、モッツァレラチーズは、ピザの消費増加とともに年々増加しており、同4.0%増の5.3キログラムとなった。
輸出量は、アメリカンタイプおよびその他のタイプともに2014年をピークに減少傾向で推移している。この要因として、2014年8月以降ロシアが禁輸措置を講じたことに加え、特に2016年は主要通貨に対して米ドル高で推移したことによりアジア市場を中心に競争力が減退したことが挙げられる。主要輸出先国は、メキシコ、韓国、日本、豪州、カナダなどである。
(注)アメリカンタイプは、チェダー、コルビー、モントレー・ジャックを含む。
オ ホエイ類
ホエイ類の生産量は、機能性食品への需要が堅調であることから、65万トン前後で推移している(表8)。消費量は、乾燥ホエイが減少傾向である一方、スポーツ飲料などに利用されるタンパク質濃縮ホエイ(WPC)は増加傾向で推移しており、特にタンパク質含有率の高いものへの需要が高い。消費量は、2015年に安値となったことから急増したが、2016年は、その反動から、前年比13.9%減の34万8000トンとなった。
輸出量は、経済発展に伴うアジア圏からの需要により、1995年以降増加傾向で推移してきた。2015年は、EU産が増産に伴い安値となったことから減少した。2016年は、その反動から、同19.9%増の34万トンと大幅に増加した。
牛乳および乳製品は、乳糖不耐症や健康志向などによって、乳糖フリーの製品やアーモンド、大豆などの植物由来の代替製品(以下「乳代替品」という)との競争にさらされている。
1 市場規模
調査会社によると、世界の乳代替品の販売額は、2015年に137億米ドル(1兆5618億円)となった。北米は、これらの製品において世界でも大きな市場の一つであり、全世界の30%を占めているとされる。主な乳代替品には、アーモンドミルクや豆乳のほか、カシュ―ミルク、ココナッツミルク、麻ミルクがある。米国では、アーモンドミルクなどの消費増によって飲用乳のシェアが低下傾向で推移している(コラム2-表)。
2 “乳”表示の法律上の問題と規制
連邦規則では、「乳(ミルク)」を「1頭以上の健康な乳牛」を搾乳することで得られた「乳分泌物」と定義しているものの、現状ではこれに違反しても取り締まりの対象とはなっていない。
酪農業界は、「乳(ミルク)」と表示された代替品は、乳牛と同等の栄養成分を得られるとの誤解を与えることから、植物由来の製品に乳関連用語を使わせるべきではないと主張して、規則に定められたとおりの表示規制を行うよう食品医薬品局(FDA)に求めている。
3 今後の見通し
乳代替品は今後、乳製品の市場シェアを奪って成長し続けるとみられている。乳糖不耐症の割合が高いとされるヒスパニック系とアジア系の人口の伸びが乳代替品市場の成長に影響するとの見方もある。
乳代替品のトップブランドとしては、Blue Diamond Growers、Native Forest、Earth’s Own Food Company、Living Harvest Foods Inc.などがある。一方で、2016年にダノン社が、アーモンドミルクのブランド『Silk』を保有するホワイトウェーブ社(White Wave)を買収するなど、大手乳業会社が非酪農企業を吸収・合併することで乳代替品分野に参入する動きがある。
酪農関連の政策としては、前述したFMMOのほか、生乳マージン保護プログラム(MPP)と乳製品寄付プログラム(DPDP)がある。MPPは、乳価と飼料価格の差を酪農家の収益(マージン)の物差しとして捉え、一定水準を保障することによって、再生産を確保することを目的としており、セーフティネットとしての役割を担っている。一方、DPDPは、USDAの乳製品買い上げにより、乳価を間接的に支持することを目的としている。買い上げられた乳製品は、低所得者支援などの政府プログラムで使用することとなっている。
また、牛乳・乳製品の消費拡大を目的とした酪農チェックオフ制度がある。この制度は、酪農生産安定法などに基づくもので、酪農家から生乳100ポンド当たり15セント、輸入業者から同(生乳換算)7.5セントの賦課金を徴収し、さまざまな事業の原資としている。事業は、デイリー・マーケティング・インク(DMI)が中心となって実施する全国レベルの統合マーケティングプランと各地域団体が実施する地域特別プログラムの2つに大別される。統合マーケティングプランでは、特定のブランドや地域ではなく、米国全体の消費拡大につながる消費者の栄養教育や理解醸成、調査研究の推進などが行われる。
さらに、飲用乳販売促進法に基づき、月300万ポンド以上の飲用乳を製造・販売する業者から飲用乳100ポンド当たり20セントを徴収する飲用乳チェックオフ制度も存在する。この資金は、牛乳の消費拡大を目的とした生乳加工者教育プログラム(MilkPEP)に利用され、タンパク質などの栄養面に力点を置いた“Milk Life”などのキャンペーンが行われている。
他方、業界の取り組みとしては、全国生乳生産者連合会(NMPF)が運営している酪農協共同基金(CWT: Cooperatives Working Together)がある。CWTは、輸出により海外市場を開拓しようとする会員酪農協を支援するため、会員酪農協から生乳100ポンド当たり2セントの拠出金を徴収し、チーズ、バター、全粉乳を対象に補助金を交付している。なお、CWTは、生乳が生産過剰になった際に、乳牛の淘汰に対しても補助を行っていたが、2010年のNMPF年次会合において、実績が低迷してきたことや輸出補助が強く支持されていることなどを理由に淘汰への補助を打ち切る方針が示され、現在は専ら輸出向けの補助金として活用されている。
3 今後の見通し |
USDAが公表している長期需給予測によると、経産牛飼養頭数は、国内外からの乳製品需要の高まりにより生乳価格が高値で推移するとともに、飼料コストが安値で推移することから、酪農家の増頭意欲が高まり、2022年まで増加傾向で推移すると見込まれている(表9)。1頭当たり乳量は、飼料コスト安、技術の進歩、遺伝的改良などにより、2026年まで増加傾向と見込まれている。これらの結果、生乳生産量も増加傾向で推移し、2026年には2017年比で19.8%増の1億1734万トンと見込まれている。
また、消費量は、人口の増加を上回るペースでの増加が見込まれている。品目別に見ると、チーズは、調理済み食品や外食需要の増加により、バターは、消費者の乳脂肪に対する意識の変化により、いずれも増加が見込まれている。なお、飲用乳については、引き続き減少傾向での推移が見込まれている。
輸出量についても、脱脂粉乳やホエイなどを中心に増加傾向とされ、2026年には2017年比で42.7%増の576万1000トンになると見込まれている。
米国産乳製品の輸出促進を担う米国乳製品輸出協議会(USDEC)は、アジアにおける中間層の拡大により、世界全体での乳製品貿易量が今後3年間で、粉乳および乾燥ホエイで100万トン以上、WPC、乳糖およびラクトフェリンなどで10万トン以上増加する見込みであることから、今後の米国からの輸出機会の増加要因になるとしている。また、世界のチーズの貿易量も、フードサービスおよび小売段階での需要の増加により、2021年までに50万トン以上増加するとしており、十分な生乳生産量が見込まれる米国にとって、市場シェアを獲得する良い機会であるとしている。
一方、米国産乳製品の輸出に影響を及ぼす懸念事項としては、地理的表示保護制度(GI)とカナダの原料乳製品国家戦略がある。EUが推進しているGIによって、米国のチーズ製造業者は、パルメザンなどの名称を使用できなくなる可能性がある。これにより、EU産に需要が移行し、米国の乳製品業界に深刻な影響を与えることが懸念されている。また、2017年2月に施行されたカナダの原料乳製品国家戦略では、カナダ産乳製品を国際価格に近づけるため、生乳取引に原料乳製品製造用の新たなクラス(乳価)が設定された。カナダのチーズ、ヨーグルトなどの製造業者は、製造コスト削減のために米国から脱脂濃縮乳などを無税で輸入してきたが、安価な乳価が新設されたことにより、カナダ産生乳の使用量が増えるため、カナダ向け輸出量が減少するなどの影響が出ているとされている。
こうした状況を踏まえ、USDECは、2018〜2020年の輸出戦略として“Next 5%”計画を公表した。これは、米国の生乳生産量に占める輸出割合を現在の15%から今後3年間で5%増やして20%にしようというものである。この計画では、特に若い世代をターゲットとした牛乳・乳製品の栄養面を訴求した販売促進、EUによるGI推進などの非関税障壁やカナダによる米国産乳製品の貿易障害への対抗などにより市場アクセスの改善に取り組んでいくとしている。また、引き続き重要な輸出先であるメキシコとの貿易の維持についても重要視している。
4 おわりに |
米国の酪農は、飼養頭数および1頭当たり乳量の増加などを背景に、生産量を増加させてきた。現地では、米国は、農地として利用可能な土地が多く、環境規制が緩やかである点で、ニュージーランドやEUなどの輸出競合国よりも生産拡大の面で有利な状況にあるとの意見が聞かれた。トウモロコシなどの飼料穀物生産量も多いことから、今後も増産余力があり、為替環境が好転すれば、輸出を大きく伸ばす可能性を有している。
今後、十分な供給力が見込まれる一方、EUがカナダ、メキシコおよび日本などとの通商協定を締結し、GIで包囲網を構築しようとしている。このため、米国としては最大の輸出品目であり、今後目指している乳製品の付加価値化の目玉でもあるチーズへの影響を懸念した関係者の焦燥感が感じられた。トランプ現政権は、二国間通商協定の進展を標榜しており、この機会を利用して乳製品の輸出拡大を模索する米国の今後の動向を注目する必要があると考えられる。